しとしとと降る雨。厚く薄暗い空。風も無く、静かな校内に響く音。音乃木坂学院の弓道場から、矢が的に当たる音している。ひんやりとした板の間に背筋を伸ばし、的に視線を向けているのは、海未だった。弓を引き、矢の尖端を的に向ける。キリキリとしなる弓。指を離した瞬間、空を切る音と共に、的を射抜く矢。矢は的の中心に刺さっている。
「…ゎぁ、凄い」
小さな声で感嘆の声を上げているのは、紡だった。その紡の横には、不貞腐れた様に胡座をかく絆。海未は小さく一礼して、二人の方に歩み寄る。二人の目の前に立つと、座る事無く見下ろす海未。表情は少し怒っているようだ。しかも、その怒りの視線は絆に向いている。
「小林さん、説明してくれますよね?」
「…さぁ~、何の事?」
海未の問いに、絆は飄々としている。
「…貴方、真姫に何をしましたか?あれから1週間、真姫と連絡が取れていません。」
「別に何もしてないけどなぁ」
何故か嬉しそうな表情の絆。海未の表情が変わる。
「そんな訳ありません。真姫と最後に会っていたのが、貴方なのは知っているんです。…真姫に何をしたんですか?」
海未の更なる問いに、無言の絆。しばらく、海未を見ると小さく笑う。そして、徐に立ち上がり、弓道着の上から、海未のお尻を触った。身体を強張らせる海未。
「へぇ~、やっぱり下。何も履いていないんだ」
ニヤニヤしながら絆がお尻を撫でる。海未の顔が真っ赤に染まった。
「…ゃあ!?破廉恥です!」
身を捩り、絆から離れようとする海未。しかし、絆は海未の両腕を掴み、壁に押し付けた。青ざめる海未。
「ブラも着けてないの?」
そう言って、海未を壁に押し付けたまま両腕を頭の上で交差させ、片手で押さえ付け、空いた手で海未の胸を触ろうとした。
「……駄目、海未ちゃんに触るなぁ!」
ずっと黙っていた紡が、絆にタックルする。そして、海未を庇う様に、立ち塞がった。バランスを立て直す絆。
「何だ。二人、デキてんじゃん?」
「…違う。でも、絆の今の行動はやっちゃいけない」
「…ふぅ~ん、いつも俺の後ろに隠れていた紡の割には、言うねぇ」
怒りを見せる紡に対して、余裕の表情の絆。次の瞬間、絆が紡を殴り始める。海未は何が起こっているのか分からない。ただ、今の状況を青ざめた表情で見ていた。
「…っは!?…お前、反撃出来ないくせに、俺に意見するなよ」
床に倒れ込んだ紡に言い捨てる絆。小さく笑う。海未は、初めて見た。絆の嘲笑う表情。背筋がゾクリとする。再び海未に近く絆。海未の目には涙が滲む。
「……止め」
「も~、邪魔するなよ。ウザいよ?」
必死に絆の足を掴む紡に、絆は蹴り上げる。それでも紡は離さない。絆が溜め息をつく。
「…面白くない。や~めた」
掴む紡を振り払い、絆はそのまま弓道場から立ち去った。しんと静まり返る道場。海未はゆっくりと紡に近く。絆は身体を強張らせ。
「…ごめんなさい、殴らないで」
頭を抱えて、身体を震わせる紡。海未の手が、一瞬躊躇する。それでも、紡の身体を抱き締めた。
「…大丈夫です。何もしません。貴方が謝る必要はないですから」
震える背中を優しく撫で言う。しばらく海未は、紡を抱き締め背中を撫でた。少しずつ、紡の震えが治まり、身体を少し離す海未。顔のあちらこちらに殴られた時の傷がある。腫れはあまり目立たないが、赤くなっていた。そこを優しく触れる。
「あまり無茶はしないで下さい。」
