ホルシュタン、キャッティ、レトリバールの協力を得て、俺は淫魔召喚の魔法を発動した。
俺達4人の魔力は混じり合い1つとなって、床の上に魔法陣を描く。
そうして描かれた魔法陣の模様は、これまでの召喚魔法よりも複雑で幾何学的なデザインだった。
魔法陣のデザインを見るだけで、今から召喚される淫魔が強力な奴であろう事を俺に予感させる。
果たして、どんな淫魔が姿を見せるのか。
緊張と不安を胸に抱く俺の前で、魔法陣から光が放たれる。
その光の中から、異形のシルエットが這い出し、そいつは魔法陣の外へと出てきた。
「これが、サキュバス……?」
俺は思わず我が目を疑い、何度も目をゴシゴシと手で擦る。
だが、残念な事に、目の前にいるのは紛れもなく。
「何だ、このデカい虫は!」
魔法陣から現れたのは、ピンク色の体色をした、体長1メートル以上と思しきサイズの巨大芋虫だ。
芋虫の顔立ちや体つきは、有名な某怪獣映画に登場する蛾の怪獣の幼虫によく似ている。
いや、そんな事はどうでも良くて。
「おい、俺が発動したのは間違いなく淫魔召喚の術だったはずだ! どうなっている!?」
3人のサキュバスの姫達に、俺は詰め寄った。
すると、彼女達から、俺の予想外の反応が返ってきたのだ。
「モース姉! モース姉だよ!」
「そうね、間違いないわ。まさか本当に封印を解いて、モースを召喚できるなんて!」
「懐かしい匂いねぇ。ああ、昔の記憶が蘇るわ。」
こいつらの反応……。
まさか、本当にこの芋虫がサキュバスの姫の1人、いや一匹だと言うのか?
モースというのは、どうやら芋蟲の名前のようだが。
「お前達の姉、モースとやらは、サキュバスではなく蟲だったのか?」
「サキュバスだよー! 昔とは違う姿になっちゃってるけどね。」
「違う姿? そういえば、お前達は昔、勇者を名乗る連中に封印されて今まで眠っていたんだったな? その封印の影響で、お前達の姉は芋蟲の姿に変わったという事か?」
「そうよ。モースはあたし達の中でも特に異形で、しかも強力なサキュバスだったから、一際強い封印を受けたんでしょうね。」
キャッティとホルシュタンは、俺の質問に答えながら芋蟲を抱き上げた。
彼女達の腕の中でモゾモゾと動く芋蟲は、はっきり言ってかなり気持ち悪い。
こんなデカい蟲、俺は嫌いだ。
さっさと元のサキュバスの姿というやつに戻ってもらわなくては困る。
「どうすればこいつを本来の姿に戻して、契約できるんだ?」
「さあ?」
「分からないよねー!」
「ええ、全く検討もつかないわ。」
くそっ!
こいつら、揃いも揃って役に立たないな。
こんなところで手を拱いている場合じゃないというのに。
モースの事はともかく、リンゼが手遅れになる前に、何かを……。
「キュイッ、キュイイイッ!」
「ん? 芋虫の癖に、鳴くのか?」
ホルシュタンの腕の中で頭を大きく逸らして、モースが口元から鳴き声らしき音を出した。
モースの大きな複眼は、浴槽の中に鎮座している繭に向いている。
それに、まるでホルシュタンの腕の中から抜け出そうとしているかのように、モースは体をブンブンと捻っていた。
「うんうん、そっかー。モース姉、あの繭の中に行きたいんだって。」
「何? キャッティ、お前こいつの言いたい事が分かるのか?」
「もっちろん! 例え姿が変わっても、モース姉はワタシの姉だもん!」
ほう、キャッティはそんな能力も持っているのか。
一時はどうなる事かと思ったが、モースの今の鳴き声がキャッティの解釈で合っているのだとしたら、話は早い。
「モースがあの繭の所まで行きたい理由は、俺の願いを聞き入れてくれるつもりだからだな?」
リンゼを俺の望むサキュバスにするために、モースは繭の所へ向かおうとしている。
俺はそう考えていたのだが、どうやら、これは俺にとってあまりにも都合の良過ぎる推測であったらしい。
「えっとね、モース姉は、あの繭の中の子が欲しいんだって。」
「どういう意味だ、キャッティ。リンゼを譲れと言っているのか?」
冗談じゃない!
