※この作品はR-18です。

Hollow Beast   作:てんぞー

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虚ろの獣 Ⅳ

 足音がする。人の気配がする。視界は赤く染まり、そして黒く、黒く塗り潰されていた。何も見えない。感覚さえ全て鈍化している。だけどその中で、意識だけは常にシャープだった。朦朧とする意識を見えない両手で掴んで、放さない。そんな感覚がしていた。だからこそより強く感じられた。近づいてくる気配を。そして自分の命が流れて行く、という感じを。

 

 だからこそ静かに、受け入れた。

 

「おめでとう、ベオウルフ君。或いは―――君。君は今、アインクラッドに存在するラスボスを単身で討伐し、そして英雄として永遠に名を残す事に成功した。心の底から君の活躍、そして犠牲に敬意を払う。そして君との約束に従い、たった今、紺野木綿季に対して処置を行ってきた。これによって彼女はもはやAIDSにもHIVにも、あらゆる病に苦しめられる事はないだろう」

 

「……」

 

 暗い。何も見えない。体が動かない。一度、達成してしまった脱力から体が倒れたまま、まるで動かない。システム的にはまだ十全に動かせる―――生きている範囲ではあるのだろう。だがそれとは別に、全てを燃焼させた体は動けなかった。文字通り、リソースを一片の欠片まで全て吐き出し切って成した偉業だった。それは限界をとっくに超えた難行だったのだから。こうやって、動けなくなるのも当然だった。あぁ、だけど、そうか、と呟きたかった。

 

―――彼女は生きるのか。

 

 その事実を知った瞬間、心と体を安堵が満たした。それは善行だった。おそらくこの人生における唯一の善行。誰にも褒められない、誰も責める事の出来ない、唯一の善行だった。その為に犠牲にしたものは数えきれないほどあった。だが、それでも、これまでとこの行いに後悔なんざない。

 

 ある訳がない。

 

「私は正直な所、あまり君の可能性を信じてはいなかった」

 

 声がする。

 

「だけど君はここで、心意というシステムが見せる事の出来る限界を確実に超えた。明らかに君が見せた心意はシステムの範疇を超える行いだ。その偉業、進撃、そして底力は確かに未知の輝きがあった」

 

 どうでもいい事だ。あの子さえ、未来を取り戻すことが出来たのなら。別段……償いをしようって訳じゃない。そもそもそんな殊勝なタイプでもないだろう。ただ、ただただ、惚れた子に尽くしたい。そんな気持ちだった。そしてそれを成し遂げた今、再び衝動はこの胸から消えた。満たされたものを全て吐き出し切ったのだ! だがどうか! 今は!

 

 なんて、

 

「な……んて、清々しい……んだ……!」

 

 清々しい! そう、なんとも清々しい、一片の迷いもない清々しさなのだ! 今、自分は断言出来た。俺は勝利したのだ。それだけは断言出来た。そしてそこに対して、自分が行ってきた今までは文句なく―――意味があるものだと断言できた。そう、俺の人生が無意味だったなんて、誰にも言わせることは出来ない。俺の人生には確かに意味があったのだ。全てはこの瞬間の為に―――そう言っても、一切の迷いはない。そう、俺は、この瞬間は誰にどういわれようとも、自分が絶対的勝者である事を疑わなかった。

 

 この胸を満たす、果たした上での満足感。それは、誰にも覆す事の出来ない事実だった。そう、つまり、とてもシンプルな事である。

 

「お前……は……蛇足、だ……!」

 

 喉が砕ける様な感触と共に言葉を吐き出した。その言葉と共に盛大に嗤い、霞む血色の中で笑い声を返してやった。そう、お前のやりたい事は良く解っているぞ。よーく解っている。お前は魔王になりたかったのだ。別の世界の住人になりたかったのだ。新しい世界の人々になりたかったのだ。だからこそ本来は魔王という役割を自分で任じようとしたのだろう。そしてそれを遺憾ながらも、アルベリヒへと押し付けなくてはならなくなった。()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 だが()()

 

