※この作品はR-18です。

ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜   作:孤児郎

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第三十一話 男子高校生はビキニに着替える

「雪緒ちゃん。水着どうしたの?」

 

 女子大生ズのお姉さん『ランさん』が不思議そうな顔で俺に尋ねる。

 

 青い空の彼方に真っ白い入道雲が立ち込めて、水平線を眺める者たちの遠近感を著しく狂わせる。紫外線と赤外線と可視光線で構成された太い電磁波の束が頭上から無遠慮に降り注ぎ、砂を焼いたり肌を焼いたり、女の子の水着を魅力的に見せたりしていた。

 宏海(ひろみ)と夕夜(ゆうや)は学校指定のものとは違うトランクスタイプの水着を履いて砂浜でビニールのボールを奪い合っている。宏海の水着はボーダーのサーフパンツで夕夜はデニムっぽい色合いの短パンだ。男の水着というヤツはどうしてこうも華やかさに欠けるのだろう。

 対して女子チームは、るちあがピンクのホルターネックタンキニとセットのショーパン水着。巨乳を意識させないデザインなのに胸に視線が吸い寄せられるのは見る側の煩悩のせいだろうか。

 樹里亞(じゅりあ)はというと、黒地に小さな白ドットが入った水玉モノキニで、長身な彼女の抜群のスタイルと長い脚を強調する水着だった。

 彼女たちは水辺でしばらくはしゃいだ後、レンタルパラソルの下に入って男子チームの動向を見ながら、この後どのくらい紫外線を浴びるかの綿密な打ち合わせに入っている。

 俺はと言えば女子チームに快適な領土を奪われて、Tシャツに短パン姿で熱砂の楼閣に追いやられていた。

 

 ◇◇◇

 

「水着は持ってきてないです」

 

 ランさんに素っ気なく答える。

 せっかく海にきてるんだから俺だって泳ぎたい。でも、宏海や夕夜の前でトップレスで泳ぐのはあまりにつらい。それは夏休み前の水泳の授業でイヤと言うほど思い知らされていた。

 

『胸の大きさを強調するのは、母性で男を支配したいからよ』

 

 ランさんの水着を一瞥して、るちあが俺に囁いた。

 ランさんはサイズの小さい白いレースのカーディガンをボレロのように羽織っていて、黒い三角ビキニに包まれた豊満な胸を突き出させている。

 スーさんは樹里亞よりも露出の多いモノキニ。ミキさんは布面積が少ないものの他の二人に比べると大人しめのビキニを着ていた。

 女の子のファッションは難解だ。特に水着なんて男から見れば露出の多少くらいしか違いないのだけど、同性から見れば別のメッセージを発信しているものらしい。

 

「なんで? どうして持ってこないの? あぁ、わかったぁ! そういう作戦なんでしょ? 水着忘れてTシャツで海に入ったら、彼の前で全部透けちゃってイヤぁんどうしよう……みたいな!」

 

「違います!」

 

 ……っていうかソレ、昨日やっちゃったし……。

 俺の返事に腕組みしてしばし思案するランさん。

 

「ちょーっと雪緒(ゆきお)ちゃん借りるわよぉ」

 

 樹里亞たちにそう言うと、ランさんは俺の腕を掴んで強引に引き摺っていく。

 え? 俺いったいどこに連れて行かれちゃうの?

 

「雪緒ちゃん。あの二人の水着を見てどう思った?」

 

 俺を引き摺りながらランさんが尋ねる。るちあと樹里亞の水着のことだろう。

 でも、どう思うと言われても……。

 

「単純にセクシーだなぁって思いました」

 

「タンキニのゆるふわちゃんはメガネくんの彼女みたいだから、あなたのライバルはもう一人の背の高いモデルみたいな子の方よね? 浴衣の時も思ったけど、アレは強敵だわよ。ライバルがあんなセクシーなの着てるっていうのに、肝心のあなたが試合放棄してどうするのよ!」

 

 ランさんは俺の両肩を掴んで熱く語る。

 それはもちろん彼女の勘違いなんだけれど、男のくせに女湯に入ってた変態覗き屋だと言われちゃかなわないから俺も仕方なく話を合わせる。

 

