※この作品はR-18です。

ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜   作:孤児郎

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前話のあらすじ

我が校の学園祭『東陵祭』当日。『ブラックベリーフィールズ東陵祭店』に謎のチケットを持った集団が訪れた。るちあを問い詰めると、メイド喫茶の資材確保のために俺のストリップショーのチケットを売ったという。仕方なくショーに出ると謎のモンスターがドアをブチ破って現れた。


第七十三話 男子高校生はふたたびメイド服を着る3

 三十六計逃げるに如かず。

 

 『逃げるが勝ち』という意味のこのことわざは、大昔の中国で生まれたらしい。元々は敵前逃亡した斉王という人を卑怯だと罵ったモノだったけど、日本に入ってきて正反対の意味で解釈されるようになったらしい。

 これは、日本人が逃亡を良しとする民族だという意味ではない。

 プライドを重んじるあまり、無駄に血を流そうとする武将たちを戒めるためのことわざだったのではないかと俺は考える。

 強敵に対して万策尽きてもなお戦いを挑むことは、もはや勇気ではない。被害を最小限に抑えて反撃のチャンスをうかがうことこそが、勝利に最も近い選択というわけである。

 

 そう、逃亡とは決して卑怯な行為ではないのだ。

 

 俺は今、学園祭真っただ中の東陵高校の校内を逃げ回っていた。

 いや、正確に言うなら俺ではない。逃げているのはラストフラッシュのショーの最中に飛び込んできたモンスターだ。

 そして俺は、そのモンスターに担ぎ上げられて絶賛拉致られ中だった。

 

 ◇◇◇

 

 教室のドアを吹き飛ばして今まさに襲いかかろうと、その異様に長い両腕を伸ばしてきたモンスターを見て、俺はその正体に気がついた。

 入院用のパジャマの上にグリーンの雨合羽。フードを被った顔は包帯を巻かれていて、片方の目は眼帯に隠されている。両腕は見覚えのあるブルーのギプスで固定されて、そのせいで腕が異様に長く感じられた。

 

「宏海(ひろみ)……?」

 

 それは、俺を助けるために大怪我をして入院しているハズの親友の姿だった。

 どうして彼が学校にいるんだ?

 俺が悠長にそんなことを考えていると、彼はギプスでガチガチに固定された両腕で俺を抱きしめた。

 

「もうやめろっ! 雪……っ」

 

 喋っている途中で宏海がガクリと姿勢を崩す。頭に何かが当たったらしい。

 

「雪緒(ゆきお)ちゃんから離れてっ!」

 

 女の絶叫と同時に、さらにモノが飛んでくる。

 常連客のお嬢様たちが投げているのだ。持ち物やら足元に転がっているものやらを次から次へと……宏海に向かって……。

 一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。

 

「落ち着いてください! あれはっ……!」

 

 るちあが叫ぶのが聞こえた。

 でも、興奮状態に陥った周囲の叫び声に掻き消されてしまう。

 

 みんなはなにか誤解をしてる! それを解かなきゃ。

 大声を出そうと大きく息を吸い込んだ瞬間、頭に殴られたような衝撃を受けて俺の意識は遠のいた。

 

 ◇◇◇

 

 意識を取り戻した時、宏海は俺を担いで走ってる最中だった。

 どうやら周りにいた人たちは、教室に突然現れた宏海のことを、以前俺を襲った変質者だと思い込んでしまったらしい。

 冷静に考えれば、アイツは現在公判待ちで拘置所だかドコだかに収監されているから、こんな場所にこれるわけはないのだけど、ドアをブチ破って登場した宏海を見て集団パニックを起こしたのかもしれない。

 

 俺は休憩時間に食べたスコーンが胃から逆流しそうになって、慌てて宏海の尻を叩いた。

 なぜ尻を叩くかと言うと、それが目の前にあるからだ。俺は今、宏海の肩に後ろ向きに担ぎ上げられていて、自分の尻が前を向き、上半身は彼の背中側に下向きにぶら下がっているのだ。

 そして、さっきからガクガクと揺さぶられて圧迫された胃が悲鳴をあげていた。

 

「宏海……ヤバい……下ろせ……」

 

 必死に彼の尻を叩くけど、降ろされるどころか立ち止まる気配もない。

 

「ダメだ!……追われてる!」

 

 荒い息遣いの合間に、宏海がそう答える。

 追われてるって、常連客のお嬢様たちにか? 危険人物と勘違いしてる宏海をか弱い女性たちが追いかけるものなのか?

