次の日『花陽の食卓』にて
絵里と希がいつもの時間にお店に来る。そして角場へ。花陽は頬を染めて二人に近付いた。
「花陽、どうしたの?顔が赤いわ」
少し挙動不審な花陽に絵里が言う。希の方は、どうやら気付いているようだ。
「花陽ちゃん、土井君とはキスできたん?」
ニヤニヤした顔で希が言う。花陽はその言葉で一気に頭から蒸気が噴き出す。
「……希…ちゃん!?」
「その反応を見る限り、まだみたいね」
「絵里ちゃんまで!?」
花陽の反応を、二人は悪戯っぽい表情で見ている。花陽の口がまるで池の鯉の様にパクパク動き、身体が固まった。二人はさらにクスクス笑う。
「どうしてキスしなかったの?」
絵里が微笑みながら言う。絵里の言葉に、花陽は俯き。
「………は…恥ずかしくて」
「どうして?恥ずかしがる事ないでしょ?」
「そうやん、土井君の事好きなんやろ?なら、すればええやん」
花陽は、一度二人を見ると視線を反らした。
「……だって、どんな顔して良いか分からなくて」
花陽の言葉に首を傾げる二人。
「変な顔してるかも知れないし」
その言葉に沈黙。突然、吹き出すように笑う二人。二人の反応に花陽は狼狽えた。
「そんな事、気にしていたの?」
「花陽ちゃん、可愛ええなぁ」
二人の言葉に、花陽は顔を真っ赤にするしかない。絵里と希は微笑みながら花陽を見つめ。
「花陽、何も考える必要はないわ」
「そうや。花陽ちゃんはただ目を閉じて待っていればええんよ」
「……でも」
言いかけた花陽の唇に、絵里の細くて綺麗な人差し指が触れた。
「大丈夫よ。花陽は土井君を信じて待てば良いのよ。ちゃんと目を閉じてね」
ウインクしなが絵里は言う。その仕草が色っぽく、花陽絵里に見惚れながら、無言で頷いたのだった。
その日の夜。
その日、最後のお客を見送り、花陽は閉店の準備と次の日の下ごしらえを始める。先程まで大勢のお客さんで賑わっていた店内からは嘘の様な静寂。食材を煮込む音と食器を洗う音だけが響く。広い厨房に一人洗い物をする花陽。その背後に、ゆっくりと近付く黒い影。花陽はまだ気付いていない。何かの気配を感じて、花陽は後ろを振り向いた。そこにいたのは晃太郎。花陽が安堵の溜め息をつく。
「どうしたんですか?」
花陽が無言でその場に立ち尽くす晃太郎に声を掛けた。無言で花陽を見つめ、ゆっくりと近付く。晃太郎の腕が花陽の肩に添えられた。急な事に花陽の身体がびくりと反応する。
「…………」
「…………」
見つめ合う二人。花陽は思い切り、目を閉じる。しかし、しばらくしても何の反応もない晃太郎に、花陽は恐る恐る目蓋を開けた。
「……お腹空いた…」
力無く項垂れた晃太郎がポツリと言う。
「……ぇ!?」
「花陽、お腹空いた。何か食べ物ないか?」
「………少しだけなら残っているけど」
「それでいいから、食わせて」
お腹が空いて覇気がない晃太郎に、花陽は呆然としつつも頷いた。
(……キスされるかと思っちゃった)
安堵しながらも、心なしか、少し残念な気持ちになる花陽。考え事をしながらも、しっかりと手元は料理を盛り付けていく。そんな花陽を、晃太郎は黙って見ていた。厨房の隅に立食式のテーブルがある。お昼時や夕食時の忙しい時間に、手早く食事を済ませる為のテーブルだ。勿論、バイトの子達も使う。そこに盛り付けた料理を置く。
「ごめんね。晃太郎君からしたら、量が少ないけど」
「……いや」
小さく首を横に振り、晃太郎は食事を始める。今度は花陽の方が晃太郎を見つめた。晃太郎の食べ方はとても豪快で、見ていて気持ち良い。頬はぷくりと膨らみ、まるでその姿はリスのようだ。花陽がクスクス笑う。晃太郎は首を傾げながら、視線を花陽に向けた。
「ごめんなさい。何でもないの」
そう言いながらも花陽は笑う。晃太郎の頬にご飯粒が付いていた。花陽は徐にそのご飯粒を取り、食べた。その行動に固まる晃太郎。花陽も自分の行動に驚いた。気まずい雰囲気が二人を包む。
「……あ…あのさ…」
晃太郎が躊躇しながら口を開く。花陽は視線を晃太郎に向けた。何故か顔が赤い晃太郎。
「……今日、部屋に行ってもいいか?」
「………うん」
花陽の顔は真っ赤だ。晃太郎は素早く食事を済ませると、流し台に持っていく。使った食器を洗い、二人は二階の部屋へと向かった。部屋の中に入り、花陽は晃太郎をソファーに座らせる。
