晃太郎が花陽のお店の手伝いを始めてから二週間。二人の距離は少しずつ縮まり、周囲から見ても仲が良いと感じられ始めた頃。お昼時にいつもの様に絵里と希がお店に来る。
「……っあ、絵里ちゃん、希ちゃんいらっしゃい」
笑顔の花陽が二人に駆け寄る。『花陽の食卓』は、夜は居酒屋。昼は定食屋と変貌するお店だ。飲食店では珍しくはないのだが、花陽の作る料理は美味しいと評判になり、時間帯関係なく賑わっている。
「今日も繁盛してんなぁ」
「本当ね」
店内の様子を見ながら、絵里達がいつもの席に向かう。夜と同様、あの角場は絵里達以外は誰も座らない。昼も夜も他の客の中では『角場は特別席』と認識されているようだった。その証拠に、絵里達が座ると他の客達の表情は明るく、安心感を感じているようだ。
「今日も彼、手伝いに来ているの?」
「晃太郎君?うん、いつも手伝いに来てくれてるよ」
ほんのり頬を染め、花陽はそう言った。
「花陽ちゃん嬉しそうなや。もしかして、好きになったん?」
いたずらっぽい表情で希が言う。その言葉に花陽は顔を真っ赤に染める。
「っえぇ!?希ちゃん、いきなり何言い出すの!?好きだなんて、そんなぁ」
慌てふためく花陽。絵里はそんな花陽を見て、クスリと笑う。
「別に良いんじゃないかしら?お似合いな二人だと思うけど」
笑顔の絵里。希も何度も頷いている。赤く染まった頬を両手で押さえながら、花陽は口をワナワナと動かし、返答に困っていた。
(絵里ちゃんも希ちゃんも何言ってるの~!?お似合いだなんて、晃太郎君は優しいから手伝ってくれてるだけなのに~!)
心の中で反論する花陽。しかし、絵里達はそれを分かっているようだ。二人してニヤニヤしながら花陽を見ている。
「絵里ちゃんも希ちゃんも、私の反応で面白がってない?」
「そんな事ないわよ。ねぇ?希」
「そうそう、花陽ちゃんにようやく春が来たなぁって思ってるだけや。なぁ、絵里ち」
花陽はそれ以上言うのを止めたのだった。
次の日の朝
今日もいつもの様に開店準備をする二人。しかし、花陽は昨日絵里達との会話を思い出し、挙動不審な動きをとっていた。晃太郎が話し掛けても、何処と無く素っ気ない。さすがの晃太郎もそれには気付いた。
「なぁ、俺何かしたか?」
「……べ、別に」
「だって、明らかにおかしいだろ。何か悪いところがあったらちゃんと言ってくれ」
花陽を真っ直ぐ見つめる晃太郎。真剣な表情で訴える晃太郎に、花陽は我に帰る。首を思い切り横に振り。
「本当に何もないよ。ごめんね、晃太郎君」
「本当か?」
「うん、本当」
そう言って微笑む花陽。少し申し訳なさそうな表情。晃太郎は小さく溜め息をついた。
「……花陽がそう言うなら、良いけど」
肩の力を抜き、開店の準備を再開させる晃太郎。その後ろ姿を、花陽は黙って見つめた。
(絵里ちゃん達があんな事言うから、晃太郎君に嫌な思いさせちゃったよ)
小さく溜め息をつく花陽。晃太郎は肩越しにその様子を見つめる。開店準備を黙々と済ませる二人。その間、特に会話はない。花陽は厨房で料理の最後の仕上げをしていた。晃太郎が花陽の後ろに立つ。振り向く花陽。
「なぁ、もしかして、迷惑なのか?俺が手伝うの」
「っえ?どうしてそんな事言うの?」
「だって、今日。ずっと態度がおかしい」
晃太郎の言葉に、花陽は俯く。晃太郎は溜め息をついた。すると、花陽は顔を上げ、晃太郎を見る。何故か、顔がみるみると真っ赤に染まっていく。
「……昨日ね、絵里ちゃん達に言われたの………その…私が」
一度視線を床に落とし、何度も深呼吸する花陽。晃太郎は黙って続きを待つ。花陽は俯いたまま口を開いた。
「……私が…晃太郎君の事、好きなんじゃないかって…」
「…………」
花陽の言葉に、無言の晃太郎。何も反応しない晃太郎に、花陽はゆっくりと顔を上げ、晃太郎を見る。晃太郎の表情は、無表情。花陽と視線が合うと、無表情のまま、真っ赤に染まっていく。突然、花陽に背を向ける晃太郎。花陽はいきなりの行動に驚く。
(……やっぱり言わない方が良かったのかな?)
花陽は言葉にした事を後悔する。一方、晃太郎は混乱していた。
(……っえぇ!?今、花陽。何て言った?俺の事、好きって言ったか?マジで!?嘘だろ?……ちょっと待て、落ち着け!俺!)
花陽は晃太郎の後ろ姿を黙って見つめる。晃太郎の身体が小刻みに揺れているのに気付いた。花陽は?マークを頭に浮かべる。そして、さっきと同様、突然花陽に向き直った晃太郎に、花陽は再度驚いた。晃太郎の顔は真っ赤だ。表情は少し強張っている。花陽もつられて、同じ様に表情を強張らせた。
「……迷惑だったらごめん。でも、俺の話、聞いてくれないか?」
緊張の面持ちで口を開く晃太郎。花陽は頷いた。それを確認し、晃太郎はゆっくりと口を開く。
「俺、いつも無表情だし、身体もこんなんだから、みんなに怖がられて、口数も少ないし。好意を持ってくれる女性とか今までいなかったから……その、何て言ったら良いか」
晃太郎は一度深呼吸する。そして。
「μ,sのライヴ見た時から、ずっと花陽の事見てた。一目惚れってあんな感じなんだな。花陽から目が離せなくて。その……、花陽が良ければ、俺と付き合って下さい」
右手を差し出し、花陽に頭を下げる晃太郎。花陽の思考は停止寸前だった。
(……っえぇ!?晃太郎君が私の事、好きって。一目惚れって、何かの間違い?聞き間違いじゃないの!?……)
頭を下げ、右手を差し出したままの晃太郎を花陽は見つめ。
(どうしょう!?この手を取るべきなの?でも、取ったらお付き合いOKって事になるよね?……恋人同士になるの!?)
花陽は心の中で悶絶していた。花陽の反応がない事に、晃太郎は小さく溜め息をつき、諦めた表情で頭を上げる。そこに花陽の潤んだ瞳が目に飛び込んだ。一瞬、晃太郎は狼狽える。
(…もしかして、俺。勘違いしてたか?ヤベェ、どうしよう、この手)
晃太郎がゆっくりと手を引こうと動いた。次の瞬間。今までに見た事のない速度で、花陽の手が晃太郎の手を掴む。晃太郎の動きが止まり、花陽も我に帰った。晃太郎が小さく笑う。
「俺はこの手をどう捉えるべき?」
「………うぅ……」
泣きそうになる花陽。晃太郎は初めて花陽の頭に手を乗せ、軽く撫でた。真っ赤に染まる花陽の顔。
「これからは彼氏、彼女って事で、宜しく」
「…………はい」
カップルが成立した瞬間だった。
展開が早くない?って思われるあなた!実は、作者も同じ意見です。花陽と晃太郎、流れが早くて自分もびっくりしてます。さてさて、次はどうなる事やら。