レンフッド、弟子のアリス、チセが振り回されています。
エリアスとオリジナルヒロインは、マイペースで話が進んでいきます。
エリアス、式には出るんですよね。
正直、今一番、聞きたくない台詞だった。
少し遠慮がちなチセの言葉に、背を向けた男は、まだ一週間もあると、まるで言い訳のように呟いた。
「一週間って、あと七日しかありません」
「十分だよ」
あまりにも短い素っ気ない返事にチセは返事を待ったが、エリアスは沈黙で返した。
といっても彼にも言い分はあった。
行くつもりはない、結婚式なんて招待されたことなんて今までないから、どんな格好をすればいいのかわからない。
と言えればいいのだが、日頃から無口で寡黙、こんな時にだけ饒舌に言い訳の台詞を口にすることなどできない。
多分、頭の中では言い訳めいた言葉を考えているのだろう。
だが、口に出さないのは面倒なのだ、見ていれば態度かでわかるとチセは内心呆れた。
もしかして、彼女に対して遠慮しているのだろうか。
レンフレッドが自分とアリスは絶対に式には参加する、エリアスにも出てもらいたいと念を押すように自分に言い残したのだ。
「もし、来なければ、俺とアリス、灰の目とあのいけすかないガキだけだぞ、参列者は」
「それは」
「片手の数の参列者、しかも、場所はロンドンの教会だ」
ロ、ロンドンですかとチセは驚いた。
「聖堂だ、格式のある場所として有名だが、一般市民が式を挙げるだけでもかなり、大変なんだ、その、まあ、料金とか、相手の男は金持ちなんだろうな」
目の前に見くれと差し出されたのは観光旅行のパンフレットだった。
その場所だと言われ、写真を見て、チセは言葉を飲み込んだ。
「彼女はエインズワースを友人として、招待状を直接、届けに来たんだ、知り合いとして最低限の礼儀というものがあるだろう」
「それは、わかります」
「説教をするつもりはないんだ、無駄だとわかっているしな」
チセは頷いた。
いったい、何を考えているんだろう、自分が口をだしたところで無駄なことはわかっている、だが、このままではよくない。
では、どうすればいいとチセは悩んだ。
そもそも、彼女に結婚を勧めた仲介人が灰の目、ヨセフというのが気になるのだ、何か、企んでいるのだろうかと思ってしまう。
昔、エリアスが彼女に求婚したというのが驚きだが、彼女は、そのことを覚えていない様子だった。
そもそも、エリアスは言葉、口数が普段から少ない。
自分で言ったと思っているのではないだろうか、そして勝手に断られたと勘違いしているのではないだろうか。
あり得ない、ことではない、かもしれない。
だが、もしそうだとしても彼女は結婚するのだ、今更、どうすればいい。
そろそろ寝ようと思い窓のカーテンを閉めようとすると音がした。
驚いて外を見ると、アリスだ。
出て来れるかと手招きされて、チセは頷いた。
「今朝、あのガキがうちに来た」
「ヨセフが、ですか」
「絶対に式には参列するようにと礼服を持ってきたんだ、師匠にな、おまえのとこにも来るぞ、絶対だ」
言われてチセは嫌な予感がした。
「師匠が出席とすると言ったら凄く機嫌がよくなったが、多分、おまえのところに行ったら嫌みの一つも言いそうだな、昔、振ったらしいぞ、おまえんとこの、師匠は」
「そ、そうなんですか、でもエリアスは振られたのは自分だって」
二人の少女は無言になったが、先に口を開いたのはアリスだった。
「色々とあるのかもしれないな、深い、まあ、大人の事情ってやつが」
昔、自分が求婚したことを彼女は覚えていなかった。
はっきりと言ったつもりだ、もしかして、聞こえていなかったのか。
それとも自分の言葉は彼女には理解できないものだったのか。
数日前、彼女が訪ねてきたときは驚いた。
