ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
女生徒として登校した俺は、女子トイレにいけず目立たない旧校舎の男子トイレに。そこで出くわした早瀬に襲われそうになり個室に飛び込んだ俺だが、気づくとヤツに足首を掴まれたまま。便座が開いたトイレに尻が落ちるし、悲鳴で男子がたくさん集まってくるしで絶体絶命。
「
透ける素材の白のブラウスが突き出された胸を包み、黒いレザーのタイトスカートから伸びた網タイツの太ももが、向かい合って座った俺の生脚に触れている。真っ黒のストレートロングは前髪が眉のあたりで切り揃えられ、そこだけ鮮やかな真っ赤な眼帯が片目を覆う。
目の前に座る美しい女性は、我が東陵高校の保健医『
旧校舎の男子トイレで起きた哀しい出来事は、あっけなくその幕を閉じた。悲鳴を聞いた男子生徒たちが連れてきたのは保健医の燐子先生だったのだ。彼女はトイレの個室に入っている女生徒——つまり俺だ——の脚を見て事態をある程度把握すると、男子生徒を遠ざけてから俺に優しくを声をかけた。
脚を掴んだまま昏倒していた早瀬は引き剥がされ、燐子先生に救助された俺はプールのシャワーを借りてお尻を洗った。
そして今、保健室の椅子に座らされて彼女に事情を聞かれているのだ。
しかし、早瀬のヤツ。
俺がエロ写真で誘惑しただなんて、自分勝手なことを言いやがって。
今度会ったらタダじゃおかないぞ。
……まぁ、パンツ脱いで撮った股間の写真をヤツに送ったのはホントだけど……。
「生徒同士のお付き合いに口を出すつもりはないけれど、そういう写真を送るのはよく考えてからにするべきだわ」
燐子先生は美しく整った眉を八の字にする。
確かに、あんな写真を送ったのは軽率だったかもしれない。
「あなたくらいの歳だとまだわからないかも知れないけれど、例えば付き合った男の子に言われるままに裸の写真を送って、その彼と別れてしまった後に、写真をネットに流されてしまう……なんて事件もたくさんあるのよ」
「いや、でも、股間のアップだけで顔は写ってないから……」
「え? そんな写真を?! いくら気をひくためでもそんな……」
え? 早瀬は燐子先生に写真を見せてなかったのか?
ヤベー。余計なことを言ってしまった。
いや、待てよ。今『気を引くため』って言ったのか?
「ちょ! そんな訳ないでしょう? 俺は早瀬のことをそんな目で見たことなんかないよっ!」
燐子先生がジッと俺の目を見据える。
俺、変なこと言ったか? ヤツのことは嫌いじゃないけど、俺が早瀬の気を引くだなんて……。
「あなた、さっきから自分のこと『俺』って言ってるわよ」
しまった!
学校側には俺は
ここで馬脚を現すわけにはいかない。
「ああ、ええっと、さっきのことを思い出して動揺しちゃって……ほら、あたし。自分のことをバレないように男らしくしようと頑張ってたから……」
慌てて言い訳を口にする。
「そうなのね。ごめんなさい。でも……だったらどうして、そんな写真を送ったの?」
こんなに優しい先生に嘘を吐いてることに罪悪感を覚える。
でも、それも門倉の爺さんから結婚の許可をもらうまでのことだ。まぁ、俺は爺さんに会う前から燐子先生にはGIDだと嘘吐いてたけれど。
学校には俺はMtF(体が男で心は女)だと言ってあるから……。
「ええと、その、自分のアソコがちゃんと『女』に見えるのかどうか気になって……」
俺の話を聞いていた燐子先生の目がわずかに見開かれた。
「女に見えるかどうか……って、東條さんの体って……」
燐子先生の疑問はわかる。MtFの俺の体は男性だから、股間には男性器が生えてるハズ。それを写真に撮って女子に送るなんて、どう考えても無理がある。
ならば、俺はこう説明するしかない。
「両親の承諾をもらって
「それで早瀬くんに判断してもらおうと思ったの? 呆れたわねぇ。うーん、でもそれって、東條さんにとっては深刻な問題か……」
燐子先生は身を乗り出してそう言った。
あれ? この流れはなんだかイヤな予感がするぞ。
「わかったわ。先生が診てあげる。座ったままでいいからちょっと脱いで見せて」
いや、ちょっと、そういうワケにはいかないだろう。
俺は座ったまま燐子先生から距離を取る。椅子の足に付いたキャスターがPタイルの床をスムーズに滑る音が保健室に響く。
「大丈夫よ。先生、医師免許も持ってるんだから。恥ずかしがらなくていいわ」
そう言って近づくと、俺のスカートの裾に手を伸ばす。
怯んだ俺の背中が保健室の壁にぶつかる。
今、ここで見せるの? なんかそれ用の診察室とかないの?
