ブラックベリーフィールズ 〜やがて女の子になる君へ〜 作:孤児郎
修学旅行の残念ブッフェで苦いゴーヤーと戦った俺。一部の女生徒の抗議のせいで大浴場の女風呂に入れず教員用の部屋の個室風呂へ行くハメに。しかし連絡ミスで脱衣所で宏海と鉢合わせ。嫌がる彼を無理やり入れて一緒に湯船に浸かったら、急に恥ずかしくなって部屋に逃げ帰った俺。
「一緒にお風呂にまで入ったのに、なにやってるのよぉー!」
るちあの声がしんと静まり返った部屋に響き渡る。
慌てて彼女の顔を枕で押さえつけ、息を殺して辺りの気配を伺う。苦しそうなうめき声が聞こえるけれど、確実に息の根を止めるためには途中で手を緩めてはいけない。
「大声出すなよ、るちあ。みんな起きちゃうだろ?」
「なにすんのよぉー。死んじゃうでしょー!」
俺が囁くと、るちあは枕を跳ね除けて声を潜めて抗議する。
修学旅行初日の夜。俺たちは十六畳の和室に布団を敷いて就寝していた。最初はちゃんと整列して敷かれていた布団が、消灯まで枕を投げたり叩き合ったりして散々暴れた結果、まるでプレートテクトニクスを実証するように複雑な形状に変貌していた。
部屋には俺、るちあ、
修学旅行の夜と言えば、見回りの教師の目を盗んで遊んだり騒いだり普段できないディープな会話を楽しむ数少ないチャンスだっていうのにしゃべってるのは俺たちだけ。樹里亞も眠ってしまったようでさっきから一言も喋らない。
「なんで俺が
「
口角泡飛ばして熱弁を振るうるちあ。囁き声だけど……。
でも待てよ。それじゃまるで俺がわざと宏海と風呂に入ったみたいじゃないか!
「一緒になったのは副担の
俺は宏海と風呂に入ることになった経緯を掻い摘んで話してきかせた。変に誤解されたままでは俺のプライドが許さないのだ。
「だいたいなぁ、狙ってたワケじゃなくていきなりそんな場面に出くわしたんだぞ。心の準備もできてないのに一体なにをしろって言うんだよ。裸で一緒に湯船に浸かっただけでも今から考えるとトンデモナイことをしたって思うのに、それ以上何ができる? フツーは何もできないだろ? できないよなぁ? できないと思うんだけど……できちゃうものなの? いや、でも、そう言うのって、なんてゆーか雰囲気? ……ってゆーか、ムード? ……みたいなのがだんだん盛り上がってきてさぁ……それでお互いの気持ちを確認しながら必然的かつ不可逆的にそうなっていくものなんじゃないの? あんなアクシデントみたいなシチュエーションでも対応できちゃうなんて、常にそういう可能性を考えていなきゃならないじゃないか! てか、それってビッチだよ。色情狂だよ! …………………………てかその前に、宏海は彼氏じゃねぇしっ!」
そう、松崎 宏海は俺の彼氏ではない。
彼のことは『続柄=親友』……だと、つい最近までそう思っていた。でも宏海の方は俺のことをずっと前から女っぽいと思ってたみたいで、最近になって『女として好きだ』とまで言ってくれた。それから、俺が危険な目に遭った時に命をかけて戦ってくれた。
そんな彼を、どうして好きにならずにいられるだろう。
でも……。
「でもさぁ、宏海はどう思ってるんだろう? アイツも俺と……その……したいと思ってるのかなぁ? だって、イザその時になって拒絶されたら……『好きだけどエッチしたいわけじゃない』なんて言われたら一体どうすりゃいいんだ?」
そんなシチュエーションを想像して、自尊心と羞恥心のダブルパンチに押し潰されそうになる。
「そんなことになったら……ヤツを……宏海を殺して俺も死ぬしかっ!」
そう言うと、るちあの口からため息が漏れるのが聞こえた。
なんだよ! 俺が言ってることって、そんなに低レベルのことなのか?