 失せろ、蛇足。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。お前の本当の望みを叶えてやるもんか。魔王役を最後まで奪われたという敗北感を噛み締めろ。勇者にはなれなかったという敗北感に嘔吐していろ。お前はヒースクリフではない、茅場晶彦としてゲームの終焉を迎えてしまった事を後悔したまま終われ。

 

 それが、自分が出来る唯一の意趣返しだった。

 

 早く消えてくれ、と言葉の出ない口だけを動かす。もはや関わるべきではない相手だと自分は思っている。根本的に生息している場所が違う。次元が違う。早く自分の巣に返って、そしてなんなりとでも策謀を巡らせてほしい。自分はそれは関係ない。もう、疲れたのだ。体が何も感じないのだ。ただ疲れて、そして満足している。

 

 この満足感の中で朽ちたかった。初めて感じる途方もない達成感と満足感。これを一生分味わいながら朽ちたい。それだけだった。

 

「―――成程、確かに。いや、そうか。蛇足か。ならばこれで私は去ろう。さようなら、獣。君の疾走を私は忘れる事はないだろう」

 

 そう言葉を残し、男の気配は遠ざかった。あぁ、漸く消えてくれた。そう思いながら霞む世界が段々と崩壊して行くのが見えた。紅玉宮を構成するポリゴンが徐々に、徐々に解体されて行き、それが光の粒となって世界を満たして行き、一切の色彩が失われていく。

 

 それは滅びの美しさだった。積み上げられたものが一瞬にして崩壊し、破壊されて行くという物の美しさ。そこに積み上げた苦労があるからこそ美しく見えるものだった。そう、この1年間に積み上げて来た様々なものがある。だがそれは今、この瞬間全て崩壊している。

 

 誰もがこの世界、名前を偽って生きていた。その中で唯一本物なのは主義や主張、そしてその偽れない顔ぐらいのものだった。だけどそれ以外のほとんどが偽物の中で、ここにいる者たちは誰もが本気で生きていた。その方向性は異なるが、誰もが本気で生きて、駆け抜けていたのだ。

 

 それが今、崩れて行く。

 

 あぁ、何たる無情な事か。

 

 この消えて行く、壊れて行く美しさを説明する言葉は―――ない。だが胸にこみ上げてくるものは確かにそれを美しいと表現する。なぜなら俺もまた、この世界を疾走した存在の一つであり、この滅び行く美しさを積み上げた一因でもあったからだ。形のあるものはいずれ崩れるのが常道だ。そしてそれは当然の事であり、そうでなくてはならないという事でもある。

 

 故に自分の終焉を受け入れる。崩壊して行く世界の中、自分のログアウトプロセスが始まらない。そこに確かな終わりを感じていた。微笑むだけの力は残されていた。だから微笑みながら小さく、声にもならない笑い声を零しながら、

 

 紅玉宮が崩壊した。

 

 残された最後の階層の解体が始まった。全てのデータが崩壊して0へと戻されて行く中で、床が消えて動けない肉体が頭を下に落下し始める。それを止める事も、どうこうする事も自分には出来ず、それを成そうとする意志の力も残っていない。もはやここに残されているのは燃えカスだけで、動くだけの力さえも残されていなかった。

 

 やがて空も削除されて、完全なる闇が全てを包む。残されたのは自分の感覚、アバターの手足だけだった。だがそれですら鉛に包まれている様な感触で、本当にそこに存在するのかさえ解らない。五感さえ消え去って行く中で、完全な闇の中で、これが俺に用意された終わりなのか、と考えた。

 

 だがそれすらも投げ捨てた。胸を満たすこの思いはこうなっても、自分に間違いではなかった、と告げている。なら、もはやそこに疑問を浮かべる必要はない。ここから消えるのに、自分という人間の自我が壊れるまでどれだけ時間がかかるのだろうか?

