「斯くして大衆は英雄賛歌を謳う。確かに輝くものがそこにあるのだと知る。凡庸な者たちは自分とは違う輝きがあるのだという事を理解させられる。自分たちとは違うステージがあるのだと理解する。それに妬みを覚えるが同時にSAOというゲームに光を見出す。このデスゲームにどうしようもない中でも輝き続けられる希望があるのだという事を理解する―――実によくできた物語だと評価するよ」
それは笑いながら暗がりの路地に立っていた。声だけを聴くのなら親しみが存在するのかもしれない。声だけを聴くのであれば信用出来たのかもしれない。だがその言葉は猛毒だった。ありえないとでも表現する程の精神力の強さがなければ一瞬で脳髄を言葉に蕩かされる。それを理解して言う畜生の言葉だった。まともに聞いてはならない。男はそれを理解していた。そして理解していながら、
「お久しぶりです、マクスウェル先輩」
「おや、自分が何であるのかを隠さないのかい?」
「いえ、貴方を相手に偽ってもしょうがない事でしょうから。ここは素直に特定されてしまった事への褒美に付き合いましょう、先輩に」
男は諦める様な溜息を一度吐き、それを見て毒吐きは笑った。それを見た男は相変わらず変わりませんね、と言葉を贈った。それを聞いて毒を吐く者は変わる? と嗤いながら答える。
「この私が変わる? そりゃあ勿論変わる訳なんてないさ、そういう風に自分を設定しているからね! それに心意に触れるからこそ自己のアイデンティティや認識というのは何よりも大事なのであるのは誰よりも君が知っているはずじゃないかなぁー……えーと……今の名前は何だっけ?」
「ヒースクリフ、ヒースクリフですよ、先輩」
「あぁ、うん。なんかそんな感じの良い感だったよネ! とりあえず、私の事もモリアーティーとも、教授とも呼びなさい。いやぁ、しかし良かったよ。こんな面白そうな状況で引っ込んでいる様なつまらない子じゃなくて。こんなに派手に遊び場を用意しただけの価値はあったよ。おかげでこうやって君を炙り出す事が出来たんだから」
何でもない事の様にモリアーティー、少年の姿をした怪物は言ってのけた。それを聞き遂げる騎士風の男はそれを聞いて驚くような事はなかった、そもそもからして少年の性質を知っており、男は少年のやっている事をデータとして知っていた。誰よりも、一番注意していた相手でもあった。それ故に男は、ヒースクリフという仮面を被る存在は見過ごせなかった。
「まさか私を引きずり出す為だけにこんなイベントトリガーを発掘するとは思いませんでした」
「二重三重に、簡単に踏めない様に、それでいて何度もヒントと忠告を与えてくれるからね、実に解りやすかったヨ―――まぁ、それで失敗して崩壊するのならそれはそれまで、って事なだけだ。失敗するとは微塵も思わなかったけど」
「用意した時に既に結論は出ている」
「然り、然りという奴だね。ま、騙し合い、化かし合いという領域で私と戦おうと考えること自体が百年早いのだよ、ヒースクリフ君。そもそもそういうことを学習する様に育てられた私なんだから、君や他の皆よりも私が考えるという点で優れているのは当然だろう? まぁ、だからそこに関しては落ち込む必要はないサ! それに君も乗せられていると解っても楽しんでいたしネ!」
「まぁ、実際美味しい状況だったのは認めますよ。おそらくワザとでなければこんなことにはなりませんからね」
「だろう? そういう意味では私に感謝して欲しいかな! こうでもしなければ楽しい楽しい英雄ごっこも楽しめないだろうし!」
まぁ、そうですね、と諦める様な苦笑を漏らしつつ、犯罪王が質問した。
「所であのスキルは何なんだい?」
「あぁ、ユニークスキルですか。平等なMMO環境をあえて不平等にするための起爆剤ですよ。リアルに近づけるのであれば、より異世界らしくするのならやはり才能や資質、積み上げた物語によって不平等に特典を与えないとそれらしくありませんからね」
楽しむ様に、少しだけ目を輝かせるように男は笑う。
「《二刀流》の担い手は勇者として先陣を切る役割を、まだ未熟で最も反射神経に優れる人物に渡る様にしています」
「成程、つまりは一番VR環境に対して適応性の高い人物だね?」
