ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
後輩の美鶴ちゃんとの熾烈な宏海争奪戦。先に彼をボッキさせた方が勝ちというセクハラ合戦でエッチな技を繰り出す激戦の真っ最中、彼の妹『真琴』が登場。彼女の言葉で美少女だと思っていた美鶴ちゃんが実は男の子だったことが発覚した。俺は男と彼氏を取り合ってたってこと?
綺麗に切り揃えられグロスを塗られたネイルが薄暗い間接照明を反射して煌めく。その小さな光が、ベッドに横たわる俺の裸の腹の上をゆっくりと滑っていく。
我が愛しの幼なじみ『
彼女の部屋のふかふかのダブルベッドの上で、俺が男だった頃にはついぞ実現しなかった秘め事が展開していた。
少しずつ俺の興奮が高まってきて、もう限界が近い……という時になって、いきなり彼女の手が止まった。
「
一体なに言ってるんだよ。そんな事よりも続きを早くっ……!
息が荒くなって、まともにしゃべれない俺の気持ちを察したのか、樹里亞の指が動き出す。俺の皮膚の上を滑って、その後を彼女の舌が追いかける。
そしてまた、唐突に止まってしまった。
「…………っ!」
言葉にならない抗議が、噛み締めた歯の間から漏れていく。
焦らしてるのか? これじゃあまるで拷問だ。
「この前は寝てる松崎くんに抱きついてキスしてたけど、今度は一体なにしたのよ?」
「お……ぉな……じこと」
腹に力を入れてなんとかそれだけ口にすると、彼女の手が再び動き出す。
上り詰めた高みから一気に落下する瞬間、安定を失う恐怖で振り回した手足は何かに掴まろうともがき、頭の中は強制的にリセットされて視界が真っ白になる。
「こんなことがないようにって思ってチョーカーあげたじゃない? あなた、あたしの婚約者だって自覚……あるの?」
樹里亞が抗議めいた口調で言う。
でも、その声は俺の耳をすり抜けて行った。
「
頭の中で彼女の言葉を反芻する。
ユウキサンって誰だっけ? ゆうき……ゆうき……結城。
ああそうだ。確か宏海の幼なじみだと言ってた……『結城 美鶴《みつる》』!
俺の脳が微笑んだ美少女の顔データを検索する。やや遅れて、その顔と名前が合致した。
そうだ。アイツのせいで全部メチャクチャになったんだ!
なんてたってアイツは……。
「美鶴は男だったんだよ!」
俺の言葉に樹里亞は黙り込む。
彼女が驚くのも無理はない。認めるのは悔しいけどあんなに可愛いくせに『男』だなんて、まるで詐欺じゃないか。
「それがどうしたの?」
ところが樹里亞は予想外の答えを返してきた。
「それがどうしただって? てっきり女の子だと思ってたのに、あんな可愛い顔してホントは男の
「あら、あたしは知ってたわよ」
樹里亞の言葉にハッと目が覚める。
まぶたを開くと彼女のドヤ顔が見えた。
「ウソだ! あんな見た目で男だなんて、わかるわけないだろう!」
「あら、あたしが何年あなたと一緒にいると思ってるの?」
彼女の声が急に大きくなる。
なんだ急に? でも、俺との付き合いの長さがなんだって言うんだ?
「あの日は何の日だったか覚えてる? 東陵祭の初日よ」
東陵祭は俺たちが通う東陵高校の学園祭だ。
でも、だからと言って美鶴が男だとわかる要素なんかどこにも見当たらない。
「東陵祭の名物って言ったら何かしら? ほらっ、忘れたの? 去年あなたも出場したでしょ」
そう言われてやっと気がついた。
我が校の文化祭にはちょっと変わったミスコンの伝統がある。男子生徒が女装して互いの女子力を競い合うイベントなのだ。これがどうやら全国的に有名らしく、毎年テレビ局が取材にくるほどだ。
……という事は、美鶴は新ミス東陵に出場するために女子の制服を着てたってこと?
「ちゃんとエントリーリストにも載ってるし、投票用の特設ウェブサイトにも写真付きで出てたわよ。それにあの子、見事に優勝して今期の『新ミス東陵』に選ばれたのよ。ちょっだけど一昨日の夕方のテレビにも映ってたわ。知らない方がおかしいわよ」
なんだって?!
