ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
俺たちは修学旅行で沖縄。チャーターしたタクシーに揺られカーブで振り回されて、樹里亞の胸にダイブしたり宏海の膝に仰向けに倒れてお姫様抱っこ。宏海は怪我が治ってないのに意外と大丈夫? るちあが夕夜とエッチしたって聞いてすごく嬉しい。俺? 俺はどうだろう。
各クラス約四十人が五クラス。合計二百人弱の生徒と各担任・副担任と校長、その他教諭が十五人。この大人数が一斉に食事するためにホテルの大広間はパーテーションをすべて取り除いて、大きくて長いテーブルがたくさん並べられていた。
配膳はさぞや大変だろうと思っていたら、テーブルの上に料理が入った大きな金属製の器が並んでいるのに気がついた。
「食事ってブッフェ? やったぁ! 倒れるまで食うぞー!」
「待ちなさい、
トレーを持って駆け出そうとした俺の腕を
辺りを見回すと、彼女の言う通りそれぞれのテーブルに同じ料理が並べられていた。
1. 各種生野菜のサラダ
2. 軟骨の煮込み
3. そーめんチャンプル
4. ゴーヤーチャンプル
5. グルクンと冬瓜の煮付け
6. 牛肉とパパイヤの炒め物
7. 炊き込みご飯
8. ゆし豆腐汁
9. 漬け物
10. デザート
以上が今晩の夕食のメニューらしい。それにしても最初からメニューが限定されてるなんて、こんなの全然ブッフェじゃないじゃないかー!
「メニューが決まってるけど、食べ放題なのは変わらないわ」
「好きなものを好きなだけ食べられるのがブッフェだろー?」
「好きなものだけ食べてたら、栄養のバランスが崩れて吹き出物と便秘の嵐よ!」
文句を言う俺に樹里亞とるちあが説教する。
「
そこまで言いかけてヤツらを見れば、るちあが夕夜のトレーにサラダを山盛りにしてる最中だった。宏海は……と見てみれば、彼は怪我で両手が使えないから自分で料理を取ることができない。
なんてこった!
愕然として椅子に座り込む俺の目の前に、樹里亞が取り分けてくれたトレーが置かれる。様々な色合いの具材の中にひときわ異彩を放つ緑の扇状の物体が見え隠れしている。表面部分は緑色がさらに鮮やかで、大きなツノが無数に生えた表層は食べようとする者を威嚇する。
九州から沖縄にかけて採れる特産野菜『ゴーヤー』である。
俺は好き嫌いも少ない方だし、苦手な野菜など存在しない。この緑色の悪魔を除いては……。
まるでキュウリの親戚みたいな見た目のくせに、味はピーマンの百倍くらい苦いのである。酸味や苦味がある食べ物は腐敗しているか有毒な物質を含んだ危険物だ。高等生物の味覚はそういう危険物を排除するために発達してきた。
つまり、苦いものは体に良いはずがない!
