ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
東陵祭のラストフラッシュのショーをしてる最中、飛び込んできたのは入院してるハズの宏海。彼を凶悪犯だと勘違いした生徒たちに追われて、二人で更衣室のロッカーに隠れた。狭いロッカーの中で抱き合った宏海と想いを確かめ合ったと思ったのに、その現場を樹里亞に見られてしまった。
ずっと以前から気になっていたことがある。
気になると言っても、夜眠れなくなるような深刻なものじゃなくて、何かの拍子に思い出しては、ああ、コレって不思議だなぁ……なんて思う程度のものだ。
テレビのワイドショーや報道番組で凶悪事件が扱われると、事件の詳細や容疑者の供述などがレポーターによって紹介されるけれど、容疑者が逮捕起訴されていざ裁判という段階になると、法廷で裁判官が座っている映像が数秒間くらい流されるのを見かけることがある。画面には三人の裁判官と書記官、それに廷吏(ていり)が座っているのだけど、全員が真っ直ぐカメラを見つめたまま何もしゃべらないし微動だにしない。
アレを見るたびに、どうしてみんな無表情で座ったまま動かないのだろうと不思議に思ってた。でも俺は今日、その理由をなんとなく理解できた。俺の目の前に座った樹里亞が、まさにそんな表情をしていたから……。
「これより、被告人『
抑揚を抑えた発声が厳かな雰囲気を醸し出す。ここは生徒会室。普段置かれている机の配置をわざわざ変更して、まるで法廷のような座席配置になっている。
窓を背にした裁判官の席に
「ちょっと待てよ、樹里亞。コレって何なの?」
「被告人は発言を控えて」
彼女の冷たい声が響く。
俺が被告で、目の前の樹里亞が裁判官ということなのか。
東陵祭が終わって、なんの説明もナシにこの部屋に連れてこられた。いったい何が始まろうとしているのかわからず恐々としていた俺に、ようやくかけられた声はまるで法廷でのセリフのようだった。
「
最高に可愛くて美しい幼なじみは眉尻をきりりと吊り上げて、眼光鋭く俺の顔を睨みつけていた。
まるで今にも暴れだしそうな危険なオーラを発散させていて、横に座っていたるちあがハラハラしながら樹里亞の顔を見つめていた。
でも大丈夫……。
樹里亞との付き合いの長さは伊達じゃない。恐い顔をしているうちは彼女はまだまだ怒ってなんかいない。本気で怒った樹里亞は、一切の表情がなくなるんだ。
「裸だったのは仕方ないだろ? そういうショーだったんだから……。でも……」
わかってる。キスの事を言ってるんだろ。
確かに、婚約者が他人とそんな事してたら普通は怒るものだと思う。でも俺は女の子とキスしてたわけじゃない。
「周りの連中からどう見られるかは知らないけど、俺は今でも自分が男だと思ってるんだ。俺は女の子が好きなんだから、男とのキスなんて気にしなくて良いだろ」
そう。あんなもの友情の確認みたいなものだ。でも、俺の理屈が理解できないのか、樹里亞が怪訝な顔をする。
「良いわけないでしょ。あなたがどう思ってるかじゃなくて、松崎くんがどう思うかが問題なのよ。彼にとって、あなたは異性……女の子なのよ。その上、あなたの事を好きだって言ったのよ。男の子が好きな女の子にキスされたら、どんな気持ちになるか考えなくてもわかるでしょ?」
樹里亞は噛んで含めるように俺に言い聞かせる。
そのくらい言われなくたってわかるよ。
「
突然るちあが話に割って入ってきた。
「あっ、勝手にゴメンなさい。でも、ソコんところがなんかアヤフヤで、ハッキリさせないと話がよくわかんないのよ」
そう言って首をかしげるるちあ。
「
俺は……どうしたいのだろう。どうすればいいのだろう。この感情に、自分でもカンタンに折り合いをつけることはできない。
「ちょっと……待ってください!」
突然、声がして何事かと振り返ると、部屋のドアの所に一人の女生徒が立っていた。
前髪を横一文字に切り揃えたミディアムロングの明るいストレートヘア。制服のブラウスの上にピンク色のカーディガンを着た小柄な女の子だ。
なんというか……『小動物系』という言葉がぴったりな彼女は、そう言ったっきりその場で硬直したように突っ立っている。
「今この部屋は使用中よ。生徒会長の
女の子に向かって樹里亞が冷たい声で言い放つ。
しかし、入り口に立つ彼女はオドオドとしながらもその場を動こうとはしない。
「あ……あの。あたしは、教室から飛び出してきた松崎先輩と東條先輩を追いかけて更衣室まで行ったんです」
「あら、あなたはさっきの……。ありがとう。おかげで二人を発見できたわ。あなたには感謝してるけれど、このことはあなたには無関係なの。悪いけれど遠慮してくれたら嬉しいわ」
この女生徒が俺たちの居場所を樹里亞に教えたのか。そう考えたらちょっとだけ腹が立つ。
しかし、樹里亞の強い口調にも負けず、彼女はその場を動こうとはしなかった。
「あたし……一年B組の『
周囲が呆気にとられている中で、俺のファンだと言うその少女は一人でしゃべり続ける。
この娘は俺を弁護しようとしてくれているのだろうか。
「いいえ、結城さん。恋愛に性別は関係ないわ。それに、最近まで男の子だったと言うのなら、男の子がどういう風に考えたり行動したりするか、ある程度は想定できてしかるべきじゃないかしら」
樹里亞と、結城 美鶴と名乗る一年生の女の子は、なんだか難しい話を始めた。
しかし、最初は部外者だとあしらわれていた彼女が、話の主導権を握り始めているのは俺にもわかった。
「そこですっ、先輩! きっと東條先輩も日頃そう考えていたんじゃないでしょうか。自分は男の子なんだから男の子の気持ちがわかるハズだって……」
少女が人差し指を立てて俺の心理を分析する。
確かに俺は、自分のことを素直に女だとは思っていない。でも、本当に彼女の言う通りなんだろうか。
「しかし、そこで突然アクシデントが起こります。東陵祭の最中に松崎先輩が教室に飛び込んできて東條先輩を連れ出し、たくさんの人に追われる事になってしまいました。松崎先輩のことを凶悪犯だと勘違いして、正義感から殴りかかった生徒もいたようです。そんな異常な状況から逃げるために、先輩たちは更衣室のロッカーに隠れたんです。お二人の精神は極限状態になってたでしょうね。先輩方は『吊り橋効果』ってご存知ですよね。東條先輩も松崎先輩も、そんな状況でお互いを好きだと勘違いしてしまったんじゃないでしょうか!」
勘違いだって……?!
