ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
寝込みを襲ってキスした宏海は実は眠っていなかった。恥ずかしかったけどドキドキしない。俺と結婚するためにロサンゼルスでがんばってきた樹里亞にプロポーズされてキス。現れた真琴に言われてふたたび宏海にキスすると、俺のキスで目覚めた宏海から女として好きだと言われ胸がドキドキ。
「
ほぼ二週間ぶりに登校した教室で
病室で
彼の怪我の具合は心配だったけれど、一体どんな顔をして会いに行けばいいのかわからないのだ。
久しぶりに登校してみれば、東陵高校はいつの間にか文化祭の季節になっていて、これもいつの間にか東陵祭実行委員になっていた彼女……るちあから、クラスの出し物……というか企画について聞かされた。
「文化祭にメイド喫茶だなんて、 ラノベかよっ!」
「東條くんがお休みしてる間に、クラスの話し合いで決まっちゃったのよぉ」
俺の突っ込みに、るちあが申し訳なさそうに言う。
サブカルに影響された誰かが安直に提案した案が多数決で決まってしまった……そんなところだろう。彼女もクラスの舵取りに苦労したに違いない。
「でも、メイド服はどうするんだ? ああいう趣味の衣装って結構高いんだろ?」
飲食店で使われる特注の衣装っていうのはとても高額で、高校の文化祭レベルで気軽に用意できるものではない。
作るとしても技術的な問題があるし、それなりの衣装を人数分揃えるのは大変だ。クラスの女子二十人に対して一日四交代制にしても最低五着は必要だ。それに、体型の差をカバーするためにもうニ〜三着は要るかもしれない。手間もさることながら、材料費だけでもかなりの金額になる。
だからと言って、雑貨屋で売ってる使い捨てコスプレ衣装程度では、見た目にあまりに安っぽくて悲しい。
「そこでね、東條くんにお願いがあるんだけどぉ……」
そう言って、巨乳の女友達はニッコリと微笑む。
イヤな予感しかしなかった。
◇◇◇
ドアが開くとそこは狭いエレベーターホールになっていて、壁は黒褐色の小さな実がたくさんぶら下がったイミテーションのツタで覆われていた。正面には山小屋風のドアがある。
俺がしばらく前までバイトしていたメイド喫茶『ブラックベリーフィールズ』の入り口だ。
ちなみに
女子の制服を着て学校に通うようになってから俺はここでのバイトを辞めていた。
俺が男子高校生にも関わらずメイドとして雇われた最大の理由……それは『
しかも俺はもう、法的にも女なのだ。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
静かなバリトンの声音が俺を迎える。この店のオーナー兼店長であるジーンさんだ。
全身を古き良きイングランドの執事スタイルで固めた長身で格好いいナイスミドルの……オネエである。
急にバイトを辞めたことでジーンさんには迷惑をかけてしまった。その罪悪感で体がこわばる。
「なんだぁ、雪緒ちゃんじゃない! 久しぶりぃ。その格好! あなたやっぱり女の子だったんじゃないのぉ。アタシを騙してたのねぇ!」
ジーンさんが俺の制服姿を見て大げさに眉を釣り上げる。
そしてそのまま両手を広げて俺を抱きとめた。ジーンさんの声が一転して優しいものに変わる。
「なにか飲む? あなた、チョコレートドリンク好きだったわよね? まだ開店前でバリスタがいないからアタシの特製になっちゃうけれど……良いわよね?」
そう言って俺をカウンターのスツールに座らせる。
女になってしまったことや、勝手にバイトを辞めたことなどで怒られると思ってドキドキしていた俺は、拍子抜けしてしまった。
俺の事件のことを知ってるハズなのに、それには触れてこないのもありがたい。
ジーンさん特製のドリンクを一口飲む。まるで自分が素人みたいな言い方をしてたけれど、チョコレートドリンクは最高に美味しかった。もともとは彼もシアトルで修行して帰ってきた生粋のバリスタなのある。
甘い飲み物で心を落ち着けてから今日の本題に入った。
「ジーンさん。折り入って相談があるんですが……えーと、学園祭で、あの、メイド喫茶をやることになって、そのぉ、衣装をちょっと、借りたいなぁ……なんて思ったんですけどぉ……もちろん……ダメですよね?」
◇◇◇
夕方に学校に戻った俺は、まるで凱旋したナポレオン状態だった。
あのジーンさんとの交渉で見事メイド服を借りることができたのである。
それも、なんと十二着も!