「ど、どうするんですか?」

 

「あたしらの予備の水着貸してあげるから、ソレを着なさい!」

 

 気がつくと俺は旅館の前まで連れてこられていた。

 ああやっぱり、こんな展開になるんじゃないかと思ってたんだ。

 

 彼女たちの部屋は完全な和室で、俺たちの部屋の和室部分と同じくらいの広さだった。位置的には渡り廊下で隔てられた別棟の上層階だ。元々はカップル向けに設計された宿泊施設だったようで、この建物には露天の大浴場がない。

 一歩部屋に足を踏み入れると畳の上には女物の服や下着が散乱していて、なにがなにやら訳がわからないカオスの様相を呈していた。

 自分たちのだらしなさにまるで頓着する様子もなく、ランさんたちは衣類の山から色とりどりの水着やら下着やらを引っ張り出しては俺の体に当ててみて、ああだこうだと議論を繰り返した。

 

「これが最強の勝負水着なんだけど、ちょっとサイズが合わないかぁ」

 

 銀色の帯のような代物を俺のTシャツの胸に当てながらランさんが言う。

 それは、股下から上に向かってV字に分かれた細布が胸のトップだけを覆う構造の水着だった。あんな格好をした変態男が登場する漫画を夕夜の部屋で読んだ気がする。あの水着がどんなメッセージを発するのか鈍感な俺にだって容易に想像がつく。ランさんには申し訳ないけれど、アレを着て宏海たちの前に出るくらいならトップレスの方がはるかにマシだ。

 ……っていうか『勝負水着』ってなんだ? 勝負下着なら聞いたことあるけど。しかも『最強の勝負水着』っていったいなんなんだ? 激レア装備かよ!

 スーさんが推す水着はさらに過激なもので、全裸の体にロープを巻きつけて縛ってるだけみたいなデザインだ……ていうかソレ、ホントに水着なのか? スーさんが自分で作った大人のコスプレ衣装なんじゃないのか? 普通に歩くだけでも胸のトップどころか全部見えてしまって、隠すことなど最初から考えられていない。もちろん全力で拒否させてもらった。

 

「うーん。あたしのはこういうのしかないよぉ」

 

 そう言ってミキさんが自分の着ている水着を指差す。それは普遍的なビキニスタイルで、ちょっと布面積が少ないものの、先の二人の勝負水着に比べたらまだ我慢できるものだった。ブラのカップ部分の幅が狭いが、俺が着るぶんには問題ない。ボトムスも同じ色のフレアスカートタイプのパレオがついていて可愛らしいデザインだ。

 

「これの色違いで白だけど。いいかな?」

 

 ミキさんは三人の中でも俺に体型が近い。このまま流れに任せていたらどんな水着を着せられるかわからないし、海で女装をしていると思えばそれほど抵抗はない。

 股間だってランさんに言わせれば『どこから見ても可愛い女の子』らしいから——自分で思って自分でダメージを受けるフレーズだけど——水着ごときで男だとバレることはないだろう。それに、下半身はパレオにガッチリとガードされている。

 ミキさんがビニールケースに入った水着を俺に差し出す。

 

「そこのバスルームで着替えてきてね」

 

 ◇◇◇

 

 ビーチサンダルを履いて熱い砂の上を黙々と歩く。

 ランさんに手を引かれ、スーさんとミキさんに挟まれて海岸線にそってビーチを歩いていくと、海水浴客の視線が容赦なく俺の体に突き刺さる。自意識過剰なわけじゃない。ホントに男も女もジロジロと遠慮のない視線をぶつけてくるのだ。

 足を踏み出すたびに膝がガクガクと震え、力が抜けてしまいそうになる。手のひらで顔を覆っていないと羞恥心で全身に火がついてしまいそうだ。

 女の子が水着でビーチを歩くってことがどれだけ覚悟の要ることなのか改めて思い知らされる。ソレを平気な顔してやっているなんて、るちあや樹里亞は凄いと思う。

 ちなみに背中で蝶結びするビキニのブラはどうやって着るのかと言うと、前後逆に背中から紐を回して胸の下で蝶結びにしてから半回転させるのだ。結び目が真後ろにきたのを確認したらカップを胸に当てて、紐を回して首の後ろで蝶結びにする。背中に回した紐が下がり過ぎてると格好悪いから調整しておく。