「ゴーヤーは唯一、加熱してもビタミンCが失われない野菜なのよ。これはとっても重要ね。他にも血糖値を下げたりガンを抑えたりする効果があるって言われているわ……」
るちあが薀蓄を紐解きながら俺にスプーンを差し出した。
トレーに取り分けられたチャンプルーを眺めて思わずため息が漏れる。
「わかったよ。食べるよ」
仕方なくスプーンを受けとる。
悔しいけれど美容や健康の知識でるちあに勝てるはずもない。ここは大人しく従っておこう。だが、食事の本当のお楽しみはこれからだ。
「宏海。ほらっ、アーンしてっ」
軟骨やら野菜やら美味そうなおかずをスプーンですくって宏海の口元に差し出す。すると彼はヒナ鳥のようにそれに食らいついた。
宏海が退院するまでほとんど毎日のように彼の食事を手伝ってたので、お互い条件反射のように体が動く。刷り込みってヤツだな。
「えーーーーっ?」
「ヤダー!」
「どーしてぇ?」
離れたテーブルから複数の女生徒の非難めいた声が聞こえてくる。宏海は意外と女子のファンが多いのだ。こうして彼に食事を与える俺のことが羨ましいのだろう。だが、やりたければ正々堂々勝負して俺に勝つことだ。それができないのなら諦めてもらうしかない。
宏海に片思いしていた幼なじみ『
「
隣のテーブルからクラスメイトが身を乗り出す。俺がまだ男子生徒だった頃、わりと遊ぶことが多かった『
それにしても、ちょうどいい所にきたな。
「仕方ねぇな。お前にもやるからちょっと目を瞑ってろよ」
そう言うと、俺のトレーから緑色の悪魔の実だけをスプーンですくって武田の口に押し込んでやった。
口をモゴモゴしながら『美味ぇー』とか言ってたけど、次第に眉間にシワが寄って、ついには口を押さえて涙目になった。
ザマぁ見ろ。俺の楽しみに水を差すからそういう目に遭うんだ。お前ら『男子生徒』は宏海と一緒に風呂に入ったり同じ部屋で寝たりできるんだから、食事くらい楽しくやらせろよ。
ゴーヤーも食えないくせに……。
「ズルしないであなたも食べなさい」
ドヤ顔で見ていた俺の目の前にゴーヤーがタップリ入ったチャンプルーが取り分けられた。
◇◇◇
「東條。悪いんだけどお前、風呂……別にしてくれないか」
自分たちの部屋に戻る途中、副担任の
「なんですか、それ! 生徒の模範であるべき学校が東條くんを差別するんですか?」
横でるちあが激怒して副担任に食ってかかる。彼女をなだめながら話を聞いてみると、どうやら一部の女生徒の保護者から学校側にクレームがきたらしい。それもなぜか今日になって。
実は修学旅行が近づいてきた頃から、こんなこともあるんじゃないかと想定はしていた。俺の身体はもともと女で遺伝子的にも女。お腹の中には子宮があるし妊娠すれば子供だって産めるらしい。他の女生徒を強姦したり妊娠させたりすることは有り得ない。
でも、今年の夏まで俺は男子の制服を着て男子生徒として学校に通っていたために、一緒に風呂に入ることに抵抗がある女生徒だっているだろうと予想してたのだ。実際、夏の水泳授業で俺と一緒に着替える事を拒否した生徒だっていた。今はもうわだかまりもなくなって体育の授業では一緒の更衣室でA・B組一緒に仲良く着替えているけど、他のクラスにはまだ拒否反応を示す生徒がいてもおかしくはない。
でも、クラス毎に時間を区切って入浴するワケだからから、クレームをつけたらしい他のクラスの生徒と一緒に入ることはないのだ。大方、さっきの宏海とのやりとりに不満を持ったファンの女生徒が、自分の親にあることないこと吹き込んで学校に抗議させたのだろう。
そして俺は、教員用に用意された部屋風呂に一人で入るハメになったというわけだ。
『権利』という観点で見るのなら本来は徹底的に闘わなくてはならないのかもしれない。でも、できればそれをやりたくない。
ごく普通の女生徒としての学校生活を勝ち取るためには、俺自身が『男ではない』と主張し、証明し続けなければならないのだ。女として生きていこうと決めた今でも、それは俺にとってとてつもなく大きなストレスだ。自分が女であることを認めることと、男であることを否定することはイコールではないのだ。
「あたしも一緒に入るわ」
樹里亞とるちあがそう言ってくれたけれど俺はその申し出を辞退した。
るちあと一緒に風呂に入ったことはある。でも、あの時はまだ男だと言ってた頃だし、アクシデントで一緒になってしまっただけだ。女として見られてる今、大浴場ならまだしも身体を寄せ合って入るような小さな浴室で一緒に入るのはとてもハードルが高い。素直に『恥ずかしいから』と言っても彼女は理解してくれないだろう。
かと言って、樹里亞とだけ入るとも言いずらい。
「風呂ぐらい一人で入れるってば!」
◇◇◇
クラスの女子が風呂に行ってしまってしばらくしてから、部屋に副担任の須藤が呼びにきた。着替えとタオルを持ってついて行くと、男子生徒の部屋が並ぶ二階を通り過ぎて静かな一階の廊下を歩く。
部屋の前までくると須藤がドアをノックした。でも返事がない。ゆっくりドアを開けると中には誰もいなかった。
「ここ、女性教諭の部屋なんだけど……みんな飲みに行っちゃってるのかなぁ? まぁーいいか。すぐそこのドアが風呂だ。先生たちには俺が言っておくから。それから……もう、女なんだからちゃんと鍵かけて入れよ」
それだけ言うと須藤は行ってしまった。なんだかものすごく腑に落ちないものを感じたけれどあえて気にしないことにする。
おそらく教師だけで酒盛りでもしていて、須藤はそこに行ったんだろう。ここで待っていられたら落ち着いて風呂に入れないからちょうどよかった。
とりあえず部屋のドアを閉めて脱衣所のドアを開けると……その場で俺は固まってしまった。
「夕夜かぁ? 遅えじゃねぇか。腕が引っかかって脱げねぇんだよ。手伝ってくれ」
脱衣所にはTシャツを頭まで捲り上げたままの宏海が立っていたのだ。脱ごうとしたらギプスがつかえて動けなくなったらしい。
でも、どうして宏海がここにいるんだ?
