夜、いつもの居酒屋に向かう希。昨日の今日で、同じ居酒屋に行くのは、別に何とも思わない。それもその筈だ。だって、ほぼ毎日飲みに行っているんだから。今日のお昼、絵里からメールが来ていた。
『話があるから、いつもの居酒屋で。角場、空いてると良いけど』
角場とは、いつも座っている場所の事。店内の一番奥のテーブルに、絵里と希は座っている。大体、この角場は、絵里と希の予約席みたいなものだ。希は店名が書かれた暖簾を潜り、店内へ。店内は今日も大勢の客で賑わっている。絵里は、いつもの角場に座って、すでにビールを飲んでいた。時折、溜め息を溢し、虚ろな眼差しでビールジョッキを傾ける。希は苦笑しながら、テーブルに向かった。
「絵里ち、お待たせ」
希の声に気付く絵里。希の顔を見ると半泣きになった。
「希ぃ~、私……」
「どしたん?何かあったん?」
希が向かい側に座り、絵里の顔を覗き込む。絵里は無言で鼻を啜った。
「……希、昨日の事。覚えてる?」
「昨日の事?」
「ほら、昨日。ここでお酒を飲んでて、男の人二人と相席になったでしょ?」
絵里はそう言って、ビールジョッキを置く。そして、溜め息をついた。
「ああ、その事?それがどしたん?」
希の問いに、絵里は顔を伏せる。首を傾げる希。
「……ないのよ」
「っえ?なんて?」
「覚えてないのよ。私」
絵里の言葉に、怪訝な表情の希。そこに、一人の店員が近付き。テーブルの上に枝豆とビールジョッキを二つ置く。希と絵里はそちらに視線を向けた。そこにいたのは、着物に割烹着姿の花陽。
「希ちゃん、いらっしゃい」
「花陽ちゃん、うちまだ頼んでないよ」
「うん、入ってきたの見たから、いつもの持ってきたんだ。希ちゃん、最初は大体これだから」
「おぉ~、さすが店長!気が利くねぇ~」
希の言葉に、花陽は照れた。花陽はこの居酒屋の店長をしている。毎日通う二人の為に、この角場は他のお客は座らせない。
「昨日はごめんね。絵里ちゃんと希ちゃんに相席頼んで」
「ええよ。気にせんで、あんなにお客おったらそうなるやん。」
昨日のお客の多さは尋常じゃなく、ほとんどの席が客で溢れ、どこもかしこも相席だらけだった。勿論、絵里達の席も相席になるのは仕方なく、絵里達も快く了承したのだ。そして、その相席の相手が、あの男性二人。最初、お互い話す事もなく、絵里と希も二人だけの会話をしていたのだが。絵里達が注文した品物を、彼らが代わりに受け取ったりと色々動いてくれて、そこから話すようになった。絵里はその辺りの記憶はあるらしい。別の客から呼ばれた花陽。
「またあとでね」
そう言って、呼ばれたテーブルに向かう。その後ろ姿を見つめながら、希は口を開く。
「絵里ち、上機嫌だったやん。そのまま彼と家に行ったんやろ?それは覚えているん?」
「う~ん、微妙ね。はっきりと覚えている訳じゃないし」
「その後の記憶がないん?」
「そうなのよ。気が付いたら朝だったの……」
「もしかして、しちゃったん?」
希の発言に、噎せる絵里。
「……何聞くのよ!」
絵里の反応にニヤニヤする希。
「その反応。確実にしたね。」
「…………多分。したけど、覚えてない。それで」
「それで?」
顔を赤く染める絵里。
「朝、その事言ったの」
「彼に言ったん?それから?」
「身体は覚えてんのにって、襲われた」
呆然とする希。絵里は顔を両手で隠す。頭から蒸気が出そうだ。希は溜め息をつく。
「……はぁ、絵里ち。処女喪失の瞬間を覚えてないとか」
「生徒会長してたとは思えない程、ポンコツになったわね。」
希の言葉に続き、誰かが言う。絵里と希は顔をその誰かに向けた。黒髪を二つに束ね、強気な表情の女性。旧姓、矢澤にこ。今は、桂木にことなった元μ,sのメンバーがそこにいた。
「にこ!?」
「にこっち!?」
「久しぶりね。二人共」
そう言いながら、希の横の席に手に持っていた大きなビジネスバッグを置く。そして、絵里の横の席についた。反対の手には書類。それはテーブルの隅に置く。
「にこ、仕事忙しそうね」
「お陰様でね。」
「にこっちの天職やね」
「ふふん、そう思うでしょ。やっぱり、私天才なんだわ」
恍惚とした表情でにこが言う。そんなにこを絵里達は苦笑しながら見つめる。にこの仕事は、桂木プロダクションの社長兼マネージャー。つまり、芸能関係の仕事なのだ。元々、アイドルに対しての姿勢は、人一倍凄かった。それを今度はアイドル育成に向けたのだ。にこがプロデュースしたグループは人気が上がり、テレビで観ない日はない。
「でもね。問題のあるグループもいるのよ。かなりの素材を持っているのに、なかなか人気が出なくて。ほら、このグループ」
にこが隅に置いた書類を二人に見せる。男性五人組のイケメングループ。グループ名は『ラブウルフ』と書かれている。その一人の顔を見て、絵里は息を飲む。そこにいたのは、あの男性だった。その横には、希と一緒にいたもう一人の男性の姿。絵里は希を見る。希の表情に変化はない。その視線に希は気付く。
「……希、もしかして知っていたの?」
「……いいや、知らんやったよ。」
「あまり驚いていないから」
「うち、占いが趣味やん。彼、占ってええって言ったんや。そん時に何となくね」
希の言葉に、絵里は納得する。一方、にこは二人を交互に見つめた。
「何の話?」
絵里と希は、互いに頷き合い、昨日の出来事を話したのだった。
絵里と希を書いてると、必然的にμ,sのメンバーが出ますね。前作より、大分絡みが多いと思います。