「そうか。リーンの部下を堕としたか。」
自宅で出撃準備を整えている最中、俺の元にエリーゼより魔法で連絡が入った。
彼女からの報告の内容は、ユミエルと貴族の密会場所に、リーンが部下と共に現れたというものだ。
そして、密会場所近くで潜伏していたエリーゼは、リーンの部下である宮廷魔術師の女達を捕らえ、情報を聞き出した上でサキュバス化させたらしい。
サキュバスの姫から力を与えられてサキュバスとなったエリーゼだが、今までの彼女には他の女をサキュバス化させる力などなかったはずだ。
もしかしたら、俺が彼女に新しい名を与えた事で、サキュバスとしての本来の能力を発揮できるようになったのかもしれないな。
「それはさておき、切り札の1つをリーン本人ではなく部下如きに使ってしまったのは痛手だ。あの紫のガラス玉、もう予備はないのだぞ?」
上級魔法をも封じ込めておける超希少アイテムを使って堕とせたのがリーンの部下数人では、正直割に合わない。
王国の宮廷魔術師の中でリーンに次ぐ実力者らしいシャルロッテがこちらの手に堕ちたのは朗報だが、彼女を戦力として起用したところで、リーンには勝てないだろう。
リーンを倒すためには、やはり残るサキュバスの姫を目覚めさせる以外にない。
そして、彼女の覚醒には、リースの助力が必須だ。
「ご主人様。ただいま戻りました!」
「ご苦労、イロハ。洋服屋にもちゃんと寄ってきただろうな?」
「もちろんですわ。こちらが、洋服屋にご主人様用として仕立て直させたコートです。」
「うむ。」
俺はイロハから白いコートを受け取り、それを羽織ってみる。
それから肩を動かしたり、腕を軽く回して、コートの感触を確かめた。
「悪くないな。よく俺の体型に合わせられたものだ。」
このコートは、元は細身の奴向けのサイズだった。
それを仕立て直したコレは、俺にピッタリな仕上がりになっている。
まさに劇的ビフォーアフターだな。
「イロハ。今から出る準備は出来ているか?」
「はい。わたくしでしたら、いつでも問題ありませんわ。」
「よし! では、ゆくぞ!」
遂にこの時が来た。
まずは、リースとの合流を目的として行動する。
その後、最後のサキュバスの姫を召喚し、リーンを我が物とするのだ。
待っていろ、俺の奴隷よ!
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望月冬夜の屋敷跡地でユミナとゴードン伯爵の密会を監視していたリーンは、送り出した部下達から何の連絡も来ない事に不安を覚えていた。
(まさか、あの子達がやられた?)
そんなはずはない。
リーンがさっき感じていた視線は、もうこの場には向いていないのだ。
シャルロッテ達によって倒されたため、視線の主がこちらを見ていないと考えるのが妥当だろう。
しかし、本当にそうであるなら、何故シャルロッテ達は連絡の1つも寄越してこないのか。
(まだ戦っている、という可能性が濃厚かしら? でも、あの子達を送り出してからそれなりに時間が経過しているのに、未だに決着がついていないとなると、相手の戦力は……)
リーンは、相手の戦力を甘く見積もっていたと理解した。
王国の宮廷魔術師の中で、別格のリーンを除いて最も実力のあるシャルロッテが他の数人の部下と同行しているにも関わらず、苦戦しているのだ。
となれば、相手側はシャルロッテ以上の戦力を保有しているのかもしれない。
(シャルロッテ達と戦っている相手を雇ったのは、おそらくゴードン。だったら、彼の口を割るしかないわね。)
ゴードンの部下が如何に強くとも、ゴードン自身はただの貴族であり、人間だ。
彼は魔術が使えないし、武器も持っておらず、格闘術も嗜んではいない。
リーン自らが出ずとも、この場に残っている他の部下1人で充分に鎮圧できる。
「そこのあなた。ゴードンを抑えて頂戴。」
「よろしいのですか? 先程仰っていた、決定的な証拠の確保はまだですが。」
「私が、シャルロッテ達の元に加勢しに行くわ。そして敵を倒し、情報と証拠を引き出す。その間、あなた達はゴードンとユミナを確保して、ゴードンに尋問するのよ。同時に、ユミナにかかっていると思われる精神操作を解除して頂戴。」
「は! 仰せの通りに!」
リーンの命令を受けた男魔術師は、物陰から飛び出し、ゴードンに向けて魔法を放つ。
「光の鎖よ、敵を拘束せよ!」
白い光線がゴードンに命中し、彼の身体を縛り上げた。
本来は犯罪者を拘束する時に使う魔法であり、犯罪の証拠が不十分な状況下で貴族に使えば大問題になるのは間違いない。
だが、シャルロッテ達の方にリーンも加勢すれば、確実に敵を押さえ、証拠を取れるはずだ。
リーンも部下の男もそう考えたからこそ、この行動を選択した。
「貴様っ、何をする!? 私が誰だか分かっておるのか!?」
動きを封じられたゴードンが、唾を散らしながら喚く。
しかし、宮廷魔術師の男は強気な表情を緩めない。
「ゴードン伯。あなたには、ユミナ殿下に対する不敬と、何らかの精神魔法を使用した疑いがかかっております。大人しくご同行頂けますか?」
「ふざけるな! 私は、ユミナ殿下と合意の上で話しておるのだ! 決して、私が無理矢理言う事を聞かせている訳ではない!」
「その話については、後程じっくり調べさせて頂いた後にお伺いしましょう。お前達は、殿下を確保しろ。」
宮廷魔術師の男の指示で、これまで物陰に隠れていた魔術師達が一斉にユミナの元へ駆け寄る。
彼らはユミナを取り囲むと、彼女に告げた。
「ユミナ殿下。大変申し訳ございませんが、我々と一緒に来て頂けますか?」
「私も、ですか? まさか、私までも逮捕するつもりではないですよね?」
「とんでもない! 我々は、殿下をお救いするために馳せ参じたのです。殿下がご無事に戻られる事は、王様も何より望んでおられるでしょう。さあ、殿下。」
ユミナに向かって、幾つもの手が差し出される。
その手を冷たく見据えながら、ユミエルは思った。
(呆れたものですね。まさか、善意のつもりで私に救いの手を差し伸べたつもりですか? 本当に、腹立たしい!)