一瞬の硬直状態からなんとか復帰した俺は、頭をフル回転させて状況を瞬時に分析する。おそらく宏海も怪我のせいとかなにかの理由で大浴場が使えなかったのだろう。夕夜の助けで入浴するしようとしてるところに、連絡ミスか須藤が時間を間違えたかして俺がきてしまったようだ。
これは……チャンスだ!
食事の世話どころかこのまま入浴まで面倒看れるとしたらラッキーだ。急げば夕夜がくるまでに背中を流すくらいしてやれるかもしれない。
目の前の洗面台についた大きな鏡に俺と宏海が映ってる。でもシャツを被ったまま動けない宏海には俺が見えていないみたいだ。
声を出さないようにして背後に近寄ると、スエットパンツに手をかけてしゃがみながら足元まで一気に引きおろす。トランクスまで一緒に脱げて、彼の下半身はあっという間に露出した。
「ちょっ! おまっ、イキナリかよっ!」
宏海が慌てたように叫ぶけど嫌がってる様子はない。俺のことを夕夜だと思って安心してるんだろう。続いて、引っかかってるTシャツの裾を掴む。脱がせる前にふと手を止めて、鏡ごしに彼の股間に視線を移した。
長い間見ようと思っても見ることができなかった宏海のアレが股間にぶら下がってるのが確認できた。確かに大きくて長い。だけどスキー合宿で見せつけられた武田のヤツと比べてそれほど差があるようには見えない。鏡ごしだからそう感じるのかもしれないけど……。
十分に観察してからシャツを脱がせてやると、宏海は小さな悲鳴を上げて飛び退った。
「
「ここの風呂に入れって須藤に連れてこられたんだよ」
「夕夜はどうした?」
「知らないよ。ドアを開けたら宏海が手伝ってくれって言うから……夕夜がくるまで俺が洗ってやるよ。お湯入ってるんだろ?」
俺がそう言っても宏海は股間をガードしたまま首を左右に振って拒絶する。首のギプスが取れてて良かったな。
昼間は海で泳げそうなほど暖かい沖縄でも、十一月の夜となると少し肌寒い。宏海はたちまちクシャミをしはじめた。
「とりま温まんないと風邪ひくぞ」
宏海はしぶしぶ浴室に入っていく。手桶で湯をかけてから肩を貸して慎重に湯船に浸からせた。一般家庭のものよりは広めの黒い御影石の湯船だけど、長身の宏海にはいっぱいいっぱいで膝を曲げないと入れない。
湯船からはもうもうと湯気が立ち昇っていてとても温かそうだ。見ているうちになんだか鼻がムズムズしてきて俺もクシャミ。気がつくと着ているシャツが濡れてビチャビチャになっていた。
「俺は大丈夫だから……。雪緒は外で待ってろよ」
「気にするな。入院中のトイレだって手伝ってやったじゃないか。ちょっと寒いから俺も入るよ」
「ちょっ、待てっ! 俺が出るから待て!」
Tシャツを捲り上げた俺を見て宏海が慌てて叫ぶ。でも一人で立ち上がれないし、今さら俺を止められるハズもない。
「脱ぐから目を瞑ってて」
Tシャツと短パン、それに下着を脱いで脱衣所に放り投げると、彼が目を閉じてるのを確認してから湯船を跨ぐ。宏海の両脚の間に立つと、胸に背中をくっつけるようにして湯船に肩まで浸かった。
男子高校生だったくせにお風呂の中で男と体を密着させるのは俺にとって初めての経験だ。お湯の温かさのせいなのかだんだんフワフワした良い気持ちになってくる。
女としてはとても大胆なことをしてる自覚はあった。でも、両腕の無数の骨折がまだ完治してなくて、一人ではなにもできない宏海になにかできるハズもない。
温かい湯に浸かりながらぼぉっと考える。
宏海とエッチしてもいいと樹里亞は言っていた。でも、どうして相手が『宏海』なんだろう?
