武器を両断して、ワンアクションが挟まった姿に一気に飛び込む。大剣を片手に踏み込みつつ、振り抜いたアクションを殺しに行くように最速、最短の動きで接近し、その刃を振り下ろす―――殺す、殺せる。その心意気で必殺を叩き込もうとする瞬間、振り抜かれた刃は既に引き戻されていた。それは風を切る翼の様な軽やかさで勢いを無視し、物理法則を無視する様に返しの刃が来た。迷うことなく必殺の動きを迎撃へと変貌させて斬撃を捻じ曲げれば、
「っ、ぉ―――!」
迷うことなく大剣を捨てて、踏み込みながら掌底を叩き込んだ。両断される大剣を壁代わりに心臓と首をへし折る様に掌底を連続で叩き込んだ瞬間、まるで霞を殴る様な無の感触に、自分が叩き込んだ衝撃の全てが吸い込まれる感覚を覚えた。また同時に、触れた所から命を吸い込まれる様な感触を得て、僅かに体の動きが鈍る。
その瞬間、断頭台が振るわれた。
「お前……!」
後ろから飛び出したユウキが斬撃を切り払った。がりがりがり、と嫌な音を立てながらユウキの剣が削れる音がした。だがその一瞬が命を繋ぐ。相手の攻撃が戻ってくる前に身を低くしながら横へと抜ける時間が生まれる。直前に放たれてくる蹴りを転がって回避しながら跳躍し、空へと蹴りに乗りながら回避し、後ろへと転がって逃れる。
「まともにやりあうなハニー! こいつ、ロクでもない!」
「うん! 今のやり取りで
後ろへと下がり、ユウキも後ろへと下がった。此方が距離を開ければ相手が動きを止め、後ろへと数歩下がり、コンソール前を陣取る様に動きを停止させた。ゆったりとしているが、まるで隙を見せないその動きは明らかに熟練者―――いや、豪の者に相応しい現代の達人の動きだった。そこにハチャメチャにステータス等を叩き込んだ存在の様に思えた。
下がり、インベントリから耐久力の高いディフェンダーを引き抜き、2メートルを超えるそれを大地に突き刺して構えた。本当にロクでもないな、と西洋剣を構えるマクスウェルの悪魔を見ながら呟く。あの剣の動きは見たことがある。だが動きと得物がマッチングしていない様に思える。
「……刀を握ってないだけまだマシか」
「え、もしかしてアレがなんなのか知ってるの?」
「いや、中の人というか……モーション提供した人の方な」
そう言うとユウキは此方へと視線を向け、頭のてっぺんから足元まで視線を向け、そして相手の姿勢を再び確認し、口を小さく開きながらあー、という声を漏らした。何があーだよ、まるでキチガイにはキチガイが集う様な言い方は止めてくれ。でも実際中の人は知っている人物だ。
「えーと……で、どういう人物なの?」
「剣術における現代日本の人間国宝……かなぁ……」
「また頭おかしいのが出て来た」
「いや、悪いのは俺じゃない。日本人って人種がそもそもおかしいんだよ」
何千年も狭苦しい島の中で身内で殺し続けてきて、侵略されてもセメントルール適用なら敵じゃないしとぶち殺して、日本人の戦闘意識というか、古流系の人間はサラブレッドというか、血を血で洗っている歴史が長かったため、無駄にそこら辺の技術の歴史とかが他の国に比べて濃い上に文化とか伝承とか、そういうのを古い家に限って大事にして手段を選ばず教え込ませるから現代でも多くが遺失するどころか
まぁ、当然ながら現代は過去の積み重ねによって存在する。そしてそれで最も恩恵を預かっているのが技術と科学だ。当然ながら技術とは研鑽の上で発達するものであり、新しい方が古いものよりも有能なのは当たり前の事だ。つまり技術の失伝でもなければ、現代の剣聖のが昔の剣聖よりも数倍恐ろしい。
「まぁ、どうでもいい雑学だ。というか得物が刀じゃない分まだやりやすい。見ようには勝ち目があるぞ! やったなハニー!」
「フラグにしか聞こえないんだけどォ!!」
攻撃を叩き込めるから勝てるというのは現実だけだからなぁ、と心の中にある絶望感を蹴り捨てながらディフェンダーを抜いて一気に飛び込んだ。踏み込みに反応するマクスウェルは此方の踏込に反応し、静かな剣筋を見せてくる。
