ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
るちあの部屋で四十八時間の断食をすることになった俺。しかし、風呂に浸かってたら彼女が入ってきてビックリ。ガマンできずに出たら今度は彼女の父親に裸を見られて俺なみだ目。なんとか落ち着いたら女物のパジャマと下着を着せられて、俺はいったい何をさせられるの?
「ダイエットの方法っていうのはね、星の数ほどあるのよ」
柔らかなウェーブがかかった明るめのロングヘア。オレンジ色のパジャマの胸を突き上げる巨乳の持ち主……
図案化された可愛らしい動物たちのキャラクターに囲まれた、ファンシーショップの内装と見紛うほど可愛らしい部屋に風呂上がりの女の子特有のいい匂いが漂っていた。
「だけど、ほとんどのダイエット法は痩せるためのものではないのよ。では、何のためにあるのか? 世にあまねくダイエット法の大半は『新たなダイエット方法』という商品として企業に利益をもたらすためのものなの。最初からそのために企画され、製造され、販売され、消費されるために作られた商品なのよ。巷に氾濫するダイエットはファッションとライフスタイル、フィットネスに関わる数多くのハードウェアとソフトウェアを販売するためのコンテンツに過ぎないの。次々と紹介されるダイエット方法は、健康的に、無理なく、安価に痩せることを喧伝し、支払った代金と引き換えに、わずかな努力で素晴らしい将来が手に入ることを仄めかす。そうでなければ売れないし、売れないものには広告宣伝費はかけられない。大半のダイエット法は多額の費用をかけてPRされ、信頼できる
彼女は、身振り手振りを交えて長い長いダイエット論を熱く開陳する。上半身の動きに合わせて……いや、ワンテンポ遅れて大きな胸が揺れて、たわみ、揺り返して俺の視線を誘惑する。
「断食がすごいってのはわかったけど、これからどうすればいいんだ?」
俺は今まで断食なんてやったこともないし、空腹と言えば夕食前の短時間ぐらいしか経験したことがないけど、おそらく想像を絶する苦痛との戦いになるに違いない。これは、男の戦場としては申し分ない。まあ、ここがファンシーな女の子の部屋だというのがちょっと残念だけど……。
部屋を見渡しながらそんなことを考えていたら、彼女の目がキラリと光った。
「どうすればいいかと聞いたわね? ふふん。何もしてはいけないのよ。あなたはこれからの四十八時間、ここに閉じ込められて、まるで陸《おか》に打ち上げられた人魚のようにただただ横になって過ごすのよ」
◇◇◇
ふと目が覚めると辺りは暗く、静寂に包まれていた。いつも聞こえる大通りを走る車の音も今夜はまったく聞こえない。
ああ、そうか。るちあの部屋に泊まり込んで断食ダイエットの真っ最中だったんだっけ?
トイレに行きたくなって起き上がろうとすると抵抗を感じる。るちあが俺の右腕に両腕を絡ませて眠っていた。彼女の部屋のクィーンサイズのベッドに二人で横になって就寝したのだ。二の腕に彼女の巨乳が押し付けられていてとても気持ちがいい……ハズなんだけど、しがみつかれて血流が悪くなっているのかイマイチ感触がよくわからない。
無理やり起き上がったら、るちあの腕は大人しく離れてくれた。どうやら彼女を起こさずに済んだようだ。
昨夜、風呂場での大騒ぎの後、るちあと俺は一階のリビングに呼ばれた。娘と一緒に風呂にまで入っていた俺が本当は男子生徒だとバレたのかと青くなったが、それは杞憂に終わった。
娘と妻に嵐の如く叱責されて自己弁護の機会を失ったかわいそうなオヤジさんが、なんとか俺たちの機嫌をとろうとプレゼントを用意したのだ。あれからすぐに駅前まで走って買ってきたらしい白い箱がテーブルの上に置かれていた。
しかし、オヤジさんの買ってきたものはこの状況において最悪の選択だった。あろうことかそれは種類にして四種類、二個づつ合計八ピースの色とりどりの美味しそうなケーキたちだったのだ!
