ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
水泳の補習授業で、くだらない理由で俺と早瀬は殴り合いの喧嘩に。俺はラッシュガードがはだけてビキニの日焼け跡を見られ、保健室では燐子先生に『女の子』だと言われてしまう。痛い思いをして手に入れた『男同士の友情』が手のひらからこぼれていく。
注:繰り返しますがBLではありません。
「待てゴラぁ!」
繁華街に男の怒鳴り声が反響する。最初は数人だけだったのに、途中からどんどん人数が増えてきて、もう何人に追いかけられているのかわからない。
俺と
どうしてこんなことになった?
そんなの考えるまでもない。この
「こんなことになったのは
なんだとぉ! 自分が悪いくせにすぐ俺のせいにしやがる。なんて男らしくないヤツだ
「お前がそんな格好してるからだ! なんでそんなの履いてきたんだよ?」
早瀬が俺のファッションをディスりながら責任転嫁する。
「いいじゃねぇか! 暑かったんだよ」
そりゃあ、男としてはちょっとダラシない格好かもしれないけど、今日は観測史上最高の猛暑だと天気予報でも言ってた。こんな日に長いパンツを履いてくるヤツはアタマがおかしい。
それに、ファッションセンスが皆無な俺は服選びを
そんな暴挙は看過できない。
「コレは樹里亞のオススメなんだよ。それをよくも『そんなの』なんて言いやがったな! お前だって短いパンツ履いてるじゃないか!」
「俺のはメンズ! しかも膝丈だ! だけどお前のはソレ、どう見てもレディースだろう? 太もも全部出てるじゃねぇか! 普通、高校生の男がデニムのショーパンなんか履くかよ! JKかよ! 俺を誘ってんのかよ!」
樹里亞に勧められて履いているのはデニムのショートパンツだった。上は白Tシャツ一枚で日射病対策に黄色いキャップを被っている。そして目の周りに残るアザを隠すために左目に眼帯をしていた。早瀬は右目だ。
ヤツのパンツに比べると俺のは確かに短いけど、樹里亞が女物なんか俺に履かせるハズはない……よなぁ?
それに、早瀬のヤツだって男っぽいのは服だけだ。髪は俺より短いけど全体的に見るとやっぱりボーイッシュな女の子に見える。俺のせいで男にナンパされたって言うなら、お前だって同罪のハズだ。
◇◇◇
水泳の補習授業で俺は早瀬と殴り合いの喧嘩をした。
全力で戦って俺たちはお互いを認め合った。でも俺のラッシュガードはファスナーが壊れてしまって、燐子先生の指示で早瀬と一緒に代わりのものを買いにきたのだ。
せっかくの休日に学校の用事で出かけなくちゃならないのは面倒だけど俺には他に重要な目的があった。早瀬と二人で出かけることで、ひょっとしたら『男の友情』を取り戻すことができるかもしれないのだ。
そう思って、意気揚々と繁華街まで出てきて、デパートでラッシュガードをさがした。でも、どこで売ってるのかわからない。
若い女性店員が近づいてきて『今一番
目的のものはスポーツ用品売り場ですぐに見つかった。しかしサイズが合わない。メンズのSサイズでも肩幅が余ってしまうのだ。海水浴なら構わないが水泳の授業で着るのにブカブカなものはダメだ。水の抵抗が大きくて泳ぐのに適さない。
仕方なくレディースの中から一番ダークなカラーを選んだ。念のためジュニアサイズも試してみたが、丈が短くてへそが出てしまうので却下した。
「そう言えばお前。あの日焼け跡……」
早瀬が唐突に俺のウイークポイントをジャストミートする。
しまった! もう旬が過ぎたと安心してた。まだ消えてなかったマイクロビキニのブラの跡をコイツに見られていたんだった。
「ええと、ええと……ちょっとワケありで……」
なんて言ってお茶を濁すが、ごまかせるハズもない。
もう何人にも聞かれているんだから、それらしい理由の一つや二つ考えておけばいいのに、危機が過ぎるとすぐに忘れてしまう。そんな自分のバカさ加減が頭にくる。
もう
言うけどな。
そんなこんなで今日の用事は早々に片付いてしまった。
ここで大人しく家に帰っておけば良かったのだけど、俺たちは遊びたい盛りの高校生。しかも今は夏休みだ。早く帰るだなんて無理な相談だ。
それに俺は……早瀬との『男の友情』を取り戻さなくちゃならないんだ。
「まだ早いな。どっかで遊んで行くか?」
早瀬も同じことを考えていたのだろうか。
カラフルな店舗が立ち並ぶ大通りを見渡して『あれだ』と言って二人同時に大きな建物を指差した。ゲーム会社直営のゲームセンターである。
だから久しぶりにゲームセンターで遊べる同士を見つけて俺は舞い上がった。
ゲームセンターで流行りのゲームを堪能してから、チェーン店のハンバーガーショップで遅めの昼飯を食った。セットドリンクにコーラを注文すると、早瀬はホットコーヒーを選んだ。
コイツ、大人だ!
