俺は勝たなくてはいけない。
こんなところで、死ねるものか!
緊張で高鳴る鼓動に呼吸を預け、俺は窓を蹴って飛び立った。
窓から外に出た俺は飛行魔法を使い、青い鳥のように空を駆け、一直線にリーンに迫る。
そして、ユミエル達に今にもトドメを刺そうとしていたリーンの前に降り立った。
「そこまでだ!」
「あなたは……?」
目を瞬かせ、リーンは俺を眺めている。
だが、ユミエル達をかばうように現れた事から、すぐに俺が敵であると気付いたらしく、戦闘の構えを取った。
「もしかして、あなたが黒幕なのかしら? そこのサキュバス達と似た魔力があなたから感じられるんだけど?」
「如何にも。随分と俺の奴隷達を可愛がってくれたじゃないか。」
「それはこっちの台詞よ。私の部下や仲間に、散々好き勝手してくれたわね。この借り、きちんと返させてもらうわよ。」
「それはどうかな?」
魔法の扱いや戦い方については、リーンに分がある。
しかし、魔力ならば俺も負けてはいない。
更に、俺には心強い味方もいる。
「ご主人様! 私も加勢します!」
「頼むぞ、リース。」
蛾の羽で俺の後ろまで飛んできたリースが、この戦いにおける俺の相棒。
更にその後ろにはサキュバスの姫達もいるが、彼女らは戦いには参加しない。
リーンにサキュバスの力の効き目が薄い事は、これまでのユミエル達の戦闘で分かっているからな。
ユミエル達よりも格上の彼女らであれば多少は影響を与えられる可能性もあるが、そうするよりは、最後の姫の召喚に専念してもらう事にした。
「2人だけで私に勝つつもり? そこのリンゼらしいサキュバスはともかく、あなたはあまり強そうには見えないわね。」
「人を見た目で判断するなよ?」
まあ、見た目が少女なのに600歳という年齢のリーンなら、俺に言われずともそのくらい理解しているだろう。
リーンは俺がどのような能力を持っているか知らないから、俺を警戒しているはずだ。
一方、俺はリーンの能力について、ある程度は知っている。
つまり、情報のアドバンテージという点においては、俺が遥かに有利なのだ。
俺が勝つには、これを活かすしかない。
しかしながら、戦闘が長引けば、俺の使える魔法や戦い方などの情報をリーンに学習されてしまう。
故に、速攻だ。
先手必勝こそ世の常。
三手で勝てなければ、俺の負け。
いざ、勝負だ!
「ゆくぞ! 雷よ、爆炎を纏い轟け! サンダー・メテオ!」
上空から、巨大な炎を纏った雷が、リーン目掛けて落下する。
幾らリーンといえども、雷速には対応できまい!
「甘いわね。」
「何!?」
リーンの頭上で、まるで見えない壁に激突したかの如く、雷の隕石が爆ぜた。
強烈な爆風に周囲一帯は包まれ、強烈な熱と突風が俺にまで降りかかる。
「くっ、何て威力だ!」
戦闘に備えて魔法の訓練はしていたが、リーンを倒すため最大火力で撃ったのがマズかったか!
一応魔法防壁は張っているから、俺はダメージを最小限に抑えられるが、他の仲間はそうじゃない。
「弱きを守りし聖なる壁よ、加護の力を示せ! グランド・ウォール!」
ここで奴隷達を失う訳にはいかない。
俺は魔力を消耗するのを覚悟の上で、奴隷達を守るために爆風に耐えられる強固な防壁魔法を行使した。
そのお陰か、暫く時間が経過して爆風が止んだ時、リーンが立っていた辺り以外は暴風で倒木が発生している程度に留まっている。
「ん? リーンの奴、何処へ行った!?」
奴の姿が見当たらない。
何処に行ったのかと俺が推理を始めた瞬間、俺の首筋に強烈な衝撃が入った。
「ぐぅっ! まさか……!」
「そのまさかよ。残念ね。」
地面に倒れた俺を、平然と見下ろす1人の少女。
言うまでもなく、リーンだ。
おそらく、俺の魔法を凌いだ後、透明化の魔法でこっそり俺の背後に回りこみ、魔力で強化した身体能力を用いてチョップを見舞ったのだろう。
「あなたの魔力、確かにとんでもなかったわ。あれだけの力を持っているのは、私も他に冬夜くらいしか知らない。だけど、火力があれば勝てる訳じゃないという事、あなたは理解していなかったみたいね? まるで、魔法を習い始めたばかりの子供みたいな戦い方だわ。」
ちっ、言いたい放題言ってくれるな。
だが、事実その通りなのだから、反論は出来ない。
俺がリーンに勝る点は神から貰った最強クラスの魔力だから、それを活かすべく、初手で大火力の魔法を撃つ戦略を取ったが、これはあまりにも単純過ぎる。
子供が腕っ節を競うのと、何も変わらないのだ。
「殺さずに捕縛できそうだし、あなたにはきちんと取り調べと法の裁きを受けてもらうわ。これだけの事をやらかした以上、どの道死刑でしょうけどね。」
「まだだ! 俺は、こんなところでっ……!」
負ける訳には、いかない!
この世界の美しい女を全てモノにするまで、俺は死ねないのだ。
だから――寄越せ。
目の前の女を屈服させる力を。
神から貰った力だけでは、まだ足りない。
どんな相手であろうとも捻じ伏せ、性奴隷に出来る力が俺には必要なのだ。
もっと、もっと。
全てを、俺に寄越せ!