でも、専門家に診てもらえるのならそれに越したことはない。
刹那の躊躇の後、俺は腰を少しだけ持ち上げるとスカートに手を突っ込んで、履いていた女物のパンツに手をかけた。ゆっくりと降ろしてから片脚づつ持ち上げてそれを抜き取る。俺の手に残ったのは白いレースで縁取りされたピンク色の下着だった。今から考えると、この下着を俺に無理やり履かせた樹里亞に先見の明があったというべきだろうか。
ノーパン状態で椅子に腰掛けると、裸の尻が保健室の椅子の安っぽいビニール生地に触れる。
宏海はあの写真を見て女の子に見えると言っていた。でも、専門家が見たらどうなるのだろう。俺は両脚をできるだけ開くと、ゆっくりとスカートの裾を捲り上げた。
「え? ちょっと待って。東條さん、いつ手術したの?」
燐子先生の目が見開かれる。
なんだなんだ? 俺の股間はそんなに変なのか?
「ええと。夏休みの間に……」
「そうなの? 腫れもないし手術痕も全然わからないわ。執刀した先生は凄い腕ね」
そう言うと、脚の付け根に指を当てて左右に引っ張った。
自然と開くかたちに……。
「ちょっ! 先生!」
慌てて椅子から立ち上がろうとすると、燐子先生は驚いた顔で俺を見る。
「ああ、ごめんなさい。あまりに綺麗な仕上がりだったから……。なんて言うか、そうね。生えてないせいかちょっと幼い感じもするけれど、最近はこう言うのが流行りなのかしら。こんなに綺麗にできるものなら、あたしもお願いしようかしら」
アンタはもとから女だろうが!
……てか、俺だってホントは手術なんかしていないのだけど……。
でも、燐子先生の反応を見る限り、俺のアソコはどうやらすでに女性器と言って構わないレベルに成長してしまったようだ。
それはつまり、どういう事かと言うと、ええと……。
ダメだ。頭の中が真っ白になってなにも考えられない。
宏海や早瀬の反応からなんとなく覚悟はできていたけれど、医療に携わる人から言われるとその重みがズシッと俺の心にのし掛かる。
もう、俺の身体は女になってしまったのか。それじゃあ俺は樹里亞と結婚なんかできないじゃないか! どうすりゃいいんだ? 俺。
食い入るように俺の股間を見つめ続ける燐子先生の顔がゆっくりと滲んでいく。俺の両目に熱いものが溢れてきて、意に反してこぼれ落ちそうになる。
「えーーーーーっ!」
背後から女の叫び声が聞こえて、俺は無理やり現実に引き戻される。
慌てて振り返ると背後のドアが開けっ放しになっていて、そこには誰もいなかった。
誰かが覗いて、ビックリして逃げていったらしい。
「見られちゃったわね」
目の前に座ったままの白衣の美女は、まるでイタズラ好きの少女のように綺麗なピンク色の舌を出して笑った。
◇◇◇
「なにがあったの?」
保健医に付き添われて授業に遅刻してきた俺に、後ろに座った樹里亞がたずねる。
俺は事情を手短に話す。ただし、トイレでの失敗談だけだ。燐子先生に脚を開いて見せた件は言うワケにいかない。
「なんだか顔色が悪いわよ。大丈夫?」
樹里亞が心配そうな顔で俺を見つめる。
でも俺は彼女になにも言う事ができなかった。
◇◇◇
放課後。
ふたたびトイレに行きたくなった俺は、やっぱり旧校舎へ向かう。
しかし、ここで男子トイレに入ったら、さっきの二の舞だ。俺は振り返って廊下に誰もいないのを確認してから、急ぎ足で女子トイレに飛び込んだ。
幸いトイレの中には誰もいない。当たり前の事だけど、男子トイレではおなじみの小便器は影も形もない。そのせいかトイレ全体が清潔に感じる。内装は薄っすらとピンク色になっていて、ここが『女の園』だと声高に主張していた。