微笑み言う海未。紡は海未を見つめると、子供の様に抱き付き甘える。海未もそのまま抱き締めた。どのくらいの時間が経ったのか。お互い、同じタイミングで身体を離す。
「痛みはありますか?」
「…ぅん、少しだけ」
「そうですか。一応、病院に行きましょうか。」
「病院、好きじゃない。消毒液滲みるし、注射嫌いだから」
「…もぅ、子供じゃないのだから、我慢して下さい。私も一緒について行きますから」
傷に優しく触れる海未。紡の表情が変わる。何かを我慢しているような表情。海未は首を傾げた。
「どうしました?」
「……ぃや…何でも……ない」
頬を染めて、視線を反らす紡。海未は気になってしまう。
「新田さん、何でもないって。そんな表情されたら、気になります」
「…ぃや、だって……園田さん、多分疎いでしょう?」
その言葉に、海未の表情が変化する。まるで拗ねているような表情。
「何が疎いのか、ちゃんと話して下さい。それから、私の事は名前で呼んでもらっても構いませんから」
「っえ?」
「…だって先程、名前言いましたよね?」
それは、紡が咄嗟に叫んだ事だった。絆に触れさせたくない思いで。
「あれは、咄嗟に出ただけだから」
「…私が名前で良いって言っているんです。何か問題ありますか?私も名前で呼びますから。それなら問題無いでしょ?」
拒否権はないと感じた紡。無言で頷く。しかし、海未の追求は終わらない。
「それで紡、私の何が疎いのですか?」
「…れ、恋愛です」
「そんなに疎くありません。」
「……なら、僕が海未ちゃんに対して、何を思っているか。分かってるんだよね?」
「分かりませんよ」
その言葉を聞いて、溜め息をつく紡。
「やっぱり疎いんじゃない」
「…そんなに疎いですか?」
「ぅん、物凄く疎い」
首を傾げる海未。それでも納得出来ないようだ。
「それなら、紡は私に何を思っているのですか?」
「言わない。それ言ったら、海未ちゃん。僕から離れるから」
ゆっくりと立ち上がり、紡は乱れた服を直す。海未も立ち上がる。しかし、表情は不貞腐れたまま。それでも、紡の乱れた服を直す手伝いをする。
「私は、紡から離れませんよ?」
背中越しに海未の言葉を聞いて、紡は小さく笑う。
「…ぃや、海未ちゃん。疎い上に免疫無いから、絶対離れる」
「離れません。どうしてそんな事言うんですか」
海未は紡の前に立つ。真っ直ぐ見つめ、紡の腕を掴んだ。紡は揺らぐ。戸惑いの表情のまま。
「僕が海未ちゃんを好きって言っても?」
「私も紡が好きですよ?」
「……僕の好きは、異性としての好きなんだ。海未ちゃんにキスして。エッチな事もしたいって。そういう好き。海未ちゃんは、友達としてじゃないの?」
言われて、海未の動きが固まる。紡はゆっくりと腕を上げ。海未の力は抜けて、するりと落ちる。少し寂しそうな表情の紡。そのまま弓道場をあとにした。
その日の夜。海未は頭を抱えて、自室のベッドの上でうつ伏せになっていた。今、頭の中を駆け巡っているのは、紡の言葉。
『海未ちゃんにキスして。エッチな事もしたいって。そういう好き』
今までそんな感情を言われた事がなかった海未。それもその筈だ。恋愛おろか、異性と交流すらした事がない海未。頭の中はぐちゃぐちゃで混乱している。それだけじゃない。それを言ったのは紡なのだ。海未はゆっくりと息を吐く。
「……次逢う時、どういう顔して逢えば良いのでしょうか」
そう呟く海未。答えなど出る筈はない。海未は微睡む思考の中、紡の事だけ考え眠りについた。
次の日
