望月冬夜は、兵士達の手によって刑務所の檻の中へと収監された。
檻の中には粗末なベッドと藁で出来た床敷きがあるだけで、他には何もない。
壁の小窓は高い位置にあり、鉄格子で封鎖されている。
「冗談じゃないよ……。どうして、何もしていないのに僕がこんな目に? それも、懲役80年って、つまり死ぬまでここにいなきゃいけないって事じゃないか。」
突然仲間に裏切られ、冤罪をかけられた挙句、事実上の終身刑を言い渡された事を納得できる人間などまずいない。
だが、そのような状況に陥れられたとしても、逆転の手など大抵はあるはずもなく、ただ獄中で死んでいく事になるのだ。
但し、この異世界においては話は別。
現代日本とは異なり、ここには魔法という概念が存在する。
魔法を使えば、鉄の檻から脱出するのは極めて容易だ。
攻撃魔法で牢屋の檻や壁を破壊する、転移魔法で脱出する、洗脳魔法で看守を操り檻の鍵を開けさせる等、魔法ありきならば脱出方法は多岐に渡る。
とはいえ、そうした脱出方法に対し、刑務所側が対策していない訳がない。
冬夜が収監された刑務所は、強力な魔法の使い手である犯罪者を投獄するために作られた場所であり、刑務所全体に張り巡らされた特殊な結界は、刑務所内における魔法の発動を阻害するのだ。
この結界のお陰で、今まで刑務所から脱出できた囚人は1人もいない。
しかし、魔法による脱出が不可能である事を除けば、ここの刑務所は他の刑務所と同じだ。
例えば、囚人に面会を希望する者は、看守や警備兵の立ち会いの元、一定時間のみ会話を許可される。
「浮かない顔してるわね、冬夜。」
「リーン!?」
冬夜のいる檻の前に、黒いゴスロリ服を纏った小柄な白髪ツインテールの少女が姿を見せた。
彼女の後ろには、看守1人と警備兵2人も同行している。
「どうしてここに来たんだ、リーン。」
「ただの面会よ。ところで冬夜、あなたがここに入ってから、今で何日目かしら?」
「3日目だけど……。」
「何も悪い事をしていないのなら、何故大人しく3日もここに入ってるの?」
「悪い事は……って、リーンは僕の無実を信じてくれるのかい!?」
「まだ完全に信じた訳じゃないわ。でも、あの裁判の時のユミナ達は、明らかに変だった。」
「えっ? リーンも見てたのか?」
「そうよ。透明化の魔法を使って潜んでいたの。」
「だったら、最初から堂々と出てくれば良かったじゃないか。」
「本当はそうしたかったんだけどね。あなたのような強力な魔法の使い手が裁判にかけられる場合、万が一に備えて、ベルファスト公国宮廷魔術師である私は裁判の場に呼ばれるはずなのよ。でも、今回は何故か私に『絶対に裁判には来るな』ってお達しが来てね。変だと思って、こっそり透明化の魔法を使って潜入したって訳。」
看守や警備兵に聞こえ辛いように、リーンは声のボリュームを落として悪戯っぽく微笑んだ。
しかし、その表情とは裏腹に、リーンの語った話は冬夜にとって非常に重要なものだった。
この絶望的な状況で、たった1人だけではあるが冬夜にも味方がいる事が分かったのだ。
暗雲の中に差し込む一筋の希望を見出し、冬夜は久し振りに笑顔を見せた。
「ありがとう、リーン。それで、何か分かった事はあるかい?」
「はっきりとした事は分からないわ。でも、あの3人は、やはり怪しいと思う。」
「ユミナとエルゼとリンゼだね? やっぱり、誰かに操られているのかな?」
「その線が濃厚かしらね。少なくとも、あなたに対する態度を除けば、以前と特に変化は見受けられないわ。だから、私は暫くあの子達を尾行しようと考えているの。もし3人が誰かに操られているのなら、必ず何処かのタイミングで黒幕に接触するはずよ。」
「黒幕……。一体、どんな奴なんだろう?」
「碌な奴じゃないのは確かでしょう。ただ、あなたをここまで追い込んだという事は、黒幕はあなたを相当危険視しているんじゃないかしら?」
「じゃあ、僕を知っている奴なのか?」
冬夜は、この異世界に来てから戦った悪人達の顔を思い浮かべる。
だが、ユミナ達を洗脳できるような力の持ち主は、その中にはいない。
「もしかしたら、人を洗脳できるアイテムなんかを手に入れて、僕に復讐しようとしているのかもしれないな。」
「そんな凶悪なアイテムなんて、伝承に謳われるようなレベルの物しかないと思うわよ? そう簡単に手に入れられるとは考え難いけれどね。まあ、一応その線も考慮しておくわ。」
