そして、エリアス、とうとう魔法を使います。
最初から、始めるためにです。
緑の森と家と湖がどこまで続く景色は途切れることも変わることがない、それは一言で説明するなら、かわり映えしない単調な景色といってもいい。
「退屈ではないかね」
「汽車に乗るのは久しぶりよ、だから、こうして見ているだけでも楽しいわ」
とうとう、男は不満を口にした自分を見ないと、不満げに。
「この顔が、あの男に似ているからだろう」
女は困ったといいたげに笑いを漏らした。
「どこを見ればいいのかわからないわ」
「確かに、だが、この顔は、そうだな、だが」
何を言えばいいのかと迷いながら、口を開こうとしたが言葉がうまく出てこない、顔が頭がない方が良かったかもしれないと、ほんの少し馬鹿なことを考えた自分に女が言った、好きなのよと。
「エリアスのこと」
男は口から出そうになる言葉と別のものも飲み込もうとした。
何故、今それを言うのか、こんな時、自分は不快だと怒ればいいのか、それとも黙っていればいいのかわからなかった。
自分の態度を不思議に思ったのかもしれない、怒っていると聞かれて返事ができない。
初恋だったのよと呟いた、ずっと昔のと言われて、では、今はと聞いた瞬間、男はしまったと思った。
【馬鹿なことを聞いた】
女の返事はなかった、かわりに。
「昔と変わらない、嬉しかった、会えて、本当に嬉しかった」
その言葉、女の顔、笑った表情に感情が揺れた、自分の両手が伸びて女の顔、頬を滑るように撫でた。
「それは昔のことだ」
わずかに腰を浮かせ、男は体を動かすと同時に顔を寄せた、ゆっくりと。
初めてのキスは忘れられないだろうと思っていたのに、今は思い出すこともできない、そのことがひどく不思議だった。
汽車の化粧室の中、女は息をついた。
一人になったから、それとも久しぶりにキスというものをしたせいだろうか、何も変わっていないのに自分は緊張している、それもひどくだ。
鏡に映る姿に、しっかりしなければと言い聞かせ、ドアを開けようとしたが、ふと何かを感じたように振り返った。
「エリアス、あなた」
「僕は魔法使いだよ」
女は頷いた、そんなことは知っていると、ただ、これだけの距離が離れているのに、どうやってと思わずにはいられない。
スレイベガとしての知識と、多少の魔法というものを知っていても、知っていることは決して多くはない。
鏡の中の魔法使いは顔隠しを被ったままだ、もし、それを取ってといったら、どうするのだろう。
「時間を戻そうか、そうしたら僕たちは」
どれだけの魔力が必要なのか検討もつかない、それに、もしできたとしてもふと、そんなことを考える自分に女は自嘲的な笑いをもらした。
突然、鏡の中から上半身が、まるで生きているように迫ってきた。
伸びてきた手が女の手を腕を掴む、しっかりと、布の下から現れた骨の頭が口元が迫ってきた。
「エリアス」
最後まで名前を呼ぶことも息をすることも女にはできなかった。
ただ、わかるのはキスは魔法のはじまりということだけだ。