ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
宏海と更衣室のロッカーに隠れてしたキスを樹里亞に咎められる俺。もちろん彼女を愛してるけど、宏海は男としての憧れなんだ。それなのに、突然現れた一年生の美鶴ちゃんが俺の気持ちは勘違いだと言い出して、樹里亞もそれを納得してしまう。おまけに俺は首輪を着けることに。
「ほらっ、
そう言って、彼の口にスプーンですくったプリンを押し込む。
駅前の有名洋菓子店で買ってきた一個五百円くらいする高級プリンだ。
ベッドに横たわってただ口を開けるだけの宏海は、まるで親鳥からエサをもらうヒナみたいで可愛い。俺よりはるかに図体がデカイから、コイツはきっとカッコウのヒナに違いない。
我が校の文化祭『東陵祭』が土日を使って開催されたため、今日、月曜日は振り替え休日だ。
俺は朝から宏海の病室に入り浸って、有意義なお見舞いライフを満喫していた。お昼になったらご飯を食べさせて、喉が乾いたらジュースを飲ませてやる。
特にトイレの手伝いは今から楽しみだ。
「
ところが、そんな俺の楽しみをナチュラルに邪魔する存在がいる。
東陵祭の『メイド拉致事件』から知り合って仲良くなった一年生の『
今日は
それなのに、朝玄関を開けたら美鶴ちゃんが家の前にスタンバっていて、俺がどこに行こうとしていたのかさえ知っているようだった。コレは、美鶴ちゃんに俺を見張らせようという樹里亞の差し金なのかもしれない。どういうワケか彼女は美鶴ちゃんに全幅の信頼を置いているのだ。
「宏海。この
「ああ、そうだったんだ。ありがとな」
そんな事情を知らない宏海はベッドの上で素直に礼を言う。
◇◇◇
話は昨夜にさかのぼる。
ファンだと言って俺に必要以上にベタベタしてくる美鶴ちゃん見て、俺は不安になってしまった。無警戒に誰にでもボディータッチしてると、危ない目に遭わないとも限らない。男はオオカミなんだから。
いや、男だけじゃない。世の中には女の子を侍らせてハーレムを作ってる女だっているんだ。誰とは言わないけどさ。まぁ、自覚が足りないと宏海に怒られた俺があまり人のことは言えないけれど、それでも警戒心は持ってて損はない。
そう思ってあれから何度か注意してみたけれど、彼女が理解してくれてるとはとても思えなかった。
樹里亞と二人きりでの帰り道。俺は美鶴ちゃんのことを彼女に相談してみた。
「口で言ってわからないんだから、可愛そうだけどちょっと恐い思いをしてもらうかな」
言葉にするとなんだか物騒だけど、要は男に警戒心を持たせるためのショック療法をするわけだ。実際に美鶴ちゃんを傷つけるワケじゃない。
「良いんじゃない? 雪緒が悪役になって脅かしてあげるんでしょ。でも、やり過ぎて妊娠するようなことにはならないようにね」
樹里亞が微笑みながらそう答える。俺がホンキで心配してるのに冗談で返すなんて……樹里亞にちょっとだけ腹が立つ。天地がひっくり返ったって俺があの娘を妊娠させることなんてないのに。
◇◇◇
病院にくる途中、お見舞いにプリンを買うため駅近くの繁華街に立ち寄った。
一休みしようと人通りの少ない線路際の公園のベンチに座ると、美鶴ちゃんもチョコンと右隣に座る。
彼女はとても可愛いけれど、異性に対して警戒心がなさ過ぎる。
まぁ、俺が異性かと言われたらちょっと返事に困るけど、樹里亞と付き合ってることを知ってるんだから、女の子が好きだっていうこともわかってるハズだ。
「今日は良い天気だねぇ」
「そうですね」
俺の超絶会話テクで彼女の警戒心を解きつつ、ごく自然な動作でちょっとづつお尻をズラして美鶴ちゃんの方へにじり寄る。ベンチにふんぞり返って背もたれに腕を掛けたのは、背後から彼女の肩を抱き寄せるためだ。
その後は頬に手を当ててこちらを向かせ、美鶴ちゃんの小さな可愛い唇に突然キス……しようとすれば彼女だって驚くだろう。そうすれば男の……いや、異性の……ええと、何でもいい! もっと危機感を持ってくれるに違いない。
会話が途切れた瞬間を狙って、一瞬のためらいもなく俺の右腕が美鶴ちゃんの肩に掛かる。
痛くないように注意しながら強引に細い肩を掴んで引き寄せ、彼女の方に振り返る。
!!!!!
