俺たちのことをひとしきり話し終えるころには、身体はすっかり冷え切っていた。
近くの自動販売機で温かい飲み物を買い、カフビさんと一緒に飲む。
今まで飲んできた飲み物の中で、一番美味しいと思えた。
「ごめんね、カフビさん。ずっと黙ってて」
「いいです、いいです。謝らないで」
「これでお相子……フェアだよ。俺たち、お互い謝らないでいい」
カフビさんは、黙って俺の話を聞いてくれていた。
なにも言わず、ただじっと、俺の懺悔に耳を傾けてくれていた。
細かい日本語はわからないかもしれない。
それでも、全部、一言、一言、大切に聞いてくれたように見える。
「……でも良かったです、ユウ、話してくれて」
「ありがとう、ユウ。ワタシ、嬉しい」
「カフビさん……」
「本当は、ユウのこと、最初から見てました」
「寂しそうな目してて、ワタシと同じじゃないかって」
それは俺も思っていた。
見た瞬間、この人もなにかを隠しているんじゃないかと思った。
直感、という曖昧なものかもしれない。
それでも同じ似たようなものを抱えていると、なんとなく思っていたのが事実だ。
「だから、あのとき、教えてくれなかったこと、ショックだった」
「ワタシ、ユウの味方になれなかったって、ショックだったよ」
「……ごめんな、本当に。俺、ビビリでさ、言えなかったんだ」
「ビビリ……? おぉ、チキンのことね」
「まぁ、そうとも言うね」
「ふふふ、良いですよ。こうしてユウは教えてくれた」
カフビさんはすっかり泣くのをやめ、笑い声をあげている。
良かった、悲しい想いをしなくてすんで。
「ユウの辛いこと、わかったよ」
「いや、それは……」
「育った場所から出てくるの、ほんと辛い。ワタシ、それこの国にきてよくわかった」
「それでも、大切な人のため、頑張ってたんだね」
「うん、カフビさんもそうだよね」
「はい、頑張りました。でも……もう、帰らなきゃいけない」
カフビさんはブランコからたちあがると、空を見上げた。
曇天の夜空、今にも雪が降りだしそうな寒さだ。
「最後に、ユウの話、聞けてよかった。ありがとう」
カフビさんが、深々と頭を下げて、行ってしまう。
彼の後ろ姿が、あのときの、事故が起きたときの風香と重なってしまって。
自然と、カフビさんの歩みを妨げてしまう。
「また、会えるよね?」
カフビさんは背を向けたまま、ピクリとも動かない。
しばらく、沈黙が続き、ようやく喋り出す。
「……あっちで捕まって、どうなるかわかりません」
「……待つよ、カフビさんが出てくるまで、俺は」
「あはは、ダメですよ。ユウは、あの可愛いガールフレンドと一緒にいないと」
「ガールフレンド……であり、シスターのね」
「……でもっ!」
言葉を吐き出す瞬間、カフビさんは振り返ってきた。
クシャクシャに顔を歪ませ、涙をこぼしている。
「ユウは大切な人の傍にいなきゃ、ダメです」
「ワタシ、それできないから」
「俺、俺は……!」
悔しくて、悲しくて握り拳を作ってしまう。
そんな俺の手を、カフビさんはそっと握ってくる。
優しく、あたたかい手のひらに、なにかのつながりを覚える。
きっと、これは、似た者だけが紡げるつながり。
決して、同じ罪ではないけれど、同じ想い同士が結べる縁。
罪の光でつながるもの。
「ひとつ、約束してください」
「約束……?」
「これ、ワタシの家です。ここに、ユウの絵を送ってください」
手渡された紙には、文字が記載されている。
カフビさんは、涙交じりの笑顔で優しく言葉を続ける。
「写真も。ワタシのワイフと娘の絵、送ってください」
「俺の絵を?」
「はい、ユウの絵を」
「きっと、ワタシのファミリーも喜ぶと思います」
下手くそな絵なのに、素人の絵なのに、喜ぶと言ってくれるのか。
「だって、ユウの絵、ワタシ好きです」
カフビさんはそれだけ言うと、再び俺に背を向ける。
本当にこれでお別れなんだと思うと、急に引き止める言葉が見つからなくなる。
それでも、最後にこれだけ言わないと。
「カフビさん! 約束、守るから!」
「俺、送るから! カフビさんの家に、家族のところに!」
「友達の、大切な人のところに!!」
「……さようなら、ゆうと」
カフビさんは最後まで振り返らず、公園をあとにした。
胸の奥にはすっかり穴が空いてしまった感覚だけが残っている。
それでも、失った痛みはなく、なにかあたたかいものがある気がした。
それがなんなのか、どう明言したらいいかわからない。
それでも、大切なものだと思える。
失ってはいけない、尊い、なにか……。
「あっ」
携帯に着信がかかる。
液晶には風香の名前が映されていた。
「もしもし」
電話先の相手は、ただ一言。
会いたい、と伝えてきた。
声のトーンから、なにかあったことを察する。
「うん、俺も……会いたいと思ってた」
彼女がどこにいるかを聞いて、電源を切る。
ここから少しかかる、あの場所。
この街が一望できる、あの高台にいるらしい。
急がないと、身体が冷えてしまう。
「行こう」
俺はゆっくりと歩き出した。