騒がしい店内でお互いの声が聞こえにくい。三人は顔を近付け、なるべく声の音量を変えずに話始めた。
「そんな事があったのね。知らなかった。今日、二人に会ったけど、そんな話聞いてないし」
にこが男性二人が写った写真を見ながら言う。
「ん~、そもそも、にこっちとうちらが友達なんて二人は知らんやん。」
「それもそっかぁ」
希とにこの会話を聞きながら、絵里はずっと写真に写るあの男性を見ている。希は目でにこに語った。
「絵里、もしかして、慎に興味あるの?」
いきなり問われ、絵里が我に帰る。希とにこの視線が自分に向けられている事に今気付いた。
「……えぇ!そんな事……ないとは言えないけど」
言って俯く絵里。希はそんな絵里を見て溜め息をついた。
「実際のところどうなん?」
「何が?」
「その人、慎君だっけ?ちょっと興味あるんやないの?」
その問い掛けに、絵里は目蓋を閉じ考える。正直、良く分からないでいた。
「どうなんだろう?興味あるのかも知れないけど、分からないの」
率直な今の気持ちを告げる。希とにこは無言。
「でも、一夜限りだと思うわ。もう逢う事もないでしょ」
その言葉に希が笑う。絵里はそんな希の行動にどう反応して良いのか分からない。にこは絵里に慎の資料を手渡した。
「絵里ち、うちの感から言うと、一度きりやないよ。多分、これから何度も逢う事になると思うんよ」
「……どういう事?」
「うち、聖君に聞いたんやけど。っあ、聖君は彼の事なんやけど」
そう言って指差す希。それは昨日、希と一緒にいた男性の事だ。にこは絵里の前に、聖の資料を差し出す。慎と聖の個人情報が、事細かく書かれている資料。絵里はそれを見た。
時田 慎(ときた しん) 性別 男。二十五歳。
出身、福岡県……。
和久井 聖(わくい せい)性別 男。二十六歳。
出身、東京都……。
「ちょっとにこ。これ、個人情報でしょう?私なんかに見せて良いの?」
呆れた表情で絵里は言う。にこは特に悪びれた様子もない。
「別に良いのよ。絵里、慎に興味があるなら、私は反対しないわよ」
「……何言っているの?にこ、話が見えないわ」
「だから、慎と交際してもオッケーって言ってるの」
「……ちょ…ちょっと待って…話が飛びすぎて意味が分からないわ。そもそも、アイドルなら恋愛はタブーじゃないの?」
絵里は狼狽え、真っ赤な顔でそう言った。にこは大きな溜め息一つ。
「基本はね。でも、彼らの場合はコンセプトが『愛の狩人』なのよ。だから、恋人くらいいても問題なし。」
「希は知ってたの?」
「昨日ね。聖君にその話を聞いてたんよ。ちょっと面白そうやから、立候補はしたよ」
その言葉に、絵里の目が大きくなる。
「処女貰ってくれたんやし。絵里ちも立候補したらええやん」
にこやかに希が言う。絵里は深い溜め息をついた。頭の中が混乱している。その混乱を落ち着かせようとビールジョッキを掴み、一気に飲み干した。
希とにこと店を出て、絵里は一人帰路に着く。少し肌寒さが、お酒で火照った身体に丁度良い。
『折角のチャンスなんだし。良い経験だと思って付き合ってみたら?』
『そうやん。うちら、もうそんなに若くないんやし』
二人の言葉が頭の中をグルグルと回る。
(簡単に言ってくれるわね)
絵里は真面目な性格だ。そんな話をすぐに鵜呑みに出来る筈もない。それでも、希達の言いたい事も分かる自分もいる。
(……あぁ、困ったわ)
気が付けば、自宅のあるマンションの前まで来ていた。エントランス前に誰かが座り込んでいる。絵里は怪訝な表情で、その人物を見た。絵里に気が付く人物。顔を上げ、絵里を真っ直ぐ見る。
「……貴方」
「よう、絵里。今帰りか?」
そこにいたのは慎だった。紺色のジャージに身を包み、フードを目深に被っている。絵里は一瞬躊躇し、後退した。
「何で逃げんだよ」
慎が言いながら絵里に近付く。
「……どう見ても不審者っぽいから」
「ははっ、確かに」
笑いながら絵里の前に立つ慎。
「んで?俺の事、思い出した?」
「昨日の事は覚えていないわ。でも、貴方の事は友人に教えてもらったけど」
そう言って、視線を反らす絵里。
「へぇ~、その友人は俺の事、どこまで知ってんの?」
口角を上げ、悪戯っぽい表情で慎は言う。絵里は横目で慎を見た。
「貴方の全てを知っているわよ」
絵里の言葉に、慎は首を傾げる。
「私の友人は、桂木プロダクションの社長兼マネージャーをしているわ」
その言葉で、慎の表情が一変する。
「……っえ?もしかして、桂木社長?」
「そうよ。桂木にこ。彼女は高校時代の友人なの」
「……ええ!?マジかぁ!」
腰を抜かしそうな勢いで慎が言う。絵里はそんな彼を見て、吹き出し笑った。
「そんなに驚く?」
「いや、普通に驚くだろ。でも、まさか桂木社長の友人とはな。世間は広いようで、狭いもんだな」
しみじみと慎は言った。絵里も無言のまま頷く。その時、勢い良く慎のお腹が鳴った。
「腹へった。絵里、なんか食わして」
「……嫌よ。どうして、私がそんな事しないといけないのかしら?」
「…………お願いします。絵里さん、何か食べ物下さい」
何故か土下座する慎。絵里は大きな溜め息一つ。
「しょうがないわね。でも、食べたらすぐに帰ってね」
「……善処します」
慎の言葉に、若干の違和感を感じながら絵里はマンションの中に入った。
一方、希の方は。
就寝の準備中。玄関のチャイムが鳴る。
「こんな時間に誰やろう?」
鍵を解除し、扉を開ける。立っていたのは聖。希は一瞬固まった。
「ごめん、こんな遅くに」
「……別にええけど、どしたん?」
希の問い掛けに聖は無言で希を見つめた。首を傾げる希。聖の口がゆっくりと開く。
「今日、泊めてくれないか?」
聖の言葉に、希の思考は停止した。希の顔を覗き込む聖。我に帰る希。
「いきなりでごめんな。ダメかな?」
「……別にうちの所やなくても、聖君なら他に女の人おるやろ?そこに行けば?」
珍しく不機嫌そうな希。不快感を露にしている。
「……いやその…」
急に口ごもる聖。何か怪しいと希は考えた。
「うちら、確かに身体関係は持ったけど、一回きりやん。それでうちの所に来るのおかしくない?」
希の言葉に、聖が小さくなっていく。今にも泣きそうな表情の聖。希は溜め息をついた。
「……しゃあないなぁ。今日だけならええよ。」
聖の表情が明るくなる。まるで子供の様だ。聖が中に入り、希は玄関の扉を閉め、鍵を施錠する。聖の後ろ姿を見つめながら、希は何度目かの溜め息をついたのだった。
物語が少しずつ動き出しました。にこの旦那さんもいずれ出る機会があると良いなぁ。あと、他のμ,sのメンバーも。