「ああっ! 東條くんとこんな話できる日がくるなんて、カンドーで胸がいっぱい……」
その規格外にデカイ胸をいっぱいにできるほどの感動があったとはとても思えないけど、るちあは自分の胸を抱きしめて身悶えている。
「だいたい松崎くんって怪我で両手が使えないんだからぁ……ねっ、あたしが言ってる意味わかるでしょ?」
「ああ、わかってるよ。エッチのときも俺が自分で動かないとダメってゆーんだろ。恥ずかしいこと言わせるなよ」
昨晩はそれに気がついてしまって、世界が変わるほどのショックを受けたんだ。でも、そう言うと、いきなり枕が飛んできた。避けきれずに顔面で受けた俺は布団にばたりと倒れる。
「ちっ……違うわよぉ! そんなコト言わないってばぁ! 急になに言い出すのよぉ、恥ずかしいなぁ!」
そう言って枕で俺の頭をボンボン叩くるちあ。
え? そうなの? 自分の勘違いに顔から火が噴き出す。
でも、一体なにが言いたかったんだ?
「ほらぁ、男の子って自分でするでしょー」
え? なにを?
部屋が真っ暗じゃなければ俺の頭上に浮かぶハテナマークが見えただろう。
「ホントに知らないのぉ? ええと『オナニー』とか『マスターベーション』とか言うヤツよぉ」
「ああ! それなら知ってるよ。作家とか映画監督とかが一般ウケしない独りよがりの作品ばかりつくるヤツだろ?」
「比喩的な使い方だけ知ってるって、いったいどーゆー知識なのよ! そうじゃなくて『自分一人でするエッチ』のことよっ!」
るちあは両手で赤くなった顔を隠して説明する。
「え? あれって女の子がするんじゃないの?」
「男の子だってするのよ! やったことないの?」
「なっ! ないよ、そんなこと。やってるの見たこともないし……。女の子のは……夕夜の家で……AVでちょっとだけ観たけどさぁ……」
「東條くんのエッチの知識ってアダルトビデオなのね。いい? ああいうビデオって嘘ばっかりなんだよ」
うっ、嘘だってー?!
「誰でもあんな風に大声出して感じるワケじゃないし、ビデオの中でやってることをみんながやってるワケじゃないからね」
「えっ……そうなの? 知らなかったぁ。そっかぁ……そうだよねぇ。だいたい、あんなデカくて長いモノ舐めたり口に咥えたりなんてフツーやらないよなぁ」
「アレはやるわよ」
「えっ?」
「嘘ぉ!」
「アゴ外れない?」
「オェってならないの?」
「ムリムリムリーっ!」
周囲の暗闇からいくつもの声が上がって驚いて飛び上がってしまった。るちあの衝撃発言に釣られて、周りの女生徒たちが次々と起き上がって喋り出したのだ。
お前ら。寝てたんじゃないのかよ!
そこからはガールズトークタイムだ。スマホのライトに照らし出されてニヤニヤ笑う女の子たちの赤裸々な話にビックリする俺。
さすが女子高生。みんな経験豊富なんだなぁ。
「でも、あたし処女だけどねー」
「あたしもー」
「あたしもー」
布団にくるまった女の子たちから次々と手が挙がる。
お前ら、処女なのにこんなエロバナに食いついてくるのかよ!
まぁ、そんなことはこの際どうでもいい。
俺がホントに知りたいのは『宏海が俺とエッチしたいかどうか』ということだ。でも女ばっかりが集まっていくら話し合ったって、男の子の気持ちはわからない。この中で一番男に近い俺がわからないんだから仕方ないんだけど……。
夏休みにみんなで海に遊びに言った時、るちあが夕夜とのことで悩んでいた気持ちがよくわかる。でも、今度はどういうワケか男の側の気持ちがなんだかあやふやに感じる。俺はいつからこんな風になってしまったんだろう。
「いつまで騒いでるのよ」
突然の声に驚いて、全員が一斉にライトを消して布団に顔を伏せる。
「どうしたの? みんな」
てっきり見回りの教師だと思ったけれど、声の主は樹里亞だった。
「
「それがわかんないから聞いてるんだよぉ」
「あなた、男の子だった頃にあたしとホテルに行きたがってたでしょ? もう忘れちゃったの?」
「ちょっ! 今そんなこと言うなよ!」
樹里亞の言葉に忘れかけていた気持ちが蘇ってくる。
そう言えば自分がまだ男でいられると思ってたあの頃、俺がエッチしたいと思ってた対象は樹里亞だった。イヤそれは今も変わっていないけど——彼女とはもうそういう関係だけど——その対象に今度は宏海が加わって……自分が女の立場になった途端、男の気持ちがわからなくなってしまった。
でも、あの当時俺は樹里亞とエッチすることばかり考えていて、同じようにエッチのことしか考えてなかった夕夜にそそのかされて、予行演習だと言って一緒にラブホにまで行ったのだ。つまり『男子高校生というものは好きな相手とエッチ望んでいる』ものなのだ。
そんなカンタンなことをどうして今まで忘れてたんだろう? つまり、宏海は俺とエッチしたいと思ってるのだ。
そうか。宏海は俺とエッチしたいと思ってる。
宏海は俺とエッチしたい。
宏海は俺と……。
頭の中で何度も繰り返していくうちに胸の奥の方から言葉にできない感情が次から次へと湧き出してきて抑えきれなくなってしまった。
「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
手元に転がっていた枕に熱くなった顔を埋めたけれど、悲鳴だか嗚咽だか自分でもわからない声が喉の奥から漏れていって抑えることができない。
なんだコレ。俺は一体どうなっちゃったの?