だが、俺は怯まない。
今朝までの中途半端な
個室に入ってドアをロックすると、パンツを降ろして便座に腰掛ける。足元に設置された四角い箱のスイッチを押すとスピーカーからなんだか変なノイズが流れ出してきた。コレが噂に聞く『
用を足して、今日初めて一息つく事ができた。
個室のドアを開けて、そこで俺はギョッとしたまま固まってしまった。
いるのである……女子が。
それも一人や二人じゃない。目の前にいたのは六人の女生徒たちだ。上履きの色を見ると一年生から三年生まで様々だ。
ギクシャクする身体を必死にコントロールして、なんとか個室を出る。
三つ設置されていた洗面台は全部使用中だった。女の子って身だしなみを直すためだけにもトイレに入るものらしい。
しかし、ブラシで髪を梳かしているだけで洗面台を占領されたらたまらない。
「あのぉ。ちょっと手を洗わせてもらえますか?」
俺が腰を低くしてそう言った瞬間、トイレにいる全員が一斉に俺を見た。
『ザッ!』という音が聞こえるようだった。
俺を見つめる瞳。瞳。瞳。
そのどれもが俺を非難してるような気がする。恐い! 猛烈に恐い!
もう、手なんてどうでもいいから早くこの場を逃げ出したかった。
しかし、今の俺は立派な女だ。保健医のお墨付きもあるのだ。女子トイレに侵入した変質者じゃない!
ゆくゆくは新校舎の女子トイレもクリアしなきゃ東陵高校で女子高生をやっていくことはできない。旧校舎なんぞで遠慮しているわけにはいかないんだ!
そう自分に言い聞かせて俺はかろうじてその場に踏みとどまる。すると、洗面台の前にいた生徒の一人が俺の前に立ち塞がった。上履きを見ると三年生だ。
彼女はまず俺の上履きを見てから、足のつま先から頭のてっぺんまでゆっくりと視線を投げてくる。
一通り俺の全身を眺めてから、一つ大きな鼻息を出す。
「二年の東條
彼女が静かに問いかける。その声は冷静で落ち着き払っている。樹里亞の喋り方に近い。
正直に言うと……超恐ぇ!
「あなた、どっちなのかしら?」
彼女の言葉は非常に簡潔だ。それでも俺には彼女の言いたい事がよくわかる。
この冷静な三年生は、俺が男か女かを聞いているのではない。『同性』なのか『異性』なのかを問うているのだ。
これは一見同じように見えるが実際はまるで違う。俺はMtF(身体が男で心が女)のGIDだということになっている。その通りなら俺は彼女たちにとっては『同性』だ。
しかし、学校側にはすでに伝えてあるにも関わらずあえて本人に聞くということは、彼女たちがそれを疑っているということだろう。心の性別を証明するのは難しい。ならば、俺にできることをやればいい。
どうせ、早瀬にも燐子先生にも見せてしまったものだ。
俺は覚悟を決める。今の俺はニセモノ女子高生だが、この覚悟だけはホンモノだ。
相手の瞳を睨みつけながら両手をスカートの下に入れる。
彼女も負けずに俺を睨みつけた。
「ハッキリして! あなた、王子のことをどう思……っギャーーーーー!」
俺が勢いよくパンツを降ろすのと、彼女がなにか言うのとがシンクロした。
どういうわけかそのセリフは途中で変な悲鳴に変わり、彼女たちは次々と女子トイレを飛び出して行った。
最後にはパンツを降ろしたままの俺がたった一人残された。
勝った……。
なんだかよくわからないままに勝敗は決し、俺は旧校舎の女子トイレの攻略を見事に果たしたのであった。