※この作品はR-18です。

Hollow Beast   作:てんぞー

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1層 獣の目覚め
目覚める悪意


 たとえば。

 

 絶望的に追い詰められている極限状態の中で、手の中に剣があるとする。襲い掛かってくる悪と断言できる存在を前に、君は剣を振るう事が出来るだろうか? いや、出来るだろう。衝動的に、深い事を考えずに振るう事は難しくはない。だがそんな極限状態でまともに動ける人間というのは珍しい。大体が理性を失うか、正気を失うか、或いは何かを失う。

 

「な、なんで―――」

 

「いや、だって苦労して手に入れるよりも楽して手に入れる方が効率的だろう?」

 

 そう言いながら握る片手剣で黒髪の少年へと向かって踏み込んだ。黒髪の少年は一瞬だけ襲撃者の存在に驚いたが、それでも剣を握って生き残るために踏み込んでくる。此方の頭上にはオレンジ色のカーソルが。少年の頭上には緑色のカーソルが。それはつまり此方が初犯ではなく、既に何度か積み重ねている事を証明していた。だからこそ少年は遠慮する事無く行動に移れたのだろう―――或いは存在する1%の即座に対応できる人間だったのかもしれない。

 

 だけど無意味だ。

 

 踏み込んでくる少年と剣をぶつけ合い、互いに弾く。そこにソードスキルを乗せることはなく、互いにクロスレンジから剣を振るって、ぶつけ合いながらほとんど足を動かさずに対応し続ける。放たれる剣の火花が飛び散りながら、少年の勢いが段々と削れて行く。

 

 当然の結末だ。

 

「ネペントの胚珠を得るまでずいぶん苦労しただろうな、まぁ、ご苦労だったとだけ言っておく」

 

「く、そ……!」

 

 少年が更に強く剣を打ち込んでくる。それに対応しつつも、言葉に出す。

 

「ネットゲームは基本的に数値とリソースの殴り合いだ。それが解っているからこそアニールブレードを狙ったんだろう? 序盤でこいつを手に入れるのはリードを作るって事だからな。先に手にしておけば戦闘がぐっと楽になるしな」

 

「お前は、何を言いたいんだ!」

 

 剣を切り払うも、少年が勢いづき、此方にダメージが通り始める。だからこそ笑みを浮かべつつ、答えた。

 

「いや、別に? 戯言に決まってるだろう。そんな真剣になるなよ、たかがゲームなんだ。遊んで楽しめよ」

 

「お前は―――!」

 

 少年がキレた。言葉で簡単に逆上してしまうあたりまだまだ子供だな、と笑いながら踏み込んだ。少年の剣を体で浅く受け止めるのは深く踏み込んだが故の結果であり、ダメージは少ない。そしてこの超至近距離で相手の動きが停止した瞬間、空いている片手で少年の首を掴み、そのまま金的に膝を叩き込みながら地面へと引きずり落とす。これが現実だったら痛みで悶絶しているだろうが、生憎とここはゲームだ。

 

 金的でタマが潰れる事はないし、痛みもない。

 

 それでもこの状況になった時点で詰みだ。引きずり下ろした少年の手を踏み潰しながら抑え込み、体の上に乗る様に抑え込みながら剣の刀身を短く逆手に握った。これから起こるであろう事実に、少年が目を見開き、口を開いた。

 

「や、やめろ、こんな事しちゃ駄目だ」

 

「違うだろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そのまま刃を振り下ろした。顔面に。一度ではなく二度、三度、四度と、HPを削る様に、抉る様に突き刺して行く。剣の先端がダガーの様に滅多刺しに体に突き刺さって行くたびに少年の喉から恐怖の声と誰かの名前が飛び出してくる。だがそんな事を気にするまでもなく、ひたすら突き刺して行く。

 

 そう、これはゲームだ。運営されている()()な世界だ。アニメや漫画じゃない。そしてシステムは努力する者には寵愛を向けるが、それが常にそこにあるとは限らない。ご都合主義の救済や復活、覚醒なんてものは存在しない。数字とリソースで殴り合うネットゲームという世界はある意味、かなり残酷だと言える。一度劣勢に入れば、奇跡でもなければそのまま敗北するのだから。

 

 そして奇跡なんざ起きない。

 

「母さん、すぐは―――」

 

「うるせぇ」

 