 

 一時間? 一日? 一週間? 一年? 或いはもっとかかるかもしれない。

 

 それでも、その滅びを受け入れる事にした。もはやそれ以外の選択肢はなく、そして同時にそれが自分に相応しい結末であると理解していた。さようなら、他の皆。お前の顔面殴ってみたかったぜモリアーティー。そして地獄に落ちろ茅場晶彦、ゲームのデバッグぐらいはしておけよお前。

 

 後は―――そう、前に聞いたストレアの姉とかいうのもちょっと犯してみたかった。それぐらいだろうか? うん、まぁ、それぐらいだろう。やっぱ好き勝手犯すのは楽しかったよな、と自分の頭の中で言葉を作り、眠る事にした。

 

 もう二度と目覚める事のない眠りに。

 

 もはや、自分の存在は必要ない。ここに獣は走り抜け、燃え尽きた。

 

 中身はなく、無軌道でただただ意味のある悪事を行い続けた獣は、その中身を満たされてしまったが故に、燃え尽きる以外の選択肢が残されていなかった。故にこの結末は必然であり、そして同時に、俺一人に対しての大団円だった。

 

 さようなら、世界。さようならクソゲー。悪い人生ではなかった。

 

「―――全く反省してないなお前……」

 

 不意に、声が聞こえた。そして何かが体を掴む感じがした。聞き覚えのある声に、しかし、体も喉も動かない。言葉を出そうと口を開こうとしても、意思に反して全くそれが動く事がなかった。だが暖かい感触は体を抱き、そして頬に添える様に手を置いてくるのを感じた。

 

あれほど何も感じ取れなかったはずなのに。

 

「馬鹿だなぁ……そんなことしたって今更ボクが許すとでも思ったの?」

 

 言葉は怒る様に、しかし呆れたようなものを感じさせていた。

 

「ボクをこんな風にしちゃって……しかも本人の意思も確認せずに。ボク、どんな顔で両親に逢えばいいんだよ!」

 

 元気そうな声に笑い声を零したかった。相変わらず愛しい声と気配だった。目が見えずとも、それは解る。だから同時に、もう、放っておいてくれ、とも思う。これは贖罪でもなんでもなく、自己満足から行った事でしかない。故にお前は好きなように生きると良い。そう、心に込めて、

 

「いやいやいや、当事者だからボク。そもそも……いや、うん。言葉じゃ伝わらないよね。そうだよね、君はそういう馬鹿だもんね」

 

 うん、だけど、と彼女の声は笑いながら呟いた。

 

「―――お疲れ様。お前は一生許さない。だから絶対に楽にしてやるもんか」

 

 その言葉と共に、意識は完全に落ちた。

 

 

 

 

―――ソードアート・オンラインという物語の話をしよう。

 

 それはVR業界における最大の落日だった。ナーヴギアの保有する危険性を露呈し、そしてVR業界そのものに対する消せないダメージを残した。1年と数か月。そこまで時間を要する大事件となったSAO事件でVR産業は死滅―――しなかった。

 

 VRという環境が与える人類に対する貢献は余りにも大きすぎたのだ。例えば兵士の訓練をVR空間で行えば弾薬は無料になるし、VR空間であれば各種兵器の運用を超低コストで行う事も出来る。それ以外にも医療や娯楽等の方面でも目覚ましい実績を生み出せる。人類の未来にVRという世界は必要であった。それを捨てるという事は発展の都合上、不可能だった。

 

 202Ⅹ年に終息したSAO事件の最終的な犯人は須郷伸之という一人の男の預かりになった。彼もVR業界に関わった男の一人であり、SAOという世界の構築に携わった存在の一人であった。

 

彼は茅場晶彦に嫉妬していた。

 

 須郷伸之が5%側の人間だとすれば、茅場晶彦は1%側の人間だった。才覚における次元が違っている。須郷伸之は賢かっただけに、自分と茅場晶彦の間にある絶望的で、絶対に埋める事の出来ない差を自覚してしまった。その嫉妬はやがて、殺意となって茅場晶彦を襲う。須郷伸之は彼の部下たちと共に、SAOという世界を茅場晶彦から奪って支配する事を選んだのだ。

 

 茅場晶彦を拉致監禁し、そしてヘイトを晶彦へと向ける為に偽装する。彼は茅場晶彦を部下と共に演じながらSAOという世界を支配し、その表ではSAOのコピーサーバーを使ったゲーム、《アルヴヘイム・オンライン》、通称ALOを新しい、危険性の少ないコンパクトなVRギアアミュスフィアで遊べるように発信した。SAOというゲームの失敗からVRによるゲーム産業は完全に死亡していた状態に凱旋した須郷伸之とALOはまさに英雄的だと言っても良い。