俺と樹里亞が着ていた衣装と、当日非番になるウェイトレスさんの衣装。それに短期バイトや研修期間に着るために用意された衣装をかき集めてくれた結果だ。
それだけじゃない。設営に必要なテーブルや椅子、男子用のエプロン、調理器具にコーヒーマシンまで業者を通じて準備してくれることになった。料理やコーヒーの材料も供給してくれる。
そしてまだまだ先がある。なんと、ブラックベリーフィールズで使っている食器類の予備まで貸してくれると言うのである。もちろん無料で。
この大盤振る舞いには裏がある。
確かに『無料』には違いないが、『無償』ではないということだ。
どういう事かと言うと、これらの資材供与の代償として、我が二年A組のメイド喫茶は文化祭期間中、『ブラックベリーフィールズ東陵祭店』として学園祭の客や取材にくるマスコミに本店の存在をアピールする広告塔になるのである。
もちろん、学校行事の上での制約もあって、設備面と衛生面から料理は調理済みのものを温めて出すだけ。コーヒーは素人でもカンタンに扱えるマシンで作れるもの限定となる。
学園祭という事で、実店舗より色々と省略されたミニマムな営業となるけれど、本店で使われている本格的なメイド服を現役の女子高生が着るのだ。毎年どこかのテレビ局の取材を受ける東陵高校の文化祭。クラスの出し物としての成功が期待できる上に、本店の宣伝にもなるハズ。
まさにWin-Winの関係だ。
学校側には、可愛い姪の学園祭にジーンさんが『ボランティアとして経営や接客のノウハウを指導しながらイベントの準備に協力する』という名目で、すべての資材供与を受ける許可をすでにもらっているらしい。
流石るちあだ。ソツがない。
「……ってゆーか、そこまで話がまとまってたなら、俺が行く必要なかったんじゃないか?」
バイトを黙って辞めたような状態だったから、ジーンさんには顔を合わせづらかったのに。
まぁ、でも、話ができて良かったけれど……。
もしかして彼女は、俺がジーンさんに会いに行けるようにワザとお使いをさせたのか!
「ゴメンね。でも、どうしてもやりたかったのぉ……メイド喫茶! それもゴッコじゃなくって本格的なヤツ! ブラックベリーフィールズのジーンさんに相談したら、メイド服も何もかも貸してくれるって言うんだもん。クラスのみんなだってあたしの企画に賛成してくれたしぃ」
やっぱり! そういうことだったのか!
るちあの温かい心遣いだと思って感動して損したよ!
って言うか、メイド喫茶やりたかったのはお前かよ?
でも、まぁ、仕方ないか。
「まぁ、いいさ。ずっと休んでた俺も悪いし……」
しかし、たかが学園祭のイベントと言えど手を抜くわけにはいかない。本格的なメイド喫茶を目指すのならば、この俺が直々に『メイドとしての立ち居振る舞い』というものを叩き込んでやろうじゃないか。
「よぉし! 今日から俺がメイド喫茶の接客とダンスの……」
俺が言いかけたところで、るちあはクルリと背を向けて、クラスメイトに向かって両手を広げた。
「オッケーみんな! 実行委員のあたしが『ブラックベリーフィールズ東陵祭店』の店長よ! 東陵祭当日までに、あんたたちを素敵なメイドと立派なバリスタに仕立て上げるのがあたしの仕事よ。あたしたちに残された時間は少ないけれど、準備はいい? あんたたち!」
るちあの呼びかけにクラスメイト全員が拳を突き出して唱和する。
「ウェーイ!」
元からイベント好きな彼女だったけれど、知らない間にこんなにも完璧にクラスをまとめ上げていたとは!
るちあ、恐ろしい子!
