桂木プロダクション内~廊下~
強張らせた顔に少しだけ頬を染め、晃太郎は目の前の扉から目が離せなかった。いや、扉の向こう側にいる人物に目が離せなかったと言うのが、正しかったのかもしれない。晃太郎の視線は、一点に集中し、しっかりと焼き付けている。目の前の部屋は、主にラブウルフの休憩室の役割を持っていた。そこにいたのは、メンバーの一人、慎とその奥様である絵里。二人は晃太郎の存在に気付かず、身体を密着させて唇を重ねている。しかも、軽めのキスではない。濃厚なキスを続けて、慎の手は絵里の柔らかく大きな胸を撫でていた。
「……んん、これ以上はダメよ」
キスの合間から溢れる絵里の声。小さく抵抗をし、身体を少し離している。一方、慎の方は、絵里の腰を掴み、下半身を怪しく密着させていた。
「絵里、我慢出来ない。シよ?」
絵里の首筋を舐めながら言う慎。慎の腕が絵里の服の中に入り込み、胸の辺りで蠢いた。
「……あん…ダ……メよ。誰かに見ら…れ」
言いながら、視線を廊下に向けた。絵里の表情が固まる。視線が晃太郎とぶつかった。慎はまだ気付かず、絵里のお尻を撫でている。しかし、絵里の反応がない事に気付き、絵里の顔を見て、そこでようやく晃太郎の存在に気付いた。
「……何だよ、折角今良いところだったのに」
膨れ面で抗議する慎。手は相変わらず絵里の胸を触っている。絵里は慎の腕を退け、身体を離すと晃太郎の方に歩いていく。
「……絵里」
「土井君、変なところを見せてごめんなさいね。……慎、続きは帰ってからよ。お仕事頑張って」
晃太郎に言いながら微笑み、慎を一瞥してから部屋を出ていく絵里。その時の横顔は妖しく、そして綺麗だった。
(……絵里さんって、慎の前だと綺麗なんだな)
心の中でそう思った晃太郎。普段、見せている表情も綺麗ではあるけど、慎の前だと、その綺麗さは別格である。その事に晃太郎はそう感じたのだ。そして、希から絵里と慎の馴れ初めを聞いていたからでもある。晃太郎は、部屋から去っていく絵里の後ろ姿を見つめ、花陽に逢いたい気持ちに駆られたのだった。
花陽と逢えなくなって一週間が過ぎた。晃太郎は何度か『花陽の食卓』に足を運ぶ。しかし、花陽は逃げる様に二階に上がったり、お客として行ったときは、バイトの子達が代わりに注文を取りに来たりして、なかなか花陽と話す機会がない。
(やっぱり嫌われたか)
自分がしでかした事とはいえ、ショックを隠しきれない晃太郎。『花陽の食卓』に行く回数も減っていった。そんな時である。
「絵里がお前に話があるから、いつものお店に来てくれって」
慎が睨み付けるようにそう言ってきた。
「……分かった」
「……晃太郎、お前。俺の絵里に手ぇ出したら分かってんだろうなぁ」
今まで見たことない程の剣幕で、慎が言った。晃太郎は小さく首を縦に振る。
「心配するな。絵里さんには、俺の恋愛相談に乗ってもらってるだけだ」
そう言うと、慎の表情が少しだけ明るくなる。
「……相手には嫌われたかも知れないけどな」
ぼそりと呟く晃太郎。それを聞いて、慎は無言で晃太郎の肩を叩いたのだった。
『花陽の食卓』にて
お店の中は静まり返っている。電気の点いていない店舗内は、少し薄暗い。そして、いつもの場所に絵里と希が座って晃太郎を待っていた。絵里が無言で手招きしている。晃太郎はゆっくりと近付き、絵里達に向かい合う様に反対側に座った。沈黙する三人。
「……土井君、今日呼ばれた理由、分かる?」
沈黙を破ったのは絵里。晃太郎は小さく頷き。
「この間、慎と」
「その事は忘れて。それより、花陽の事よ」
言い掛けた晃太郎の言葉を遮り、絵里は言う。表情は怒っている様な、焦っている様なそんな表情。
「この間って、何かあったん?」
絵里の横では、にやりと笑う希。絵里は頬を真っ赤に染めた。
「何もないわよ!」
「そうなん?ウチはてっきり、絵里ちと慎君のイチャラブ見られた事かと思ったんやけど」
何でもお見通しの希である。
「私の事はどうでも良いのよ。それより、花陽の話しましょ」
不貞腐れる絵里。晃太郎は苦笑い。その場の空気が少し和むと、絵里の表情は真剣になる。希も同様だ。晃太郎の背筋が伸び、真顔に変わる。
「土井君、花陽がね。ずっと泣いている事。貴方、知っているの?」
