望月冬夜の家に1人残されたままのリンゼは、浴槽でイロハの用意した液体に浸され続けた状態で、夜を迎えた。
そして夜も深まり、時刻が丑三つ時を迎えた頃、遂にリンゼに変化が訪れる。
「うっ、あ……体が、熱い……!」
意識を取り戻したリンゼは、呻きながら、浴槽の淵に向かって少しずつ進んでいく。
彼女は、浴槽に満たされた液体を熱いと感じ、そこから逃れるために浴槽から上がろうとしているのだ。
ドロドロとした白濁の液体は、リンゼの手足に絡み付き、服や下着の中にまで入り込んで、彼女の動きを邪魔するばかりか不快な感触まで与えてくる。
「ヌメヌメして、気持ち悪い……。早く、シャワーで体を流さなきゃ……。」
粘液に塗れた手で、リンゼは浴槽の淵を掴むと、這い出すような体勢で浴槽から上がり、浴室のタイルの上に座り込んだ。
全身がドロドロの液体に覆われているせいで、リンゼの服は透けており、青緑色のブラジャーやパンツが丸見えになっている。
また、服がペッタリと体に張り付いているために、リンゼのグラマーな体型が強調されていて、大人しい顔立ちとは裏腹に淫靡な雰囲気を醸し出していた。
「シャワーを……。」
体を洗い流そうと、リンゼは覚束ない足取りで立ち上がり、シャワーのある鏡面の前に置かれた椅子の上に腰を下ろす。
そして、鏡でリンゼが自分の顔を見た瞬間。
「あれ、誰……?」
かつてユミナがサキュバス化の影響を受けていた時と同じく、リンゼもまた、鏡に映る自分の顔が誰だか分からなかった。
鏡に映るリンゼの頭には大きな角があり、顔には何処かの娼婦かと見紛うほどの厚化粧が施されている。
また、鏡の中のリンゼは服を着ていないのか、鏡で見えている肩や胸の上部分は裸になっていた。
「もしかして、これって、私……?」
リンゼは鏡から視線を外し、自分の体を見たり、頭を手で触れたりしてみた。
だが、鏡に映るリンゼとは異なり、今の自分は服を着ているし、頭に角らしき物が生えている感触もない。
「私の、見間違いかな?」
そう呟くと、リンゼは何故かシャワーを浴びずに、そのまま立ち上がった。
彼女はクルリと方向転換し、後ろの方にある浴槽に目を向ける。
「行かなきゃ……。」
つい先程まで、リンゼは自分の体を洗い流したいと思っていた。
しかし、鏡に映るリンゼらしき女の顔を見た直後、リンゼはシャワーを浴びる事も忘れ、無性に入浴したくなったのだ。
リンゼは一歩一歩、着実に浴槽に近付いていく。
浴槽の前まで辿り着くと、リンゼは躊躇いなく、浴槽に片足を入れた。
「私、生まれ変わらなきゃ……。」
一体何に生まれ変わりたいのか、何故そう思うのか、そうした疑問を抱かずに、リンゼは浴槽に入り、体を沈める。
すると、彼女の周囲を漂っていた白濁の液体は、突然ブクブクと音を立て、沸騰したお湯のように温度を上げた。
「熱い……でも、私は……。」
沸騰しているかのようにブクブクと水面に沸き上がる泡から、触手のような形状と化した白濁の液体が無数に伸びる。
それらの触手の1本1本は非常に細く、太さは糸よりも2~3周り程度大きいくらいだろうか。
触手は、水面よりも上にあるリンゼの首や頭に巻き付いていき、やがてリンゼの頭部は包帯を隙間なく巻いたミイラのように真っ白になってしまった。
更に、残りの液体までもが次々に触手に変化し、水面より下にあったリンゼの全身をぐるぐる巻きにしていく。
そして、広い浴槽に満たされていた液体が全てリンゼに巻き付き終えた頃には、リンゼの姿は真っ白い繭のような物に変わってしまっていた。
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「どういう事だ、これは!」
