ユミエルの魅了の力が、ゴードンを洗脳し、彼女の奴隷に変えた。
但し、これからゴードンが演じるのは、ユミエルの奴隷の役ではなく、ユミエルの主人の役だったが。
「ユミナ殿下。私と結婚するつもりになりましたかな?」
「はい。これより精一杯、愛する御方のため、心を尽くしたいと存じます。」
ユミエルは、声を張ってそう宣言すると、慎ましやかに一礼した。
同時に、膝を突いた体勢を維持していたゴードンが、ゆっくりと立ち上がる。
これにより、両者の佇まいが先程と入れ替わった。
今は、一礼を終えたユミエルが地面に膝を突き、ゴードンが不敵な笑みで彼女を上から眺めている。
何も知らずにその光景を見ている第三者からすれば、両者の力関係は明白だ。
ユミエルがわざと少し大きな声でゴードンに愛を誓ったのも、第三者の勘違いを後押しした。
「どうなさいますか?」
リーンと共に物陰に潜んでいた宮廷魔術師のシャルロッテは、ユミエルの狙い通り、ユミナとゴードンの関係について誤解していた。
彼女だけではなく、リーンが連れている他の宮廷魔術師達も、同様の勘違いを起こしている。
シャルロッテは、他の魔術師達を代表する形で、今後の方針について自らの師であるリーンに尋ねた。
「まだ出るには早いわ。相手は仮にも伯爵なんだから、決定的な場面を押さえないと逆にこちらが悪者にされてしまうわよ?」
普段と変わらぬ冷静な瞳で、リーンはシャルロッテを見上げて答える。
そして、すぐさま視線を前に戻し、ユミナとゴードン伯の観察を再開しつつも、話を続けた。
「とは言っても、私達がここにこうして来たのはあくまでも王女の護衛のため。あそこを見て御覧なさい?」
「えっ、ど、何処ですか?」
「あそこよ。ここから少し離れた辺りに見える、あの寂れた感じの建物。」
リーンが指し示した建物は、白い煉瓦造りの、2階建ての一軒家だ。
煉瓦の石が所々欠けていたり、窓ガラスが薄汚れていたりと、お世辞にも綺麗とは言えない建物であり、人に手入れされている様子はない。
リーン達がいる場所からはその建物までの距離は、ざっと100メートルはあるだろうか。
「あの建物が、どうかされたんですか?」
「誰かが見てるわ。建物の中からね。」
「ええっ!? まさか、ゴードン伯の兵でしょうか?」
「違うと思うわ。この粘りつくような視線、妖しい感覚……これは、魔法で視力を強化してこちらを見ているんじゃないかしら? 透明化の魔法を使っている私達の存在には気付いていないようだけど、ユミナと伯爵をジッと眺めているわね。」
そして、今声にこそ出さなかったが、リーンは気付いていた。
遠くから感じる視線は、おそらく人の物ではないだろうという事に。
しかし、この状況を観察する魔物とは、一体どのような存在なのか。
(ゴードンが魔物を使役するなんて話、聞いた事ないわね。何かのマジックアイテムで従えてるのか、それとも、ゴードンが魔物に操られているのか。)
リーンの脳内で、幾つもの推測が交錯する。
だが、現時点ではいずれの推測にも決定打と言える証拠はない。
ならば、視線の主に、直接問い質すまで。
「シャルロッテ。あなたと数人の魔術師達で、透明化の魔法を維持したまま、さっき私が指した家屋に向かいなさい。」
「ゴードン伯の仲間を捕まえるのですね?」
「そうよ。そいつから、ゴードンの計画を聞き出して頂戴。ただ、相手は貧弱な一般人とは違うわ。人間でない可能性もある。シャルロッテ達の実力であれば問題なくあしらえるとは思うけれど、気を付けなさい。」
「はい! 分かりました!」
シャルロッテはまだ若い女性ながら、リーンを除けば宮廷魔術師達の中で最も高い実力を誇る。
リーンにとって、信頼に足る愛弟子なのだ。
だからこそ、リーンはシャルロッテに命令を託した。
師匠からの命令に、シャルロッテは力強く応え、数人の部下を連れて目的の家屋へ小走りで駆けていく。
透明化の魔法のお陰で、通行人がシャルロッテ達を避けてくれないのが困りモノではあるが、視線の主からもとくに妨害を加えられる事なく、彼女達は廃屋の扉の前まで到達した。
古ぼけた木製の扉は南京錠で固く閉ざされているが、魔術師達にとってはただのハリボテ同然だ。
但し、言うまでもない事だが、錠を破壊する際は、廃屋の中に潜んでいる者に勘付かれないように行う必要がある。
二度と開く事のないように閉ざされた扉を、錠の落ちる音で終わらせてはならないのだ。
シャルロッテは、小声で魔法を唱え、錠に亀裂を入れると、静かにそれを取り外し、扉を開けた。
廃屋へ侵入したシャルロッテ達は、まずは建物の1階部分を見回る。
建物の内部は、外から見えていた通り然程広くはなく、現代日本における一般的な一軒家と大して変わらない。
一階部分に誰もいない事を確認したシャルロッテ達は、次に二階へ向かう事にした。
ただ、階段はかなり急な造りになっており、音を立てずに上がるのは容易ではない。
そこで、彼女達は魔法で床の上から浮き上がり、二階まで一気に飛んだ。
「あら。やっぱり来たわね?」
「!」
二階の階段を上がり切った廊下の先の部屋に、透明化しているはずのシャルロッテ達に向けて笑いかける少女がいる。
何故透明化の魔法が見破られたのかという事よりも、少女の存在に衝撃を受けたシャルロッテは、声を出せば透明化が解けてしまうのも忘れて、思わず喘いだ。