もともとウッカリ屋の素質でもあったのか、それとも娘に怒鳴られて恐慌に陥ってしまったのか、ダイエット中の娘にケーキを買ってくる迂闊な父親に、ふたたびるちあの雷が落ちた。
不幸中の幸いと言うべきか、オヤジさんにはどうやら本物の女の子だと思われたようだ。あの瞬間にどこまで見られたのかわからないけど、この薄い胸を見ても女だと思ったのだから、オヤジさんはよほど慌てていたのだろう。
誰が見ても男だと見破られないレベルを女装用語で『
俺だってブラックベリーフィールズでのメイド姿なら完パスの自信はある。でも、ウィッグなしのショートカットでしかもノーメイク。おまけに全裸の状態で女に見られるなんて、幸運だったとしか言いようがない。男子生徒だとバレなくてホントに良かったと思う。
一階のトイレで用を足し便座から立ち上がった瞬間、目の前が急に暗くなって危うく倒れそうになった。貧血だ。
壁に手をついてゆっくりと座り直すと、じっと貧血が収まるのを待つ。今度は慎重に立ち上がって静々と廊下を歩いた。
リビングの前を通る時、壁にかかった時計が常夜灯の仄かな明かりに照らされて午前三時過ぎを指しているのが見えた。るちあの両親もすでに寝ているだろう。
時計の音だけが静かに聞こえるリビングに、今まで聞いたことがないくらい下品な音が鳴り響く。俺の腹の虫だ!
胃袋から俺のモチベーションを引き摺り下ろすファンファーレが盛大に鳴り響く。それだけでみんなが目を覚ましてしまいそうな音量だ。音圧レベルで表記するならおよそ100デシベル……電車が通過中のガード下に相当する騒音。その音を合図に空腹感が一層強くなって俺を責め苛む。
このままでは俺の胃袋は完全に裏返り、壁に胃液を撒き散らしながら悶絶することになるかもしれない。もうこれ以上我慢することなどできそうになかった。毎日欠かさず決まった時間に食事をとってきた俺みたいな人間には、断食なんて最初から無理な相談だったのだ。
足音を忍ばせて、常夜灯に照らされた薄暗いダイニングに入る。アイランドキッチンの向こう側にピカピカ光るステンレス外装の冷蔵庫が見えた。他人の家の冷蔵庫を勝手に……しかも真夜中に開けることがどれほど無作法かわかってるけど、眠る前にミネラルウォーターのペットボトルを取り出すためにすでに何度か開けていたし、猛烈に襲いくる空腹が前頭葉の働きを著しく阻害して、知らぬ間に俺から理性を奪い去っていた。
ドアを開け閉めするたびになにげなく視界の隅に見えていた白いボール紙で作られた箱。その小さな箱がとても重要で圧倒的な意味を持って俺の脳の扁桃体を刺激する。あの箱には、るちあのオヤジさんが買ってきたケーキが八ピース入っているハズだ。まだ姿も見ていないケーキたちの甘い香りが脳内に擬似的に再生される。
俺の手はなんの躊躇もなく冷蔵庫の扉を開けると、まるで訓練されたスパイのごとく音も立てずに白い箱を取り出す。テーブルに置いてシールで封をされたふたをそっと開く。スマホで照らしながら中を覗くとレアチーズケーキ、ガトーショコラ、紫芋のモンブラン、季節の果物のタルトがそれぞれ二ピースづつキチンと並んで、俺の胃に収まるのを待っていた。
デコレーションケーキのエネルギー量はおよそ二百~四百キロカロリー。二個食べただけで一回の食事で得られるカロリー量を軽く凌駕してしまう。各種一個ずつ食べるだけで女子高生の一日分の摂取カロリー量に近づいてしまう恐ろしい食べ物なのだ。
俺の前頭葉が最後の抵抗のための理性的な計算を始める。
しかし、ここでもう一度良く考えてみよう。
生のケーキは賞味期限がとても短い。俺たちが断食を終える日曜の夕方までその儚い命はとても保たない。父親は言うに及ばず、あの優しい母親だって断食中の娘を前にケーキを食べるなんてことはできないだろう。つまりこのケーキたちは誰にも食べられることなく破棄されてしまう運命なのだ。
