「どう、して……」
「どうしてもなにも、アタシの価値観だけど?」
必死に絞り出した返事も、恵美のあっけない一言に切り伏せられる。
まだ事実が飲み込めなくて、上手く言葉が出てこない。
そんな私を見かねてか、恵美は優しく微笑みながら、切り出してきた。
「風香と弟君が苦しんでたのもわかる。今も隠し事をしている辛さもわかる」
「村で起きたことも、さぞかし嫌なことだったろう」
「それでも、なんだよ」
「あんたたちは、決して胸を張れることをしてるわけじゃない」
恵美が微笑んだまま、私に現実を突きつけてくる。
胸にナイフを突き立てられるような鋭い痛みに、泣きだしそうだった。
いや、もう涙をこぼしているのかもしれない。
「アタシが聞き出しだしたことでもあるし、責められないことも重々承知してる」
「それでも、あんたたちは胸を張っちゃいけないと思う」
「なんで、よ……? なんで、そんなこと言うのよ!」
我慢できずに、感情の赴くまま、言葉を吐き出す。
「私と似た恵美なら、共感してくれるって思ってた!」
「例え、自分と愛する者以外が敵になったとしても、それは尊いことだって」
「許されることだって、愛し合ってもいいんだって、認めてくれると思ってた!」
「どうしてよ、恵美! あなたも普通の人と同じこと、言うの!?」
恵美は怒る素振りも見せず、ただ頷く。
全てを許す神の使いのように。
「拒絶はしない。起きてしまったことだし、当事者じゃないから」
「でも、ごめん。アタシは、同意できないんだ」
「姉弟で愛し合って、幸せになってなんて……許されたら、それこそ終わりだよ」
「終わりって……」
「物事にはルールが存在する。道徳っていう感情を、法律という名の規律でまとめあげてるんだ」
「それを破ること自体は仕方がないことさ。アタシだって褒められたものじゃない」
「でもね。破ったのなら、二度と過ちを犯さないようにするのが、人間ってものじゃないの?」
恵美の言うことは、破ってしまった罪の意識を持ち続けろという戒めだ。
普通のレールから外れてしまったのなら、もう一生、その道を歩み続ける覚悟を持てと言っている。
その感覚が、万人に認められない。そうあるべきでないと、彼女は言っている。
「恵美が言っても説得力ないよ」
「まぁ、あんたからしたらそう見えるわな、でもな」
「アタシはその覚悟を持ってる。親がぶっ殺されて、頼れるものは自分以外になにもないんだからさ」
「だから、アタシはアタシの感覚で、偽らず、風香に伝えてる」
「そんなのって……! 独善じゃない!」
「独善で結構。そもそも、善良な人間じゃねーし」
「開き直りよ」
「開き直ってるさ。だって、アタシには、あんたたちの想いは抱えきれない」
恵美が肩に手を当てててくる。
そっと、優しい手のひらに、なぜだか温もりを感じてしまう。
「友達が、大切な人が道から外れて喜べるなんて、無理だよ……」
「恵美……」
「だから、ごめん。アタシはあんたたちのこと、素直に喜べない」
「自分勝手に、好きにしろとか言ったのに影響されたのなら、謝る」
頭を深々と下げてくる恵美。
そんな彼女の姿を見て、私は酷く動揺してしまった。
あの恵美が頭を下げていることに、友達を悲しませてしまったことに。
「やめて……」
「ごめん、風香」
「やめて、やめて……!」
「ある意味、あんたに助言したアタシのせいでもあるから」
「もう、やめて!!」
恵美らしくない謝罪に、声を荒げてしまう。
「……私の、勝手な期待だったのかな?」
「いや、そうじゃないよ」
「友達なら、似たような相手なら、わかってくれると思ってた私が甘かったのかな」
「甘くない」
「なんで、こうなるのかな……」
涙をボロボロとこぼしてしまう。
情けない泣き顔だけど、なかなか笑えなくて、しょうがない。
「……ほんと、打ち明けてくれてありがとう」
「……うん」
「肯定できないだけなんだ、ただそれだけ」
恵美もなぜか涙をこぼしている。
泣き顔に涙を浮かべると、なぜだか美しくみえてしまう。
「もし……」
「えっ?」
「もし、アタシが風香の立場だったのなら」
恵美は笑いながら、ゆっくりと歩き出し。
「アタシは、あんたと同じこと、してかもしれない」
優しい、天使のような笑み。
その表情に魅入られてしまい、私は言葉を失う。
まるで時間がとまってしまったような錯覚に陥る。
「……アタシ、帰るわ。風香はどうする?」
「……ちょっとひとりでいたい」
「そっか……わかった」
恵美がこの場から去ろうとする。
すれ違う瞬間、肩をポンと叩かれ。
「あんたはどう思うかわからないし、信用できないかもしれないけどさ」
「アタシは、ずっと風香の友達だから」
そうして、恵美はいなくなってしまった。
「……友達」
ひとり、虚空を見上げる。
気温はさらに下がり、上着越しでも冷気が伝わるほどに寒い。
「……また、ひとりか」
廃線前のことを思い出し、苦笑いしてしまう。
あのときも、こんな風にひとりぼっちだった。
立ち尽くして、悩んで、後悔して、つっ立っていた。
「あのときと、なんにも変わんないじゃない」
弱い自分、情けない自分、偽りの自分。
また、みっともない真似を晒している。
優人がそばにいるのに、変われないままで……。
「優人……」
また、あのときのように名前をつぶやいてみる。
こんな私に愛想つかすかもしれない。
でも、私は……。
「……もしもし?」
電話をかけ、数秒後、優人が出てくれる。
声のトーンから、私と同じようになにかがあったことがわかる。
支えてあげないといけないけど、そんな余裕がなくて。
「会いたい」
ただ、その一言だけ、発していた。