 ブラックベリーフィールズのバイトでメイド服の下に着るビキニに比べると、ブラのカップ部分が紐に固定されていなくて調節が難しい。でもその分どんな体型でも着ることができるようで便利だ。俺やミキさんみたいにスリムな体型だと、長く余った紐が細いリボンのように見えて可愛い。

 

「雪緒ちゃん。その水着を着たらどうするかわかってるわよね?」

 

 歩きながらランさんが問いかける。

 

「えーと。うーんと。好きですって告白? ……するのかな?」

 

 ランさんたちの頭の中では、俺が宏海に片思いしてる女の子……ということになっている。とりあえず彼女たちの目の前では、大人しく水着を着て演技してみせるしかない。

 

「それは間違いよ、雪緒ちゃん。自分の思いを伝えるための告白なんて少女漫画の中の話よ」

 

「え……そうなの?」

 

「自分から告白なんてしちゃダメ。その水着でイケメンくんを悩殺して向こうから告白させるのよ。ギリギリまで見せて、彼が喰いついてきたらそっと隠すの。見せては隠し、見せては隠す……。それをなんども繰り返して彼を焦らすのよ」

 

 ランさんの優しい表情に妖しさが混じる。

 

「見せるって、どんなタイミングでどこまで見せるんですか?」

 

「そんなの決まってないわ。でも大丈夫。女なら無意識にできるわよ」

 

 無意識に見せるって、いったいどうやるんだろう?

 ランさんの言う『無意識』が俺には途方もない超高等テクニックに思えてしまう。

 まぁ、俺が男を悩殺する機会なんてこの先あるワケないけどね。

 

 ◇◇◇

 

 友達が待つパラソルが近づくにつれて俺の心臓はふたたび早鐘を打ち始める。あいつらには女装姿を何度も見せているけれど、プライベートでしかも水着となると話は違ってくる。それも、俺が今身に付けているのは『勝負水着』と呼ばれる激レア装備。オマケに前フリなしのサプライズだ。いったいどんな反応が返ってくるかちょっとだけ不安になる。

 心音が周囲の喧騒を全部掻き消してしまって、俺の耳にはもう何も聞こえない。

 砂の上に寝そべっていた宏海が顔を上げてこっちを見た。次の瞬間、どういうワケかヤツはまるでメデューサを見てしまったかのように動かなくなる。それに気づいて今度は夕夜が手元のメガネを掛け直し、宏海と同じ運命を辿った。

 

 え? なに? どゆこと?

 

 スタンディングオベーションを期待してたわけじゃないけど、女装には少なからず自信があった俺はこの反応に愕然となった。

 今の自分の身体がどのくらい女性になってしまっているのか確信はないけれど、ランさんとスーさんの言葉を信じる限り、全裸でも女の子に見えるハズだったんだ。もちろんメイクだってミキさんにきっちりやってもらったし。それなのに、女性用の水着を着たくらいでまるでバケモノを見るような目で見られるなんて……。

 対して女性チームの反応は対照的だった。るちあは俺を見るなり目を丸くして立ち上がると、嬌声を上げながら抱きついてきた。普段落ち着いている樹里亞でさえ興奮ぎみに駆け寄ってきたくらいだ。

 どうやら俺の水着姿は女性から見ると及第点ということらしい。

 

「ホントに……雪緒なのか? 俺は、その……姉さんたちのツレかと思った」

 

「驚いたなぁ! 俺もてっきり女の子……ぐぼぁっ!」

 

 夕夜がランさんたちの前で『NGワード』を口にするところだったので、やむなくヤツのみぞおちに右ストレートをお見舞いした。

 宏海も夕夜も俺の水着姿にドン引きしてるんじゃなかったんだな。良かったぁ。

 

「似合ってるわよ、雪緒」

 

「うんうん、すっごぉーく可愛い!」

 

 女子チームはどういうわけか大喜びだ。るちあは変な女だから良いとしても、『彼氏』の俺がセクシーな女性用水着を着ているシチュエーションって、樹里亞は『彼女』としてどうなんだろう?