個々のケーキは、毎日同じレシピによって製造されたマスプロ商品に過ぎないかもしれない。しかし、だからと言って、賞味されることなく安易に捨てられるのは不幸なことではなかろうか! 今この手の中にある八個のケーキたちに、そんな酷い運命を背負わせることなど俺には到底できようハズがない。食品を安易に捨ててしまう事は、昨今の省資源、省エネルギーの精神にも反する。
それに、忘れてはいけない事実がある。
これらケーキたちは『俺が裸を見られた』からこそ、購入されてここにあるのだ。俺が裸を見られなければ、このケーキたちは他の客に買われておいしく食べられていただろう。つまり、彼らの正当なる所有者は俺以外の何者でもなく、また、俺はこのケーキたちの行く末に責任があるのだ。
結論は出た。
右手に季節の果物のタルト。左手にガトーショコラを持った。俺はもうなにも迷わない。
ケーキを口元に持っていったその瞬間、仄暗かったリビングがまばゆい光で溢れ返った。
「待って、東條くん」
るちあがドアのところに立っていた。パジャマの上からピンク色のカーディガンを羽織っている。
空腹とは言え自分から望んだ断食を台無しにして、ケーキという乳脂肪と砂糖の塊を摂取しようとしている……その決定的な現場を俺は見られてしまった。空腹に屈した弱さを見られてしまった恥ずかしさも忘れ、俺は両手に掴んだケーキを箱に戻すことができないでいた。
しかし、そんな俺を見つめる彼女の目に軽蔑の色はなかった。
「断食で弱った体に冷蔵庫で冷えたケーキは毒だわ。あたしが温めてあげる」
そう言うと、るちあはパジャマの前ボタンを次々に外していく。ボタンを外し終えると、ノーブラのためにほんの少しだけ重力に負けて変形している彼女の巨乳が飛び出した。
え? ナニコレ。
唖然とする俺に近づいて両手のケーキを取り上げると、おもむろに生クリームの部分を自分の胸に押し当ててなすり着け始めた。
え? 温めるって……ソレ?
ドン引きしつつも、俺の中の冷静な自分が状況を仔細に検討した。
つまりコレはよくあるアレに違いない。最近なにかと胸を露出しまくってるるちあだけど、さすがにここまで異常な真似をするハズがない!
目の前のセクシーなシチュエーションを『夢』だと断定するのも抵抗があるけど……。だってコレが夢だとするなら、俺は彼女のおっぱいに強い関心を持ってるってことになってしまう。
でも、夢ならば彼女に軽蔑されることはない……か。
二つの胸に生クリームとチョコレートの二種類のクリームをつけた彼女が、両手を伸ばして微笑んでいる。俺はまるで赤ん坊の頃に戻ったような気分で、るちあにフラフラと近づいてその大きな胸にかぶりついた。
右の胸は生クリームだ。先端部分のクリームが盛り上がった辺りを舌先で探ると、乳首のすぐ近くからサクランボが顔を覗かせた。左の胸はチョコレートクリームだ。チョコレートは俺の大好きなスイーツなので、特に念入りに舐めていく。
舌先が先端の周辺を横切るたびに彼女が息を詰めるのがわかる。それはとても可愛い反応だったけど、以前観たアダルトビデオの女優とは全然違う。個人差があるのか、処女と非処女で違いがあるのか、はたまた刺激の与え方の問題なのかわからないけれど、これ以上は恥ずかしくて探求できない。
るちあが気持ちいいと、なぜか俺まで気持ちが良くなってくるからだ。
るちあのおっぱいを散々舐めまわしたところで目が覚めていく気配がしてきた。でも何かが変だ。口の中で転がしている柔らかな突起の舌触りがいつまで経っても薄れない。それどころかどんどん明瞭になっていく。
そして完全に目が覚めた。
「うぶぁ!」
何かに塞がれていた俺の唇から変な叫びが漏れる。
俺たちは広いクイーンサイズのベッドに頭と足を逆さまにして向き合い、抱き合って寝っていたようだ。ボタンが外れてパジャマから曝け出された彼女の胸の片方が、俺の口にギュウギュウ押し付けられていた。
これは正夢……じゃなくて、えーと、なんて言うんだっけ? こう言うの。
2008年のイギリスで、強盗と格闘する夢を見た夫が隣で寝ていた妻を絞め殺してしまった事件が実際にあった。しかし、夫には無罪の評決が出たのである。俺の場合も無意識の行動だから罪はないハズだ。断固として無罪を主張する!