貴重な美少女を、芋蟲なんぞにやれるものか!
リンゼは俺の物なのだ。
「でも、モース姉、このままだと死んじゃうよ。弱ってる状態なのに無理矢理封印を解いて召喚したから、かなり消耗してる。繭の中の子と融合させないと、もう持たないよ!」
「ちっ……!」
殺すしかないなら、そうすればいいじゃないか。
その言葉が喉元まで出かかるが、さすがにそれは自重した。
もしそんな事を言ってしまえば、この3人のサキュバスの姫達と完全に袂を分かつ事になるのは確実。
更には、俺が袋叩きにされる恐れすらあるのだ。
だから、俺はモースの要求を断る選択肢が採れない。
しかし、リンゼの調教が出来なくなるのも困る。
ここで俺がすべきなのは、お互いの妥協点を探る事だ。
「リンゼを譲らなければモースが死ぬと言うのなら、譲ってやっても良い。だがその場合、リンゼはモースになるんじゃないのか? 俺の雌奴隷には出来ないだろ?」
「どうかしら? 人間と融合した場合どうなるのかは、あたし達にも分からないわね。」
ホルシュタンは俺の質問に対して肩を竦める。
他の2人も、顔を見合わせて首を傾げているだけだ。
こいつらに聞いてもやはり無駄か。
であるならば、俺が尋ねるべき相手は1人しかいない。
「モース。お前にリンゼを譲る。だがその代わり、融合後の肉体の主導権はリンゼにしてもらえないか?」
これからどうなるか分からないにしろ、リンゼと同化するモースさえ上手くやってくれれば、俺の思惑通りに持っていける可能性はある。
果たして、モースは俺にどんな返事をしてくれるのか。
「キュイッ、キュキュッ、キュイイイイイイイッ!」
「キャッティ、通訳を頼む。」
「はーい! えっとね、『どの道自分の命はもう持たないから、自分の力を姉妹達のために遺したいだけだ』だって。」
「そうか。」
生物には、自らの命が長くないと知った時、子孫を残そうとする本能がある。
サキュバスもその例外ではないという事だろう。
ともかく、モースが直に死ぬのは避けられないというなら、これは俺にとっては好都合だ。
モースがリンゼと融合した場合、リンゼはモースそのものにはならず、モースの力を受け継いだサキュバスとなる。
つまり、これまでに作った雌奴隷達と同じだ。
また、弱っているとはいえ、モースはサキュバスの姫であるため、蠱毒の繭の中で争っているサキュバスの姫達の力同士の争いに打ち勝ち、リンゼをサキュバス化させられる。
「契約成立だな。モース、リンゼを譲る。」
「キュイイイッ!」
モースが「了解した」と言わんばかりに、甲高い鳴き声を上げる。
そして、ホルシュタンの腕の中から抜け出たモースは、浴室のタイルの上を這った。
「キュイッ!」
浴槽を上り、繭まで自力で辿り着くと、モースは繭に顎の牙で穴を空ける。
穴がモースの頭より少し小さい程度のサイズまで広がると、モースはそこから強引に頭を突っ込み、繭の中へ入っていった。
その後、モースが完全に繭の中に入り切ると、モースの力による現象なのか、繭に空いた穴が糸で勝手に塞がっていく。
「モース姉、いっちゃったね。」
「ええ。でも、彼女は死なないわ。」
「そうね。あの繭の中の娘に、受け継がれるのですから。」
サキュバスの姫達は、繭の中に消えていったモースの事を想ってか、しみじみとした雰囲気で佇んでいる。
だが、俺にはモースに対して抱くべき感傷などは一切ない。
朝から色々あり過ぎてすっかり腹が減っていた俺は、この場を彼女らに任せて、食い物を求め冷蔵庫のある場所へと向かった。
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繭の中で意識を失っていたリンゼは、体に何かが圧し掛かり、這っている感触によって目を覚ました。