でも、今日学校にきて良かった。
事件のことで、クラスメイトから腫れ物に触るような対応をされるんじゃないかと気が重かった。何か聞かれてもなんと答えればいいのかわからないし、思い出したくもなかった。
でも、るちあのおかげでそんな空気は微塵も漂っていない。
ああ、これだけでも彼女に感謝していいかもしれない。
◇◇◇
高いフェンスを透過して差し込む西日が眩しい。
秋の気配が忍び足で近づく校舎の屋上で、誰かを待っている様子で校庭を見つめている一人の女生徒がいた。
彼女が誰なのか知らない。実はここにくるまで男か女かさえわからなかった。
俺は彼女に手紙でこの場所……放課後の旧校舎屋上に呼び出されたのだ。
東陵に入学した当初は、下駄箱に手紙が入っていたことが何度かあった。手紙の内容はたいがい、話があるから何処其処へきて欲しいというものだ。
不気味に思って樹里亞についてきてもらうのだけど、なぜかいつも指定された場所に誰もいないし、待っててもくる気配がなかった。
高校ではおかしなイタズラが流行ってるもんだと思ってたけど、今から考えたらあれは告白のための呼び出しで、そんな場所に女の子……それもモデル体型の美人生徒……なんか連れて行ったせいで相手が現れなかったんじゃないかと思う。
そんな色恋沙汰に疎かった俺が下駄箱に入った手紙の意味を知るようになる頃には、俺に告白しようと思ってくれる女の子は、すでに東陵にはいなかった。
そして久しぶりに下駄箱に入っていた手紙を見つけて、今はもう女生徒になってしまった俺にこんな手紙を送ろうとした相手が一体どんなヤツなのか、がぜん興味が湧いてしまったのだ。
いや、我が愛しの婚約者である樹里亞が、今日はちょうど用事で先に帰ってしまったから、その隙を狙って手紙の主に会おうというわけじゃないよ。
るちあと一緒に帰ろうと思っていたのに、彼女は入院している彼氏『
恋の告白を聞くだけなら浮気にはならないハズ……だよな?
それに、もしも手紙をくれた相手が男子だったら……宏海以外の男から告白されて胸がドキドキするかどうかも実験できる。
幸か不幸か屋上で待っていた相手は女生徒で、俺は内心でホッとしながら彼女の後ろ姿に近づく。
スカートのポケットに手を入れて、スマホを機内モードに設定した。万が一、前みたいに樹里亞がモニターしてた場合、後で困ったことになるかもしれないからだ。
「俺を呼び出したのは、君?」
驚かさないように、低く抑えた声音で優しく語りかける。
彼女は、校庭を眺めていた視線を一旦遠くの町へと移して、ゆっくりとこちらに振り向いた。
その顔には見覚えがあった。
「お前は確か、デモの時にマイクを持ってた……えぇと、えぇと……」
ミディアムにカットされて柔らかくカールされた明るいハニーブラウンの髪。両目はパッチリとして大きく、対照的に小さな鼻とピンクのリップが輝く薄くて鋭利な唇。
その唇が見る間にまん丸に開かれる。
「
忘れるわけがない。
俺と早瀬が女子用の水着を着せられることに反対した抗議デモを決行した時、取材にきていた放送部のレポーターだ。
隣のクラスだったら二学期からの水泳の授業で何度か顔を会わせてるハズだけど、全然認識してなかった。デモの時だって、プロ意識がとても高い女だと思ったけれど、アルことナイことなんでもしゃべってしまう危険なヤツだと記憶してる。
「ちょっとぉ! 東陵高校放送部のエースレポーターをつかまえて、その言い草はなによ!」
ありゃ? また思考が口から漏れてたか。
でも、そんなことはどうでもいい。
「期待してたワケじゃないけど、久しぶりにもらったラブレターの相手がお前だったなんてガッカリだよ。俺のワクワクを返して欲しいよ」
そう言うと彼女の顔は真っ赤になった。
「ラブレターやないわ! 誰があんたみたいなイチビリにラブレターなんか出すものやろか。だいたいわたしたちは女同士よ。人をレズビアンみたいに言いまへんで! ホンマ失礼にもほどがあるわ!」
突然、その薄い唇からウエストジャパンのイントネーションが炸裂する。
それは、デモ騒ぎの時の彼女とはまるで別人で……。
「あっ!」
柏木が慌てて自分の口を押さえる。
「とっ、とにかく! あなたを呼び出したのは聞きたいことがあったからよ。今度の東陵祭でのあなたのクラス……二年A組の企画が、いかがわしい性風俗店とのタイアップで準備されているっていう信頼できる筋からの情報提供があったのよ。もしもそれが事実なら……」
「なんだよ、それ? ブラックベリーフィールズは普通のメイド喫茶だぞ。いったい誰がそんなデマカセ言いやがったんだ!」
柏木の言葉にブチ切れて叫ぶ。
そりゃあ、一般人から見ればちょっと異様に感じるかもしれないけど極々真っ当な喫茶店だ。つい最近まで俺もバイトしてたんだぞ。それを性風俗店だなんて!
「情報ソースは明かせないわ。そういうルールなの。でも、あなたがそこまで言い張るのなら、本当に潔白かどうか放送部で密着取材をさせてもらうけれど、構わないわよね?」
そう言って柏木 京香はポケットから取り出したICレコーダーを俺に向けて微笑んだ。