「ああ、頼むよ、リーン。」
ここから脱出できる唯一の命綱であるリーンに、冬夜は頭を下げた。
リーンは「ええ」と返事をすると、手を振り、檻から離れていく。
その後ろに付き従う形で、看守や警備兵達も去っていった。
すっかり誰もいなくなった廊下を檻の中から見つめる冬夜の目には、リーンが来る前とは違って確かな輝きが宿っている。
「僕の人生は、まだここで終わりじゃない。」
冬夜は、諦めない事を心に誓う。
彼がここで立ち直った事は、サキュバス達を操る黒幕の男にとって想定外の結果だった。
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おかしい。
計画通りであるならば、望月冬夜は既に刑務所から脱走を試みているはずだ。
だが、未だに奴が脱走したという情報は来ない。
否、俺の奴隷達から連絡が来る頻度自体が、とある理由によってここ数日は大幅に減少している。
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
他の奴隷達とは違い、家で留守番をしているイロハが、ベッドで考え事をしている俺の顔を覗き込んできた。
こいつに俺の不安をぶちまけたところでどうにもならないとは思うが、言うだけ言ってみるか。
「計画に多少の狂いが出たようだ。」
「本当ですか!? 一体、何があったのですか?」
「おそらく、リーンが俺の奴隷達の監視に乗り出したんだろうな。ユミエル達が最近視線を感じると言っていた。」
リーンが俺の元まで糸を手繰り寄せるのを避けるため、奴隷達は俺へ連絡を寄越すタイミングを慎重に図らなければならなくなったのだ。
奴隷は3人いるので、バラバラに動いていればリーン1人で全員を見張る事は出来ないはずだが……。
「イロハよ、リーンの事をお前は何処まで知っている?」
「申し訳ございません。わたくしが彼女について知っている事は、以前ご主人様に話した以上の内容は存じていないですわ。」
だろうな。
イロハが手に入った後、俺は他の女達を堕とすため、イロハの持つ情報は粗方話してもらっているのだ。
なのに、追加情報が残っているはずがない。
「望月冬夜が罪を重ねなければ、奴を死刑に追い込むのは不可能だ。」
「冬夜殿に、このまま牢獄で一生を過ごさせるという手もあるのでは? 彼がご主人様の邪魔立てをしないようにしてしまえば済む話だと思いますわ。」
「それは妥協案だな。悪くはないが、いつか奴が反撃してくるかもしれないと思いながら過ごすのは俺の精神衛生的によろしくない。やはり確実に仕留めておき、後顧の憂いは断っておきたいな。」
ユミナ・エルゼ・リンゼ改め、ユミエル・エリーゼ・リースの3人は、リーンから既に目を付けられている。
となると、まだ奴に見つかっていない俺の手駒を切るしかないだろう。
そして、丁度その切り札の1つは、俺の目の前にいる。
「イロハよ。俺が今から書く手紙を、郵便に出してユミエルへ届けさせろ。」
「承りましたわ。しかし、どのような手紙をお書きになられるのですか?」
「以前俺が計画した通り、ユミエルは望月冬夜の屋敷を貴族に売却したばかりだ。その貴族にユミエルを接触させるため、彼女に指令書を出す。」
リーンはおそらく、「ユミナ達が誰かに操られている」と考えているはずだ。
だからこそ、奴は黒幕の存在を掴むため、ユミエル達に目を付けながらもそのまま泳がせている。
であれば、そんな状況下で望月冬夜の屋敷を購入した貴族にユミエルが接触したら、どうなるだろうか。
「問題は、貴族が捕まる際、ユミエル達も同時にリーンや宮廷魔術師共と戦闘に入る可能性が高いという事だな。」
彼女らは、元々持っていた戦闘力に、更にサキュバスとして得た特殊能力が加わり、そこらの魔術師如きなら圧倒できるだけの力がある。
しかし、リーンが相手となると話は別だ。
600年も生きている彼女なら、サキュバスに対して有効な攻撃手段を知っていてもおかしくはない。
戦闘時には、サキュバスの姫達も動員するとして……いや、万全を期すならば、まだ足りないな。
「イロハよ、行動を開始しろ。俺は、他にもやる事がある。」
「はい! ご主人様のお力になれるよう、精一杯尽力致しますわ!」
さて、俺も動くとしよう。
ホルシュタン、キャッティ、レトリバールよ。
お前達にも、また力を貸してもらうぞ。
全ては、未来を手に入れるために。
俺達の戦いはこれからだ!