 唾を吐き捨てながら顔面に刃を振り下ろし―――貫通した。剣が頭を突き抜けて大地に刺さった所で、少年が死亡した。なんだっけか、Kirito? そんな名前を確認してからすぐに忘却する。殺した相手の事を覚えていてもそんなの一銭の価値もありゃしない。さっさと忘れたほうが健全だ。

 

 少年が死んだことで地面にアイテムがばら撒かれる。その中からお目当てのアニールブレードのほか、アイテムをなるべく回収してインベントリの中へと放り込む。特にコルは重要だ。金はこの先、どれだけあった所で困らない。特に自分の様なオレンジプレイヤーはアイテムの入手手段が限られる。その為、割高でも購入できる相手との繋がりの為にコルは多めに欲しい。

 

 だが余分なものも出てくる。インベントリの収容にも限度がある。食料や消耗品とコル、後は目当てであるアニールブレードを優先的にインベントリに放り込んだら、防具とかは不要なので全部近くの茂みへと放り投げる。後は時間が勝手に装備やアイテムを処理してくれる。

 

 システム的に。

 

「これでアニールブレードも6本目か……ノルマを考えればあと4本ありゃあいいけど、個人用にももう何本か欲しいし、もう少し粘るか」

 

 まだ装備やスキルに多様性が生まれていないSAO開始初期の状況、ほとんどのプレイヤーが同じような状態になっている。少なくとも多様性が生まれてくるのは2層や3層を突破してからだろう。そうなってくると今の段階で違いが出る大まかな理由は二つ。

 

 技術、そして経験だ。

 

 これが勝る奴が戦って生き残る。だからそれを前面に押し出して活かせるように戦えば良い。状況にハメて、油断したところを殺す。それを繰り返すだけのループだ。退屈な作業ではあるが、それでも実りはあるので文句は言えない。それにアニールブレードの需要高騰を考えたら開始初期の内に集めておけばいい金にもなるのは事実だ。

 

「さて、と……また潜伏して次の獲物を待つか」

 

 PKも、モンスターを狩るのも殺し尽くしたら次のが湧くのを待たなきゃいけないのは一緒だな、と思って軽く笑い声を零した。

 

 

 

 

 ソードアート・オンラインは世界初のVRMMOゲームである。フルダイブという驚異の科学力を持って全身で新世界を味わい尽くす事を許すゲームは、筆舌にしがたいほどの解放感と自由をプレイヤーに与えた。それは誇張でも何でもなく、新世界であり、もう一つの世界だった。βテスターとして参戦した自分はそこでVRという世界の可能性を見た。また同時に、得られた解放感に一つ、タガが外れるのを感じた。

 

 現実ではないこの現実はいくつものシステムとルールによって守られている。だがそこには抜け道がある。そして王道ではない物語の為の用意が―――犯罪プレイ向けの環境も用意されている。

 

 そこにはペナルティもあるし、厳しくもある。だけど、()()()()()()()()()だと感じた。こんな自由な世界で演じる犯罪者のロールに、オレンジプレイヤー特化で遊ぶのは絶対に他人には真似出来ないだろうと興奮を覚えるものがあった。故にその前提でβ期間中は動いていた。調べ、コネを広げ、リアルでも交流して準備を進めていた。

 

 そしてその最中、

 

―――ソードアート・オンラインはデスゲームと化した。

 

 それは衝撃であると同時に、悦びでもあった。これから自分が行う事は()()()()()になるのだ、という実感だった。誰かに誑かされたのではない。誰かに憧れたのではない。だが自然と、笑みを浮かべていた。正義ではなく悪としてこの世界を駆け抜けて行くのはもはや、運命的な発想だと思えた。元々そう遊ぶ予定ではあった。ただ、それを変更しないだけだ。人を殺せるか? 犯罪に対して忌避感はないか? それを一瞬だけ考えた所で、思い出す言葉があった。

 

 Why So Serious?

 

 何故そこまで真剣になる必要がある?