一合。
片手で振るうディフェンダーと剣がぶつかる。衝撃に手首に痺れが走るのを感じながら、後ろを回り込む様にユウキが走るのを察する。それに合わせ再びディフェンダーを素早く、
二合。
振り反しの振り下ろし。切り払われた斬撃を戻す様に加速させて重力を乗せた一撃を放ちながら両断を目指す。だが剣は動き続ける。上から振り下ろす渾身撃を両手剣は美しい、静かな水面を思わせる様な流麗さで切り払った。再現データであり、そして得物が違っている上に
武器を使い捨てようとすればその瞬間に首が落ちる。
攻撃を利用して動こうとすれば足が両断される。
投げようと武器を使えば切り落とされながら首を落とされる。
ひたすら己の領域で、相手に合わせて攻撃をさせない様にずっと攻撃の迎撃をし続けないとならない。だがそれでも常に首が落とされるという感覚と戦い続ける状態だった。静かで、そして粗が一切存在しない剣閃はまさにどうやって来るのか、どこから来るのか、それが見えないという恐ろしさを秘めている。立ち合えば一瞬でどうやって切り落とされたのかすら解らない。
だがそれは
「片手落ちだな―――!」
データの、中に本人がいない再現だけであれば、それはもはや劣化した存在だとしか言えない。そもそも技術なんて肉体と精神に対して最適化されてナンボなのだ、他人がそれをそっくりそのまま使ったところでそれを完璧に使える訳もない。
心・技・体、それが全て揃わなきゃ完璧ではないのは言葉の遊びでも何でもないのだが、
「くっ―――」
五合目、ディフェンダーが両断される。これ一つでボス戦闘を行っても砕ける事はない、超頑強な防御型の武器だったが、それも剣が突き刺さったと認識した次の瞬間には両断され、その勢いのまま、首を刎ねに剣が迫る。だがそれよりも早く割り込んだ背後からのユウキの二刀がマクスウェルの背中を狙う。それをマクスウェルは紙一重で回避しながら、回避する動きのまま切りつけてくる。動きに変調がない。クソが、と息を吐き捨てつつ上半身を後ろへと倒す様に引っ張り、首の皮を切らせずに倒れる様に回避しつつ、倒立して剣を蹴り上げた。
空いた胴体にユウキの剣が叩き込まれた。倒立した状態でそれを眺め、そしてボスのHPを確認した。
1ドットすら減る気配を見せないのを。
「クソォ!」
倒立状態から蹴りと柄の上から叩き込み、剣の衝撃を増しながらマクスウェルを衝撃で吹き飛ばし、無理やり距離を開けた。2:1でかからなければ僅かな隙を見せた瞬間にぶち殺されるというハードな相手ではあったが、
「無敵設定でもついているんじゃないかこいつ」
「そうなると根本的にボク達じゃどうしようもないんだけど!」
後ろへと体を飛ばして再び距離を取る。距離さえ開けてしまえば此方を襲ってこない、というのは地獄の中の仏だった。着地し、ユウキが半ばから折れた剣を一本捨ててインベントリから新しい剣を抜いた。それを見ながら距離を開けた状態で、
「なんか、こう、何時もみたいに蹂躙できないの!? ボクの愛剣が折れたんだけど! これ、1000万したんだけど!」
「地味に高級品使ってやがるな?」
だけどなぁ、と掌底を構えながら再びコンソール前に陣取るマクスウェルを見た。構築されたAIに従い、マクスウェルはコンソールを使わせない様に守っているのが見える。間違いなく、アレを守護する為に存在しているのだろうというのは解る。だからこそ、アレにはそれだけの意味と価値があるのが伝わってくる。
「……正直ボクの剣が全く通じないのはショックだけど、お前ならどうにか出来るんでしょ? 保護コードとかガン無視してるし……そういう手段、あるんじゃないの?」
「……」
心意システム。それは想像力を出力する事でありえない現象を発生させるシステム。それを使えば無敵を破壊してダメージを発生させず、そのまま即死へと持ち込むことも可能かもしれない。だけどそれは同時に、著しく自分の気分と誇りを阻害するものでもある。とはいえ、この状況で使わないかどうかと言えば、