目の前に美鶴ちゃんの瞳のドアップ。
俺を見つめる彼女の両目が小刻みに揺れていた。その瞳に吸い寄せられる。
そう言えば彼女は、俺の大ファンだって言ってた。
ということは、このまま近づいたら間違ってホントにキスしちゃうかも!
でも、しちゃって良いのかな?
こんな美少女と顔を近づけて見つめあってると、キスしないのが逆に不自然に感じてしまう。
樹里亞はなんて言ってったっけ? たしか『妊娠させなきゃ何してもいい』みたいなことを言ってたハズだ。
そして二人の唇はゆっくりと近づき……。
「彼女たちぃ! こんな場所でナニしてるのかなぁ?」
突然の声にビックリして振り返ると、四人の若い男がベンチを取り囲んで立っていた。
全員が似たようなダブっとしたのB系ファッションだ。着てるものは今風だけど、立ち居振る舞いが昭和の不良然としていて痛々しい。
美鶴ちゃんも唖然とした顔で彼らを見ている。
コレはひょっとしてチャンスじゃないか? 脅かし役をコイツらにやってもらえば、俺がやるよりよっぽど効果的だろう。それに、美鶴ちゃんが十分怯えたところで返り討ちにしてやれば、俺の株も上がって一石二鳥というものだ。
彼らのタイミングの良さに免じて、キスの邪魔をした事と『彼女たち』と一括りに言ったことを特別に許してやろう。
まぁ、生脚ハーフパンツに可愛いフードがついたピンクのトレーナーの美鶴ちゃんと、スキニーデニムと肩にブラストラップが見えてるキャミソール姿の俺を見て『女同士』だと思わない方が無理かも知れないが。
「何の用ですか?」
心の中でニヤリとしながら、怯えた声を出してか弱い女の子を演じてみせる。普段しゃべり慣れてないせいか、ジーンさんみたいなオネエになった気分だ。
「女同士より男とした方がずっと気持ち良いって。これから俺たちがジックリと教えてあげるよ」
リーダー格らしい黒キャップにサングラスとちょび髭の男が、俺たちに向かって居丈高に言う。女に乱暴しようとする男って、どうしてこうもステロタイプなのだろうと内心で笑いながら演技を続ける。
「近寄らないでっ!」
拒絶する俺の腕をリーダー格の男が掴むと、片方の口元を吊り上げて嫌らしく笑った。
美鶴ちゃんに視線を移すと、彼女は俯いたままだ。もう充分恐い思いをしただろう。そろそろ反撃開始といくか。
上体をひねって掴まれた腕を外……れないっ?
「オイオイ、急に暴れだしたぞ」
「押さえつけろ!」
あっという間に三人の男に組みつかれて、俺はベンチにから無理やり立たされた。
マズイ! このままじゃ祭の時の二の舞だ。
男の恐さを教えようとして俺が襲われてしまうなんて、笑い話にもならない。おまけに美鶴ちゃんまで巻き込んでしまう。これはヤバイ!