俺を助けてくれた宏海のことは大好きだ。もしも男に惚れるならコイツをおいて他にはいない。宏海だって俺のことを『女として好きだ』と言ってくれてる。
でも、お互いに好きだったらエッチするものなのだろうか?
樹里亞は『キスしてハグしたら次はエッチ』だとも言ってた。
友達の夕夜は去年から彼女とエッチしたいって言ってたし、るちあもそのつもりだったらしい。そして二人はついに結ばれた。
じゃあ俺は? 俺は宏海とエッチしたいのか?
いくら考えても自分の気持ちがわからない。
それに、宏海はどうなんだろう。彼もエッチしたいのだろうか……。
頭を使うことに疲れて、彼の胸にもたれかかる。肋骨が治っていて良かった。
まるで椅子の背もたれみたいに体を預けると、背中の辺りに熱いものが当たってるのを感じた。
「なぁ、宏海はエッチしたいとか思うの? ……俺と」
そう言ったとたん、背中に当たってたモノがいきなり反応した。
びっくりして湯船から立ち上がった瞬間、浴室のドアが勢いよく開いた。
「売店になかったから道路の向こうのコンビニまで行ってきたぜ。こだわるんなら自分で持ってこいよなぁ。まったく! ほらよ、トニックシャン……」
ドアノブを握ったまま夕夜が固まる。
ヤツの視線が下に動くのを見て、俺は胸を押さえて湯船にしゃがみこんだ。ドボンという音が浴室に盛大に響き渡る。
「あっ、ゴメン。部屋を間違えた……のか? いいのか? てか、なんで東條? お前が洗ってやるの? いや、そんなわけないよな? えーと、じゃあその……え? えーーーーーー?!」
夕夜はパニックに陥って意味のわからないこと口走っている。
そんなことよりも……。
「早く出てって!」
「ああああああああ、ゴメン。知らなかったんだ。まさかこんなトコで……。えーと、時間潰してくるから、ゴメン。ホントゴメン。ちゃんと鍵……かけてな」
そう言って、夕夜は行ってしまった。
誤解された? まさか、こんな場所でエッチなことしてると思われたのか? てゆーか、こんな満身創痍の宏海となにかしてるなんて思うか?
その瞬間、股間になにかが当たってるのに気がついた。驚いて立ち上がるとそこには彼の……。
◇◇◇
ふと我に帰ると、いつのまにか自分の部屋に戻ってきていた。
樹里亞たちはまだ帰っておらず、真っ暗な部屋の入り口に体にバスタオルを巻いただけの格好で裸足で立っていた。髪からは水が滴っている。
はぁはぁと荒い息遣いがずっと聞こえていて、それが自分のものだと気づくまでしばらくかかった。
誤解していたのは俺の方だった。
宏海はあんなに怪我してるんだからエッチなんてできない……そう思ってた。でも、俺が協力すれば立派にエッチできるんだ。そんなカンタンなことにどうして気づかなかったんだろう?
大人しく世話される宏海を見てるうちに、いつのまにか彼のことを可愛いペットかなにかみたいに思い込んでいたのかも。そのせいで彼とのエッチをリアルに考えてなかったのかもしれない。
だけど、もう違う。
今夜俺は宏海のことを『エッチする相手』として意識してしまった。