 

 ()()()()()()()()()。遊ばずに何がゲームなのだろうか。これはゲームであっても遊びではない。それが茅場昌彦の言葉だった。彼はこのデスゲームをそう表現していた。だからこそ違うのだ、と彼には言わなくてはならない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 こんなチャンス、人生に二度も存在しないだろう。現実の自分を捨てて、一からデータの塊としてやり直し、新たな自分を構築するという時間と世界。別世界の住人となってこの世界で生きるというチャンス。無論、夢には終わりが来るものだというのが解っている。だからと言ってそれも楽しまない理由はない。

 

 そう、全力でアインクラッドという世界を楽しむのだ。

 

 だからこそ遊ぶのだ。

 

 生きるのも、殺すのも、それは自由だ。システムがどちらかと言えば正道の味方ではあるものの、それを回避する方法は既に知り合いと共に見つけてある―――やろうと思えばなんだってできる。酒、女、薬、あらゆる娯楽、その全てを求めれば手に入る様にすればいい。足りないのであれば奪えばいい。

 

 そうやって楽しめるだけ楽しんで貪ればいい。

 

 そうせずに生きるのはあまりにもつまらなく、そして意味がない。

 

 人ではなく、獣の―――無法者の理論。だがそれが良い。それで良かった。道徳観なんてこのアインクラッドには必要ない。恐れを捨てよと呟き、捨てた。倫理観を捨てよと呟き捨てた。

 

 あらゆる良心を捨て、己の欲望に素直になる事を決めた。

 

 そうやって俺は外道になる事を決めた。

 

 

 

 

 アニールブレードの収集ノルマを達成する頃にはレベル2~3の速足βプレイヤーを十分に殺した事でレベルが一つ頭抜ける状態まで上がっている。先の事を考えてステータスは全てSTRにぶち込みながら初期資金と街の外を出たばかりのニュービーを狩った資金で購入した馬を森の中に隠していたが、それに騎乗する。

 

 オレンジプレイヤーにとって移動手段は大事な物の一つである。

 

 犯罪者プレイヤーとなる事で、そのプレイヤーは街の間を自由に移動する為の転移門を使用出来なくなる他、多くの公共システムが封印される。なぜならそれらは拠点を中心に運営されているサービスであり、オレンジプレイヤーが街の中へと入ろうとすれば、それらを取り締まる衛兵NPCによって捕縛、そして脱獄が困難な牢獄へと叩き込まれてしまうからだ。

 

 だがそれを許容しても無法ロールは自由が存在する。法に縛られない自由がそこには存在する。現実では絶対に味わえない感触、感覚がそこにはある。ソーシャルネットワークがゲーム世界には存在しない。存在する情報機構は新聞ぐらいだ。

 

 人を殺してもその情報が即座に全体にニュースで伝わるようなことはない。

 

 ならば現実では重すぎて手を出せなかったペナルティにも、此方では摘まむ様に遊べる。そう、真剣になる必要はない。ゲームなのだ。死なない範囲で遊べばよい。これはそういう催しで、それがおそらく一番正しいのだから。

 

 だから楽しめる範囲で愉しみ、その為の準備は欠かさない。話は戻るが、馬もその為の道具になる。自由な移動手段が利用できない為、オレンジプレイヤーは自分で長距離の移動手段を用意する必要がある。

 

 それに最も適しているのが馬だ。

 

 初期から購入できる馬は実のところ、そこまで性能は高くはない。かなり低い確率で騎乗できるモンスターをテイミングしたほうが遥かに有益だろう。それでもコルで解決し、個人で所有できるという点、それも街の中ではなく外の圏外に存在する牧場で馬を購入できるというのはオレンジプレイヤーにとっては救済にも近い。この広いアインクラッドの大地を自分の足で歩かなくて済むのだから、当然である。

 

 これはスタミナの温存、そして同時に時間の短縮にもなる。転移門が使えない以上、これが最善の移動手段になる。それに馬はそれだけではなく、番を用意して育成しながら交配を繰り返す事で更に上位の種等を生み出す事が出来、戦馬を生ませたりする事だって出来る。そうなれば騎乗戦闘も狙える。

 

 気分としてはモンゴル辺りの略奪王気分だった。

 

 これで弓があればいいんだけどなぁ、とは思うが、弓はSAOには存在しない武器なので、それを求める事は出来ない。SAOというゲームは基本的にクロスレンジでの刃の打ち合いを想定したゲームである為、そういう遠距離武器の類は存在しないのだ。あったとしても投擲がぎりぎりなもので、ファンタジーな斬撃飛ばしとかは不思議と存在しない。

 

一部、 ボスモンスターがその法則をガン無視するが。

 