「……っえ?どうして?」
絵里の言葉に、晃太郎は驚きを隠せない。絵里はその反応を見て、溜め息を一つ。
「やっぱり、知らなかったのね」
「……ちょっと待って、花陽が何で泣いているんですか?」
椅子から立ち上がり、前のめりになる晃太郎。
「この間の一件で、花陽ちゃん。晃太郎君に嫌われたって思ってるみたいなんよ」
「…………」
希の言葉に無言の晃太郎。その表情は、無表情。
「花陽本人から聞いた訳じゃないわ。花陽は、自分から話すタイプじゃないから。泣いてる姿を見た訳でもない。でも」
「心がね。泣いてるんよ」
その言葉を聞いて、晃太郎は天井を見上げた。二階にいるであろう花陽を見つめる様に。
「土井君は、花陽の事。まだ好き?」
「……はい」
「晃太郎君に、花陽ちゃんを任せてもエエかな?」
視線を絵里達に戻す晃太郎。二人を交互に見ると。
「俺、今度は花陽から離れません」
力強く頷いた。
「そう、なら私達はこれで帰るから。花陽の事、お願いね」
同時に二人は椅子から立ち上がり、お店を後にする。店の中、一人佇む晃太郎。しっかりとした足取りで、厨房の中を通り過ぎ、二階に続く階段を上がる。そして、二階の扉の前で、インターホンを鳴らした。
『……はい』
インターホンのスピーカーから聴こえる花陽の声。いつもより弱々しく聴こえる。
「…花陽、俺。晃太郎だけど」
一瞬、インターホン越しに花陽が狼狽えたのが分かった。
「急に来て悪かった。俺、花陽と話がしたいんだ。部屋に入れてくれないか?」
『…………』
「……やっぱりダメか?」
晃太郎の言葉の途中で、扉のロックが解除される音が聴こえ、ゆっくりと扉が開かれると花陽が部屋から出て来る。花陽は視線を下に向けたまま。
「……中、入っても良いか?」
「どうぞ」
そう言って、花陽が部屋に入る。晃太郎も後に続いた。『座って』小さな声で花陽が言う。晃太郎は言われた通り、花陽が指定した場所に座った。キッチンで花陽が飲み物を用意している。その間も晃太郎は無言で花陽を見つめ、抱き締めたい衝動を抑えていた。キッチンから戻り、晃太郎の前にコーヒーを置く花陽。視線がやっと絡まった。今にも泣き出しそうな瞳。
「花陽、この間は悪かった」
そう口にすると、首を小さく横に振る花陽。晃太郎は言葉を続ける。
「花陽の気持ち考えずに先走った。俺、花陽に嫌われても仕方ないって思ってる」
「…………」
「でも、あの時。花陽に触れたかったから」
真っ直ぐ花陽を見つめ、晃太郎は言う。
「……ごめんなさい。違うの…」
顔を真っ赤に染め、目に涙を潤ませ花陽が口を開く。
「本当は嬉しかったんです。でも、恥ずかしくて。怖くて、晃太郎君の顔が見れなくて。私」
そこまで聞いて、晃太郎は花陽を抱き締めた。晃太郎の胸に顔を埋め、震える花陽。
「嫌われたらどうしようって」
「花陽を嫌いになんて。俺はなれない。好きだから」
花陽が顔を上げる。潤んだ瞳に映るのは晃太郎。その姿が近付き。
「……私も晃太郎君が好きです」
重なる唇。二人の気持ちが通い合った瞬間だった。
数分後
何度もキスをする二人。舌を絡め合い、何度も角度を変えて唇を重ねる。一度、唇を離す。上気した花陽の表情、目がトロリとふやけ、唇から少し荒い息遣い。晃太郎はドキリとした。花陽の身体は力が抜けて、ちょっと押すだけでその場に崩れる。晃太郎は花陽の上に覆い被さり、そのままキスを一つ落とす。
「……ん」
甘く声を出す花陽。晃太郎の理性は擦り切れていた。
「……ごめん、このまま最後までシたい」
言うのが早いか、胸に触るのが早いか。晃太郎は花陽の服に手を掛ける。
(やっぱりダメか)
服の中に手を入れ、胸を触った。花陽に叩かれる覚悟で。しかし、花陽は抵抗もせず、されるがまま。晃太郎は花陽の顔を覗き込む。
「……晃太郎君」
「本当に良いのか?」
晃太郎の問いに、花陽は無言で頷いた。生唾を飲み込み、晃太郎は花陽の首筋に舌を這わせ、胸に触れたのだった。
次回は、花陽と晃太郎の……。多くは語りません。見れば分かる!
不定期のアップで申し訳ありません。このお話を読んで下さる方々に、重ね重ねお詫び申し上げます。
最後まで、お付き合い頂ければ幸いです!