イロハを送り出した後、俺は今自分が召喚できるサキュバスの姫3人を全て呼び出した。
目的は言うまでもなく、リーンの対策をこいつらに頼めないかと思ったからだ。
しかし、3人は揃いも揃って肩を竦めている。
「私達に戦闘能力を期待されてもねぇ。」
「雑魚掃除ならワタシにお任せしてくれてもいいよー!」
「あたしも、そこらの雑兵くらいならどうにでも出来るわ。だけど、600年も生きてて、しかも6属性の魔法を使える相手はさすがに荷が重過ぎる。」
レトリバールもキャッティもホルシュタンも、戦闘力には自信がないようだ。
サキュバスの本分は、性的な魅力と相手を魅了する魔法による洗脳や撹乱能力であり、彼女らは力で標的を捻じ伏せるタイプの魔物ではない。
故に、彼女らの言い分は至極もっともだろう。
「敵の兵士などの男達を洗脳して、リーンや他の女魔術師と戦わせればいいんじゃないのか?」
「そのくらいなら確かに造作もない事だけど、それだけで勝てるの?」
「まあ、無理だな……。」
リーンと実際に戦った経験はないので、俺にもあまり確かな事は言えない。
だが、話に聞く表面上のスペックだけでも、彼女は簡単に勝てる相手でないのは確実だと予想される。
「そこで、お前達にもう1つ相談したい。残り1人のサキュバスの姫がいれば、勝てるか?」
俺がその質問を発した瞬間、サキュバスの姫達は一斉に口を閉ざした。
3人は無言で、俺に「本気か?」とでも言いたげな眼差しを向けている。
最後のサキュバスの姫の事については、以前モースを呼ぶ際にも「自分達とは別格の存在」とレトリバールらは語っていたくらいだ。
そんな強力なサキュバスを、果たして俺が召喚して契約を結び、自分の味方として使役できるだろうか。
「勝てるか勝てないかで言えば、勝てるでしょう。あの姉様が負けるなんて、あり得ないもの。」
「でも、かつてのお前達と同じく、今も勇者によって封印されたままなんだろう?」
「勇者達が自らの命と引き換えに封印を施す術を使ったから、姉様は封印されたんだよー! だから、負けじゃなくて引き分けー!」
レトリバールとキャッティの反論を受け、俺は「ううむ」と唸った。
確かに、それならば負けていないと……言えるのか?
とはいえ、命を賭けなければ封印できないほどの存在であるなら、さしものリーンであっても簡単には倒せまい。
仲間にしておくに越した事はないはずだ。
「俺は、残る1人のサキュバスの姫とも契約を交わしたい。だが、モースの召喚が俺1人では出来なかった事を踏まえると、モースを更に上回る残り1人の召喚も、俺だけでは不可能だろう。そこで、お前達にもまた召喚を手伝って欲しい。お前達も、姉を早く封印から解放したいと願っているんだろう?」
「それはそうだけど、あたし達だけじゃ無理ね。モース……いえ、リースの力も借りなければ、あの封印は破れないと思うわ。」
「リースか。」
ホルシュタンの言うように、モースの力を受け継いだリースも今や立派なサキュバスの姫の1人であり、姫達の中でも序列2位の力を誇る。
彼女の力を借りない手はないだろう。
しかしながら、そうするには当然問題が立ちはだかる。
「リースは今外に出ているんだ。それに、リーンに監視されている可能性も高いから、ここに戻らせる事はおろか、『戻れ』の命令を出す事すら難しい。」
俺の計略通り、ユミエルが貴族に接触すればリーンをそちらへ注目させられるだろうが、その直後、リーンはユミエルを捕縛しにかかるかもしれない。
俺の奴隷達の中で、ユミエルは刀を失ったイロハに次いで戦闘力が低いのだ。
ユミエル1人だけでは、間違いなくリーンに敗北する。
そして、王国の第一王女という手札の喪失は、俺にとって痛手どころでは済まない。
「だったらぁー、こっちから会いに行けば?」
「俺の側からか?」
なるほど、「会いに行けるアイドル」ならぬ、「会いに行ける奴隷」か。
金を注ぎ込んでも握手だけしか出来ない
まあ、それはひとまず置いておくとして、キャッティの言う事にも一理ある。
リーンは俺の顔も名前も、存在すらまだ知らないので、そこを突くというのはなかなか良い手だ。
だが、下手に奴隷達に接触しようとすれば、一連の黒幕が俺である事はリーンに簡単にバレる。
それに、俺が自ら出張るのは、これ以上ないくらいにハイリスクな選択。
「しかし、計画もいよいよ大詰めを迎えている。ここを乗り切るためには、俺も出るべきだろうな。」
俺の魔法の力は、神によって最高位まで引き上げられている。
つまり、今俺が従えているどの奴隷達よりも、俺は強大な魔力を扱えるのだ。
そんな貴重な戦力を遊ばせておく余裕が、果たしてあるか?
