その周辺
「ありがとうございました」
ランチ最後のお客も掃け終えて、一息つく。
休日のランチは混むから、余計なことを考えずに済むから好きだ。
「野々村君、お疲れ。片して賄い食べちゃって」
「ありがとうございます店長」
汗だくの男性が、腕で額を拭いながら、キッチン奥から顔をのぞかせる。
高校生の自分がアルバイトをやれるのも、この店長のご厚意があってこそだ。
いや、低賃金で働いているのだから、お互いウィンウィンの関係に過ぎない。
店長は安く、面倒が少なそうな俺を雇う。
俺は、生活費を稼ぐために働く。
新聞屋で働くのも考えたが、勉学がおろそかになってしまうほど激務だから、最終的にはここでお世話になることになった。
忙しいのは悪いことじゃないし、接客業で学ぶことも多い。
人の機微に敏感になること、視野を広げること。
少なからず、俺に影響を与えているものだ。
「片付け、終わりました」
「ありがとう! キッチンも終わったから、賄い食べようか」
キッチン奥から、店長とお弟子さんが出てきて、賄いを温め始める。
今日の賄いは、スパイスで炒めた鳥肉チャーハンだ。
「いやー野々村君がバイト入ってから、もう三か月ぐらいだっけ?」
「はい、そうですね」
「最初は不安だったけど、テキパキ動いてくれて、助かるよ、ほんと」
店長はチャーハンを食べながら、笑顔でそんなことを言ってくれる。
嬉しいのだが、食事ぐらいはゆっくり静かに食べたい。
「ほんとさ、最近の若い子って、すぐ辞めちゃうし、責任感がないっていうかさぁ」
「あははは、そうですね」
「だから、野々村君は真面目にやってくれて、ありがたいんだよ」
「ほんと、野々村君は“まとも”な若い子で、安心した」
「……ははは」
店長の言葉に、胸が痛くなる。
本当は“まとも”でもなんでもないのに、そんな風に言われると作った笑みが剥がれそうだ。
喉につまったチャーハンを、水で一気に流し込む。
なんだか胸やけがしそうな味だ。
「……あ、そろそろ時間だ」
「時間って、なにかあるんですか?」
「こないだ働かせてくれって電話があったんだよ。それの面接」
人の出入りが激しい飲食業で、新しい働き手は嬉しいはずだ。
それにしては、店長の顔が苦いのはなぜだろうか。
そう考えていると、閉まっていたドアが開く。
人影は、小さく、少し丸みを帯びていて……。
「はじめ、まして。ワタシ、ここではたらきたい、のです」
「あーはいはい、面接希望の人ね」
明らかに日本人の顔立ちではない。
喋り方もたどたどしく、不自由で、海外の人だと一目でわかった。
肌の色から、インドやネパールの出身に見える。
「あ、え、と……」
「はいはい、とりあえず、奥行こうか。私、ここのマスターです」
「あ、マスター、さん! こんにちは!」
「はい、こんにちは」
店長は、礼儀はわかるみたいだな、とつぶやき、店の奥へと面接希望の人を連れて行く。
おそらく事務所で面接するんだろう。狭いところだが、立てば二人入るぐらいのスペースはある。
「……どう思いますか?」
お弟子さんに聞いてみても、返事はない。
この人は職人気質で、口下手なほうだから、自分が口出しする必要はないと思ったんだろう。
最低限の生活費分、働かせてもらえるなら、俺はなんだっていいのだが。
「あ、野々村君、まだいたね」
賄いを食べ終え、食器を片したところで店長に呼び止められる。
どうやら、あの人の面接が終わったみたいだ。
「この人、明日からウチで働いてもらうことになったから」
「あ、はい……」
「それじゃ、挨拶して」
店長の後ろから、その人はヌっと姿を現す。
目はクリっと丸く、毛先がクルリとして短い黒髪。
どこか、愛嬌があるような笑みで、こちらをじっと見つめている。
挨拶されると思い、相手が喋り出すのを待っているが、なかなか喋り出さない。
ニコニコし続けて、俺のことをじっと見つめて……。
なにかおかしなことでもしてしまったかと思っていると、ようやく、相手が喋り出した。
「明日から、よろしく、おねがい、しまします」
「しましま……?」
「ワタシの名前は、カフビと、いいます」
「あなたのお名前、なんですか?」