瞬間的に沸騰しそうになる怒りを、ユミエルは必死に抑える。
そこらの雑兵如きならともかく、リーンがこの場にいる今、力を行使するのは危険極まりない事だ。
ユミエルが全力を出したとしても、リーンには間違いなく負ける。
だが、ここでユミエルが捕らわれてしまった場合、彼女の愛する主人の計画に支障が出るのは確実。
「結構です。私は何ともありません。」
「し、しかし……」
王女に強く言い切られてしまっては、相手も強く出る事は出来ない。
そう考えてのユミエルの発言は、リーン相手には通用しなかった。
リーンは、シャルロッテ達の加勢へ向かおうとしていた足を止め、躊躇う部下の援護に入る。
「幾ら平気だと言われても、これは王からのご命令よ。例え王女と言えども、王の命令に逆らい何かを企んでいるとなれば、見過ごす訳にはいかないの。それでも拒むというなら、強引にでも連れて行くわ。」
「そうですか……。」
ユミエルはわざとらしく肩を竦ませ、息をついた。
最早、四の五の言っていられる状況ではない。
今頃、エリーゼやリース、そして主人が、ユミエルをリーンの魔の手から救うために行動を開始しているだろう。
ならば、彼らが助けに来るまで、時間を稼げばよいのだ。
「私を守りなさい、男達よ。」
ユミエルの瞳が、妖しい光を放つ。
魅了の力は、彼女を取り囲む男の宮廷魔術師達を一瞬にして惹きつけ、元々彼らが持っていた王女に対する忠誠心を、淫魔の下僕のものへと改竄した。
「我が家臣達! そこの魔女とその仲間を打ち倒すのよ!」
「はっ!」
男達は雄叫びを上げ、王女に一礼すると、リーンや彼女の仲間である女性魔術師達の方へ向き直った。
遂に、ユミエルがリーン達に対して明確な敵対行動を取ったのだ。
「今のは……まさか、黒幕はあなたの方なの、ユミナ?」
これまでは、ゴードンがユミナを操っているとばかり、リーン達は考えていた。
だが、男の魔術師達を今洗脳したのは、ゴードンではなくユミナだ。
となれば、リーン達が想定していた筋書きは、根底から覆りかねない。
「リーン様! もしや、ユミナ様は偽者なのでしょうか?」
「違うと思いたいのだけどね。」
部下からの質問に、リーンは頭を振った。
ユミナが使った洗脳の力は、確かに以前の彼女は有していなかったものだ。
しかし、ユミナから漂う魔力は、元の彼女のものとは多少性質が異なるようではあるものの、元の面影を僅かに残した雰囲気があった。
「ユミナ! 今のあなたは何者なのかしら?」
宮廷に仕える者が王女に危害を加えるなど、当然ながら言語道断。
とはいえ、止むを得ない事情があり、且つそれを実証できるのであれば、その例からは外れる。
今回もその例外に含まれるかどうか、リーンは戦闘前に念のため確認を取ろうとした。
それに対して、ユミナは艶やかな微笑を浮かべ、人間態の変身を解くという行為をもって答える。
「ご覧の通りですよ、リーンさん。」
「その姿、まさかサキュバス!?」
赤いボンテージを纏い、背中から小さなコウモリのような翼を広げ、頭部の左右から角を生やしたユミナの姿は、紛うことなき淫魔だ。
本性を確認した以上、リーン達に躊躇いはなかった。
「偽ユミナに洗脳された男達を押さえなさい! 私は、偽ユミナを仕留めるわ!」
「はい!」
リーンの部下の女魔術師達が、ユミエルの部下となった男魔術師達と魔法戦を開始した。
そして、色とりどりの魔法が吹き荒れる嵐の中、両軍の長は激突する。
「私に勝てると思ってるの、ユミナ?」
「さあ、どうでしょうね?」
ユミエルは微笑みながら、嘯く。
その言葉を最後に、2人の会話は途切れた。