「……さて、な。今度は俺もある程度本気を出して当たる。そっちもそっちでガンガン隙を見つけて叩き込め」
「解った」
会話が終了し、双方向へと跳躍してユウキ別れ、挟み込む様にマクスウェルを囲んだ。それに反応したマクスウェルは剣を構え、どこからでも迎撃できるように待ち構える。
それに合わせ、一気に加速して踏み込んだ。先に前に出たのはユウキだった。刃を交差させるように前に出たユウキが、マクスウェルの攻撃を受け、そして止めた。短いその一瞬、刃に刃が食い込んで両断して行く動きよりも早く、
「ふっ―――」
息を吐き出し、何もかもが到達するよりも早く、心意によって補正された動きで雲曜の一撃を首筋に叩き込んだ。掴めない感触を掴めると確信して叩き込み、首を捻じ曲げながら二の撃を叩き込み、ユウキの剣を両断し、刃が届く前にその体を捻じ曲げた。そのまま勢いを殺さず、肘を砕き、剣を握る腕を押し込む様に潰しながら心の臓に腕を押し込んで潰し、体をコンソールに叩きつける様に吹き飛ばした。
「ボクを囮に使ったでしょ」
「ノーコメントで」
素早く剣を二本とも捨てながらユウキが睨んでくるのを無視しつつ、視線をコンソールに叩きつけたマクスウェルへと向けた。さて、今のでどれだけ削れたかな? とHPバーへと向けるが、HPは変わらず、満タンのままだった。その上で捻じ曲げたはずの腕等は元通りの形を取り戻しながら、コンソールの前にゆらり、と立ち上がった。心意を使ったダメージは入るが、回復するという事が証明されてしまった。
「えぇー……無敵は萎えるよ流石に……」
「相思相愛だな、ハニー。俺も同じことを考えてた」
「そのハニーっていうのをいい加減に止めて欲しいんだけど……どう? 勝てそう?」
「……なんとかな」
そう答えると、ユウキが少しだけ、複雑そうな表情を浮かべた。何かを言いたそうな、しかし言うか否かを迷う様な。だけどそれを振り切る様にユウキは頭を横に振った。
「後で言う事にするよ……お前が本当に倒せたら」
「そうか? ならその期待に答えよう」
鼻歌を口ずさみながら前へと一歩だけ踏み出した。両腕を低く広げ、両手の指を爪を立てる様に構えながら、思い出す。自分の記憶にある人物の動きはもっと完成されていた。自分の様な悪漢であれば、近づこうと意識した瞬間には叩き切られる程度には。あれこそまさに剣聖という言葉に相応しい。特別に何かを意識したわけではない一刀一刀が必殺であり、その全てが静かすぎる。無数の可能性に満ちたその静けさは何をしてもおかしくはない、という事を理解させ、先読みを潰してくる。
その上で心が完成されている。何をどうやっても揺さぶられる事のない、変質する事のない心。それに対して適切な肉体と、最適化された技の数々。人間国宝の名に相応しい人物だった。超えようとすら思えない。
それに比べ、これはどうだろうか。成程、技量と体格は確かに完全に再現されている。だが惜しい―――実に惜しい。
完成された技量という物をそのステータスが持ち味を殺している。人間を断つのに必要なのはその暴力的な筋力ではない。刀を一振り、それを首に叩き込むだけで人間は死ぬのだ。故にそれ以上の力は必要ない。それ以上は体を動かすための筋力としては余分なのだ、それ以上はただのデッドウェイトであり、動きを阻害するだけだ。それに最も大事な心がない。
そう、機械が振るっても模倣でしかない。そこには最も大事な魂が存在しない。武術―――殺人の技とは結局のところ、心得が半分を占めている。技量とそれを振るう肉体、そしてそれを律する心が存在して初めて一つの形として完成される。
故に
極限まで高められたSTRが技量を雑にしている。存在しなかった粗が戦闘を行う度に生まれてくる。動けば動くほど弱点が露呈してくる。
「殺しの業に事の善悪はなし」