 それはともあれ、アニールブレードの回収を終わらせたらもう狩場に留まっている必要もない。さっさと馬に跨って移動を開始する。

 

 十数キロという移動も徒歩なら大変ではあるが、これが馬を使った移動となればまた話が変わってくる。人間の数倍の速度で疾走し続けられる馬であればそう簡単に疲弊もせず、それで死亡する事もない。走り潰す、ということがシステム的には発生しない。スタミナ切れは存在するものの、プレイヤーが喰える食べ物を与えればたちまち回復して移動する事が出来る。そして今、食料の類は溢れかえっている。

 

 だからそれを与えながら疾走して行く。

 

 向かう場所は当然、圏外エリアだ。そもそもオレンジには圏外にしか行き場がない。

 

 その内、廃墟しか存在せず、探索の旨みが少ないというエリアが少なからず、存在する。アインクラッドの1層の中でも端の方であり、始まりの街からはそれなりに距離がある。

 

 つまりはプレイヤーが寄り付かないような場所になる。

 

 ここへと向かう。処理の無駄ではないか? と思えてしまう様な場所であっても、街にまともに入れない身としては十分すぎるほどに便利な場所となってくる。なぜなら街から遠く、人が来ないという事は人目を避けられる場所であるという事であり、探索報告があり、何もないというのはやはり、誰も寄り付かないという事でもある。

 

 普通ならだれも寄り付かない場所、

 

 自分の様なオレンジプレイヤーが雨風を凌ぐ為、お互い会う為には使える場所でもある。アインクラッドには設定や後のイベントの為に存在する、まるで無意味の様なオブジェクトが多数存在する。1層の外れに存在するこの廃墟群、またそういうオブジェクトの一つ、今はまだ意味を持たない場所だと認識されている。

 

 馬に乗ってそこへ移動する。β時代から地形が変化するようなことはなかったらしく、確認のしてある道を通りつつ、中央道を外れるように進む。道を外れれば外れる程モンスターとの遭遇率は上昇するが、それでもその道は健全なプレイヤーが利用している。オレンジプレイヤーなんて見つかり次第ヒャッハーされるのが運命だ。まだリソースが揃っていない序盤では絶対に避けておきたい。

 

 そのまま目的地へと到着したところで廃墟群―――ゴーストタウンの奥へと進んで行く。

 

 名もないゴーストタウンの中にある、廃墟化している元酒場、その表に馬を止めて降りる。現実のとは違って放置していても逃げる事はない為、必要以上の心配はいらない。《索敵》スキルで酒場内部に目的の人物がいるのを確認しつつ、自分の恰好を確認する。初期のアバターの上から《隠蔽》用の緑色の布を巻きつけ、被った状態だ。クロークとも呼べないお粗末な恰好になっている。

 

 アインクラッドの攻略が進んで行けば、このお粗末な状態からも脱却できるだろう。だからその前に、酒場の中へと入って用事を済ませる。

 

「待たせたな」

 

「いやいやいや、別に心配なんかしなくても良いともさ、別段待ってなんかいないからね」

 

 そう言って酒場の中へと進んで行き、目撃するのは一人の()()()姿()だ。頭上に浮かんでいるのは緑色のマーカー、つまりはまだ犯罪を犯していないプレイヤーの証であり、そしてその幼い少年の姿は、今現在、茅場晶彦の影響で真実の姿を偽れない所、この少年の本当の姿がこうであることを証明している。

 

「注文通りアニールブレード10本持ってきたぞMoriarty。ついでにボーナス何本か追加で増やしてきた。追加報酬、払えるか?」

 

「あぁ、勿論だともさ。君がこれぐらいの仕事を成し遂げられるという事は解っていたよ。だから事前に追加報酬に関しては用意してあるさ……そうだね、どうせ君のことだから全部で20本ぐらい殺して奪ってきたんじゃないかな? どうかな?」

 

 酒場の中に入り、カウンター席へと近づく。そこにはポンチョ姿で酒を片手に座る灰髪の少年が座っている。一切の邪気を感じさせないようなあどけなさを持つ容貌ではあるが、その中はとんだイカレた野郎だった。モリアーティー、ジェームズ・モリアーティーを自称しアバター名として設定した少年はサイコパスだった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。本サービスが開始してから再び確認したところで、モリアーティーの言葉は変わらなかった。