樹里亞にはわかってたのか? 知り合いの宏海でさえわからなかったのに……って、彼は入院してたんだから仕方ないか。
ん? 待てよ……。
「じゃあ、美鶴を戒めようって話をした時に『妊娠させるな』って言ったのって……」
「正確には『妊娠するようなことにならないようにね』って言ったの。もちろん『あなたが』って意味よ。彼が妊娠するわけないでしょ」
まるで当たり前のように答える樹里亞が無性に憎らしい。
「そんなこと、ちゃんと言ってくれなきゃ困るじゃないか!」
「別に、あたしは何も困らないわよ。それに、話をした時に変だって思わなかったの? どっちにしても、母校のイベントに無関心な雪緒が悪いんでしょ?」
彼女に正論を説かれると、俺の頭脳ではもう反論することは不可能だ。
さっきまで愛おしそうに触れていたくせに、一転して俺を小馬鹿にし始めた樹里亞になんとか一矢報いてやりたい。でも、どうすれば。俺は頭をフル回転させて考えた。
「そ、そうだ!『妊娠』だとか言うのなら、もっと大切な事があるじゃないか」
「急に難しい顔して……どうしたの?」
「子供のことだよ……俺たちの!」
微笑んでいた樹里亞の表情がわずかに変化した。
俺の身体の中には卵巣と子宮があるけれど精巣はない。どんなことをしても俺は樹里亞を妊娠させることなんかできない。
「驚いた! 雪緒ってなにも考えて無いのかと思ってたけど、ちゃんとあたしたちの未来のことを考えてたのね」
俺の言葉がよほど嬉しかったのか、満面の笑顔で樹里亞が答える。
でも、そうじゃない! 俺は二人の未来の話がしたかったワケじゃないんだ。
「チガウよっ! なんていうか、その……エッチの話だよ。俺はもう女の身体だから樹里亞とエッチしたくても……」
「エッチならさっきしたじゃない! まだ足りないの?」
「そうじゃないよ! 樹里亞は、その……処女だろう? 彼女の処女をもらうことも彼氏の……なんて言うか……『役目』とかなんじゃないのか?」
俺は別に、処女がダメだと思ってるワケじゃない。でも、自分が男じゃなかったってことが樹里亞との付き合いに悪い影響を及ぼしてるのはわかる。
それが『彼氏彼女の正しい関係』ってヤツだ。
「雪緒ったら、なんでそんなに古臭い観念に囚われてるの? 死んだお爺様の方がまだリベラルだったわ」
それを聞いて、俺はガックリと項垂れる。
樹里亞の結婚相手を一族の中から選ぶと息巻いていたあのガンコ爺さんよりも、俺の方がもっと偏屈だっていうのか!
「そこまでこだわってるワケじゃないよ。ただ、その方が良いんだろうなって思ってただけだ」
「ふぅん」
樹里亞の口角がゆっくりと上っていく。
こういう時の彼女はロクなことを考えていない。
「雪緒はあたしが処女だと思ってるんだ……」
そう言いながら樹里亞はクスクスと笑う。
え? 今、なんだか聞き捨てならない事を言ったよね?
「まぁ、今となってはどうでも良いことでしょうけれど……」
いやいや、どうでも良くないぞ。
樹里亞とは五歳の頃から一緒にいたんだ。その間に彼氏がいた様子はない。この歳になるまで彼氏と呼べる存在は俺だけだったハズだ。
待てよ。中学に入ってあまり遊ばなくなった頃か? 確かに当時、学校では一緒に行動しなかったけど、放課後のほとんどの時間は一緒に過ごしていたじゃないか。
おまけに高校に入るまでは一緒に風呂にも入ってたんだぞ。
エッチするような関係の彼氏がいるのに、他の男……当時の俺は紛れもなく男だったハズなんだけど……と一緒に風呂に入ったりするのかな。それともまさか、当時から俺は男扱いされてなかったのか?
ひょっとすると、彼女の従兄弟の『
「そんなの絶対に許せないぞっ!」
彼女の腕を振りほどいて、俺は思わずベッドの上で立ち上がって拳を突き出していた。全裸のままで……。
「何が許せないのよ、まったく! 一体どんな妄想してたんだか……」
樹里亞が横たわったまま呆れた瞳で俺を見つめる。
「彼女がいる男はダメだっ! そんなヤツとは幸せになれるハズがない!」
「あなたが何を考えてるのか知らないけど、パートナーがいる人が別の相手とエッチしちゃいけないって言うのなら、婚約者がいるあなたは松崎くんとエッチできないことになっちゃうけど、それでもいいの?」
は?
この日、何度目かわからないけれど俺の頭の中は完全に真っ白になってしまった。
樹里亞は今なんて言った?