構える。左半身を前に、雑念を捨てる。
左手を前に、鉤爪の様な指を内側へと向け、右手を後ろへと軽く引き、これから踏み込んで一撃を与えるというテレフォンパンチの状態に構える。右手の甲は内側に、体へと向けたまま、浅く息を吐き出す。
「殺しに二の撃は要らず。ただ行き、殺すのみ」
心意システムを意識して体全体で纏い、呼吸を一瞬で整え―――無我にて完全に間隔と間隔の合間を掴んだ。
そこにはもはや言葉は必要としない。
踏み込み、接近し、一の撃で首を掴み取り、千切った。
息を吐き出し、一瞬の無我を解除した頃にはマクスウェルの頭を片手で掴み取っていた。片手で掴むそれを握り潰しながら、背後で消えて行く死の気配に視線を向けるまでもなく深く、深く息を吐いた。
慣れないもんはするもんじゃないな、と胸を軽く押さえ、息を吐き出す。
「あっ……」
背後からユウキの声が聞こえる。振り返ればユウキが歩いてくるのが見える。その足はある程度進むと、そこで止まる。
「なんというか……本当に倒せちゃったんだね」
「これなら、な。やりたくない手だし、使いたくない技でもあるからもう二度とやりたくないけどな」
無念無想なんて一秒も出来れば上出来だ。善悪の区別なし、欲望を抱き、それでいても無我にて戦い続けられる者こそ真の修羅、剣聖とも剣神とも呼ぶ。ご老公の要求は高かった。確かに強いが、心意前提でやる以上疲労が凄まじい上にまるで楽しくないのだ、これ。
しかもこれ、使う相手は人間じゃなくてNPCだ、モンスターだ。武芸者以外に使っては恥でしかない。
とはいえ、片手落ちではあるがやろうとすれば出来る。その為に二十年近く、小学校の頃からずっと鍛錬してきたのだから。まあ、ここではほとんど意味のない話だ。
「……」
「どうした?」
「……ううん、それよりもコンソールを調べようよ。アレが復活する前に」
「それもそうだな」
マクスウェルが守護していたコンソールへと近づき、それに触れる。次の瞬間にホロウィンドウが幾つか表示される。そしてそこに表示されるのは《タキオラ廃棄場メインコンソール》という名称であり、出現するのは明らかに、ゲームを遊ぶのとは関係のない項目の数々だった。設定、データベース等と、そんなものが出現する。どうやらこのエリアの管理用端末だったらしい。《Read Me》ファイルを開き、その中に書いてあることを読み込む。
ここは管理用エリア、テスト用エリア。デバッグ用フィールド。
SAOで使用する数々のオブジェクトを制限を無視して生成する事が可能であり、それをここで性能実験を行う為の場所である。その他、ここにあるオブジェクトはその性能実験の為に、ここにいる間は自由に設定を変更する事があり、ここで変更を行った存在もここから干渉できるようになっている。
「ま、大体予想通りだったな」
「だったら転移門を設置すれば脱出できるんじゃないかな?」
「試してみるか」
オブジェクトの設置、配置プログラムを走らせようとして―――エラーが表示される。その行動を行うための権限を保有していない表示され弾かれる。当然ながらプロテクトがかかっていた。頭を軽く掻いてから他にもアクセスを行ってみる。オブジェクトの生成周りはダメだった。だがどうやら、設定変更に関しては問題なく行えるらしい。というかそのログを引っ張り出しながら見つけた。
「アルベリヒめ、これを使ったな」
「えっ?」
「ここに使用ログが残ってる……レベル200に自分を設定して、自分の部下は150に設定しているな。その上で無敵設定までかけてある」
「うっわ……」
「ま、せめて人並みの死の恐怖を味わって貰うか」
端末を操作し、無敵設定だけを解除した。レベル200に関してはどうやら、ここで行った操作ではないらしく、どうにもならない様子だった。ついでに先ほど倒したマクスウェルの復活設定を切って、ここを安全エリアに設定する事でモンスターが近寄れない様にする。そこまでやった所で、残されたのはデータベースの閲覧だけであり、