 

 いつの間にか辺りに人はいなくなっている。ここは旧校舎の廊下だろうか?

 俺は足から床に降ろされた。まだ胃のあたりがムカムカする。

 階段の踊り場付近に設置された校内放送用のテレビモニターが視界に入る。その画面には、裸の女の子を担いで逃げていく不審な男の姿が映っていた。

 

 モニターに映った映像を見て、ようやく自分の格好を思い出す。

 『ラストフラッシュ』でメイド服とビキニのブラを脱いでいたのだ。今着てるモノは白い紐ビキニのパンツとストッキング、それから黒革のローファーシューズだけだ。

 上半身は……乳首を隠すニプレスだけ。

 俺は反射的に手のひらで胸を隠した。宏海には何度も見られているけれど、一応隠すのが女子のたしなみなのだ。

 

 スピーカーから放送部の柏木(かしわぎ) 京香(きょうか)が早口でまくし立てている。ショーの最中に俺を拉致した凶悪犯が今も校内を逃げ回っていると言う内容だ。

 いや、ちょっと待てっ! 放送部も勘違いしたまま報道してるぞ!

 

「いたぞっ!」

 

 廊下の向こうから男の叫び声がした。

 見ると、防犯用のサスマタやらを手にした男子生徒たちが、こっちを指差している。金属バットを持った者までいた。

 ヤバいっ! 早く誤解を解かなきゃ!

 そう思って、彼らに向かって呼びかけようとした途端、手前の男子生徒が両手に握った金属バットを頭上に振り上げて雄叫びをあげながら突っ込んできた。

 

 どうして?

 

 ワケのわからない状況と恐怖とで動けなくなった俺の腕を掴んで、宏海が前に飛び出す。

 彼は振り下ろされる金属バットの一撃をギプスで受け流し、そのまま相手の頭上に振り下ろした。金属の硬質な音の直後に、ゴキっと言うイヤな音が廊下に響く。

 残っている男子生徒たちから悲痛な叫びが上がった。

 そうか。彼らは宏海のことを、ガラの悪い男たちを病院送りにした凶悪犯だと勘違いしてるんだ。

 残りの男子生徒が怖気付いたのを見て、宏海がふたたび俺を担ぎ上げた。

 そして、彼らと反対方向に向かって駆け出す。

 

 とりあえず、一旦どこかに宏海を隠してから、俺が出て行って事情を説明した方がいいだろう。幸いここは旧校舎だ。俺がメイド服に着替えた更衣室も近い。そこで制服に着替えよう。

 

「宏海! 一階の女子更衣室に行って!」

 

 ◇◇◇

 

 室内に誰もいないのを確認して、素早く宏海を中に押し込んでドアを閉める。

 ええと、俺が使ったロッカーはどこだっけ?

 普段、体育の授業で使っている更衣室と違うから、焦った頭が混乱して着替えた制服がどこにあるのか思い出せない。ロッカーも縦長の大型だ。手当たり次第に扉を開けていると更衣室の外の廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。

 

 ヤバいっ! 追っ手がすぐそこまできてる!

 

 宏海の腕を掴むと、開けたばかりの空のロッカーに押し込む。

 彼の体を奥へ押し込み、空いた空間に飛び込んだ。

 

「引っ張って!」

 

 ギプスで固められた腕にしがみつくと強い力で引き入れられた。宏海の片方の膝の上にまたがる姿勢でなんとか収まることができた。どうして膝を曲げているのかと思って見上げると、長身の彼の頭がロッカーの天井につっかえていた。

 ロッカーが閉まるのと、更衣室のドアが開くのはほぼ同時だった。

 

 息を殺して室内の様子を伺う。

 ロッカーの金属製の扉には換気用の小さなスリットが開けられているが背を向けているため覗くことができない。それに狭いロッカーに二人でギュウギュウに入っているので身動きも取れなかった。

 

 物音を立てないように細心の注意を払いながらひたすら待つ。しかし、誰かが更衣室に入ってくる気配はない。

 この更衣室は、ドアを開けた時に廊下側から覗かれないようにドアと室内の間に壁があって、それが目隠しの役目を果たす。ドアを開けただけでは中の様子を確認することができない。

 

 それなのに……まったく足音がしない。

 

 ひょっとして、追っ手は別の場所を探しに行ったのだろうか?