 

 殺して、奪って、売ってくれ、だった。

 

 まぁ、それに乗っかっている自分も何も言えたもんじゃないので、大人しくモリアーティーの横に座る。年齢、9歳ほどに見える少年が酒を飲んでいるという姿には違和感しか覚えないが、横に座った所で此方にも酒の入ったグラスを寄こしてくれるので、文句を言わずに受け取る。それに口を付けて喉に通す。

 

「……まっず」

 

「はっはっは、何を期待していたんだいBeowulf、ここはまだ第1層だよ? しかもまだデスゲームが開始して数日しか経過していないんだよ? 始まりの街産のクソ不味い酒しかないに決まっているじゃないか、馬鹿だなぁ」

 

「俺ぁ、お前がその口八丁でNPCを騙して良い酒を奪ってくるのを期待したんだがな」

 

「あぁ、《値切り》とか《交渉》のEXスキルがあればそれもまた良かったんだけれどね、アレが登場するのはこの先の話だし、そうでなければAIとしての返答がベースで会話がループしてしまうんだよ。とことん話そうとする相手として少々不満だよ、私としては。まぁ、そういう訳で早めに美味しいお酒が欲しいネ!」

 

「元気なお子様だ」

 

 クソ不味い酒を喉の中に流し込むと、横から煙草のパッケージが渡されてくる。そのパッケージを確かめると、SAOの開発に出資していた企業のものだ、というのに一瞬で気付いた。また面白いもんを持って来やがってこいつ……と、思いながら受け取ってマッチを取り出し、火を付ける。

 

 ヴァーチャル世界で味わう煙草は現実よりも美味しく感じない……ニコチンを体で感じないからだろうか? あの体への悪さが好きなのに。ただ、まぁ、こういう趣好品は現段階では此方の手に届かない領域にある為、嬉しいと言えば嬉しい。

 

 少なくとも、コルよりも遥かに此方のが価値がある。

 

「あ゛ぁ゛―……くそまずいー……」

 

「なのに幸せそうにしている君はまるで馬鹿みたいだな! まぁ、そんな君のおかげで序盤から私もブイブイ言わせて貰えるんだけどね。少なくともオレンジ化するのは3層か4層辺りから始めたほうが下準備とかが楽だと私は思うんだけど―――」

 

「それじゃあ、つまらないだろう?」

 

 ふぅ、と半壊した椅子の上に座りながら息を吐き出せば、それにモリアーティーが笑った。

 

「大変結構。私の様なイカレた同類がいるというだけで楽しいものだ」

 

 くつくつと、まるで老人の様な笑い声をモリアーティーは零した。見た目は完全にショタの癖して、その発言と行動は完全に成熟した大人の物だ。寧ろ悪辣ささえ感じられる為、余計少年の様には思えない。ともあれ、とりあえずはインベントリを開き、そこからアニールブレードを15本取り出し、後ろの床にどさり、と所有権を放棄してドロップした。それをモリアーティーが回収して行く。

 

「それで、これからはどうするんだ?」

 

「そうだねぇ……【Void Community】の結成かなぁ」

 

「犯罪者による犯罪者の為の犯罪者のコミュニティか」

 

「そうさ、ギルドなんてシステム的な繋がりではない、犯罪者達による認識と暗黙のルールの繋がりさ」

 

 くつくつと笑う少年の姿を見て、酒を喉に流し込みながら溜息を吐く。このイカレた少年は、あの犯罪王モリアーティーをこのSAOという世界で再現したいと言っているのだ。彼は犯罪者の社会をこのSAOで構築し、そしてその裏の支配者として存在して、犯罪のコントロールを行いたいと言っているのだ。つまり現代のジェームズ・モリアーティーになろうとしている。

 

 ただ、まぁ、その必要性は解らなくもない。

 

「優先度は上がっているのか」

 

「まぁね。SAOがそのままなら私もゆっくりと裏から浸透して出来上がった組織を君の暴力を押し出して飲み込んで行く事で纏めようかと思ったんだけど……こんな状況になってしまっては不本意だけど、此方から行動して犯罪者候補を事前に集め、纏めて管理しておく必要がある」

 

 モリアーティーは一拍言葉を置き、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()為にネ。命あっての物種」

 

「リアルあってのゲーム、って事か」

 