俺がそう心から願った、その時だった。
「ご主人様! 魔法陣から、魔力が!」
ああ、確かに、感じるな。
俺が戦っている間に、後方で最後のサキュバスの姫の召喚をしていたホルシュタンらが展開していた魔法陣から。
そして、俺の内からも。
「なるほど、そういう事だったか。やっと分かったぞ。」
さっき最後の姫を呼べなかったのは、おそらく俺の願いがまだ弱かったから。
あの時の俺は、今ほど追い詰められていた訳ではなかった。
だから、俺の心の何処かに甘さがあったのだ。
でも、今は違う。
生死の狭間で、俺は生きる事と、この世の全てを手にする事を渇望した。
かつての「彼女」と同じようにな。
俺が雌奴隷達との性交によって手にした、4人のサキュバスの姫の力は、俺の中でかつてない程に昂ぶっている。
そうして強大化した力は、未だ眠る最後の姫と繋がり、彼女の想いと共鳴し、俺の全身を駆け巡るのだ。
「一体、何をするつもり?」
リーンは、俺に問う。
彼女の表情からは、先程の余裕は消え失せていた。
どうやら、お前も感じるようだな。
この強大な力を。
さて、そろそろ、まだ眠ったままの最後の姫を起こしてやるとするか。
「いい加減、目覚めなさい」とな!
「淫らな夜を誘いし大いなる魔よ。我の精を贄とし、封印を破りて顕現せよ!」
サキュバスの姫を召喚するための呪文を、俺は高らかに唱えた。
すると、ホルシュタンらが展開した魔法陣は赤い輝きを強め、魔法陣の中心に光が集まっていく。
凝縮した光は形を変え、人型を形成していった。
ここまでは、魔法陣が特別巨大である事を除けば、これまでのサキュバスの姫を召喚した時と同じような流れだ。
しかし、この後俺が見たのは、思わず目を疑う光景であった。
「おお……! ふつくしい……!」
完全な人型になった赤い光が消えていき、光に包み込まれていた存在が、姿を現した瞬間。
俺の口から、そんな言葉が思わず漏れた。
サキュバスの姫は、全部で5人。
そのうち、俺がこれまでに従えてきた者達には、共通する特徴があった。
それは、首から下が人間で、頭だけが動物を象った異形である事だ。
唯一、モースだけはこの例からは外れていたが、人間とは程遠い外見だった点は同じ。
だが、最後の姫は違うのだ。
まず、服装がボンテージ衣装ではない。
彼女の全身を包むのは、漆黒の修道服という、およそサキュバスのイメージとはかけ離れた衣装であり、肌が露出しているのは顔の部分だけだ。
それでも、その極上の肢体は隠し切れないようで、服の胸元やお尻は布がはち切れんばかりに張り詰めている。
とはいえ、顔が異形なのなら、身体がどれだけ良くとも性的には興奮できないだろう。
故に、俺は今まで、サキュバスの姫を欲望の対象として見た事はなかった。
しかし、この最後の姫の顔は、異形ではなく、人間の若い女の物なのだ。
更に、その造形は非常に整っている。
長い睫毛に、少し釣り気味の大きな赤い瞳。
白い肌に、ほんのり上気した頬。
艶やかなピンクの唇。
フードの下から僅かに覗いている、光沢のある黒髪。
俺がこれまでに見てきたどの女よりも、美しいと言って良いほどの美貌だった。
――欲しい。
俺は、この女が欲しいぞ!
そんな俺の視線に気付いたのか、彼女がこちらへ僅かに顔を向ける。
彼女と目が合った瞬間、俺の心臓が破裂しそうなほどにドクンと跳ねた。
「ご主人様! お気を確かに! 殺されますよ!」
「っ、リース!?」
俺は、今何を考えていた?
馬鹿な事を考える余裕などないだろう。
リースに声をかけられなければ、俺は――おい、今リースは何と言った?
俺が、殺されるだと?
「あら、残念ですこと。新鮮な魔力を頂けるかと思いましたのに。」
修道服を着たサキュバスは、顔に手を当てた上品な仕草で、クスクスと笑っている。
姿こそ人間なれど、その態度はまさしく、人間を見下した魔物のそれだ。
その仕草を見て、俺はようやく納得した。
さっき、俺はこのサキュバスの姫に、魅了されたのだ。
サキュバスに魅了された男は、そのサキュバスの虜となり、自身の性も命すらも吸い尽くされる運命にある。
まさか、そんな事を召喚主に仕掛けてくるとはな。
「お前は、何をするつもりなんだ?」
彼女に、俺は問い掛ける。
その直後、彼女は服装に見合わぬ獰猛な笑みを、俺とリーンに向けた。
「わたくしの妹が止めなければ、あなたの命は頂戴していたところでしたけど、今回は特別に見逃して差し上げましょう。但し、そちらの女は、貰いますよ?」
修道服の女の全身から、黒い瘴気がオーラの如く噴き上がる。
それに圧倒されたのか、リーンの口から、ポツリと言葉が零れた。
「その姿、その力……! あなた、まさか……全ての淫魔の頂点にして最強と謳われた伝説のサキュバスの姫、『闇の聖母』マリア!」
マリアと呼ばれた修道服の女は、口元の笑みを強める。
彼女のそうした仕草は、声なき答えとして俺とリーンの脳裏に焼き付けられた。