「……駄目だな、脱出手段がない」
「そう、なんだ……」
はっはっはっは、と嗤いながらコンソールを消して、背中を預けて座り、
「お手上げだな。これ以上はどうしようもねぇや」
笑いながらポケットの中に手を突っ込み、煙草を取り出して口に咥える。ライターが存在しない世界なのでマッチを取り出し、それで煙草に火を付けて煙を吸い込み、吐き出す。はぁ、不味い。そう呟きながら何かをするでもなく、終わりのない黄昏色の空を見上げ続ける。
「それだけ?」
「なにがだ?」
「いや、足掻くとか」
「プログラマーでもないのに俺がハッキングとかクラッキングできる訳ないだろう?」
「いや、まぁ、それは当然だけど……諦めちゃうの?」
まぁ、いや、それは、まぁ、うん。
「―――別に? 今まで好き勝手やって来たんだ。こんなゲームオーバーもあるだろ」
そうユウキに視線を向けず答え、空を見続けた。あぁ、そうだ。この光景はまるで変化がない。時間が動いているという感覚がない。空色に変化がない。そのせいで進んでいる感じがしないのだ。この空間、どこかもの悲しさを秘めた美しさがあるが、長く居過ぎたら発狂するな、と思えた。すくなくとも一人でずっとここに居たら正気が保てなくなりそうだ。
だから空を見上げたまま、無言で時を過ごす。モリアーティーが気づいてくれるのを祈るしかない。あの犯罪王はなにか、俺が知らないSAOに関する事を多く知っている気がする。だから……いや、あいつと俺の関係は手駒と主というだけの関係だ。すくなくとも積極的に助けに来るような事はしないだろう。
でも、まぁ、悪党のエンディングなんてこんなもんだろう。
SAOが終わるのが先か。
俺が発狂して廃人になるのが先か。
今から始まるのはそういうゲームだ。
クッソくだらない。
あぁ、しかし楽しいゲームだった。俺にとってのラスボスがアレだった、というのが少々ケチの付く内容だった。どうせだったら
あぁ、参った。
煙草……持たないだろうなぁ。
そんな、どうでもいい事を考えていた。そんな思考を横に座り込む気配が声と共に乱した。
「ねぇ」
「なんだ」
「強いんだね」
「ずっとそればかりやって来たからな」
強さを選ぶという事は、強さ以外の多くの道を閉ざすという事でもあるのだから。だから強くなる事と引き換えに、色々と捨てたものがある。
「ボクさ」
「おう」
「……正直、そこまで自由に何も囚われずにいられるお前が羨ましいんだ」
「俺が、自由か」
現実ではまた話は違ってくるが―――確かに、このSAOというゲームは最も自由に遊んでいる人間の屑だと言っても良いだろう。あぁ、確かに俺は自由であろうとした。だけどそうである事に縛られていた部分もある、とは今更ながら思う。
「お前の事大嫌いで今でも凄く殺したいと思ってる。この瞬間も殺してやりたいって思ってるんだ。何度も煽って、踏みにじって、そしてボクを組み敷いて犯して、尊厳を穢すだけ穢したら帰って……そんなお前が大嫌いだ」
「おう」
「だけど……そうやって囚われずに振る舞う所だけは正直、羨ましいと思ってる。ボクにはそんな事は絶対できないもん。それにお前が見せる動きの一つ一つ、凄く苦労したんだろうし、何度も練習したってのが伝わってくる」
「……」
ユウキの言葉がそこで一旦停止する。空を見上げながら煙をゆっくりと吐き出す。バーチャルでの煙草はやはり不味いなぁ、と思いながらそれを口にするしかなかった。酒も女も煙草も、どれも中毒していたのかもしれない。
「お前は」
「うん」
「……エネミーと戦う時、楽しいか」
「……うん。楽しいよ、二刀流でもそうでなくても戦うのは」
そうだろうよ、とユウキに言葉を渡す。そしてその上で、自分はそれに憑りつかれているんだ、と告げる。そう、俺は力を振るうという事に対して憑りつかれているのだ。それが真実でしかない。ただの獣でしかないのだ、俺は。