「そういう事だ。モチベーションが高く、そして勝手にゲームクリアへと向かって進んでいる連中を刺激する必要はない。連中を放置しておけばそれだけ勝手にクリア条件を満たしてくれる可能性がコンマは存在するからね! まぁ、私たちがここから脱出する事を考えるのなら必然的に連中を殺し過ぎず、そしてちょくちょく支援する必要もあるだろうけどネ」

 

 犯罪者を早急に纏めるのはその為。必要以上に蜂の巣を叩かない為だ。それは帰還する為には必要な事でもあるし、自分はまだ、こんなところで死ぬつもりはない。好きなだけ遊んだ上で脱出しなきゃ意味がない。

 

「ま、君が汚れ仕事をしてくれるおかげで私も少しは楽さ。いい感じにスタートダッシュが切れそうだ。このアニールブレードを元手にすれば良いお金になりそうだしね」

 

「次はなんだ? どこを殺せばいいんだ?」

 

「いや、仕事イコール殺しって訳じゃないから。3層、4層が解放されるまではレベリングとスキルトレーニングの事を考えていれば良いよ。君は私の個人的なフレンドで、そして有能な手駒だからね。とりあえず君の好きそうな防具を用意しておいたから着替えてみると良いよ。後適当に武器も用意しておいたから、剣の方を温存したかったら使うといいサ」

 

「あいよ」

 

 トレードを申し込まれ、快諾する。トレードウィンドウに放り込まれてくるものを受け取りつつ、インベントリへと入って来たそれを確認する。防御力自体は初期装備とほとんど変更がないが、ホロウィンドウで確認する服装の姿を見れば、初期の服装よりも少し動きやすくなっている……様な気がする。ともあれ、服装の色は黒で統一されていて、その方が此方としても潜伏しやすくて助かる。

 

 下は黒いスラックス、ベルトはナイフと剣が装着できるようになっており、上は黒いジャケット、インナーなしでどうやら素肌の上に直接着るらしい。隠れる為のパーカーもどうやらジャケットにくっついているらしい。

 

 自分の褐色肌と合わせれば、簡単に闇に溶け込むこともできるだろう。問題はカーソルを隠せないことぐらいだろうか。暗闇の中で接近をする場合はこれ、下手に武器を使わずに素手で殺したほうが上手く行くかもしれないな、と自分の姿を見て思う。

 

 適当にインベントリから引き抜いた装備をベルトなどに装着させて、着替えをあっさりと完了させる。前よりは少し動きやすくなった感じがする。まぁ、実際運動してみないには解らないのだが。

 

「後はこれを上げよう。眠り薬に痺れ薬、後毒薬だね。どれもグレードが低いけど」

 

「相変わらず謎の引き出ししてやがるなぁ、お前は……」

 

 まぁ、報酬なので素直に受け取るのだが、やはり。そうやってモリアーティーにアニールブレードを納品した代わりの報酬を次々と受け取った所で、事前の取り決めによる支払いを完了させた。さて、

 

「追加報酬の方を頂こうか」

 

「あぁ、そうだね、そろそろだと思っていたよ」

 

 そう言ってニヤリ、とモリアーティーが笑みを浮かべると、常に発動させている《索敵》のスキルがマップレーダーの端の端に人の気配を感知する。一瞬、この少年が此方をハメに来たのか、と思ったがその考えを振り払う。モリアーティーは自分の協力者に対しては基本的に優しい……裏切る事さえしなければ。

 

 だから視線をモリアーティーへと向ければ、にひり、と笑みを浮かべて来た。

 

「―――えーと、ここなんだよね? 結構始まりの街から遠いけど大丈夫かな?」

 

「問題ない問題ない。第一ここはMobがPoPしないって事前にWIKIで確認したしね」

 

「そのWIKIを今は確認できないから眉唾物の知識だけどなー……ってお、馬がいるじゃん。案外本当にイベントがあるのか?」

 

「ほら!」

 

「ま、探せばきっと何かあるよ! それを楽しむゲームだしさ! ほら、僕も頑張るからさ」

 

 聞こえてくるのは男二人、女一人の声だった。こんな場所へと人が来ることは普通はない。モリアーティーの笑みを見ていれば、彼がここにあの犠牲者たちを呼び寄せたのだ、というのが良く解る。近づいてくる気配と声、足音を聞きながら、モリアーティーを見る。