海未は、何度連絡しても繋がらない真姫に電話する。数コール、やはり留守番電話に切り替わり、海未は何度も溜め息をつく。
(…今日、行くのは止めるべきでしょうか)
自問自答を繰り返す。脳裏を掠めるのは、紡の事ばかり。海未は躊躇しながらも、桂木プロダクションへ向かう。収録室に入ると、そこに絆が椅子に座っていた。昨日の事が頭を過り、身構える海未。それを察知していた絆は、素早い動きで海未に近くと、ソファーに押し倒した。
「残念~、行動はお見通しだよ」
気持ち悪い笑みで海未を見下ろす絆。海未の身体は血の気が引き、震え出す。
「昨日は紡が邪魔したから、残念だったけど、今日は最後までシようか」
そう言って、上着に手を掛ける。海未の身体を、絆の指が這う。何とか逃げようと懸命に身を捩る海未。まだ誰にも触れさせた事のない場所へ指が下りていく。海未は固く目蓋を閉じた。
「ちょっと!?海未に何してんのよ!?」
聞き慣れた声と共に、乾いた音が響く。恐る恐る目蓋を開ける海未。海未に覆い被さる絆の頬が赤い。海未は放心状態の絆から逃げるように離れると、久しぶりの真姫の姿を見た。真姫と目が合う。
「……真姫」
「海未、ごめんね。私も彼に同じ事されたの。だから」
視線を絆に向ける。絆の方は、まだ放心状態。
「…最初のは私の分よ」
真姫の腕が絆の頬を打つ。絆の身体が横に揺れた。
「今のは海未の分」
その時、海未はようやく気付いた。真姫が平手打ちした事に。そして、打たれた絆は無言。その後、壊れたかのように笑い出した。それと同時に、紡が部屋に入ってくる。それを確認した海未は、紡の側に駆け寄る。
「…良いねぇ、真姫ちゃん。俺と付き合ってよ」
「はぁ?どうしてそうなる訳?意味分かんない」
「良いじゃん、キスした仲じゃん」
「嫌よ!誰が好き好んで貴方みたいな人と」
気が付けば、真姫の唇を絆が塞いでいる。
「んん!?」
身体を捩り、脱け出そうともがく。それを絆は更に深く口付けて押さえ付けた。無理やり唇を抉じ開け、舌を侵入させる。絆の舌が、真姫の舌を絡めとり吸う。その二人を海未と紡は呆然と見ていた。
(真姫を助けなくては)
頭ではそう思うのに、身体が動かない。紡に視線を向けると、紡は海未を見つめていた。射抜かれたように海未は固まる。
「海未ちゃん、僕。海未ちゃんが好きだ」
「…何をいきなり。今は、そんな状況では」
海未の言葉を遮り、紡は海未の腕を掴むと、収録室から出た。部屋に残る真姫と絆。二人は気付いていない。
「んん、ちょっと!?」
何とかキスから逃れ、真姫が荒い息遣いで絆を睨んだ。嬉しそうな表情の絆。真姫が逃げないように、ガッチリとホールドしたまま、ソファーに押し倒す。溜め息をつく真姫。
「あれ?抵抗しないの?お友達もどこか行ったみたいだし、助けに来てくれる人いないよ?」
「……そうね」
真っ直ぐ見つめる真姫。絆の表情が真顔になる。
「貴方、何を考えているの?」
「何が?」
「……はぐらかすのね。良いわ、聞かない事にする」
小さく息を吐く真姫。そのまま目蓋を閉じた。抵抗する様子はない。
「黙って俺に抱かれるって事?」
「…………」
「ふぅん、んじゃ。遠慮無く戴いちゃおうかな」
恐る恐る真姫の胸に触れる絆。真姫に反応はない。次に首筋に顔を埋めた。そして気付く。
「……嘘だろ?この状況で、寝る?普通…」
じっと真姫を見下ろし。絆は唇に優しくキスをした。
次回は、紡と絆視点メインでお送りします。