『ここのコーヒーは安いくせに美味いんだ』と早瀬が言う。俺がコーヒーが苦手だと正直に話すと、ヤツは『だろうと思った』と笑いながら答えた。てっきりバカにされると思っていたのに意外な反応。
「君たち、ドコからきたの? 今一番流行ってるの教えてあげるよ」
飯を食った後どうしようかと考えていたところに、妙にニヤニヤした顔をしたチャラそうな外見の男が現れた。
どこかの店員かと思ったが、そいつの頭は真っ白に色が抜けていて、逆に顔は日に焼けて真っ黒。気持ち悪い柄のアロハシャツに、今時ジーンズを腰履きしていた。ていうか、今一番流行ってるのはもう見たし……。
俺の脳裏にビーチでの悪夢がよみがえる。
「これはナンパ……だよな? いや……でも、言ってることはさっきの店員と同じだからナンパじゃないのか? こんな外見だけど、ひょっとして親切心で水着売り場を教えようとしているのかな? いや、そんなことない……」
早瀬に小声で耳打ちする。
俺が言い終わる前に、腰履き男の顔面に早瀬の右ストレートがクリーンヒットしていた。
腰履きはそのまま膝から崩れ落ち、顔からアスファルトに口づけした。お約束のようにズボンは膝までずり下がって下着を開陳する。蛇足だがピンクのトランクスだった。
「ウゼぇなあ! ただでさえ暑いんだから寄ってくんなよ! お前ぇら、ホモかよ!」
早瀬が啖呵を切った。
この言い回しは俺もよく使う。
近づいてくるヤツを牽制するのに便利なのだ。相手は『ホモかよ!』のセリフに抵抗を感じるのか一瞬足が止まってしまう。もちろん、直後に激昂して殴りかかってくるから、一瞬の牽制にしか使えないのだけど……。
しかし、腰履きの仲間がすぐ近くにいたらしい。俺と早瀬はあっと言う間に厳つい顔をした背の高い男たちに取り囲まれてしまった。
今まで、宏海と二人で歩いているときは絡まれないし、もちろんナンパなんかされたことはない。
樹里亞と一緒の場合は声を掛けられることはあっても、相手はもっと年齢層が高い落ち着いた男ばかりだ。るちあの場合はいろんな男が寄ってくるけど、慣れている彼女はそんな男たちを上手くあしらって撃退してしまう。
今、俺がこんな目に遭っているのはやっぱり早瀬のせいに違いない。
『女扱い』されて頭にくる気持ちは俺にだってよくわかる。でも、相手は見間違っているだけだ。悪意を持って貶めているわけじゃない。
それに、男という生き物は女を見ると口説かずにいられないものらしい。それがわかって俺も最近になってやっと収めることができるようになった。
俺は今年の夏にそれを実感したのだ。早瀬もあの呪われた水着を着ればわかるだろう。
「お前らマジで男なのか? 紛らわしい格好しやがって! 双子のオカマかよ!」
厳つい集団の中でもひときわ体が大きい男が前に出てきた。顔も厳ついが鍛え上げられた筋肉がものすごい。普段は真っ黒な馬に乗ったまま決して地に足をつけないタイプに違いない。
ブッチン!