 

 ナーヴギアとは違って完全な安全性が確証されたアミュスフィアによるVRゲームは最初、SAOの恐怖を忘れられぬ人間によって受け入れられなかったが、やがてその自由度と面白さで世界を魅了した。だがそれは須郷伸之の表の仮面でしかなかった。彼の中で存在しているのは茅場晶彦という男への憎悪と野望のみ。

 

 須郷伸之はその裏側、ALOの影でSAOに接続し、SAOプレイヤーに対する人体実験を行っていた。痛み、思考領域の解析によって人体を自由に操り、支配する研究。それが須郷伸之の本当の目的であり、それを茅場晶彦に協力させることで完成させるのが最終的な目標だった。

 

 だがこの計画も頓挫した。最終的に須郷伸之から抜け出した茅場晶彦がもう一人の英雄と協力する事により、SAOはやや強引ながら終焉し、須郷伸之は打倒された。その時のフィードバックが原因で須郷伸之は脳の一部に問題を起こし、発狂。精神病院の一番奥にて厳重に監視されている。

 

 これにて、SAO事件は完全に幕を閉じた。

 

 ……とは、世間一般の認識である。

 

 勿論、真実は少し違う。

 

「大丈夫? ここ、段差あるよ」

 

「あぁ、流石にそこまで耄碌しちゃいねぇよ」

 

 真夏の太陽が降り注ぐ熱線の中を歩いている。片手には金属製の杖を持ち、それで体を支えている。もう片側の腕は女によって支えられている。その肉は多少成長しても、顔立ちは一切変わっていない為、SAO事件に関わっていた人間であれば、SAOでは非常に珍しかった攻略組であり美少女だった存在として、即座に誰か気付くだろう。

 

 アスナ―――つまりは結城明日奈になる。

 

 SAOが終わった所で自分を捕まえたのは彼女だった。

 

 左目には視力がもうない。その為、残された右目だけで物を見ている。その右目にも装着している新型のARギアによってホロウィンドウが表示されている他、街中に他のAR対応映像が流れている。SAOが終了してから1年と少しが経過している。技術は格段に進歩しており、生活にはARが、そして日常にVRが見えるようになってきていた。

 

 その勢いを継続しているのは茅場晶彦という存在だろう。

 

「大丈夫?」

 

「爺じゃねぇからな」

 

「ふふ、またそんな事を言う」

 

 明日奈に腕を掴まれ、絶対に逃がさないという意思と共に段差を越える為に軽く力を込めつつ、今、人生が最高に惨めになっていた。これ以上なく惨めな人生。そう、今こそ人生のどん底だと表現してもいい。女に介護されなきゃ生きていけない人生なんて死んでいる方が百倍マシである。

 

 そう、俺はSAOのあの事件で死ななかった。

 

 医師に一生治る事はないと断言された後遺症を抱えるも、それだけであり、命に別状はなかった。医学的に見て原因が一切判明しない左目の失明と右目の視力の大幅な低下。体全体に力が入らなくなり、まるで爺の様に介護が必要になってしまった。

 

 それが、俺がSAO事件で得た結末だった。

 

 政府はある程度SAO内部を監視出来ていた。そしてその結果、大体何があったのかを知っていた。それ故にSAOでなぜか生存してしまった俺は身寄りのない英雄、そして大量虐殺者として身柄を拘束された。

 

―――それをどんな手かは解らんが、引き取ったのが結城明日奈という女だった。

 

 大層な家の令嬢である彼女がどうやって家族を黙らせ、こんな死にかけの男を引き取ったのかは、未だに謎であるし、良い女には秘密があるものだ、と言うものでいまだになんで明日奈が俺の様な犯罪者を引き取れたのは不明である。だがその背後ではご老公がチラチラと此方へウィンクとサムズアップを送っている様な、そんな気がしなくもない。そんな訳で、俺は死にぞこない、そして明日奈という介護者に惨めにも、蛇足の様な平和な人生を送るハメになってしまった。