幸いにも、るちあはまだ眠っているようだ。今のうちに彼女から離れよう。そう思って動いた瞬間、胸の辺りにゾロリとした異様な感触があった。
「ぁふぁんっ!」
朝の爽やかな寝室に、俺の口から漏れた声が響き渡る。
また油断して変な声が出てしまった……。
でも、どうして?
首をひねって見ると、るちあと同じように俺のパジャマの胸も全開になっていて、彼女がそこに顔を埋めていた。
え? どうなってるの? コレ。
「むぁっ?」
るちあが俺の胸に吸い付いたまま変な声を出す。どうやら彼女も目を覚ましたようだ。
突然ガバっと起き上がったかと思うと、自分のはだけた胸に気付いて急いでパジャマの前を掻き合わせる。
るちあも俺もお互いの、その……胸を舐めまわしていたということか。
「なななななななっ……!」
混乱しているようだが、突然叫んだりしないところを見ると、彼女も自分が何をしていたのか認識しているようだ。ひょっとして俺と同じような夢を観ていたのか?
寝ている女の子の胸を舐めまわしていたなんて、男として恥ずかしい行為に違いない。だけど、彼女も俺に同じことをしていたわけだから、俺だけが罪の意識にとらわれる必要はない……よなぁ?
玄関のチャイムが鳴り、階段を駆け上がる足音が響いたかと思ったら、部屋のドアがノックもなく開けられた。
「手前ぇ、東條! るちあに何しやがった!」
いったいどうやってこの状況を知ったのか、ものすごい剣幕で部屋に怒鳴り込んできたのは
目が血走っていてまるでゾンビのような恐ろしい顔になっている。いくら自分の彼女が心配だったとしても、まさか眠らずに俺たちを監視していたなんてことはない……よな?
「なんでもないのよ、夕夜。心配してくれて嬉しいわ」
るちあはそう言って立ち上がると、入り口で立ったままの夕夜に抱きついた。
そして、あろうことか俺の見ている前でキスを始めた。
「
夕夜の後ろから俺の幼なじみ……
樹里亞まで来てたのかよ!
彼女の顔を見た途端、るちあの胸に吸い付いていた自分の姿を思い出して罪悪感に襲われる。今朝、俺たちになにがあったのか絶対に秘密だ。
こうして俺の断食大作戦はうやむやのうちに強制終了させられてしまった。
いや、ちょっと待てよ! 俺の過激ダイエットはまだ終わっちゃいない。夢の中では欲望に抗えなかったけど、絶食し始めてからまだ一晩しか経っていないんだ。
女友達のフリをさせられて、いきなり部屋に泊まらせられて、風呂に侵入されて、オヤジさんに裸を見られて……乳首を吸いあったのは不幸なことだったのか判断するのが難しいけど……それで結局のところ一食分を抜いただけだなんて、あまりに情けない結末じゃないか!
るちあはホントに真摯に俺の相談に乗ってくれようとしたのか? もしかして、前みたいに彼氏に心配させるために俺を利用しただけなんじゃないか?
腹の中でそう毒づきながらも、いつものように流されて女の子の部屋に不用意に泊まってしまった自分にも腹が立って仕方がない。
俺は不機嫌なまま着替えを済ませ、るちあの方を見もしないで玄関に向かおうとした。
「ちょっと待って、東條くん。コレ、忘れ物」
振り返ると、るちあが白い箱を持って立っている。
それは、確かケーキの……。
受け取った箱の違和感に急いで開けて中を覗き込むと、潰れて平野になってしまったモンブランが一つと、チーズケーキの欠片が残っているだけだった。
コレは……まさか!
「夜中に東條くんが食べちゃったケーキの残りよ」
彼女はそう言って残念そうに微笑んだ。