心地好い風が、淡いピンク色のワンピースを揺らす。パステルイエローのカーディガンに、小さめのカバンを両手で持ち、某水族館の入り口で花陽は頬を染めて立っていた。今日は、晃太郎との初めてのデート。まるで、身体全体が心臓になったかのように脈打つ花陽の心臓。しきりに腕時計を見ては、自分の服が気になり。
「変じゃないかなぁ」
と呟く花陽。何度も深呼吸を繰り返し、その度に恥ずかしさで卒倒しそうになる。花陽は誰に言うわけでもなく、ブツブツと呟いていた。
「……何してんだ?」
「……ひゃあ!?」
背後から声を掛けられ、花陽は身体をびくりと飛び上がらせ、ゆっくりと振り向く。赤いチェック柄の上着に、白のVネック、黒いジーンズ姿の晃太郎が立っていた。特にお洒落な格好という訳ではなく、ラフな服装なのに、花陽の目には格好良く見える。
「……晃太郎君」
花陽が晃太郎を見る。口元を隠し、上目遣いの花陽。
(……か、可愛い…。抱き締めてぇ)
無表情のまま、晃太郎の内心は悶えていた。硬直した晃太郎に、花陽は小さく首を傾げる。我に帰る晃太郎。小さく咳払いすると、手を花陽に差し出した。
「……っぇ?」
「……手、繋がないとはぐれるかも知れないだろ?」
視線を反らしながら晃太郎が言う。花陽はその言葉に頬を染めながら、ゆっくりと手を繋ぐ。晃太郎はしっかりと握り返し、指を絡めた。その絡め方に色気を感じた花陽。恥ずかしさで頭から蒸気が吹き出している。
(……その反応も可愛い!)
平静を保ちつつ、晃太郎は歩き始めた。俯いたまま花陽も歩く。入り口近くの売り場で、入場チケットを購入し、晃太郎は花陽の手を引きながら水族館に入っていく。水族館の中は沢山の人で溢れていた。カップルや小さい子供連れの家族。女子高生のグループ、年配夫婦。気ままに一人で来ている人も。沢山の人が思い思いに水中の生物を見ている。花陽達もその中に混じって大きな水槽を見ていた。キラキラとライトに照らされて、水槽の中は不思議な空間になる。大きなジンベイザメが二人の前を横切っていく。ふと、晃太郎は花陽を見た。淡い蒼の色に染まった花陽。晃太郎の心臓が早鐘を打つ。
(……あぁ、綺麗だ)
見惚れる晃太郎。花陽が晃太郎の視線に気付き、視線を向ける。晃太郎の真剣な表情。晃太郎の瞳に吸い込まれる様な感覚に、ゆっくりと花陽の身体が近付いていく。二人の顔が少しずつ近付き、ピタリと止まった。花陽と晃太郎は同時に顔を横に向ける。すると、複数の視線が二人に集中していた。一気に真っ赤に染まる花陽。晃太郎の方に視線を向けると、晃太郎の表情は無表情。しかし、耳だけは真っ赤になっていた。
(……っあ、晃太郎君も恥ずかしいんだ)
花陽は嬉しくなった。それは、晃太郎の気持ちが段々分かっていく事に。晃太郎の方は軽くパニックになっていた。
(やべぇ、恥ずかしい)
晃太郎の手が引かれる。晃太郎は花陽を見た。真っ赤に染めたまま、晃太郎の手を引き、その場から離れる花陽。二人は見つめ合う。そして、クスクス笑い合った。イルカショーを見て、一通り水族館を見て回ると、近くのファミレスで昼食を取る。
「……花陽の料理の方が美味い」
ポツリと溢す晃太郎。花陽は何度目かの頬染め。
「……っあ、ありがとうございます」
照れながら言う花陽に、晃太郎の表情が緩む。それを見て花陽の表情も緩んだ。
「……今日、お店開けるのか?」
「はい、そのつもりです。」
「花陽が良ければ、手伝いたいんだけど」
その言葉に、花陽は一度目を見開き、すぐに微笑む。
「はい、お願いします」
花陽が笑みを絶やさず言う。晃太郎の目には、花陽の周りに花畑が見えた気がした。そして思う。
(やっぱり、可愛い……)
その日の夕方。二人仲良く手を繋いだままお店に戻った。そしてお店に立つ。晃太郎は、花陽のサポートをしながら、店内を世話しなく動き回る花陽を見つめた。『花陽の食卓』には、数名のバイトの女の子達が、割り振られた仕事をこなしていく。食材を切り、下ごしらえをする者、接客をする者。出来上がった料理を盛り付ける者。みんな、息が合っていて無駄がない。そんな中、晃太郎の担当は、洗い場だった。なぜ洗い場かと言うと、理由は簡単。晃太郎の無表情が原因である。バイトの女の子達は、晃太郎の無表情にようやく慣れてきているが、この無表情では接客は出来ない。そんな訳で、晃太郎は黙々と洗い物を片付けていく。一つの事に集中していた晃太郎。気が付けば、閉店時間になっていた。
「晃太郎君、お疲れ様。もうお店の片付け終わったよ」
バイトの女の子達を送り出し、花陽が晃太郎に声を掛ける。
「……もうそんな時間か。集中していて気が付かなかった」
晃太郎の言葉に、花陽はクスクスと笑う。晃太郎は花陽を見つめた。二人の視線が絡み合う。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う二人。ゆっくりと晃太郎の顔が花陽に近付き、互いの唇があと数センチのところ。花陽が顔を隠す。花陽の耳は真っ赤だ。
「……嫌、だったか?」
「ち、違うんです。心の準備が出来ていなくて」
言いながら首を横に振る花陽。どうやら、本当に恥ずかしかったようだ。晃太郎は小さく溜め息をつく。
「悪かった。」
一言だけ言うと、晃太郎は店を出ていく。花陽はその場に呆然と立ち尽くすのだった。
次の日のお昼。花陽が絵里達にこの事を言ったのは、言うまでもない。
次回は、言うまでもなく、絵里達が出てきます。花陽と晃太郎、進展するかなぁ……