彼女の口から飛び出す言葉に俺は唖然とする。
そんなハズはない。だって、宏海は俺を一生守るって言ってくれたんだ。それが勘違いなワケないだろう!
それに、俺を女として好きだって言ったのはロッカーの中じゃない。もっと前のことだ。
「そうね……あなたの言う事ももっともだわ」
樹里亞はどういうわけかこの一年生の言う事を真に受けてるみたいだ。
さっきまで、彼女に対して関係ないから出て行けと言ってたハズなのに、こんな短時間にこの娘のことを信用するようになっている。
いったいどうしてこうなったんだ?
「わかったわ。あなたに免じて今日のところは雪緒を許してあげます」
「ありがとうございます!
満面の笑みでそう言って、深々と頭をさげる彼女……確か『結城』さん。
だけど、問題は何一つ解決なんかしてないぞ!
「待て待て待てっ! 俺のきもち……」
「キャーーーーっ! 良かったですね、東條先輩!」
結城さんが駆け寄ってきて、座ったままの俺の頭にぎゅーっと抱きついた。
身長が百五十センチを切るような小柄な彼女の胸が俺の顔に押し付けられる。どうやら彼女の胸も俺みたいに慎ましいサイズらしく、息苦しさはまるでない。
それでも、全体的に華奢な彼女の体はとても柔らかで、まるでふわふわのウサギを抱きしめてるような不思議な安心感に包まれる。
「ちょっ! ちょっと待ってよ、結城さん」
「
宏海とキスしたと怒っていた樹里亞の目の前で、他の女の子に抱きつかれてたらどうなることか。今度こそ樹里亞が怒るぞ!
「あらっ。ファンが増えて良かったわね。雪緒」
樹里亞は何故かニコニコしている。
男はダメで女は良い……なんて事はないだろうけど、いったい彼女は何を考えてるんだろう。
「でも今回みたいな誘惑がこれから先ないとは言えないわね」
そう言うと、樹里亞は少しだけ考える仕草をして俺の方に歩いてくる。
「雪緒。そういえばあなたには婚約の証として形になったものを何も渡してなかったわ」
え?
それってもしかして給料の三ヶ月分がどうとか言う特別な指輪のことを言ってるのか?
プロポーズの時に渡される、あの……左手の薬指に嵌めるアレ。
でも……でも、アレって普通は男性から女性に渡すものなんじゃないの? もう俺は女だけれど、俺と樹里亞とどっちが男に近いかと言えば、それは間違いなく俺の方だろう。
本来だったら俺から樹里亞に渡すべきものなんじゃないだろうか?
そう思いつつも、彼女が俺のために指輪を用意してくれたというただそれだけで、胸がいっぱいになってしまう。
美鶴ちゃんが黙って樹里亞に道を開ける。
こういう時、俺は立ち上がるべきなんだろうか。それとも座ってていいのだろうか。
頭の中がグルグルして、自分でもどうしていいのかわからず狼狽えていると、まるで映画のワンシーンみたいに俺の前で樹里亞が跪いた。
ドキドキしながら差し出した左手が汗ばんでいる気がして、慌てて引っ込める。
俺の指……太くなってないかな?
左手の薬指をゴシゴシこすってから、期待してるのを見透かされたくなくて、まるで寒い時にするように両手の指をすり合わせる。
しかし、樹里亞の手は俺の首元に伸びてきて、アレっと思う間もなく首に冷たい感触。
そしてカチャリっと小さな金属音。
ナンダコレ?
樹里亞が手鏡を開いて俺に見せる。
覗き込むと、俺の首には銀色に輝く細い金属の輪が嵌っていた。
指輪……じゃない……?
「気に入ってくれた? 雪緒の誕生石……ダイアの入ったオーダーメイドのプラチナリングチョーカーよ。指輪にしようかどうしようか結構迷ったんだけど、その方があなたに似合うと思ったの! ロック式で鍵はあたしのネックレスになってるわ。もちろん、お風呂に入る時には外してあげるから安心して」
「きゃーっ! 東條先輩、ステキです!」
満足そうに微笑む樹里亞と、飛び上がって大げさに喜ぶ美鶴ちゃん。
俺の左手が所在なげにふらふらを宙を舞う。
いや、その……嬉しいんだけれどさ、コレって首輪……だよね?
「松崎くんはあなたが女だという確信を持ってから好きだって言ったけれど、それじゃあ本当にあなたの事を想っているとは言えないでしょう。あたしはあなたが男の子だろうと女の子だろうと、変わらず愛してるわ」