数年ぶりだったが、変わっていなかった、いや、そんな風に見えただけかもしれない。
何年たった、あれから、もう何年が過ぎた、なのに、彼女、あの態度ときたら、思い出すだけで、なんとも言えない気分になる。
銀の君が、当たり前のように茶を出して、それを飲む様子もだ。
会わなかった時間に意味などないような錯覚を覚えた。
結婚すると言った彼女の言葉が、表情が。
「彼女は、あなたに相談したいと思って」
とチセは言ったが、そんなことはあり得ない、だったら、そう言えばいいのだ。
自分の態度はよくないと責めるチセの顔を思い出すと、まるで、ひどいことをしているような気持ち、いや、錯覚を覚える。
しかもレンフッドに弟子までが自分に式に出ろと言ってきた。
灰の目にヨセフ、あの二人がどうして関わっているのか、しかもヨセフは自分をひどく恨んでいると言われても覚えがない。
もしかしたら、教会の仕事で邪魔をしたことはあったかもしれない。
だが、それを恨むなら、お門違いというものだ。
そんなことを考えていると、窓を叩く音がした。
こんばんわと自分に向かって挨拶をする女の顔に、驚くなというほうが無理だと思った。
「な、何しに来たんだ」
大事な話よと言われて外にでると式には出てくれるんでしょうと言われて、言葉が出てこなかった。
「人生の一度きりの舞台なのよ、ほら、友達が少ないから」
嘘をつくなと胸の中で毒づいた、知り合った時から彼女の周りには大勢の者とモノがいた。
「来て、くれるでしょう」
その声に答えることはせず歩き出した、チセは眠っているだろう、だから少しでも家から離れたかったからだ。
自分の背中を追いかけて来る足音と声に振り向くことはしなかった。
多分、彼女は困った顔をしながらも、追いかけているのだろう。
「エリア、っ」
驚いた声に振り返ると同時に、両手を伸ばした。
つまずきそうになる相手の体を支えようとしながらも、何故か引き寄せるように両腕は抱きしめていた。
「式には出てくれるんでしょう」
エリアスと呼ばれた瞬間、息に、呼吸に、思考が、気持ちが、感情が飲まれそうになるのを慌てて、瀬戸際でこらえた。
「式には出るよ」
それだけ言うのが、やっとだった。
「昨夜はどこへ行ってたんだ、散歩か」
朝食の間、レンフレッドは難しい顔をしていたので、仕事のことだろうかと思っていたのに、外出していたことを分かっているといわんばかりに言われて、アリスは迷った。
「せ、先生、あの」
「余計な首を突っ込むなといいたいところだが、彼女のことが心配なんだろう、仲がいいみたいだからな、だが、元々の原因は、あの男だ」
「先生は知っているんですか」
ほんの少しの沈黙の後にため息をつき、男は肩を竦めた。
「知ってたら、こんなに悩むことはない、念の為、魔女に、アンジェリカを知ってるか」
ロンドンに住む技師だと思いだし、アリスは頷いた、何度か、姿を見たことがあるが、直接、話をしたことはない。
「あの二人は知り合いだ、昔からのな」
そう言って、レンフレッドは小声で呟いた、小さな声だったが、聞こえてしまったので、何も言わずにというのは気まずく感じて、馬鹿ですかとアリスは呟いた。
「俺にじゃあない、エインズワースは、あの子を将来は弟子ではなく、自分の伴侶にしようと考えているらしい、そのことに対して魔女は呆れていた」
「呆れて、ですか」
「馬鹿だから、そんなことを考えるんだと」
まるで自分が言われているようで、いい気はしないとレンフレッドは肩を竦めた。
昨夜の光景をアリスは思い出した
夜の闇の中、ぽっかりと浮かんだ、そこだけが切り取られたような二人の姿を。
内緒にと言ったのはチセだ、だから、師匠であるレンフレッドにも話すつもりはなかった。
それは約束だからだ。