ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
抗議デモでトップレスになった早瀬。俺も無理やり脱がされたのに、ヤツは学校側のおかしな譲歩案に負けてデモを勝手に中断。俺の新ミス東陵疑惑を持ち出すヤツまで出てきた。俺は自分が男だと証明しようとパンツを降ろしたところで樹里亞たちに助けられた。
「
落ち着いた配色の壁紙にモネの『
ここは東陵高校生活指導室。高校一年の秋。女装ミスコンで優勝した俺の動画がネットに流れた件で呼び出された場所である。
あの時と同じく、俺の前のソファーには副校長と学年主任が座っている。俺の隣には当時産休教師だった須藤が副担任として付き添っていた。なにからなにまであの時のままだ。もはや嫌な予感しかしない。
唯一前回と違うのは、テーブルに四人分の冷えた麦茶が用意されていることくらいだ。
俺は学年主任の教師から、水着騒動のあらましを聞くことができた。
女子用水着を着用しない早瀬の件は教員の間でも周知だった。それでも一年生の頃はラッシュガードを着て他の女生徒たちと一緒に授業を受けていたが、この特例にクレームをつける者が何人も出て、学校側は早瀬に女子用水着を着るように指導した。しかし早瀬はそれを無視し続けたため、一学期の水泳授業をすべて見学せざるを得なくなった。
このことが問題になって、学校側は早瀬に女子用水着使用の最後通告を行い、ヤツと一緒にラッシュガードで補習を受けていた俺も巻き添えを食うかたちで同様の指導を受けることに。
そのおかげで俺は最悪の茶番に付き合わされるハメになったのだ。
つくづく思う。嘘はつくものじゃない。
校内放送とネット配信のカメラの前で全裸になる寸前、俺はどこかの教室から拝借してきた白いカーテンを頭からスッポリと被せられ、そのまま
カーテンが外され、視界が戻った俺の目に映ったのは見慣れない教室……と言うか、スチール製の戸棚に囲まれた会議室のような部屋だった。
それに、後から聞いてみれば、学校側は早瀬の水着問題解決を生徒会に依頼し、生徒会長は樹里亞に相談を持ち込んだらしい。彼女は早瀬がデモで騒ぎを起こすことを想定して『水着の自由化案』という謎の譲歩案を学校側に提示させたのだった。
ということはつまり、俺は早瀬にそそのかされて抗議デモに参加し、その早瀬は樹里亞にまんまと踊らされて女子用の水着を着るハメになったというわけだ。でも、最初からそれを聞いていたら、俺が学校中にトップレス姿を晒したりしないで済んだのに!
蛇足だけど、放送部には映像をネットに流さないように、前もって通達しておいたそうだ。おかげで俺たちの
胸を隠してうずくまる姿が世界中に配信されてしまったら、もう俺はスッピンで街を歩けないよ。
◇◇◇
抗議デモの後に樹里亞からそんな話を聞かされていたから、副校長に呼び出されても落ち着いて対応できた。いや、できていると思っていた。
副校長があんなことを言いだすまでは……。
「君は男性なのかな? それとも女性かな?」
え?
「君は男子として我が東陵高校に入学した。入学時の健康診断も昨年の身体測定の結果も君の性別に関してなんら問題は発見されていない。ところが君には性同一性障害であるという噂があって、その件について保健医の
そこまで言うと、副校長は俺の顔を改めて覗き込んだ。
「早瀬くんの場合は元々女生徒であり体も女生徒なのだから、男子生徒として学校生活をさせるわけにはいかない。ところが東條くん。君の場合は記録の上では男子生徒なのに外見はどう見ても女子だ」
「ええと、先生。確かに見た目は女の子っぽいですけど、俺の身体はちゃんと男です。」
俺は副校長の目を真っ直ぐに見つめて言った。
もちろんそれは真実じゃない。けれど、抗議デモの時のイチャモン野郎みたいにこの場で証明しろなんて無茶なことは言わないハズだ。
しかし、なぜか副校長は俺の言葉が聞こえなかったかのように黙ってソッポを向いてしまった。
なにこの反応?