 それ以前に、一緒に海にきた友達の一人が急にビキニの女装で登場したのにあまり疑問に思わないコイツラって……。

 

「まぁ、割といつものことだからなぁ」

 

「連れて行かれた時にこうなると思ってたからぁ」

 

 ああ、そういう認識なのね。女装の理由を追及されたらどうしようと心配してたけれど杞憂だったよ。

 

「さーて、あたしたちはちょぉーっと向こうのビーチに威力偵察に行ってくるわ。その水着、気に入ってくれたらプレゼントするから楽しんでね。じゃぁね!」

 

「バイバーイ」

 

 ランさんたちは手を振りながら去って行く。

 威力偵察ってなんだ?

 

「よーし、東條(とうじょう)もきたことだし、みんなでビーチバレーやろうぜ」

 

「やろうやろう!」

 

 夕夜の提案にるちあが賛同して、ビーチの広い場所に駆け出して行く。

 あれ? あの二人、喧嘩してたんじゃなかったの?

 そんな疑問を口にすると樹里亞が俺の手を引きながら教えてくれた。

 

「昨日の夜あの子、雪緒と寝るって言い出したでしょう? どうしてだと思う?」

 

「それは、夕夜に嫉妬させて仲直りするためだろ?」

 

 彼らが喧嘩するたびにダシに使われるものだから、いい加減俺も学習したよ。

 

「それだけじゃないわ。あの子は夕夜くんが浮気しないように釘を刺したのよ」

 

「でもそれ、夕夜が聞いてなかったら意味ないよ」

 

「そのために雪緒と一緒に寝るって言ったのよ。そうすれば夕夜くんは壁に耳を押し付けてでも物音を聞こうとするでしょ? 面と向かって話したって言い合いになって聞いてくれないかもしれないけど、ああすれば彼女の言いたいことを一歩的に伝えられるの。あの子はあたしや雪緒と話すフリをして、夕夜くんに秘密のメッセージを送っていたのよ。『あたしとエッチしたいなら他の女としたらダメよ。あたしに真摯でいてくれたらベッドでご褒美をあげるわ』……っていう約束ね」

 

「アレってそういう意味だったの?」

 

「それに、あの子が夕夜くんに面と向かって言ったわけじゃなくて勝手に盗み聞きしたことだから、彼が頑張って約束を守ってもあの子にはそれを履行する義務はないのよ」

 

 ナンデスカ? その悪魔の契約は!

 

「夕夜くんの浮気を完全に阻止できるわけじゃないけど……保険程度にはなるかもね」

 

「そういうもんなんだ。常にいろんなこと考えてしゃべってるんだねぇ。俺には全然わからなかったよ」

 

 俺がそう言うと樹里亞はいつもの優しい微笑みを見せる。

 

「考えてなんかいないわ。女はソレを無意識にやってるのよ」

 

 『無意識』に?

 それってつい最近どこかで聞いた気がする。どこだっけ?

 そこでふと気になった。宏海も夕夜と一緒に和室で寝ていたハズだ。

 

「お前にも聞こえた? 昨日のるちあの……」

 

 そう言いながら後ろを振り返ると、宏海はなんだかボーっとしながら歩いていた。その視線はどういうわけか俺の尻の辺りを行ったりきたり。

 ハッと気づいて急いで尻に手を当てると、じかに触れる肌の感触!

 

 忘れていたわけじゃない。俺はただ樹里亞との話に夢中になっていただけだ。

 ランさんたちが用意してくれた勝負水着の中でも、ミキさんが着ているものが一番大人しいデザインに見えたんだ。ほかのものはとても着て歩けるようなシロモノじゃない。だから俺には選択肢がなかった。部屋中水着どころか下着までブチまけて大騒ぎになって、とても拒否できる空気じゃなかったんだ。

 でも気づかなかった。ミキさんが水着を見せる時に後ろを向いてくれなかったから。

 着替える時、トップスの布地の少ないブラを苦労して身につけて、さてボトムスは……と手にとって初めて気がついた。

 短いパレオの下がTバックだったことに……。

 

『マイクロビキニ』……ミキさんたちはその勝負水着のことをそう呼んでいた。

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