 

「さ―――君好みの追加報酬だ」

 

 モリアーティーは言う。

 

「始まりの街で見繕ってきた見どころのありそうなPCだよ」

 

 いやぁ、と言葉を少年犯罪王が囁く。

 

「軽く見て来たけど、あのグループにいる少女は凄まじかったよ。まだ13歳ぐらいにしか見えないのに、片手剣一本で見事に囲まれている状況から傷つかずに体を動かしていたからね、しかもそのまま勝利と来たものだ。才能があるっていうのはああいう子の事を言うんだと私は思うネ」

 

 モリアーティーは立ち上がり、そして去る為に動き出しながら、

 

「―――絶対に君なら気に入る」

 

 ばいばーい、と告げてモリアーティーが酒場を裏手から去って行く。本当に勝手にしてくれるよなぁと思いつつも、モリアーティーの気に入る、という置き土産は気になった。別にここで逃げてもいいのだが、

 

「まぁ、いいか。折角モリアーティーがセットしてくれたんだ、楽しむとするか……」

 

 呟きながら口元に酒のグラスを寄せて、不味い中身を喉の中に流し込む。背後で足跡が近づいてくるのが聞こえる。振り返り、視線を其方へと向ければ、酒場に入り込んでくる三つの姿が見えた。

 

 どれも初期装備に毛が生えた程度のレベルの三人組だった。まぁ、そこは自分もそう変わらない。意気揚々と入り込んだ男の二人は正直、普通過ぎて見るものがなかった。

 

 だけど最後の一人、少女は違う。この少女だけは雰囲気で違うと解る。モリアーティーの目は正しかった。この少女だけは才能が眠っているのが見える。そして何よりも、その瞳が良い。初めて見る瞳だった。

 

 まるで澄み渡る透明な湖の様な美しさを感じる瞳だった。

 

「あぁ、成程……」

 

 強い瞳だった。彼女を飾るその黒髪は美しく、少女らしいしなやかな肢体と、可愛らしい顔立ちは美少女という言葉で表現するには相応しすぎる姿だった。だがそれ以上に目を引くのは彼女の瞳だった。強く、そして澄んでいる瞳。

 

 ()()()()()()()()()

 

 まるで生きるという事に対する力強さを感じる瞳だった。何が何でも生きる。その強い意志を目を見るだけで理解させられる。彼女のその目を見た者は誰であれ、それに一瞬は魅了されるだろう―――そこにはむせ返るほどの生と死の匂いで溢れている。

 

 麻薬の様な魅力的な気配だった。

 

 だから、あぁ、とモリアーティーに納得する。確かにこれは気に入る。むせ返るほどに感じる生きるという意思と、それにしがみつく死への誘惑。それが融合しながらも意思の力でねじ伏せる様な色を見せるその瞳は宝石よりも価値があり、

 

―――それを自分の手で濁らせれば、更に美しくなるだろう、と直感的に思った。

 

「お、人がっ―――!?」

 

「お、オレンジプレイヤー!? なんでこんなところにいるんだ?!」

 

「っ……」

 

 入り込んできたプレイヤーたちが自分の姿を見て、そして頭上に浮かぶカーソルを目撃し、引きつる様な恐怖の声を零した。だがその中で、少女だけが真っ直ぐと此方を見つめていた。その事実に笑みを浮かべた。

 

「あぁ、確かに世紀の犯罪者だな、お前は。道を踏み外させるのがとても上手だ―――!」

 

 狂笑を浮かべながら、椅子を蹴り立ち上がった―――それ以外の言葉は今、ここに必要はなかった。




 負けないでユウキ! 貴女がここで負けてしまったら臨時パーティーの二人や貴女の帰りを待つ人たちはどうなってしまうの? ここを抜けきれば明るく楽しいSAO世界での冒険が貴女を待っている!

 次回、ユウキ快楽堕ち、デュエルスタンバイ。

 違うんや……最初は普通に普通にSAOにリベンジするつもりだったけどちょっとダークなの書いてみたいし、エロも入れたいなぁ、とか思ってたらオルタ風サイコパスみたいなのが完成したけど正直お前らエロになった瞬間喰いつくしそこまで問題ねぇな……って思えてきた。

 PKサイドメインのSAOって見た事ないなぁ、と思いつつ挑戦するアレ。
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