ちょっとムカっとする。
黙ってしまった副校長の代わりに学年主任が話し始めた。
「君がどう言おうと学校側としては今後、君を女生徒として扱うということになったんだ。だが、急に全てを変えるわけにはいかない。差し当たって水泳の授業に関しては女子用の水着を着用して、女子と一緒に授業を受けてもらう」
ちょ!
俺の話も聞かないで頭ごなしに命令するなんて横暴だ!
「そんなことはできません! 俺は男です!」
だいたい女子と一緒に水泳の授業を受けるなんて、彼氏として樹里亞になんて説明すればいいんだ! 冗談じゃない!
「君が大人しく聞いてくれていれば良かったんだが……仕方ない。コレがなんだかわかるかな?」
そう言って学年主任はテーブルの上でノートパソコンを開いて見せた。画面には一枚の写真が表示されている。
それはどこかの部屋を撮影したものらしく……いや、違う。左右に並んだロッカーの間を生徒が歩いてくる……コレは動画だ。
そして、映し出された部屋……更衣室に入ってきたのは見間違えようもない、俺だった。
俺はカメラの直前で立ち止まり、荷物を解いてロッカーに入れていた。カメラの位置は床から一メートルくらいの高さだろうか。俺の首からヒザ辺りまでの範囲が画面いっぱいに大写しになる。
以前、これによく似たビデオを観たことがあった。ネットにアップされていた動画で、温泉地で盗撮されたものだという。宏海と一緒に興味本位でパソコンで観たのだ。
あの時、女性の着替えや入浴シーンをまるで実際に覗いてるような気分になって、その罪悪感で胸がドキドキした記憶がある。
教師はなにも言わないが、この動画はクビになった
画面の中の俺はすぐ近くにカメラのレンズがあることにまるで気づかず、無防備に制服を脱いでいく。脱いだズボンをたたんでロッカーにしまうと、シャツのボタンを順番に外す。
シャツを脱ぐとその下は白いタンクトップだ。その裾からグレーのボクサーパンツが覗く。生理用ショーツを履いてなくて良かった。
しかし安心してはいられない。タンクトップの裾を掴んで下から捲りあげるような脱ぎ方はどう見ても男には見えない。
コレ、ホントに俺なのか? 俺ってこんな女の子っぽい脱ぎ方してたのか?
まるで知らない女の子の着替えを覗いてるような気がして、なんだか変な気分になってくる。首から下しか写っていないので余計にそう感じるのかもしれない。
勇ましいデザインのボクサーパンツも、くびれたウエストから尻にかけてなだらかにつながるラインのせいかとても男物の下着には見えない。
裸になった胸はやはり少しだけ出っ張って見える。それはもう、少女の胸と言っていいくらいだ。でもまだ『膨らんだ』というより『尖ってる』という表現の方が近い。
あの乳房が樹里亞やるちあのようになだらかな曲線を描くようになるまでは、もうしばらくの時間がかかるだろう。
年端もいかない少女の着替えを覗き見るような背徳的な行為に頭が痺れ、めまいがしてくる。
画面に映る日に焼けた細い腕がボクサーパンツにかかる。
このまま見ていてもいいのか? 液晶モニターには今まさに最後の下着を脱ぎ捨てようとしている少女の無防備な姿が……って、違ぁあぁうっ!