「飲み物何が良い?お茶?コーヒー?他もあるけど」
「じゃあ、コーヒーで」
電気ポットにスイッチを入れる。数分も掛からずお湯が沸き、花陽はコーヒーを入れた。コーヒーの入ったカップを晃太郎に渡す。
「ここ、座って」
晃太郎が指差したのは、勿論。晃太郎の横だ。花陽は恥ずかしがりながらもそこに座る。穏やかな時間が流れ、二人の緊張も緩み始めた。晃太郎が花陽の頬に触れる。
「…………」
「…………」
花陽の脳裏に、絵里と希の言葉が浮かぶ。
『花陽ちゃんは目を閉じて、ただ待っていればええんよ』
『花陽は土井君を信じて待てば良いのよ』
花陽はゆっくりと目蓋を閉じた。晃太郎は狼狽える。今までの花陽の反応は、顔を赤くして、俯いたり。
『やっぱり、ダメですぅ』
と、恥ずかしがって逃げていたからだ。花陽の綺麗な顔が目の前にある。震えた様子もなく、キスを待っているその表情は。
(……あ、ヤバ…)
晃太郎の鼓動が大きく脈打つ。ゆっくりと近付く二人の唇。そして、初めて触れ合った。花陽の身体は少しだけ反応。それでも逃げたりする素振りはない。晃太郎の方は、抑圧されていた欲望に火がつく。最初、触れ合うだけのキスをしていたが、次第に濃厚になり、今度は花陽の口を開けようと舌が動く。花陽はキスから逃れ様と頭を動かす。晃太郎はガッチリと花陽の頭をホールド。晃太郎の腕が花陽の肩を撫で、胸元に降りていく。花陽の目蓋がそこで開かれた。そして。
『パシッ!』
乾いた音が部屋に響く。花陽が晃太郎の頬を叩いたのだ。放心状態の晃太郎。真っ赤な顔で花陽が晃太郎を見ている。
「……花…陽…」
「晃太郎君、怖いよ」
「……ごめん」
「晃太郎君の事好きだけど、今の晃太郎君、いつもの晃太郎君じゃない」
それだけ言い残し、花陽は部屋を出ていった。その場に一人残される晃太郎。その日、花陽は帰って来なかった。
次の日
晃太郎は二人に呼び出される。その二人とは、絵里と希。呼び出された場所は『花陽の食卓』だ。二人の表情を見る限り、花陽から話を聞いていたのだろう。とても険しい表情だ。
「土井君、座って」
短めの言葉に、晃太郎は恐怖を覚えた。お店には、絵里と希、晃太郎の三人だけ。どうやら、臨時休業にしたようだ。素直に指定された場所に座る晃太郎。
「今日、呼ばれた理由。分かっているわよね?」
「……ああ」
「どうして胸触ったの?」
「…………っえ!?そこ?キスした事じゃなくて?」
絵里の問いが、晃太郎には意外だった。
「キスは良いのよ。花陽も嬉しかったみたいだし」
「せやな。舌を入れられたのはちょっと驚いたみたいやったけど」
腕組して頷く希。絵里が小さく溜め息をつく。
「その後が頂けなかったわね。いきなり胸はダメよ」
「……いきなりじゃなければ良いのか?」
「段階ってもんがあるんよ。花陽ちゃんの場合は恋愛初心者なんやから」
希の言葉に、晃太郎は溜め息をついた。
「……俺だって、恋愛初めてだし」
晃太郎がポツリと言う。絵里と希は互いの顔を見合わせ、クスクス笑う。晃太郎はドキリとした。微笑む二人から目を離せない。
「一層の事、押し倒しちゃえばええやん」
「ちょっと希。それだと意味がないわ。花陽が土井君の事、余計に警戒するわよ?」
「そんな事ないと思うんやけど」
希が言う。絵里と晃太郎は視線を希に向けた。
「その根拠は?ないとは言わせないわよ」
「実例がおるやん」
そう言って、希は絵里を見た。晃太郎は何を言っているのか分からない。
「私の時と状況が違うでしょ」
「でも、好きになったんやろ?」
「……そうね」
「…………ごめん、話が見えない」
恐る恐る晃太郎は言う。絵里と希が視線を晃太郎に向けた。
「晃太郎君。今から君に絵里ちと慎君の馴れ初めを話してあげよう」
「……やっぱり恥ずかしいわ。希の馴れ初めを話したら?」
両手で顔を隠しながら絵里が言う。希の表情は悪戯っ子。
「うちと聖の馴れ初めより、絵里ち達の馴れ初めの方が生々しいやん。それに面白いし」
そう言って、希の口から絵里達の話を聞く事になるのだった。
絵里達の生々しい馴れ初め、晃太郎はどう感じたのでしょうかね。不定期なアップになりますが、どうぞお付き合い下さいm(__)m