「エ、エルゼ、さん……?」
薄暗い部屋の中で、窓から差し込む陽光を受けて輝く、長い銀髪と、勝気な雰囲気の整った顔立ちをした少女。
その少女は、リーンの仲間であり、また先日の望月冬夜の裁判ではユミナ側の証人として出廷したエルゼ・シルエスカだった。
だが、彼女は妹のリンゼとは異なり、魔法は得意ではなく、シャルロッテ達の透明化を見破るようなスキルなども有してはいなかったはずだ。
なのに、何故エルゼはシャルロッテ達の存在に気付けたのか。
その疑問について尋ねる間を与えないほどの速さで、エルゼはシャルロッテ達の元まで距離を詰めた。
「あなた達は、ここで終わりよ。」
エルゼは微笑み、腕に装着したガントレットでシャルロッテの腹部を殴りつける。
しかし、エルゼの手に伝わってきた感触は、まるで鉄の塊に拳を叩きつけた時のそれとよく似ていた。
敵陣に乗り込むにあたり、シャルロッテ達が不意打ちに何の対策もしていないはずがないのだ。
魔術によって形成されていた物理障壁は、シャルロッテに対するエルゼの攻撃を弱めた。
とはいえ、さすがに不意を突かれた以上は全くノーダメージという訳にもいかず、シャルロッテは大きく後ろに飛ばされる。
後退したシャルロッテの背後には他の宮廷魔術師達もいたため、ドミノ倒しの要領で次々と彼女達は後ろに倒れていき、やがて、ドミノは階段の手前に立っていた女性魔術師の所にまで到達してしまった。
「きゃあああああああああ!」
階段ギリギリのところに立っていた女性魔術師が、けたたましい物音と共に階段から落下していった。
それを見たエルゼは、口元の笑みを強める。
「まずは1人目撃破ね。さて、あまり長く遊ぶ時間もないし、さっさと終わらせるわよ。」
「何を……!?」
エルゼの翡翠色の瞳が、妖しい光を放つ。
同時に、屋内の壁や天井から、淡いピンクの煙が廊下に向かって流れ始めた。
「こ、これ、は……」
「ただの催淫ガスよ。ご主人様がユミナやあたし達の伝手を使って集めて回ったコレに、魔法を込めて発動させただけ。」
エルゼは、掌サイズの紫色のガラス玉をシャルロッテ達に見せ付けた。
このガラス玉は、エルゼの主人である男が八重やユミナを陥れる時に使った黄色いガラス玉と同様、魔法を込められるアイテムだ。
但し、その黄色いガラス玉は初級魔法しか込められなかったのに対し、今エルゼが持っている紫色のガラス玉は上級魔法をも封じておく事が出来る。
強力であるが故に非常に希少なアイテムなのだが、ユミナの第一王女という立場や、エルゼ達がこれまでの冒険で培った人脈などを活かす事により、僅かな個数ながらも入手に成功したのだ。
シャルロッテ達の透明化を見破ったのも、実は今エルゼが手にしているガラス玉の働きだった。
そして、今は、廃屋に仕込んだ催淫ガスと幻術の魔法、エルゼが持つサキュバスとしての能力「強制発情」の効果が発動している。
雌犬のサキュバスの力は、周囲の人間に強烈な劣情を催させ、そこにガラス玉の魔法が加わる事で、精鋭揃いであるはずの宮廷魔術師達すらも抗えぬ威力へと達した。
「あ、ああああっ……急に、アソコが熱くっ……!」
女性の魔術師達は、顔を真っ赤にしてその場にへたり込み、肩を激しく上下させて呼吸を繰り返している。
彼女達の手は徐々に、自らの股間へと移動していき、やがて、しっとり濡れたパンツに触れた。
「くっ、私は、エルゼさんの思い通りに、なんて……」
「あら、意外と粘るわね、シャルロッテさん。さすがだわ。」
唯一、シャルロッテだけは魔力で抵抗しているのか、自慰に耽り始めた他の女達よりも顔の赤みは薄く、未だ反抗的な表情を保っている。
エルゼはその場で屈むと、ガントレットを外した片手で、おもむろにシャルロッテの胸を掴んだ。
「前から思ってたけど、本当に大きいわよねぇ。イロ……八重を上回るサイズなんて、反則的じゃない?」
「きゃっ、何を!?」
緑色のロングヘアを揺らして、シャルロッテが後ろに背を仰け反らせた。
しかし、その程度でエルゼの手から逃れられるはずもなく、シャルロッテの豊満な胸はエルゼに揉みしだかれる。
「全く、八重といいリンゼといい、ムカつくわね。少しはあたしみたいな慎ましさを見習えっての。」
サキュバス化しても尚胸が小さ目のエルゼにとって、人間でありながら爆乳の持ち主であるシャルロッテは嫉妬の的だ。
現在のイロハやリースに比べればさすがに劣るとはいえ、人間時代の八重やリンゼを超えるサイズの乳房など、人間が持っていて良い物ではない。
「あなた、ムカつくからあたしの個人的な奴隷にしてあげるわ。受けなさい、淫魔の力を。」
「!」
エルゼの柔らかな唇が、シャルロッテの唇に触れた。
成人してはいるが実は男性経験が全くないシャルロッテにとって、初めてのキスが女に奪われた事はあまりにも衝撃的な出来事なのだが、直後に、その衝撃を遥かに凌駕する快楽が、彼女の全身を襲う。
「ああああ、あっ、ああああ……!」
サキュバスの力を、初心な肉体に直接吹き込まれたシャルロッテは、耳までも真っ赤に染めて悶え始める。
エルゼはそれを見て満足そうに頷くと、小さく呟いた。
「これで、ここに来た奴らは全員陥落ね。ご主人様に報告しなきゃ。」