ラブウルフのメンバーを紹介されてから次の日
海未の頭の中は、ラブウルフの為の作詩に作りで一杯だった。メンバーとの初対面は、最悪である。しかも、彼らのグループコンセプトは『愛の狩人』であり、それを売りにしていた。しかし、彼らを見る限り、恋愛に対して、上手どころか、奥手。それだけなら、まだマシである。彼ら自身は、興味がない者。女性アレルギーを持つ者、女性恐怖症。そして、さらに厄介な者。それが対人恐怖症である。その対人恐怖症を持つ者、それは新田紡。海未は彼が気になってしょうがない。
「とりあえず、作詩作りをしないといけませんね」
溜め息混じりに言う。海未は桂木プロダクションへと向かい始めた。外の景色はすでに暗く、時間は午後八時。海未はスマホを取り出し、真姫にメールを送る。
『先に、にこの所にいきますね。真姫も後で合流しましょう』
『分かったわ。少し遅くなると思うけど、必ず行くわ』
メールを確認し、バッグに戻した。昨日、海未と真姫は作詩、作曲作りの為のヒントを得る為、にこの事務所で会う約束をしている。曲を作る為、彼らを観察する事にしたのだ。海未は事務所に入ると、彼らの部屋に入る。今部屋にいるのは、新田紡だけだった。部屋に入って、紡は部屋の隅に隠れる様に床に座り込んでいる。海未はゆっくりと紡に近付く。海未が近付いて来るのを感じて、紡は身体を強張らせ、ガタガタと震わせる。海未は小さく溜め息をつく。それだけでも、紡の身体がピクリと反応した。
「……怖がらなくて大丈夫ですよ。これ以上は近付きませんから」
そう言って、その場にしゃがむ。紡は横目で海未を見る。海未は柔らかく微笑んでいた。しばらく視線を海未に向け、ゆっくりと視線を外す。海未は一度立ち上がり、側にあったパイプ椅子に座る。紡は海未の行動を目で追っていた。手に持っていたバッグから、小さなノートを取り出し、書き物をしている。長い長い沈黙。無言の時間、部屋には、海未の書く音だけが聞こえる。
「……な…」
書く事に集中している海未に、紡の細い声は聞こえない。紡は顔を上げ、声を掛けようか悩む。海未の横顔は、とても綺麗に見えた。海未が小さく溜め息をつく。憂いを帯びた表情。紡の目にはそう写った。紡の視線を感じて、海未が紡の方を見る。初めて視線が合った。無言で見つめ合う二人。
「……どうしました?」
海未が口を開く。その言葉に紡の顔が真っ赤に染まり、視線を逸らした。首を傾げる海未。紡の胸の鼓動は激しく脈打っている。対人恐怖症であるが、女性に興味がない訳ではない。今、同じ部屋にいるのは、とても綺麗な女性。髪は肩より長く、ストレート。背筋は真っ直ぐに伸び、所作に無駄がない。まるで大和撫子を連想させる。紡の行動に、海未はただ首を傾げた。そして、再びノートに向かう。紡は再度横目で海未を見つめる。
(とても綺麗な女性だ。僕と一緒にいるのに、何も言って来ないし)
もう一度、海未を見つめる。
「私に何かついていますか?」
ノートに書き物をしながら、海未が口を開く。今度は視線を逸らさない紡。海未と見つめ合う。
「………な…」
「…な?」
おうむ返しする海未。首は横に傾いている。真っ赤に染まる紡の顔。視線をゆっくりと落とし。
「……何で、何も聞いて来ないの?」
海未が座ったまま身体を紡に向けた。視線を戻す紡。海未は微笑んでいた。
「人には、言いたくない事の一つや二つあります。そんな事くらいは私も知っていますし。無理に聞こうとは思いません。」
「……だから、何も聞かなかったの?」
「ええ」
紡の問いに頷く海未。紡の鼓動は速いまま。
「話したくなった時に話してくれれば良いです。貴方が人と接するのを怖がる理由も、話せる時が来たら話して下さい。その時はきちんと聞きますから」
微笑んだ海未。紡の胸が締め付けられる。身体が奮える。恐怖ではない、別の感情で。それは恋に落ちたという証である。紡は元々、対人恐怖症とは無縁の人懐っこい性格だった。普通に仲の良い友達もいたし、好きな女の子もいる。どこにでもいる少年だった。海未は紡から視線を外し、ノートを見つめる。海未から見た紡は、とても可愛らしい男性だ。目鼻立ちはハッキリしていて、目も大きくクリクリしている。中性的な顔は、年齢だけでなく、性別も分かりにくい。声も柔らかい声で、女性と男性の中間的な声だ。
「……あの」
「どうしました?」
海未を見つめる紡。
「……あの…あ…の……」
口は動くのに、言葉が出ない紡。そんな彼を海未は静かに待つ。紡は言葉を飲み込んだ。
「…何でもない…です」
「………そうですか。今、無理に話さなくて大丈夫ですから」
海未は伏し目がちに言う。沈黙が二人を包み込む。しばらくして、真姫が部屋に来た。海未は真姫と二人で部屋から出ていく。その後ろ姿を紡はどこか寂しげに見つめていた。
部屋に来てから、真姫の様子がおかしい事に、海未は気付く。顔は少しピンク色に染まり、どこか落ち着かない。
「真姫、どうしたのですか?」
その言葉に真姫は海未を見つめ、混乱した様子で部屋に来るまでの経緯を話す。その間も少し泣きそうだ。
「……そんな事が」
「本当、信じらんない。……ファーストキス…だったのに…」
どうやら、小林絆に何故かキスされたそうだ。不意打ちの事だったので、反論どころか、反応すら遅くなり、当の絆は、爽やかに去って行ったらしい。そんな話をしながら、二人は桂木プロダクションの中のとある部屋に入る。そこは、曲を収録するためのスペース。勿論、ピアノも完備されていた。
「ここならすぐにでも収録出来ますね」
「ええ、周りに気を使わなくてもすみそうね」
笑顔で言い合う二人。その後、二人それぞれの作業を始めたが、やはりアイディアは浮かばない。
「……やはり、メンバーの事をもっと知らないと無理ですね」
「そうね。μ,sの時と違うっていうのもあるけど」
そう言って、深い溜め息を一つ。
「お互い、忙しいですから。休日を上手く使っていくしか無さそうですね」
その言葉に頷く真姫。今日はお開きだ。二人は桂木プロダクションを後にした。
五日後
海未は収録スペースで作詩作りをしていた。海未の足下近くでは、何故か紡が体操座り。海未を見つめる紡。海未も紡の存在に気付いているが、声も掛けることなく、無言。端から見たら、異様な雰囲気。紡の目の前には、海未のスラッと長い足がある。紡は徐に海未の足に触れた。
「……ひぁ!?」
身体を強張らせ、声を上げる海未。
「ちょっと、新田さん。いきなり何するんですか!?」
「……ご…ごめんなさい…手が勝手に動いて」
顔を真っ赤に染め、息が荒い海未。反射的に紡は頭を手で押さえる行動をとる。それを見た海未は、ハッとした。そして、無意識で紡の肩に触れ、優しく撫でる。
「大丈夫ですよ。何もしませんから、急に触れられたので、びっくりしたんです。貴方を怖がらせるつもりはありませんから」
海未の優しい言葉に、紡は顔を上げ、海未を見つめた。目の前に海未の顔。心配そうに見つめる海未を、紡の心はざわついたのだった。
しばらくは、海未ルート。真姫ルートが交互に出ると思います。途中、花陽ルートも混ざるので、見辛いかも知れませんが、最後までお付き合い下さい。