「えぇ、《神聖剣》は私が目立つ為に、《無限槍》は槍の様にまっすぐで何があろうとも絶対に己を曲げることはない、人間として完成されている武芸者に。《手裏剣術》は性能はガチですがネタ枠としての側面を備えているので一番似合う人物に。《抜刀術》に関してはやや悩んでいましたが今回のイベントに参加せず、それでも面白そうな素質のある人物を見つけたのでそこへ投入する予定です」
「……で、彼のは?」
「悪事を美徳としつつ善を成す事に躊躇のない悪漢へと贈る、いずれは勇者と肩を並べられそうな者に。もう一人、候補がいたのですが―――やはり、派手に動いてくれる方が栄えますからね」
「成程成程―――まぁ、悪くない。王道RPG的な流れだよね、90年代のややレトロが入っている感じの。私は嫌いじゃないよ、そういうのはネ!」
ただ、まぁ、と少年の姿をした犯罪王は笑う。
それではやや物足りない、と。どうせ、外に体を置いてあるんだろう? 何時でも出れる様にしているんだろう? 裏でちまちまアップデート作業をしているんだろう? いやぁ、無論、言葉は出さなくてもいい。簡単な推理さ。そう、ヒントさえも必要としないとてもとても初歩的な推理だとも、ヒースクリフ君。私は良く解っているとも。君という人間のパーソナリティ、人生、それを後から生まれてより早く育った人間として、後輩でありながら君の先輩として良く理解しているとも。
良く理解しているとも。
怪物が微笑み、魂を前に舌なめずりする様に笑った。
「あぁ、だからこそ実に残念だよヒースクリフ君」
よよよ、と泣き真似をしながら犯罪王は断言した。
「まさか
「……」
「いやいやいや、まさか、まさかまさかまさか、君の様な聡明な人物がそれに気づかない筈はないよね? なんて言ったって私の様な悪魔を生み出すのに協力してしまった天然の天才なのだから。このままSAOの攻略が進んでも
それを告げられた男はそうですね、と少しだけ、寂しそうに呟く。
「やはり100層へと到達する前に
「然り、然り然り。あぁ、だけど」
それは、実に、勿体ない。
勿体なさ過ぎる。極上の素材と要素がこれだけ揃っているのに、なぜたったそれだけで満足してしまうのか? それが私には実に理解できない。そこが全く納得できない。なぜそこで妥協してしまうのだろうか、と。
「妥協?」
「そう、それは妥協だよヒースクリフ君。君のそれは出来る範囲での妥協でしかない。君の真の願いを叶える為のパーツは既に揃っている。この先発明されるであろう重度のAR技術、そして存在するVR技術、この先にある更なる発展、そしてフラクトライトの存在、イマジネーション回路……ほうら、材料は既に揃っているじゃないか。それをただごった煮にするだけではもったいなさすぎる。私にはとてもとても、そんな真似は出来ないよ」
小さな犯罪王の道化の様な言動に、男は笑った。
本当に変わらない。ずっと昔から変わる事のないその道化の様な態度に常に面白そうだという方向性ばかりを見出そうとするいい加減さ―――何もかもが変わらない。故に男は理解していた。なぜこの少年姿の悪魔が彼に接触したのか。なぜ探していたのか、どういう目的で接触したのか。何を成し遂げようとしているのかを、
ヒースクリフ―――即ち、茅場晶彦は良く理解していた。
「先輩、前々から言いたかったのですが人の組んだプログラムとかに横からこっちの方が良い、と改案を出すのはプライドと自信を刺激するので止めて欲しいのですが」
「おや、そうかい? 私の目には嬉しそうに受け取る姿が見えていたんだけどねぇ―――まぁ、それはさておき、そろそろ本題に入ろうか、SAOの神様」
「えぇ、そうしましょうか。まぁ、大体要件は解っていますけど」
苦笑しつつ、男は少年の口から放たれた言葉を受け入れた。厚かましいとも表現できるその言葉を迷うことなくその男は受け入れた。そしてその結果、二人は手を結んだ。その裏でお互いに何を考えているのか、それを察せる者はいない。
だが一つの事実として、
誰も見ていない、見えない、複雑な10層主街区の路地裏で、
二つの影が手を組んだという事実だけが残されていた。
本日2話目注意。
超絶エンジョイ勢で夢の為なら諦めないカヤバーン。楽しみの為であれば一切の遠慮はないPoH。犠牲をコントロールして最大まで搾取するモリアーティー。気に入った女さえあればどこまでも踏みにじって楽しんで満足するベオウルフ。
一番ひどいのだーれだ。原因か、それともそれを最大限活用する奴か。