「あれ、ここは……?」
リンゼの目に飛び込んできたのは、辺り一面に広がる純白の壁だった。
壁はリンゼの目と鼻の先の距離にあり、軽く手を前に伸ばすだけで触れられそうだ。
リンゼは何気なく、手でその純白の壁に触れて、その感触を確かめる。
「これって、糸?」
純白の壁には、指で押すと逆に押し返してくる弾力があった。
また、指先に伝わる感触は、絹で出来た衣類に触れた時のものによく似ている。
リンゼが目を凝らしてみれば、純白の壁は、無数の白い糸が重なり合って出来たように見えた。
「キュイイッ!」
何かが鳴いたような音が、リンゼのすぐ傍で発生した。
リンゼは何の音だろうと視線を落とし、その音の発生源を見る。
彼女の視線の先にいたのは、リンゼの体に引っ付いている、ピンク色の巨大な芋蟲だ。
「む、虫!? きゃあああああああ!」
年頃の女の子は、大抵昆虫の類は苦手としている。
更に、それが異様に大きいサイズの物で、しかも自分の体にくっ付いているともなれば、女の子にとっては恐怖そのものだ。
しかし、密閉された繭の中に、逃げ場などあるはずがない。
「出して! ここから出して下さい! 誰か!」
狂乱状態に陥ったリンゼは、繭の壁を何度も手で叩くが、繭の弾力によって彼女の手は押し返される。
力尽くで繭を破るのは不可能だろう。
それを悟ったリンゼは、思考を切り替え、別の手段に出る事にした。
「水よ来たれ、ウォーター……」
魔法によって、リンゼは繭に穴を開けようと試みる。
だが、彼女の口元に、何処からともなく大量の糸が降り注ぎ、呪文の詠唱を阻害した。
「んっ、んむぅ!」
口の中に糸が入ったリンゼは、慌ててそれを吐き出そうとする。
そんなリンゼを見下ろしながら、芋蟲は行動を起こした。
「キュイイ!」
芋蟲の体が、まるでアイスのように溶け始める。
溶けた体はピンクのドロドロした液体に変わり、リンゼの全身を覆っていった。
「いっ、いや! 何!?」
ようやく糸を口から取り除いたリンゼは、芋蟲が溶けている事に気付いた。
しかしながら、彼女にはこれをどうする事も出来ない。
芋蟲の体を溶かしているのは、芋蟲の体内で作られた特殊な酸だ。
この酸は魔法の力を含んでいて、溶かしたくない物を溶かす事なく、任意の物のみを溶かす事が出来る。
例えば、服だけを溶かし、人体には影響を及ぼさないといった芸当も可能なのだ。
ただ、今回の酸が溶かすのは、リンゼの服だけに留まらなかった。
リンゼの体を覆ったピンクの液体の下からは、肉が焼ける匂いが漂い始めている。
同時に、リンゼは体が燃えるような熱を感じていた。
「熱い、熱いよ! まさか、これって酸なの!?」
遅ればせながら、リンゼはピンクの液体に酸が含まれている事に思い至った。
普通であれば、酸に溶かされつつある肉体の部位は二目と見られないほどの状態になっているだろうが、魔法が存在するこの世界では、リンゼの意識が途絶えない限り、まだ手はある。
「水よ来たれ……」
水の槍で繭に穴を空け、更に水で自分の体についた酸を洗い流して、治癒魔法で焼けた身体を治す。
リンゼのその考えは、彼女が詠唱を終える前に彼女の顔に降りかかってきたピンクの液体によって断たれてしまった。
「あ、あ、あああああああああああああ!」
リンゼの顔にかかった酸は、彼女の端正な顔に強烈な熱と痛みを及ぼし、同時に彼女の喉を焼いた。
抗う術を失くしたリンゼは、遂に完全に溶け切った芋蟲の液体の中に沈んでいく。
そして間もなく、リンゼの悲鳴は液体の中から聞こえなくなった。