「さぁ、ちょっと俺たちに付き合ってもらおうか」
「離せよ、この野郎!」
俺がそう言った瞬間、俯いて座っていた美鶴ちゃんが突然立ち上がった。
その直後、目の前から唐突にリーダー格の男がかき消えた。
いや、違う。吹っ飛んでいったのだ。
シュっという風切り音とともに左右の男が崩れ落ちる。押さえつけられていた俺はバランスを崩してたたらを踏んだ。
後ろから羽交い締めにしていた最後の男が俺から離れて逃げ出した。その背中を追いかけるようにして掌底が炸裂し、男は前のめりに倒れて動かなくなった。
まっすぐに伸ばされた細くて白い腕はなんと……美鶴ちゃんだった。
「怪我はないですか? 雪緒せんぱい」
彼女は深く腰を落とした姿勢から普通の立ち姿に戻り、俺を振り返ってニッコリと笑った。
◇◇◇
「雪緒せんぱーい! それ、あたしにもやらせてくださーい!」
美鶴ちゃんが俺の持ってるプリンを見つめて両手のひらを差し出してきた。
コイツ、俺の楽しみを奪うつもりなのか!
「だが、断る!」
「良いじゃないですかー! あたしもやりたーい!」
抱きつくような勢いで俺の手からプリンを奪おうとする美鶴ちゃん。
こんな可愛い女の子に抱きつかれて悪い気はしないけど、俺の大事な親友は分けてやらないぞ。
そうだ!
素晴らしいアイデアを思いついてしまった。
美鶴ちゃんは宏海に対して警戒心がない。
でも突然、宏海が襲いかかったらさすがの彼女も男に対して警戒するようになるだろう。
さっき公園で四人の男を一瞬でノックアウトしたけど、アレはヤツらが弱かったからに違いない。
大ケガしてるとは言え宏海は強い。東陵祭の時だって、ギプスで固められた両腕で武器を持った上級生たちをなぎ倒したんだ。いくら美鶴ちゃんが強くても、宏海が相手だったら十分恐い目に遭わせられるだろう。
「美鶴ちゃん。ちょっと売店でジュース買ってきてくれる? コレで宏海に飲ませるの……やらせてあげるから」
フタ付きのマグカップを美鶴ちゃんに見せると、彼女の顔がパァっと明るくなる。
柔らかいシリコンのストローが刺さった介護用のカップだ。
「はーい! 行ってきまーす」
ジュースの代金を渡すと美鶴ちゃんは元気にスキップしながら病室を出て行った。
ふっ、チョロいな。
「美鶴ちゃんって可愛いでしょ。そこでさぁ、宏海にお願いがあるんだけど……」
「ん? なんだよ、あらたまって。お前のお願いだったら何でも聞くぜ」
そう言って片目でニヤリと笑う宏海。
もう片目は眼帯で覆われて、その上から包帯でグルグル巻きにされている。
うんうん。カッコイイ!
「助かるよ。こんなこと宏海にしか頼めなくてさぁ。ちょっと美鶴ちゃんを襲って欲しいん……」
全部言い終わる前に宏海は口の中のプリンを吹き出した。
「ふっざけるな! そんなことできる……ワケが……?」
仰向けに寝たまま猛然と抗議する宏海の声が急に萎んだ。
俺がプリンまみれになっていたからだ。
顎から滴った崩れたプリンがキャミソールの胸元に落ちる。その冷たさに驚いて我に返った俺はキャミを捲り上げて病室の洗面台に飛びついた。
「なにすんだ! シミになっちゃうだろー!」
ハンカチを水で濡らして固く絞り、カラメルソースが付いた部分を叩くようにしてシミ抜きする。見た目にかなり薄くなったけれど、乾くとどうなるかわからない。
これは樹里亞にプレゼントされた大事な服なんだ。クリーニングに出しても落ちなかったらどうしよう。
上手くシミが落ちず、キャミソールを脱いで洗面台に広げた。
「マジで襲うワケないだろー! フリで良いんだよ、フリで! 畜生! ブラの中まで入った!」
ブラカップの裏地とパッドまでプリンの黄色が染み込んでいた。カップを引っ張って裏返し、内側から濡らしたハンカチで叩く。
こっちはなんとかカラメルの被害を免れたようだ。
「ちょっ! おまっ!」
宏海が狼狽えて意味不明な叫びをあげる。
下着姿なんか見慣れてるだろ? 東陵祭ではニプレス姿まで見てるんだから、今さら驚くことじゃない。
ブラのシミ抜きを終えた俺は洗面台でジャブジャブと顔を洗った。
「フリで良いんだから!」
手元のタオルで顔を拭き、目の前の鏡に彼の顔が映ってるのに気がついた。
まさか、見えてた?