「積み上げて積み上げて積み上げて、そしてそれを育て上げたら当然の様にそれを使うだろう? お前が鍛え上げたスキルと装備でモンスターを倒す様に」
「うん」
「俺にはそれがなかった」
場所、理由、状況。その全てを与えられ、悪である事を求められ、それを振るった。たった一人の人間を殺すために。その馬鹿は一回心肺停止した後で蘇るという人類を疑う所業に達成した為その足で自衛隊に入隊してしまったが―――そのせいで、自分は完全にやるべき事を達成し、場所も理由も失ってしまった。鍛えに鍛え上げたこの暴力を振るう場所を見失ってしまった。
「それが、悪を行う理由なの?」
「あぁ。結局のところ、俺はそれを振るう事の出来る場所が欲しかっただけなんだよ。ただ、自己を律する事が出来ない獣でしかない……そう、中身の虚ろな獣。それが俺という人間の正体だ」
「じゃあ、今はどうだった? 楽しかった?」
「楽しかった。すっげぇ楽しかった。好きなだけ暴れて、好きなように振る舞い、好きなように積み重ねた業を振るう。楽しくない訳がない」
一方的に蹂躙して! 自分だけが楽しくて! 自由に自分の能力を発揮する事が出来て! 誰も俺にルールを縛らせる事が出来なかった!
なんて楽しい事か!
そして、なんて虚しい事か。
そう、全ては泡沫の夢だ。
これはこのSAOというゲームが成立している間だけの娯楽だ。SAOが終われば、また法によって守られた社会で生きる日常が待っている。その中で犯罪を犯すだけのリスクを取る事は出来ない。だから俺は今までが嘘だったかのように悪意を仮面の下に隠し、普通の人間の様に二度とこの技能を発揮する事無く埋没しながら生きて行くのだろうとは思う。
それはなんて、なんて虚しいのだろうか。
「なんて……短く、無様な夢なんだろうなぁ」
或いは、世の中がこのSAOの様であれば。或いは、SAOの様な世界が現実の存在するのであれば、俺は本当の獣になれたのだろう。だがこれは現実の話だ。仮想現実であっても、夢を見ているだけであって、真実から逃げ出す事は出来ない。
現実と向き合わなきゃならないのだ。
「ボクさ」
「あぁ」
「お前の事を凄く憎んでいるけどさ」
「あぁ」
「だけど……凄く、憐れだと思うよ」
「そうか?」
「うん。きっとお前は大事な物を経験出来なかったんだ。ボクや他の皆が当たり前の様に経験し、そして得る筈だったものだ。それを経験出来なかったからそんな風になったんだと思う。善い事が当たり前だってのを、たぶんお前は知らないんだと思う」
「そうか」
「うん」
まぁ、それを今更語った所で―――俺の魂はどう足掻いても救われないだろうと思っている。もう既に根本から腐っている。そしてこんな管理用エリアに拘束されているのだ、当然ながら発見され、記録され、そしてログから俺のやって来た事がバレるだろう。
即ちここで、俺の現実での生活も終わりを告げている。
儚くも楽しい1年だった。
「ま、お前とこうやってエンディングを迎えるとは思わなかったけどな」
「ボクもお前の様な奴と一緒だとは思わなかったよ」
空を見上げ、完全に脱出のための手段を全て失い、その方法の探し方さえ解らない状態、ここがSAOにおける俺達の冒険のエンディングだった。或いは奇跡の一つ二つがあれば話は違ったのかもしれないが、そんなもの、当然の様に発生する訳ではない。
だからユウキと二人でここで、静かに時を過ごす事を選んだ。
もはや争う事も楽しむ事それ自体も、全くの―――無意味だった。
良く考えている? 奥が見えない? そんな事はない。力を付けたら振るいたい。それだけの浅ましい男なのである。ただそれをそれっぽく恰好付けているだけで。
義理も義務も首輪もない。そんな状態で特級とも表現できる力を持ったやつがたどり着く末路みたいなもんだよ。好きなだけ好きな事をやって、その上で自分の空虚さを再確認する。獣の様に荒々しく振舞った所で結局のところ、中身がないのだ。
まだエンディングじゃないんじゃぞ。