 いや、それは考えられない。宏海のことを凶悪犯だと誤解してるのだとしたら、潜伏しているかもしれない更衣室などの空き教室は特に念入りに確認しようとするハズだ。

 

 ひょっとしたら、足音を忍ばせてすぐ目の前まできてるのかもしれない。

 

 今、俺がロッカーから出て、彼らに事情を説明すれば……。

 それを頭の中でシミュレーションしてみる。

 でも、ロッカーを開けた途端、さっきみたいに金属バットで殴り掛かられたら……そう思うと恐怖で身体が動かなくなる。

 俺がこんな目に遭っているのに樹里亞(じゅりあ)はどこにいるんだ? るちあは一体なにしてるんだ?

 そして宏海は……。

 

「そういえば、どうしてここにいるんだ? 宏海……」

 

 ロッカーの外に聞こえないように声を潜めて問いかける。

 すると、どういうわけか宏海の身体がプルプル震える。

 

「どうした? どこか痛いのか? それともひょっとして……」

 

 『トイレか?』と言おうとした俺の顔に、突然太い腕が覆いかぶさる。勢いで俺の唇が彼の頬に……。

 

「しゃべるなっ!」

 

 宏海が鋭く囁く。

 あれ? 両腕が折れてギプスで固定されているハズなのに……まさか、さっきギプスが折れたのか?

 心配しながらも、声を出せない俺は首を縦に振って了解の合図。

 

「お前に耳元でしゃべるられると……なんだかわからんがゾクゾクする……」

 

 狭いロッカーの中で腰を落としている宏海と、彼が軽く突き出した膝の上にまたがってる俺の顔の高さはほぼ同じだ。俺の吐息が耳にかかるというのだろうか。

 でも、樹里亞より背が高い彼と同じ目線で向かい合うのは新鮮な感覚だ。

 おまけに耳が弱いだなんて……こんな状況だって言うのに、完璧な男だと思っていた彼のウイークポイントをゲットしてなんだか気分がウキウキしてくる。

 

 さて、どんなタイミングで囁いてやろうか……。

 そう思っていたら、宏海の方から話し始めた。

 

「柘植(つげ)から……るちあからメッセージがきたんだ。お前が東陵祭でストリップするって……」

 

 ああ、それでか。

 それを聞いて納得する。俺の事を『自覚が足りない』なんて言ってたから、以前みたいに男たちの前で服を脱ぐとでも思ったのだろう。

 女性限定の、しかもニプレス付きだって彼女から聞いてなかったのか。

 

「アレは……っ!」

 

 思わず弁解しようとした俺の口が、太い腕でふたたび押し付けられる。

 そんなに耳が弱いのか?

 仕方なく、黙って首を縦に振る。

 でも、これじゃあ俺は何も喋れないぞ。

 

「お前。こんな格好でいったい何してんだよ」

 

 宏海にそう言われると羞恥心が込み上げてきて、彼の肌と触れている部分が急に熱を帯び始めるのがわかった。いや、部分と言うか首筋から胸、腹、太もも……ほとんど全身だ。

 

 そして同時に、宏海が言った言葉がまるで重度のPTSDのように頭の中で激しくプレイバックする。

 病室のベッドの上で『女としてのお前が好きだ』と言ったその唇が、俺をじっと見つめていたその瞳が今、目の前にある。

 

 男を好きになるなんて俺にはまったく想像できない。

 男から好意を寄せられるなんて、考えただけでも気持ちがワルイ。

 

 だけど……相手が宏海だったら、不思議と悪い気はしなかった。

 

 この感情をどう表現していいのか自分でもよくわからない。

 今日のことだって宏海の早とちりだとしても、俺のことを心配して助けにきてくれたのだ。

 ただ一つ、確実に言えることは、俺もお前が……。

 

「俺も……うぶっ!」

 

 口を開いた瞬間に、またもや押さえつけられた。

 

「しゃべるなって言ってんだ! 前に俺が言ったよな。もっと自分を大切にしろって! だいたいお前は昔からそうだったんだ。弱いくせに粋がってなんでかんでも首突っ込んで、今回だって挙げ句の果てに……」

 

 宏海の言葉が俺の心に突き刺さってくる。

 俺が弱かっただと?