いやいやいや! 事故で見えちゃったなら仕方ないけど、ブラジャー捲って自分から見せてたなんて、まるで痴女じゃないか!
ホントに見たのか? この小さい胸を?
すっごく気になるんだけど、わざわざ『見た?』って聞くのもなんだか女々しくてイヤだ。
「こっ……こうなったら絶対やってもらうぞ! いいな、宏海!」
急いで振り返り、両腕で胸を押さえながら宏海の顔を睨みつける。
彼はとっさに視線を逸らしたまま、否定しない。
コイツ、やっぱり見てたな!
「キャーーーーーっ! 何やってるんですか、せんぱい!」
絹を裂くような悲鳴に振り返ると、ドアのところで美鶴ちゃんが目を見開いて立ち尽くしていた。
ジュースを買って帰ってきたら俺が病室で服を脱いでたんだから驚くのも無理はない。
仕方ない。このチャンスをそのまま利用しよう。
「見てよコレ。宏海がプリンを吹き出したんだ! 美鶴ちゃん、悪いけど彼の顔を拭いてあげて」
そう言って彼女にタオルを渡す。
美鶴ちゃんが顔を拭こうと屈み込んだ瞬間を狙って、宏海の脚をポンと叩く。
それを合図に、まるで仕掛け罠のように宏海の両腕がガバッと持ち上がり、美鶴ちゃんの体をガッシリと挟み込む。
「キャッ!」
小さく悲鳴をあげる彼女。
ビックリしただろうけど、まだまだ怖がってはいないようだ。でもそれは想定の範囲だ。
次のステップに移行する。宏海。唇を奪え! 一瞬だけなら俺が許す!
なーんて、宏海がそんなことするワケが……。
しかし次の瞬間、エキサイトしていた俺の目に到底信じられない光景が映った。
美鶴ちゃんの腕が宏海の頭を包み込み、彼女の唇が宏海の唇に押し当てられていたのだ。
え? ナニコレ? どうなってるの?
キスしちゃえと思ったけれど、彼の腕は降ろされていて美鶴ちゃんを捕まえてるワケじゃない。
逆に彼女の方は体を預けて、宏海の頭に抱きついている。
これは……まさか、美鶴ちゃんの方からキスしてるんじゃないか!
しかも長い!
「ギャーーーーーーー!」
美鶴ちゃんとは比較にならない雄々しい雄叫びが、俺の喉から絞り出される。
頭で考えるより早く身体が動いて、彼女のフードを掴んで力の限り引っ張り上げた。
「なにキスしてんの? 美鶴ちゃん!」
首の後ろを掴まれて子猫のようになった彼女に俺は怒りをぶつける。
「なに怒ってるんですか?
そう言って美鶴ちゃんはニッコリ微笑む。
確かに俺と宏海は付き合ってるワケじゃないけど、だからと言って、彼女が宏海にキスする理由にはならない。
「おっ……怒ってなんかないよっ! 怒るワケないだろ? なんでキスしたかって聞いてるんだ!」
なんとか平静を装って、美鶴ちゃんのえり首から手を離す。
「本当に怒ってないんですかー? だったら言っちゃいますけどぉ、あたし、松崎せんぱいが好きなんでーす!」
そう言って彼女は眩しいくらいの可憐さで無邪気に笑った。