ある訳がない。
「分かった。大将自ら赴くとしよう。」
将棋で例えるなら、王将が相手の陣地に攻め込むようなこの選択。
吉と出るか凶と出るかは分からないが、行くべきだ。
「よし! そうと決まれば話は早い。郵便を出したイロハがこちらに戻り次第、出陣だな。」
イロハが帰ってくるまでの間は、こちらも装備を整える事に専念する。
望月冬夜の屋敷を没収する際、ユミエルから屋敷に残っていたアイテムなどを横流ししてもらったので、それらを早速使わせてもらうとしよう。
ああ、あと洋服屋に預けてある「アレ」も、ついでに持って帰ってくるようイロハに魔法で連絡しておくか。
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ユミエルは、望月冬夜達と共に住んでいた屋敷の跡地を、王女ユミナの姿で訪問した。
貴族に売却する前に予め屋敷が取り壊されていたため、屋敷があった場所は綺麗な更地になっている。
人間時代のユミナにとってはそれなりに思い入れのある建物だったはずだが、今のユミエルは屋敷跡の更地を目にしても、何の感慨も覚えたりはしなかった。
「あら? 誰も来ていませんね?」
取り壊した建物の廃材などは魔法で全て片付けられているので、周辺の見通しは良い。
だが、ユミエルが辺りを見渡しても、待ち人の姿は見当たらなかった。
仮にも王女である自分を待たせるなど、とんだ礼儀知らずの貴族もいたものだ。
そんな事を思いながら、ユミエルは溜息を吐いた。
(はぁ……。ご主人様に早くお会いしたいです……。この忌々しい監視さえなければ、今すぐにご主人様の元に戻る事も出来るというのに。)
近くの物陰にチラリと目をやると、何者かの視線がユミエルの瞳とぶつかった。
しかも、その何者かの気配は、1人や2人ではない。
(リーンさんだけではありませんね? 他の宮廷魔術師達も同行している様子。お父様には、外出する私の身辺警護に向かうとでも言ってここへ来たのでしょうか。)
今回の貴族との密会は、リーンに見られる事によって偽の情報を掴ませるのが目的だ。
だが、リーン側が少人数ではなくそれなりの人数でここまで来たならば、相手に偽の情報を掴ませて終わりだとは思えない。
(あわよくば、貴族諸共に私を捕らえ、正気に戻そうとでも考えているんでしょうね。素晴らしいご主人様に楯突く愚かな人間だった頃に私を戻そうだなんて、そっちの方が余程正気の沙汰じゃないと思いますけど。)
とはいえ、600年の歳月を生きた強大な魔術師であるリーンならば、ユミエルをユミナへ戻す手段を知っているかもしれない。
知っているだけならまだしも、それを実行する事が出来るかもしれない。
そのような想像をするだけで、ユミエルは背筋に怖気が走るのを感じた。
(今は、余計な事を考えるべきじゃないですね。)
ユミエルはキッと表情を引き締め、視線を街の彼方へ向ける。
すると、丁度こちらへ歩いてくる小太りの男が彼女の視界に入った。
金ピカの豪奢な服に、ニタニタとした気味の悪い笑みを浮かべるこの小太りの男こそ、ユミエルの待ち人である貴族、ゴードンだ。
見た目とは裏腹に、ゴードンは伯爵の爵位を持つ上級貴族であり、王国の貴族達の中でも指折りの財を有する。
その財力を使い、ゴードンは密かに王家を乗っ取る計略を立てているという噂も出回っているので、王派閥の貴族達からは敵視されている男だ。