 そのくせ粋がってたって?

 挙げ句の果てになんだって言うんだ?

 

 わかってる。俺がレイプされたことを言いたいんだろう?

 

 俺は唇に当たっている宏海の耳たぶに力いっぱい噛み付いてやった。

 ガリっと嫌な音がして俺の口が自由になる。

 

「あぁあぁ、粋がってるだけの弱虫で悪かったなぁ! どうせ俺は弱いよ! 粋がってるよ! だからカンタンに拉致られて……カンタンに汚されて……こんなことなら、女になんかならなきゃよかった!」

 

 今まで口には出さなかったことが、怒りに任せて喉の奥から吐き出されていく。

 

 もう俺は処女じゃなくて……。

 それも酷い目にあったせいで……。

 

 どうせ男と恋愛なんてするつもりはなかったし、誰にどう言われても気にならないハズだった。でも、宏海にそれを言われてしまって、俺は今まで自分の中でどう折り合いをつけていたのか自分でもわからなくなってしまった。

 口からはもう言葉が出てこなくて、カッコ悪い嗚咽だけが狭いロッカーの中に響く。

 

 俺が自分の境遇を卑下すればするほど、それは宏海を責める言葉になるのだと頭では理解していたけれど、それが一体どうだというのだ?

 湧き上がる感情が前頭葉の理性を一つ残らず駆逐して、自分で自分をコントロールできなくなってゆく。

 散り散りに乱れて壊れていく心を目の前の男はわかってくれない。こんなに近くにいるのに、手を伸ばしても届かない。まるで世界中の悲劇が自分の上に降り注いできたかのように、悲しくて耐えがたいものに感じて、泣くこと以外の選択肢が奪われていく。

 なにもかもイヤになって、宏海の肩をグーで何度も殴りつけた。

 

「お前は汚れてなんかいない!」

 

 宏海が突然そう言い放った。

 

「それに、これからも汚れたりなんかしない……俺がさせない。俺は二度と失敗しない」

 

「なんだよ……それ。間に合わなかったクセに。あの時、どれだけ辛かったか、どれだけ恐かったかわかるのかよ! もう失敗しないだなんて、信用できるか!」

 

 どれほど勝手なことを言ってるのかよくわかってる。

 だけど、そんな自分を抑えることなんてできない。

 

「次はちゃんと守れるのかよ?」

 

「誓うよ。俺は一生お前を守る」

 

 『一生』という言葉に俺は現実に引き戻される。

 なに言ってるんだ、コイツは?

 俺にはレッキとした彼女がいるし、婚約だってしてるんだ。

 それに、俺は元男子高校生でお前の親友だろう?

 そんな俺に向かって『一生お前を守る』だなんて……。

 ホモかよ。ストーカーかよ。

 一体なにを考えてるんだ?

 セリフだって臭くてぜんぜんスマートじゃないし、頭悪すぎ。

 ホント、バカじゃないの?

 

 でも……そう言われて俺はどうしてだかわからないけど、最高に幸せな気分で……。

 

「ゼッタイだぞ?」

 

 視線を上げると、薄暗いロッカーの中でわずかな光を反射して輝く彼の瞳。

 それを目印にして、顎を静かに持ち上げていく。

 唇が触れ合う寸前、俺はゆっくりと目を閉じた。

 

「いつまでやってるのよ?」

 

 突然、ロッカーの扉が開かれて、眩しい光が目に突き刺さる。

 更衣室の照明に目が慣れると、ロッカーの前には一切の表情が消えた樹里亞、そして目と口をポカンと開けたままのるちあがメイド服姿で立っていた。

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