「そこでぇ、提案なんだけどー」
るちあがすぐ隣までにじり寄ってきて、微笑みながら俺の肩をガシッと掴まえた。
「東條くん。明日はあたしと一緒にお風呂に入りましょ」
え? なんで?
◇◇◇
修学旅行二日目の晩、るちあは担任に申し出て俺と一緒に風呂に入る許可をさっさともらってしまう。それを聞いていた樹里亞はなぜか一緒に入るとは言わなかった。
そして入浴時。俺はるちあと二人で着替えとタオルを手に教員用の部屋の前まできた。
「一緒に風呂なんて、久しぶりだな」
るちあとは彼女の家で一度だけ一緒に風呂に入ったことがある。
男子諸君は知ってるだろうか? あの巨大な母性の象徴は水よりも比重が軽い。つまりどういうことかというと、大きなおっぱいはお湯に浮くのである。
俺がるちあの巨乳の記憶を反芻していると、目の前のドアが突然開いて眼鏡をかけた優男の男子高校生が顔を覗かせた。
あれ? 夕夜? と、言うことはココって……。
「松崎くんたちがお風呂を借りる男性教諭の部屋と、あたしたちが入る女性教諭の部屋は隣同士なの。須藤先生が間違えるハズよね。だから、あたしたち生徒が間違えても仕方ないと思うの……」
え?
るちあがなにを言いたいのかわからない。
「松崎は湯船に入ったところだ。東條、あとは任せたからな」
「今度は突然じゃないから大丈夫だよね? 頑張ってね、東條くん」
そう言って夕夜とるちあ……通称『
え? 昨日と同じことをまたやれって言うの? 今度はワザと間違えて俺が宏海と風呂に入れと? 冗談じゃないぞ。今、急にそんなこと言われて心の準備なんてできてるワケないだろっ?
そうか、樹里亞はコレがわかってたから一緒に入ると言わなかったのか。今になって気がついた。自分のあまりの鈍さに唖然としてしまう。
確かに、昨日は急に脱衣所で宏海を見つけてビックリしちゃったけど、今日だったらこのドアの向こう側がどうなってるのか知っている。夕夜は宏海を浴槽に入れて行ってしまった。俺がなんとかしなければ彼は自分で風呂から上がることもできない。
「るちあ! 夕夜!」
焦った俺は、彼女たちが消えたドアをノックする。小声で名前を呼びながら何度も何度も。しかし返事はない。このドアの向こうは靴を脱ぐための小さな
たとえノックが聞こえたとしても、るちあたちがすでにいい雰囲気になってしまっていたら出てきてはくれないだろう。
まぁ、いいか……。
俺は一人残されたリノリウム張りの廊下でため息をつく。
別にどうしても今夜、宏海とエッチしなきゃいけないってワケじゃない。イニシアチブは完全に俺が握ってるのだ。
イヤだったら頭と体を洗ってやって風呂から上がらせてしまえばいい。
そう考えてる俺の肩が突然誰かに叩かれた。
「よぉ、東條。お前も女風呂から締め出されたクチかぁ? 昨日ほんのちょーっと湯船で悪ふざけしただけなのに出入り禁止にされちまったよ。いったい俺がナニしたって言うんだよ。まぁーったく世知辛いったらねぇぜ。てっきり一人で入るのかと思ってたけど風呂仲間がいて良かった。十一月だってのに昼間は暑かったからさぁ、早く入って汗を流そうぜ……なんなら風呂に浸かりながら、あの夏の夜の続きでもするかぁ?」
そう、女生徒に風呂を拒絶される可能性があるヤツが、俺の他にもう一人いたことをすっかり忘れてた。
学内に多数の女生徒によるハーレム(女教師含む)を持つレズビアンの絶対君主。モエモエ王子こと『