俺と宏海が……。
「エッチ?」
確かに俺の身体はもうすっかり女になってるみたいだし、宏海のことは大好きだ。今までに何度もキスしちゃったし、ほとんど裸の格好で抱き合ったことだってある。それは自分の人生の中でも最高に幸せな体験だ。
だけど、それと『エッチ』は別なんじゃないかと思う。
「雪緒ったら、エッチがなんだか知らなかったの? セックスのことよ」
「知ってるよっ! って、今どき小学生だって常識だよ! 俺が言ってるのは『男とエッチ』なんて考えたことないって意味だよっ!」
「なに言ってるのよ。キスしてハグしたら次はエッチしかないじゃない!」
え?
夕夜たちと観たAVのセックスシーンが頭の中で4K対応ハイビジョンデジタルリマスターでリプレイされる。
でも、画面の中の隠微な行為が、宏海との幸せなキスの延長線上にあるなんてとても信じられない。だって、相手は中学校の頃から一緒に遊んでた親友だぞ。それに彼のことは男の中の男としてリスペクトしてるんだ。そんな相手とエッチだなんて考えられない。
いやいやいやいや! 違う違う違う違う違ぁーーーーーう!
男とエッチだなんていう重大ゴトがまるで瑣末なことのように思えるほど強烈な何かが樹里亞の言葉の中にあったじゃないか!
「さっきの言い方だと、宏海と……その……エッチするかしないかは、まるで『俺の問題』だって言ってるよう聞こえるんだけど……」
「あら、今日は珍しく理解力が高いわね! その通りよ。やるかどうかは雪緒が決めれば良いことだと思うわ」
当然のように言い放たれた言葉に、俺はまるで頭をぶん殴られたような衝撃を受ける。
「樹里亞はそういうの平気なの? 俺のこと好きなんじゃないの? 好きな相手が他の誰かとエッチしても気にならないの?」
俺がそう言うと、彼女はベッドの上でゆっくりと上体を起こす。裸の胸が重力の影響を受けてたわみ、わずかに揺れて元に戻る。彼女の美しい瞳は微笑みながら俺の目を見つめたまま。
「あたしだって雪緒が他の人とエッチするなんて考えたくはないわ。でもね。あたしは女の子になったあなたを今だに結婚っていう契約で拘束しようとしてるのよ。それなのに、あなたが男の人とセックスするのを認めないなんて最低の婚約者だと思わない? あなたがあたしの処女を奪うことができないって悩んでいるのと同じように、あたしにはあなたの子供を産むことができないの。これは、あなただけが気にすることじゃないのよ」
やっと樹里亞の言いたいことがわかった気がした。
俺たちは女同士だから、ごく当たり前の常識とか古い価値観に縛られてはいけないんだ。
「もう一つ。あなたにチョーカーをさせてるのもあたしのワガママだけどね」
俺は首に巻かれたチョーカーにそっと触れてみる。
エンゲージリングだと言って彼女が俺に着けさせたプラチナのチョーカーだ。俺の誕生石のダイアが埋め込まれている。
古い価値観とか因習を否定する樹里亞が『結婚』には執着する。矛盾した話だけれど、おそらくそれは俺と交わした幼い頃の約束を彼女なりのやり方で守ろうとしてるのだろう。
「でも、結婚によって縛られるのは樹里亞も同じハズだよ」
ひょっとして樹里亞はもう処女じゃないのかもしれない。考えてみれば、こんなに美人でスタイルが良い彼女が未だに処女だというのは無理がある。
優しい彼女のことだから、望まずに女になってしまった俺にそれを打ち明けるのを躊躇っているのかも。
「樹里亞だって俺と同じように……他の男と、その……エッチする権利があるよ」
俺は自分の台詞に公平さや潔さ、清濁併せ呑む度量の深さみたいなものを感じていた。自分の男らしさに酔っていたのかもしれない。
「そうね。あたしたちが同じだと言うのなら、それもアリかもしれないわ」
ベッドから降りた樹里亞はドレッサーの引き出しから何か棒状のモノを取り出して俺に見せた。これって、つまり男のアレを模したいわゆる『大人のオモチャ』ってやつ?
「興味本位でこんなもの買ってみたけど、その気になれなくて……。考えてみたらディルド相手に処女喪失だなんてあまり自慢できることじゃないものね」
そう言って彼女はシリコン製のオモチャを投げ捨てた。
樹里亞があんなモノを買ってたなんてビックリだ。おまけに樹里亞がまだ『処女』だったということにも……。
でも、そうだとしたら……。
「雪緒の許可ももらえたことだし、せっかくだから結婚前に男の人とエッチしてみようかしら」
俺の大切な幼なじみはそう言って微笑んだ。