実際、この噂は紛れもない事実で、もし望月冬夜がユミナの婚約者にならなかったら、ゴードンは方々に手を回し、自分か親族がユミナの婿に迎えられるよう策を練っていた。
王によって望月冬夜が正式にユミナの婚約者として認められた事で、ゴードンの策は一度は潰えてしまったが、今は違う。
望月冬夜は重罪人として投獄されたので、当然、彼とユミナの婚約も解消済みだ。
つまり、ゴードンがユミナと縁を結び、権力を手にするという策は再び使えるようになった。
ユミナは表向きには望月冬夜の子を孕んだ事になっているが、それは不肖の子供であるため、この子に王位の継承権が渡る事はない。
また、ユミナは嫁入り前の身でありながら傷物にされたので、高貴な身ではあるものの女としての価値は落ちている。
そのため、ゴードンからすればむしろ婿入りを狙いやすくなったと言え、好都合なのだ。
無論、ゴードン以外にもユミナの婿の座を狙う貴族はいるだろう。
だからこそ、ユミナが屋敷跡の土地の話をゴードンに持ってきた時、ゴードンは内心笑みを抑え切れなかった。
ゴードンが二つ返事で土地の購入を了承した際、更にユミナから「後日2人きりで会って話したい事があるので、また後程連絡します」と言われた時など、王女の前だというのに思わずガッツポーズを決めそうになったほどだ。
そんなゴードンにとって、今回の待ち合わせでユミナより後に来てしまったというのは痛恨事だった。
ユミナをここでモノにするための準備をしていたら、思っていた以上に時間がかかってしまい、家を出るのがギリギリになってしまったのだ。
しかし、だからといって、平民や下級貴族のようにみっともなく慌ててはいけない。
上級貴族らしく余裕は絶やさず、だが誠意は伝わるように心がけ、ゴードンはユミナの前に膝を突いた。
「ユミナ殿下。待ち合わせに遅れてしまい、大変申し訳ございません。殿下のため、色々とご用意させて頂いておりましたので、少々出立が遅くなった次第でございます。何卒、お許しを。」
「いいえ、構いませんよ。私が待ち合わせの時間より少し早く来てしまっただけですから。伯爵はきちんと時間通りに来られたのですから、私は別に怒ったりはしていません。」
「おお、ありがとうございます! 殿下のご慈悲に応えられるよう、わたくしも精一杯尽力させて頂きます!」
「ええ。では、早速ですが本題に入りましょうか。」
ユミナは口の端を歪ませ、ゴードンに笑みを向ける。
その笑みは、到底12歳の少女のものとは思えないほどの色気があり、ゴードンは思わず目を見張ってしまった。
サキュバスの異性を魅了する力が、一瞬にしてゴードンの心を掴んだのだ。
ゴードンは、ここでユミナを確実に手に入れるべく睡眠薬などを隠し持っていたが、サキュバスの魅了を受けた彼の頭からは、最早己の計略の事などは吹き飛んでしまっていた。
魅了の力が相手に効いた事を確認したユミナは、周囲の監視者達に聞こえぬよう小声で囁く。
「ユミナ・エルネア・ベルファストが命じる。ゴードン伯、私のご主人様の役を演じなさい。」
サキュバスの魅了の力を受けた男は、そのサキュバスの言う事に逆らえなくなる。
蠱惑的な輝きを放つユミナの瞳は、絶対遵守の力で下僕となった下等生物に冷淡な眼差しを送っていた。