画液晶モニターの中の俺は盗撮されているとも知らずに、無防備にパンツを降ろした。カメラの方にやや斜めに向き合った俺の尻が映され、そしてゆっくりとこちらに向き始める。
「ガァーーーーーーーーーーーーーーっ!」
この世のものとは思えない戦慄するほどの咆哮が生徒指導室に響き渡る。すべては一瞬だった。獣のような叫びに副校長と学年主任が怯んだ時には、すでに俺の頭突きがノートパソコンを粉砕していた。
「……あ」
副校長と学年主任、それに副担任の声がハモる。
つい今し方まで俺の痴態を映していた液晶モニターには妙にサイケデリックで意味不明な模様が映し出され、蜘蛛の巣状に無数のヒビが走っていた。そしてモニター部分と本体とをつなぐヒンジ部分は完全に破壊されていた。
あっ気ないものだ。
◇◇◇
放課後。教室で待っていてくれた樹里亞と一緒に学校を出る。
結局、俺は女子用の水着を着ることになってしまって、それを覆すことはできなかった。できたのは学年主任の私物のノートパソコンを無力化してやったことくらいだ。でも、そんなことじゃこの怒りは収まらない。
なんで俺があんなモノを着なきゃならない? 男らしく生きようと思っていたのに、どうして女子と一緒に水泳なんてさせられるんだ?
そんなこと……わかりきってる。
俺の体が女になってきているせいだ。
るちあの家で彼女の父親に全裸姿を見られた時も、温泉の女湯で母子連れやランさんたちに裸を見られた時も、俺はまったく男だと思われなかった。そして今回の着替えの盗撮映像だ。
おそらく副校長たちはすでに動画を最後まで観ていたのだろう。その上で、俺を女生徒として扱うことに決めたのだ。結局、デモをしようがノートパソコンを壊そうがなにも変えることはできなかったのだ。
だが、まだだ! まだ俺は諦めてない。
全裸で女に見える男だっているハズだ。俺がまだ男だってことを医師に診断して貰えばいいんだ。いや、医学的には女かもしれないが、完全に女になってなければ俺は女ではないのだ。
俺はまだ負けてはいない。
「雪緒。これからちょっと付き合ってくれない?」
昼間のことでぼぉっとしていた俺の腕を樹里亞がぐいぐいと引っ張っていく。今日生徒指導室に呼ばれた経緯を俺はまだ彼女に話していなかった。
話さないとダメだよなぁ。
とぼけることだってできるけど、今日ごまかせたとしても次の水泳の授業で顔を合わせることになる。他のクラスメイトはそれでもいいが、樹里亞には黙ってるわけにはいかない。
でも、どうやって話したらいい?
「さぁ雪緒。乗って」
いつの間にか目の前の車道にドイツ製のダークグレーのセダンが止まっていた。樹里亞の家の車かと思ったが、運転席には見知らぬ男が乗っている。
これでいったいどこに行くんだ?
樹里亞とセダンの後部座席に座って流れていく景色をただ漫然と眺める。
どこに行くとしても、生活指導室の件を聞かれることは間違いない。樹里亞が黙ってる今のうちにそれらしい説明を考えておかなくちゃ。
なかなか巧い言い訳が思いつかないうちに、セダンは車寄せに停まってしまった。
緑の燕尾服の男が近づいてきてドアを開ける。樹里亞と一緒に降りて頭上を見上げると、そこは高層ホテルのエントランスだった。
え?
話をするためにこんなところにきたの?
まさか、前に言ってた『ホテルに行く予行演習』をこれからやろうっていうのかな。
でも、ちょっと待てよ。あの頃に比べたら俺の体はさらに女の子っぽくなってしまってるハズ。今、樹里亞とホテルに泊まって、もしも裸になるような事にでもなったら……ええと、どうすればいいんだ?
俺は樹里亞の婚約者なんだから、彼女とエッチなことをしちゃっていいんだよな?
いいんだよな?
でも……エッチなことするには、俺のアレって今どうなってるんだろう。
頭の中がぐるぐる状態の俺に、樹里亞は早口で話しかける。
「急で悪いけど、これからお爺さまに挨拶するの。一緒にきて」
え?
樹里亞の爺さんって、ホテルグループの会長の? 彼女の結婚について厳しい条件を出したガンコジジイの?
ハテナマークに頭を支配されたまま、俺は樹里亞に手を引っ張られてホテルの玄関をくぐった。