希の部屋に入ると、勢い良くソファーに飛び込み寝転がる聖。その行動を呆れた表情で希は見ていた。
「希ちゃん、一緒に寝よ?」
「いや、うちは遠慮するわ」
希の冷たい視線に、聖は姿勢を正す。そして、希を真っ直ぐ見据えた。
「……急に来て悪かった。希ちゃんの言う通り、他に女の子達はいるし、多分声を掛ければ、泊めてくれる。だけど」
一度、言葉を止める聖。悲しげな表情になり、視線落とした。ゆっくりと口を開く。
「信用出来ないんだ」
そう呟く聖。希は無言で聖の話に耳を傾けた。そして、小さく溜め息をつく。
「うちも他の女の子達と大して変わらんよ?」
「……いいや、希ちゃんは他の女の子達とは違う。俺の勘だけどな」
小さく微笑む聖。希は無言でキッチンに立つ。
「……ご飯、まだ食べてないんやないの?」
「……あ、ああ」
「お茶漬けくらいなら出せるよ」
「お願いします」
丁寧に頭を下げる聖。希はお茶漬けを聖の前に置いた。ゆるりと湯気が立ち上る。聖は無言でそれを食べ始めた。希はその様子をじっと見つめ、聖を観察。
「……ご馳走さまでした」
聖が言う。希は空になったお茶碗を流し台に下げる。
「お風呂入ってええで、その間にお布団持ってくるから」
言いながら立ち上る希。聖は希の腕を掴んだ。
「何?」
「……い…一緒に寝たい」
訴えるような眼差しで聖は言う。互いの視線が交わる。希が溜め息をついた。
「……今回だけや。それから、寝てる間に変な事せんでな。それが条件や」
「分かった。」
小さく頷く。聖は掴んだ手を離し、お風呂場へ向かう。希はその後ろ姿を見つめた。聖が浴室に入るのを確認して、溜め息を溢す。
(過去のトラウマか……)
「ほんと、しゃあないなぁ」
溜め息混じりに言う。そして、聖がお風呂から上がってくるまで、ハーブティーを飲みながら待った。
聖がお風呂から上がる。脱衣場に置いておいた服を着ている聖。その服は、希の父の服だ。ほとんどサイズはピッタリのようで、特に違和感はない。
「上がったよ」
「……うん」
分厚い本に視線を向けたまま、希が返事をした。聖はその本の表紙を見る。どうやら、心理学の本の様だ。
「そんな本を読んでると、心理カウンセラーって感じがするな」
「感じやなくて、心理カウンセラーや」
言いながら視線を聖に向ける希。聖は目を丸くし、笑う。希は静かに本を閉じる。
「なら、寝よか。うち、明日は早いんよ」
時計を見ると、すでに日付が代わっていた。希が寝室に向かう。希の後ろに聖も続き、一緒に部屋に入ると、ベッドに腰掛けた。
「ほんと、何もせんでな。お休み」
布団に入りながら希は言った。
「……お休み」
聖も同じ様に布団に入る。背中合わせの二人。しばらくして、希は寝息をたて始めた。聖は抱き締めようと振り返る。じっと希のうなじを見つめ、希の髪に顔を埋めた。そして、そのまま眠りにつく。その事に希は気付いたが、再び目蓋を閉じた。
朝、希は目を覚ます。振り返ると聖が希を抱き締めたま寝ていた。
(……これくらいは許してあげんといけんかな)
そう思った。ゆっくりと身体を起こして、静かに部屋から出る。仕事の準備をし、お昼のお弁当を作っていた時、聖がトボトボと部屋から出てくる。
「おはよう。よう寝てたね」
「……ん、おはよう…」
まだ眠そうに目蓋を擦る聖。希の格好に気付く。希の今の姿は、スーツ姿。聖はマジマジと見つめる。
「悪いんやけど、うち。もう行かんといけんのよ。とりあえず、スペアキー置いていくよ。鍵は、玄関のポストに入れといてな」
言って、テーブルに鍵を置く。
「……それから、朝ごはん。キッチンに置いてるから、チンして食べてな。あと、食べ終わったら流し台に置いといて」
それだけ言うと、聖の返事も聞かずに部屋を出ていった。
その日の夜。いつもの居酒屋に絵里といた。絵里の所にも、慎が来たと聞く。どうやら、ご飯だけ食べて帰ったらしい。希の方も聖が来て、泊まった話はした。
「……大丈夫なの?スペアキー、ちゃんと返してくれるかしら」
そんな心配をしている。希は苦笑した。絵里は、自分の事より、他の人を心配する癖がある。
「大丈夫やない?うちに嫌われたら困るのは、聖君やろうし」
「どういう事?」
希の言葉に、怪訝な表情の絵里。希は枝豆を頬張り、ビールで流し込む。
「聖君。女性関係でトラウマあるんよ」
「っえ?」
「まぁ、慎君も似たようなトラウマあるんやけど」
エビチリを一つ口に入れる希。絵里は希の言葉を待った。
「慎君の場合は、いずれ本人が話してくれるまで待った方がええよ」
「……希」
「絵里ち、心配せんでええよ」
そう言って、微笑む希。絵里は小さく溜め息をつくと同じ様に微笑んだ。
絵里と別れてから、希は玄関の鍵穴に鍵を入れる。一瞬、違和感を覚えた。鍵が解除されている。希は恐る恐る中に入っていく。部屋の中は灯りが点いていた。ゆっくりと部屋の中を覗き見る。そこにいたのは聖だった。
「不法侵入やで、警察呼ぼうか?」
怒りを露にする希。聖は希に近寄った。後ずさる希。
「お帰り、希ちゃん」
希とは対称的な聖の態度。
「何でおるん?」
「……俺、希ちゃんの事、もっと知りたくなって。嫌だって思われるの分かってたけど、どうしても逢いたくなったから」
その言葉に、希の表情が固まる。聖が希の腕を掴む。希は振り払おうとはしない。
「そんなん言われても困るんよ。うち、聖君の事、異性として見てないんよ?」
本心ではない。希は聖の反応を見る。聖は掴んだ手を離さず、希を見つめた。
「それでも良いよ。俺、希ちゃんを絶対俺に振り向かせるから」
(……それ、告白やん)
頬を染める希。聖は気付いていない。ずっと希の腕を掴み、真っ直ぐ見つめる。希は小さく溜め息をつく。
「今日も泊まって良い?勿論、何もしないから」
まるで囁くように聖は言う。希はクスリと笑い。
「……しゃあないなぁ。ええよ」
そう言って、聖の腕に触れた。
二人の関係性は、絵里と慎よりは遅いようですが、変化しつつあります。
次回は、男性側の視点で書こうと思います。