外がいっそう寒くなり、イルミネーションが飾れるころには、カフビさんも仕事に慣れてきた。
些細なミスはあるものの、持ち前の愛嬌さと一生懸命さでなんとかやっていけている。
あの休憩の日以来、軽い絵を描いてはカフビさんに見せ続けている。
店に来たお客さんや店長、風景、色んなものを描いては、カフビさんに見てもらった。
俺の拙い絵を見るたびに、カフビさんは笑顔で、上手と言ってくれる。
彼の笑顔と言葉を受け取るだけで、自分が少しまともじゃないかと思える。
俺を縛り付けていたものが、未来へとつながっている気がして嬉しかった。
「カフビさん……って、店長と話してるのか」
ディナーも終わり、閉め作業をしていると、奥で二人が話し合っているのを見かけた。
なんだか、店長の口調が激しくて、カフビさんも表情が暗くて、揉め事があったんだろうか。
最近はミスも減ってきたのに、店長はどうして……。
「まったく、なんで嘘つくかなぁ」
「店長、あの……カフビさん、なにかあったんですか?」
「いやさぁ、あんまこういうこと言いたくないんだけどね」
カフビさんと話し終えた店長に声をかけると、眉間に皺を寄せながら、言葉を続けてきた。
「カフビのやつ……パスポート、偽装してるっぽいんだよ」
その夜、カフビさんと一緒に帰ることにした。
別に問い詰めたいわけじゃなかったけど、こんなときだからこそ、傍にいてあげたかった。
辛いときにひとりでいることの苦しみは、わかっているつもりだったから。
「寒いね、カフビさん」
「はい……」
「日本ではこの季節、お鍋とかを食べるんだけど、カフビさんは食べるの?」
「お鍋……? スープのこと?」
「スープの中に、野菜とかお肉とか入れて、煮込む料理」
「あぁ、食べます。野菜、美味しい」
「そっか。鍋を食べると、ホッとするんだよね」
「ホット? スパイシーですか?」
「あぁ、いやいや、スパイシーって意味じゃなくて」
苦笑いを浮かべながら、俺たちは冬の暗い道を歩いていく。
電灯が時折消えながらも、夜道を照らしていて、見上げると、星空が浮かんでいる。
なんだか物寂しくなって、ついつい喋りかけてしまうけど、カフビさんが元気をなくしているのは、火を見るよりも明らかだった。
カフビさんの家と俺の家の方向は同じだから、よくこうやって帰ってたけど、こんな雰囲気は初めてだ。
いつもは、笑い合いながら帰っているのに、今日は空気が重々しい。
しばらく、白い息を吐きながら、静寂の中を歩き続ける。
しかし、足音が一人分になってしまう。後ろを振り返ると、カフビさんが悲しそうだけど嬉しそうな瞳をこちらに向けていた。
「……ユウ」
「うん、どうしたの?」
「ちょっと、話、いいですか?」
カフビさんが、道路の奥にある公園を指差して、尋ねてくる。
二つ返事をすると、カフビさんは少し安心したように笑った。
「寒いし、とりあえず、これでも飲みながら喋りましょう」
近くの自販機でホットコーヒーを買い、カフビさんに渡す。
ふたりでベンチに座り、コーヒーを無言で飲み続ける。
身体もあったまったところで、カフビさんが独り言のように喋り始めた。
「……ワタシ、嘘ついてます」
「嘘……?」
「マスターがユウに言ってたこと、全部、ほんとです」
「ワタシ、この国に嘘ついて、入ってきました」
まるで裁判官に罪の告白をするように、カフビさんは静かに喋る。
俯きながら、時折、肩と膝を震わせ、絞首刑を待ちわびる罪人のように、ジッとして。
「なにか理由があるんでしょ?」
「……」
「カフビさん、悪いことだってわかってるのに、ここに居るのは、そうしなきゃいけないからだろ?」
「……五歳になる娘がいるんです。それに、ワイフも」
そういうと、カフビさんはポケットから財布を出し、写真を取り出す。
写真には、カフビさんに似て愛嬌のある笑顔を浮かべる女の子と、黒く長い髪の毛をした優しそうな女性がいた。
「ワタシの国で働くよりも、ここで働くのが稼げる」
「ワタシと同じように、イケナイけど、お金稼ぎに、この国来てる人いる」
「イケナイのわかってる、でも……家族の為には必要なことだった」
「嘘つかなきゃいけないの?」
「……そうしないと、凄いお金かかる。今よりもかかる」
カフビさんを見ると、少し瞳を潤ませていた。
やりきれない想いが表情に出ていて。
どこか、あの頃の、珠里村にいた頃の俺を思い出すものだった。
「……ありがとう」
「……?」
「カフビさん、話してくれてありがとうね」
あの頃の俺と同じような気分なら、こんなこと話すのも勇気がいるはずだ。
それでも、俺には正直に話してくれたことに、感謝しないといけない。
ありがとうって言って、そこから先を聞かないと。
「でも、なんで俺に話してくれたの?」
「……ユウ、会ったとき、ワタシと同じ目、してた」
「だから、正直に話したかった」
あぁ、なるほど。カフビさんは、そこまで見抜いてたのか。
俺も嘘をつき続けていることを。
許されないことをしているのを、感じ取っていたんだ。
「ユウは優しくしてくれる。スマイルにしてくれる」
「そんなユウに、嘘つきたくなかった」
「カフビさん……」
「ごめんなさい、ワタシ、嘘つきです」
そんなこと言ったら、俺だって嘘つきだ。
許されない関係を結び、村から逃げてきた。
罪に光を見出してしまって、周りを欺き、歩き続けているだけなんだ。
「俺は……」
村を出て、初めて自分のことを話したい気持ちになった。
俺も同じなんだ、許されない嘘つきなんだ。
だから、謝らないでくれ。
そう続けたかったのに、言葉は出てきてくれない。
感情が喉奥で詰まってしまったみたいで、痛くて痛くて、苦しい。
「ユウ……」
カフビさんの声が、優しく、そして寂しいものに聞こえる。
結局、俺は自分の罪を告げられず、カフビさんと別れてしまった。
胸に棘が刺さったみたいで、痛くて苦しくて、切なくて。
どうしようもなく、風香に会いたくなる夜だった。