ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
旅館のベッドで両腕を女の子二人に拘束された状態で目覚めた俺は尿意に悩まされる。必然のように失敗するペットボトル作戦。ついに我慢しきれなくなった俺は樹里亞を起こすが黒幕は彼女だった。やっとトイレに駆け込もうとしたが使用中。宏海に見つかって露天風呂へと拉致される俺。
※途中、お食事中の読書に適さない表現があります。ご注意ください。
長い廊下には明かりが煌々と灯っていて、まるで昼間のようだ。
宿泊客も従業員も歩いていない静寂に包まれた廊下を俺は両脇を捕まえられた状態で歩いている。突き当たりの階段を降りると本館へと通じる渡り廊下をさらに進む。
「温泉地にきたら温泉に入るのが常識だろう? それなのに入らないなんて古代ローマ帝国に対する冒涜だぞ。せっかくデカイ露天風呂があるって言うのに一度しか入ってないだろ」
そう言いながら右腕を掴んで力任せに引き摺っていく男は、俺の親友『
青い顔をして俺の左腕に掴まっているのが、るちあの彼氏『
』。
夜中に突然目が覚めて、二人の女の子に左右の腕をホールドされた状態からなんとか抜け出し、ガマンの限界だったトイレに駆け込もうとしてるところを彼らに捕まってしまって、これから大浴場に拉致されていくのだ。
もちろん、その前に無事にトイレに入ることができたから、高校生にもなって漏らしてしまう事態は避けることができたけど……。
宏海たちと風呂で一緒にならないように頑張ってきたのに、こんなことになるなんて。
高校一年生だった去年の暮れに第二次性徴が始まってから、自分でも気づかないゆっくりとしたスピードで体が変化してきていた。まだ目立たないが、胸だってもう以前のように気軽には見せられないくらいに女性化している。
露天風呂で偶然知り合った女子大生のお姉さんたちに露出度の高いほとんど紐の水着を着せられて、すぐに紐が解けて何度も宏海たちに見せることになってしまったけど……。
結局ぜんぜん泳いでいないのに、あの水着のせいでどっと疲れて夕飯を食べたらもう眠気で目が開けられないほどになっていた。
るちあに『年寄りみたい』と言われたけど、俺だって友達と旅行にきたら普段できない夜遊びがしたかったよ。それも、どうせなら宏海や夕夜と楽しくボーイズトークがしたかった。『男らしさ』とか『男のロマン』とか、とにかく女の子たちに話してもポカーンと口を開けられて1ミリも理解されないような……そんな話がしたかったんだ。
それなのに、るちあがまた俺と一緒に寝るなんて言い出して、あろうことか今夜は夕夜が黙ってそれを了承した。
それでいいのか? お前ら恋人同士じゃないのかよ?
しかしその疑問は、夜中に目が覚めてわかった。
深夜の風呂場で会った宏海から臭うアルコール臭。夕夜が出てきたトイレから漂うゲ◻︎臭。こいつら夜中に酒盛りしてやがったんだ。あのままトイレに閉じこもって露天風呂から逃げようと思ったのに、ヤツのゲ◻︎臭のおかげで籠城作戦は失敗に終わってしまった。
有線放送のアダルトチャンネルを延々と鑑賞しながら缶ビールを煽り、スナック菓子をつまみ、締めにご当地限定『即席伊勢エビラーメン』まで平らげて……。
自分たちが好き勝手やるために、小うるさい女子チームの監視の目を撹乱する道具として俺を使ったのだ。以前、夕夜の家でアダルトビデオ鑑賞会をやった時、俺が参加したせいで情報がるちあにダダ漏れだったことから教訓を得たのだろう……。
あの時は俺だって悪かったと思ってるんだ。それなのに、俺を除け者にして楽しんでやがったとは! なんたる自由奔放! なんたる悪逆非道! なんたる男尊女卑!
俺だって男同士の付き合いがしたかったのに!
「さあ、雪緒。男同士、裸の付き合いしようぜ」
気がつけば、いつの間にか大浴場の脱衣所にいて、俺はバンザイの格好で宏海にTシャツを脱がされていた。
!
「なにしてんだ?」
俺のTシャツを手近な脱衣カゴに放り込むと、宏海が怪訝そうな顔で聞いてくる。
なにって、俺がなにかやったか?
「その手だよ」
そう言って奴は俺の胸の辺りを指差す。
なに言ってるんだ?