朝食後、イロハを望月冬夜の屋敷に向かわせたのだが、イロハが「ご主人様にすぐに来て欲しい」と言って戻ってきたため、俺はイロハを伴い望月冬夜の家に転移した。
それから、リンゼがいるはずの浴室に入った時、俺は驚かされた。
浴槽の中には液体が一切残っておらず、その代わりに、昆虫の繭を思わせる、真っ白で楕円形の球体が鎮座していたのだ。
繭のサイズは、大柄な成人男性がスッポリ収まりそうなほどと言えば伝わるだろうか。
繭は本物の昆虫の繭と同じく糸で出来ているのか、触れてみると柔らかで弾力性が高い事が分かる。
「イロハ、リンゼはこの繭の中にいるのか?」
「はい、おそらくは。」
「何故だ? 他の女をサキュバス化させる時には、こんな事は起こらなかったはずだ。イロハ、お前さては何か余計な事をしなかったか?」
「そ、その……も、申し訳ありません! 少しでもご主人様に褒めて頂きたいとの一心から、わたくしの雌牛のカウベルの音をリンゼ殿に聞かせてしまいました!」
「カウベルの音だと?」
ホルシュタンから与えられたカウベルには、女がサキュバス化する際、雌牛の特性を持ったサキュバスへ導く力があったはずだ。
同じ雌牛のサキュバスは2人もいらないと思っていたので、俺はカウベルの音を鳴らせなどとイロハに命じた覚えはない。
「この馬鹿者が!」
「本当に申し訳ありません、ご主人様!」
イロハは目の端に涙を浮かべ、背を折って頭を下げようとする。
しかし、大き過ぎる乳や、昨夜仕込んだばかりの腹(サキュバスの特性により臨月の妊婦と同等まで膨らんでいる)が邪魔なのか、頭は中途半端にしか下がっていない。
そんな謝罪で俺のイライラが収まるはずもなく、俺はイロハのポニーテールの黒髪を掴んで引っ張り、強引に顔を上げさせた。
「俺はお前の主人だ。その主人の命令を聞けない女など、俺には不要だぞ。」
「存じております! 二度とこのような勝手な真似は致しません! どうか、お許しを!」
「ふん、まあいい……。次はないから覚悟しておけよ!」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
イロハは一応充分に反省しているようだし、今回は特別サービスだ。
貴重な雌奴隷を失うのは俺にとっても損失だからな。
それに、イロハの折檻に時間を割いてしまっては、リンゼの対応が出来ない。
手遅れになる前に手を打ち、リンゼを俺の望むサキュバスになるよう軌道修正すべきなのだ。
「さて、今の状況をどうすればいいかは俺やイロハには分からんな。となれば、あいつを呼ぶか。」
俺は淫魔の召喚魔法を使用し、契約済みのサキュバスを1体呼び出した。
「ふぁ……。久し振りに呼ばれたから眠いわ……。何か御用?」
「ホルシュタン、お前に聞きたい事がある。そこの繭について教えてくれ。」
イロハの鳴らしたカウベルの影響でリンゼが繭になったのなら、イロハに力を与えた雌牛のサキュバスであるホルシュタンなら何か知っているはずだ。
そう思っていた俺だったが、当のホルシュタンは、首を傾げていた。
「あら、これは見た事がないわね。少なくとも、あたしだけの力でこんな物は作れないわよ?」
「何? じゃあ、誰に聞けば分かる?」
「さあ。あたしの他の姉妹なら知っているかもしれないけど。」
「仕方ない、他の2人も呼ぶか。来い、キャッティ、レトリバール!」
俺は残る契約済みのサキュバス達も召喚した。
だが、この2人も分からなかったら本格的にマズいな。
その場合は、スマートフォンで検索すれば分かるんだろうか?