 

 出来る事なら、あの途方もない満足感の中で死にたかった。

 

 そう願い、口にするたびに襲われる日常。いい加減、素直に介護される事を学習した。

 

「えーと、次は―――」

 

『こっちこっち。しっかりナビしてるから任せてよ!』

 

「耳元で囀るな、うるせぇ」

 

 そう言うと長い黒髪に赤いバンダナを装着した少女のアバターが耳元へと口を寄せ、小声で囁くように言葉を呟いてくる。それに合わせ明日奈も腕を掴む腕力が腕を絞める、というレベルに一気にアップするのでそろそろ止めて欲しい。

 

 SAOはとんだクソゲーだったが、やはり現実の方が遥かにクソゲーだった。

 

「止めろユウキ」

 

『うーん、泣いて謝るなら許してあげなくもないよー?』

 

 そう言ってユウキは―――紺野木綿季は笑った。SAO時代のアバターに近い、新しくALOへとコンバートされたアバターで。彼女は生きていた。病から解放されて。

 

 ただし、肉体という器を失って。

 

 彼女は電子の妖精となっていた。

 

 話をしよう。

 

 表向きの話ではなく―――本当の、SAOの裏側の話を。

 

 表向き、SAOというゲームは須郷伸之の陰謀であり、暴走が原因となっていたが、無論、それは違う。茅場晶彦が便乗して馬鹿を晒した須郷伸之を100%利用したのが現実であり、彼は自分の汚名の全てを須郷伸之へと着せる事で自分の罪を帳消しに、世間的には悲劇の英雄として帰還したのだ。そうやって堂々と帰還した茅場晶彦はSAO時代での生活でインスピレーションを刺激されたのか、十年先の技術を先取りするかのようなペースで技術的革新を巻き起こしている。

 

 今、こうやって装着している首輪型のARギア。

 

 これもまた、茅場晶彦というクソ野郎から送られてきたものであり、彼が開発したものである。あのクソ野郎がこんなものを送って来たおかげで、VRかAR空間でしか存在できないユウキが四六時中構ってくるのだ。

 

 勘弁してほしい。

 

 ほんと、勘弁してほしい。

 

 1年が経過した今でも未だにこの姦しさに慣れない。あの時とっとと死ねば良かったと後悔するのはこれで1度目じゃない。あの男、本気で死んでくれないだろうか。時々絵文字や顔文字付きで送られてくるメール内容には殺意しか湧いてこない。茅場晶彦、本当に死んでくれ。そしてついでに俺も殺してくれ。

 

 杖を突き、銀座の歩道の上を歩く。横は明日奈によって支えられ、奇異の視線が周囲からは突き刺さる。網膜ディスプレイを通してユウキが目的地へのナビゲートをしており、足取りは未だに重い。とはいえ、逃げる事も出来ず、朽ちる事も出来ず、

 

 SAOが終わってから、蛇足の様な1年間の人生を味わっている。

 

 SAOが終了したことによって様々な変化が起こった。1年という短い期間で攻略されたこともあって、社会的なダメージはそこまで大きくはならなかったのも一つある。もう一つはALOというゲームがSAOのクリアに従い、更にヒットしたというのもある。此方は明日奈の両親が関連する会社であるらしく、男一人囲って生活するなんて余裕だ、とは明日奈の言葉であり、余計首を吊りたくなる。

 

 その為に体を持ち上げるだけの力も出ないのが悲しい話である。

 

 まぁ、そのALOがノリにノってから戦犯茅場晶彦から超簡略型VRパッケージが無料配信されたおかげで、VR戦国時代が始まったため、ALO一強時代はそう長く続かなかったのも事実ではある。あの男が原因でVR業界は今、SAOを下地に大きな発展を行いながら更に成長を続けている。

 

 あの男、表でも裏でもロクな事をしない。

 

 そんなこんなで1年が経過した。クソみたいな1年だった。死にたくても死にきれない1年だった。なんで生き残ってしまったんだ、という1年だった。

 