そう思いつつ、視線を下げてヤツが指差す先を見る。
『学習』は生物が進化の過程で勝ち得た優秀な機能である。もっと下等な生物は本能によって環境の変化に適応するために進化に膨大な時間を要する。それに比べて脳を獲得した高等生物は過去の成功や失敗からより正しい判断を瞬時に行うことができるようになった。これが『学習』である。脳の中の海馬に収められた短期記憶が繰り返し訓練することによって増強し、大脳新皮質に書き込まれ記憶として長期に渡って保存されるのだ。
もちろん、この素晴らしい『学習』という機能も完全なものではない。間違ったまま繰り返し学習すると、当然のことながら間違った解答をしてしまう。それを訂正するにはふたたび時間をかけて学習し直さなければならないのだ。
下げた視線の先にあったのは、Tシャツを脱がされて露出した乳首を隠す手だった。俺たち三人しかいない男湯の脱衣所で俺は手ブラのポーズになっていた。
えーと……。
これってやっぱり不自然だよな?
昼間は女装してたから水着が脱げたら隠すのは当然だと思ってたけど、今それをやったら『乳首を見せられません』って意味になる。変に怪しまれないためには『あー、つい隠しちゃったぁ。慣れって恐いねー』とかなんとか言って冷静に手をどけるべきだ。だけど、できれば見せたくない。コレを見せて万が一にも『まるで女の乳首じゃないか!』なんて思われたらマズイことになる。
ということは、見せても見せなくても疑われる状況なのか。なんてこった。これじゃぁまるで魔女裁判じゃないか!
いや、魔女裁判を例に挙げるなら俺は間違いなく魔女なんだけど……。
そんなことを考えてる間にも宏海がなんだか疑わしそうな目で俺を見ている。
どちらにしろ疑われるならいっそ見せてしまえばいいのか? しかし、結果が同じなら見せるだけ損じゃないか? それに見せなければグレーのままだが見せたら
俺はいったいどうすればいい?
「東條ぉ。突っ立ってないで抜いじゃえよぉ!」
後ろからそう言いながら誰かが俺の腰にタックルしてきた。もちろん、それは夕夜しかいない。
コイツ、さっきまでゲ□吐いてフラフラしてたのにもう復活したのか?
夕夜は後ろから俺に抱きつくと、履いていた短パンに手を掛けて引き摺り降ろそうとした。
「まてまてまてまてまてまてまてまてぇ!」
俺は両手で短パンを掴んで降ろされないように抵抗した。その時偶然、上体を倒して屈み込むようなポーズになった。ごく自然に胸から手を離すことができた上に、屈んでいるため宏海には俺の胸は見えないハズ。
ナイスだ、夕夜! お前のやってることは最悪だけど、とりあえず宏海の視線と注意は胸から逸れただろう。その功績を讃えて『アホの夕夜』からただの『夕夜』に格上げしてやる。
しかし俺は重大なことに気づいてしまった。
俺、今、どんな下着履いてるんだっけ?
男性用下着ならなんの問題もないのだけど、生理が安定してなくて突然くるかも知れないから、寝る時は念のために生理用ショーツを履いてるのだ。でも、旅行中だから今夜は男性用下着を履いたような気もするんだけど、そのあとトイレに駆け込んで……それからいったいどうしたんだっけ? ああ、ほんの少し前の出来事なのに記憶がアヤフヤだ。
「男同士でなに恥ずかしがってるんだぁ? 早く脱げよぉ」
そう言いながら、短パンを力ずくで降ろそうとする夕夜。
やめろ! お前がやってるのは明らかに痴漢行為だぞ!
短パンを降ろされて出てきたのが女性用下着だったら非常にマズイ。だが、もっとマズイのは……下着が一緒に投げてしまった場合だ!