頭の奥の方で頑丈なロープが引きちぎられるような音がした。
「俺たちは『おすぎ◯ピーコ』じゃねぇー!」
見事にハモったセリフとともに俺と早瀬のつま先が揃って相手のアゴに炸裂する。
俺は右足。早瀬は左足。
自分の身長よりも高い位置のターゲットにヒットさせるため上体をギリギリまで倒し、引いた片手がアスファルトにつく。
相手はうめき声一つ上げずにその場に崩れる。俺たちはヤツらがひるんだ隙に包囲を破って駆け出した。
そして、現在に至る……というワケだ。
ここは裏路地からさらに奥に入ったオフィスビルの隙間。建物の勝手口と鉄製の非常階段があるが、どちらも何かデカイ箱やらビールケースやらが積まれていて本来の用途に使うことができない。ひとたびビル火災にでもなったら死傷者がいっぱい出てニュースになるヤツだ。
通りから見えないように箱の後ろに身を隠す。ピッタリくっついて立っても二人がやっと隠れられる程度のスペース。俺と早瀬は向かい合わせに抱き合うような格好になった。男と抱き合うなんて俺の趣味じゃないけど、この狭さでは身体の向きを変えることもできない。
追っ手はざっと数えただけでも十数人はいただろうか。あんな連中にビビる俺ではないのだけど、さすがにあれほどの数を相手にするのは現実的じゃない。もし俺が究極奥義を持っていれば楽勝だろう。アサルトライフルでもいい。
立ちふさがる男たちに高速ライフル弾を撃ち込んでいく。先端が細く尖ったフルメタルジャケットは貫通性を優先して設計されたものであり、敵兵の体を容易に貫通するため致命傷を与えにくい。
だから狙うのだ……頭を。
前に立つ男たちを倒している間に後ろの列から何人もの男が飛び出してきて、俺と早瀬の腕や脚に噛みつこうと……いや、それはゾンビか。
通りを何人かの足音が走りすぎていく。
まだ俺たちを探してるんだろうか? 手分けして駅や交差点を監視されていたら街から脱出するのも難しい。だからと言っていつまでもこんなところに隠れてはいられない。
しばらく様子を見てから……どうしようか。
樹里亞にきてもらおうかとも思ったが、男が荒事で彼女に助けを求めるなんてアリエナイ。
「背中が……痛ぇ」
背後は鉄製の非常階段だけど、なにかが俺の背中と腰の中間辺りに当たっている。
俺の背中に早瀬が手を突っ込んだ。
「ボルトかなにかが出っ張ってるみたいだな。もっとコッチにこい」
そう言って早瀬は俺の腰を引き寄せる。
このクソ暑いのに男と密着するなんてサイアク……のハズなんだけど思ったほど抵抗感がない。頬が触れそうなほど近づいているのに。
どこか遠くで建設現場の重機の音がしている。たくさんのセミの鳴き声がそれを覆い尽くした。
早瀬の汗の匂いがする。不思議とそれがイヤじゃない。
でも……匂うと言うことは俺も汗をかいているハズ。ヤツにそれを嗅がれたくなくて手足を突っ張って離れようとした。
でも、早瀬の腕がガッチリと俺の腰を抱きとめて離さない。
「東條。お前……なんだか良い匂いがするな」
は?
なに言ってんだ、コイツ。
さっきまで、俺のカッコが悪いとか言ってたくせに。
「この非常時にふざけるなよ。ただでさえ暑いのに……」
そう言い返すが、早瀬がどんな顔で喋ってるのかわからない。
しばらくの沈黙。蝉の声が辺りを支配する。
「保健の高崎に聞いたよ、お前のこと……。殴って悪かった」
唐突に早瀬がそんなことを言い出した。
待てよ。謝られてしまったら、アレはもう『男同士の殴り合い』ではなくなってしまうじゃないか。それだけは避けたかったのに。
今日、待ち合わせて買い物にきてからもあのことを言い出す様子は全然ないから、燐子先生に言われたことも適当に流してるんだと思ってたのに。
「今まで大変だったんだろうな。嫌な目にもたくさん遭ってきたんだろう?」
早瀬の言葉に同情の色がにじむ。
そうか、コイツもアレを聞いてしまったか。俺が
俺はホントは性同一性障害じゃない。いや、状況的には限りなくソレに近いんだけど、俺はそれが辛いわけじゃない。問題なのは俺自身が自分の気持ちに決着をつけられていないということだ。
仕方なく保健医の燐子先生の前では『MtF』と呼ばれる『体は男性、心は女性』という症状のフリをしている。だから早瀬から見れば男同士で抱き合ってることになるハズだ。暑苦しいとか身持ち悪いとか思わないのだろうか?
実際の俺の体はもう限りなく女に近い。遺伝子は完全に女性で、この腹のなかには女に必要な器官がすべて揃っている。でも心は男だ。つまり俺から見たって男同士で抱き合ってることになる。
なんだコレ? これじゃ誰も得しないじゃないか!
表通りをまた、複数の足音が駆けていく。
ヤツらだろうか?
怒りの感情が下火になってくると、今度は恐怖が顔を覗かせる。見つかったらどんな目に遭わせられるかと考えると自然に膝が笑い出す。
腰に回された早瀬の腕がさらに力強く俺を引き寄せる。どういうわけか、それだけで膝の震えが止まった。
「東條……」
「ん? なんだ?」
早瀬がふたたび話し始める。脱出するいい方法を思いついたか?
「俺、もしかしてお前のこと……好きかもしれねぇ」
その瞬間、うるさかったセミの声がピタリとやんだ。