 だが、自分の業の報いを受ける1年でもあった。明日奈も木綿季も、俺が筆頭としてその人生を捻じ曲げた張本人だった。故に生き残り、祭りが終わったらその始末をつけるのもまた責任の取り方であり、どうしようもない事だった。もはや自分に一人で生きて行くだけの力がないのも事実だった。

 

 女に寄生して生きて行く。激しく自尊心が削られる人生をこれからずっと、死ぬまで続けていかなくてはならない。

 

 それが俺が受けた報いだった。

 

『あ、見えた見えたあそこだよ』

 

「帰っちゃ駄目か」

 

「だーめ。さ、行きましょ」

 

 見えて来た銀座にあるとある店。その姿を見てから帰りたいとは思ったが、明日奈の筋力に負けるぐらいの力しか、今は出ない。だから半ば引きずられる様に銀座の街を進んで行く。通り過ぎる子供に軽く笑われつつも店内へと入れば、中には甘ったるい匂いが広がっている。スイーツメインの店だ。味覚もだいぶ薄くなっている今、舌ではあまり味わえないのに匂いだけは感じられる、というのは軽く拷問に近かった。

 

 その中で、店内でその姿を見つける。

 

「―――やぁやぁ、やっと来たネ! ずっと待っていたサ! さぁさ、こっちだよこっち、ちゃんと席は取ってあるからこっちへおいでよ。なに?もしかしてそんなに私と座る事が恥ずかしいのかな? んン? 私がイケメンだからって物怖じする必要はないサ! さぁ! カモン!」

 

「殺してぇ」

 

「あ、モリアーティー君お久しぶりー!」

 

 こっちの呟きを無視して明日奈が引っ張って、モリアーティーの対面側に座る様に押し込んで、隣に座って来た。この押しの強さは一体どこから来ているのだろうか―――とおもったが、その強引さはSAOで調教した俺の手腕だった。

 

 まさに因果応報。笑い話になりもしない。

 

 それを見て、対面側に座る少年姿は―――モリアーティーは、あのゲーム内と一切変わらない少年の姿、しかしスーツ姿でにやにやと笑みを浮かべて笑っている。このクソガキは中身だけ大人で、その外見は現実でも変わらなかった。

 

「尻にすっかり敷かれているようだねベオウルフ君?」

 

「ぶち殺されてぇのかクソ餓鬼」

 

「おやおやぁ? 私にそんな事を言っていいのかなぁ? 誰が政府に口利きしたのかなぁ? んーン?」

 

「お前……」

 

 AR画面の中でユウキがモリアーティーに対して威嚇しているのが見える。明日奈も良く見ればモリアーティーを警戒している。まぁ、お前、そんなキャラだよな、と思いながら適当なものを頼むことにする。

 

 モリアーティーはVR内で出来る仕事を紹介してくれる仲介者だった。無論、政府からの、という注釈はつくが。もはやVR内でしか体は満足に動かせなくなっていた。それ故に、社会的生活はほとんど、VR内に限定されている。それでも出来る仕事はモリアーティーが持って来ていた。

 

 曰く、アフターサービスと。

 

 それが俺の1年だった。SAOが終わった後の1年はまさに人生のどん底だとでも表現すべきものであり、おそらくこれは今後もずっと続くであろうことは想像に易かった。これがきっと、好き勝手やって来た代償なのだろうと、諦めている部分もある。地獄で愛馬に乗るのはまだ先の話だと思いながら、モリアーティーが持ち込んでくる話に耳を傾けた。

 

「―――君は《ガンゲイル・オンライン》を知っているかナ」




 英雄になろうとしたら即座に生贄にされた上で功績もすべてを奪われて精神病院に叩き込まれる須郷君、ある意味死よりもひどい目に合ってる……。そして完全勝利茅場UC。

 これにて獣から室内犬のチワワになったベオウルフ君の物語はおしまい。胸には心音GPS、首には首輪を、そしてネット側からも監視をされて、一生悪い事も出来ず、飼い殺される日々を送るでしょう。

 まぁ、色々とお話はこの後のあとがきで近いうちに。お疲れ様でした。
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