「恥ずかしいわけじゃねぇよ! 多い日だって寝相によっては安心できねぇって言ってるんだよ俺は!」
もはや自分でもまるで意味がわからないことを口走りながら、両手で短パンを掴んで必死に抵抗する俺。
ああ、ダメだ。指先がしびれて感覚がなくなっていく。やっぱりお前は『アホの夕夜』確定だ。
俺が諦めかけたその時、鈍い音とともに短パンを引き摺り降ろそうとする邪悪な力が突如として消えた。宏海の鉄拳が夕夜の脳天に炸裂したのだ。
「自分で脱げるだろ? 先に入ってるぞ」
ガラス戸を開け、浴室の湯気の向こうに消える宏海。
格好いいじゃねぇか、この野郎! 俺が女だったら間違いなく惚れ……る手前くらいまではひょっとしたら行くかも知れないぜ。
振り返ると、崩れて散乱した脱衣カゴの下に夕夜が仰向けに倒れて埋まっていた。ちょっとだけかわいそうな気がしたけれど、自業自得だよな。
パンツを脱いで恐る恐る風呂場を覗く。ガラス戸の向こうに宏海の姿が見当たらない。ちなみに俺の下着は男性用のボクサーパンツだった。
小走りに浴室を通過して戸外に出るガラス戸を開ける。湯けむりの向こう、天然の岩を組み合わせて構成された露天風呂の一番奥の辺りに宏海が浸かっているのが見えた。外の方が明かりが暗いから体をじっくり見られなくて済みそうだ。
念のためタオルで股間を隠しながら、できるだけ自然に見えるように岩風呂までゆっくり歩く。宏海がこっちを見ていないことを確認して静かに湯船に脚を入れた。タオルを手近な岩の上に置く。
「なんで誘ってくれなかったんだよ?」
湯に浸かってしまえば安全だ。
夜遊びで仲間はずれにされた恨み言をここでぶつけてやる。
「なんのことだ?」
「酒飲んでたろ? なんで呼ばないんだよ」
「ああ、ゴメンな。夕夜がアダルト観たいって言うからさ」
どうして夕夜のヤツはそんなにアダルトビデオが好きなんだろう?
あんなに可愛くて巨乳な彼女がいるっていうのに……。
「お前、アダルト嫌いだろ?」
え? なんでそう思うんだ?
「そんなことないよ?」
「そうか? 俺、お前が立ってるの見たことないぜ」
『立ってる』というのは最近覚えた言葉だ。男子が『勃起』してる状態を指すスラングで、性的なことを見たり考えたりしてるときになるらしい。今年の夏に学校のプールで初めて見たけど、なんて言うかすっごく滑稽な感じに見える。滑稽というか、なにかの冗談みたいだ。
正月のテレビでそんなギャグを見せてるお笑い芸人がいたけど、宏海の場合はその芸人よりも数倍笑えるレベルのビジュアルだった。
小さい頃からの記憶を辿っても自分の股間が『立ってる』状態になったことはないので、たぶん俺は立たないんだと思う。でも、宏海にそんな話をするわけにはいかない。
「えーと。小さいから目立たない?」
「語尾が疑問符になってるぞ」
「あはははは」
そうそう、コレだよ。こういうくだらない話を男同士でしたかったんだよ。やっぱり温泉はいいなあ。露天風呂は最高だね。
「俺を置いて行くなよぉ。冷たいなぁ」
浴室のドアを開けて夕夜が顔を出す。逆光でよく見えないけど、なんだか顔に痣があるように見える。まさか、誰かにやられたのか? 俺が仇をとってやるぞ。
「こっちだ夕夜。この辺がちょうどいい湯加減だぞ」
岩風呂に飛び込んでジャブジャブと湯船を突っ切ってくる夕夜は、驚いたことにタオルひとつ持っていなかった。湯をかき分けて歩いてくるヤツの股間に、ぶら下がっているものが左右に揺れる。それがなんだか認識はできるけど普段見慣れないので、まるでCGで作られた怪獣の映像みたいに現実味がない。
夕夜のアレは異様に長くて……以下、割愛。それを眺めながら、なぜかるちあの顔が浮かんだ。
「よぉーし。野郎三人で寂しく露天風呂で裸の付き合い記念だ。写真撮ろうぜ!」
そう言って夕夜が手に持っていた小さなカメラを見せた。
そのカメラには見覚えがある。
「……って、俺のカメラじゃねぇーかぁ!」
そう叫んで立ち上がった瞬間、夕夜の手元から赤い光が差して、直後に眩しい閃光が走った。
撮られた!
しかも、一切隠してない全裸を!
「松崎も入れよ。集合写真撮ろうぜ!」
「野郎三人寂しく……ってお前ら彼女いるじゃねぇかよ。寂しいのは俺だけだっつーの」
夕夜の誘いにしかめっ面しながらも宏海は湯船から立ち上がり俺の横に立つ。そしてガッチリと肩を組まれてしまった。
夕夜は岩の上にカメラを置くと、ズームを調整してセルフタイマーをセットした。急いで俺の横に走ってくると宏海と同じように肩を組む。
まるでベッドの悪夢の再来だ。
俺は左右から二人の男に肩を組まれて全裸の身体を隠すこともできず、ぎゅっと目を瞑ってシャッターが切られるのを待っていた。