不安を覚えながらも、俺は2人に問い掛ける。
「そこの繭について、キャッティやレトリバールは何か知らないか?」
「んんー? ワタシ、これ初めて見るね!」
「私もだわ。でも、匂いからするに……どうやら、複数の種類のサキュバスの力が混じり合っているみたいね。」
「複数のサキュバスだと? この繭の中にいる女は、ホルシュタンと同じ雌牛の力を持つイロハにやらせたんだが。」
レトリバールの推測に俺が異議を唱えると、レトリバールは静かに首を振った。
「いいえ、間違いないわ。繭からは、私やキャッティの力も感じる。繭の糸から精液の匂いがするから、あなたの精液経由で私達の力まで組み込まれているんじゃないかしら?」
「確かに、ここの浴槽に満たしていた液体には、イロハの母乳だけでなく、俺の精液も加えていた。だが、どうして俺の精液にお前達の力が混じっているんだ?」
「私達の力を得たサキュバスとあなたが交わったからよ。本来であれば、そのままあなたは交わったサキュバスの虜になるんだけど、あなたのサキュバス達は特別製ばかりだからそうならなかっただけ。」
「ふむ。」
一般的なサキュバスは、自分と関係を持った男に自らの魔力を吹き込み、操り人形に変えて精と命を吸い尽くす。
だが、イロハやユミナ、エルゼは俺を主人としているために、俺を操り人形に変える事は出来なかった。
それでも、奴らの魔力は俺の肉体に吹き込まれていない訳ではなく、サキュバスの魔力が俺の精液に宿った。
つまりはそういう事なのだろう。
「で、それがどうして繭になるという現象を起こした?」
俺が改めて疑問を口にすると、今度はキャッティが「はーい!」と手を挙げる。
彼女はピョンピョンと飛び回りながら、繭を指先で軽く突きつつ、自分の推測を述べた。
「多分だけどねー、ワタシ達の力が、それぞれぶつかり合ってる状態なんだと思うんだよねー! おじさんは、蠱毒って知ってるかなぁ?」
「ああ。確か、閉じ込められた空間に蟲を複数放り込んで戦わせ、最後に残った1匹を最強の蟲として、そいつを使い呪いの儀式を行うってやつだろ?」
「おー、よく知ってるね! すごいすごーい! でね、この繭も、要するにそれと同じなの! ワタシ達3人の力のうち、どれを受け継いだサキュバスになるか、この密閉した繭の中で魔力同士がぶつかって競い合ってるんだよ!」
「蠱毒で複数の者を戦わせるための密閉空間が、繭という形を取っている訳か。」
ようやく話が見えてきたな。
意外にも分かりやすいキャッティの話に納得は出来たが、もしそうなのだとすれば、まだ疑問は残る。
「その理屈なら、俺が2人目以降に奴隷にしたユミナやエルゼの時も繭が作られたんじゃないのか? 何故リンゼだけ繭が作られる?」
「多分、この繭の中にいる子は、サキュバスとしての素質が余程高いのでしょうね。繭の外からでも匂うわ。だから、あらゆるサキュバスの力を受け入れられる器として最適なのね。」
「お前の鼻は万能だな、レトリバール。」
便利すぎるぞ、お前の嗅覚は。
さすが犬をモチーフとしたサキュバスなだけの事はある。
しかし、これは困ったな。
今までの推測が正しかった場合、リンゼは、既存の雌奴隷と被る性質を持ったサキュバスとして生まれてくる事になる。
バリエーションを揃えたい俺としては、それは困るのだ。
「繭の中の女を俺好みにするにはどうしたらいい?」
「難しいわね。繭が作られるほどサキュバス化が進行する前にあなたが彼女に欲望をぶつければ良かったんでしょうけど、もうかなりサキュバス化は進んでいるみたいだし……。」
レトリバールだけでなく、他のサキュバスの姫達も、一様に困っているらしく、頭を捻っている。
俺の傍らにいるイロハは、自分の余計な行動がリンゼのサキュバス化を予定以上に進行させてこの事態を招いたと理解しているからか、青い顔をして俯いていた。
これでは埒が明かないな。
俺が今思いついた案を出すしかない。
「サキュバスの姫は、お前達の他にもあと2人いるんだったな? で、サキュバスの姫にはランクがあって、残り2人はいずれもお前達よりランクが高いとも聞いた。だったら、その2人のどちらかを召喚すれば、何とか出来るんじゃないのか?」
3つのサキュバスの力が繭の中で争っているのなら、それらを上回るサキュバスの力を俺の欲望と共に繭に吹き込み、勝たせれば良い。
単純ではあるが、おそらくこれが最善ではなかろうか。
「あたしは、あまりお勧めしないわね。」
「私もホルシュタンに同意よ。今のあなたでは、あの2人のいずれも従えられるとは……」
「ま、無理だねー。」
3人共、揃いも揃って俺の意見には難色を示している。
残り2人のサキュバスの姫は、どうやらこいつらとは別格の存在らしいな。
ともかく、全員に否定された以上、他の案を出すしかないのだろうか。
「あ、でもでも! ワタシ達3人とおじさんの力を合わせれば、呼べるんじゃないかな!」
「本当か、キャッティ?」
「うんっ! とりあえず、試してみよーよ!」
「そうだな……。」
手を拱いていても、時間が悪戯に過ぎていくだけだ。
ならば、行動あるのみ。
「ホルシュタン、レトリバールも、力を貸してくれ。」
「ええ、構わないわ。」
「姉さん達を復活させるためでもあるしね。」
「じゃあ、始めよー!」
俺が前にかざした手に、3人のサキュバスの姫達の手が重なる。
彼女達の魔力を、俺は手に伝わる温度と共に感じながら、声高に叫んだ。
「淫らな夜を誘いし大いなる魔よ。我の精を贄とし、封印を破りて顕現せよ!」