手助けしてくれるものがいてこその暴挙ですが。
そして、灰の目とカルタフィルス、頭のない男が。
「と、飛んでるのか」
「落ちるなよ、アリス」
レンフレッドは弟子に注意しろと言葉をかけ、目の前の男の背中を見た、いや、睨みつけたといったほうがいいだろう。
文句の一つもいいたくなるが、正直、何を言ったらいいのかわからない。
というのも自分達のいる場所は上空なのだ、ここで言い争ったところで何も始まらない。
今となっては後を追いかけたことを後悔したぐらいだ。
「彼女、どうしたんです」
目を閉じて抱かれたまま身動きしない花嫁にチセが異変を感じて尋ねた。
「気絶しているだけだ、高いところは苦手でね」
さらりと口にした言葉にチセだけではない、アリス、レンフレッドも唖然とした、いや、呆れたといったほうがいいだろう。
エリアスは振り返った。
「彼女が尋ねて来たときの事、覚えているかい」
突然、何を言い出すのかとチセはエリアスを見上げた。
あのとき、もしかして結婚の事を相談しにきたのではないと自分は彼に言った。
正直、あなたの態度はよくないと責めたのだ自分は、では、エリアスがこんな行動に出たのは。
「もしかしてあたしのせいですか」
チセは目の前が真っ暗になった、いや、軽い目眩さえ感じた。
今すぐ式場にと思ったが、自分には何もできない、そのとき、声がした。
自分たちの隣に突然、まるで魔法のように忽然と姿を現れたのは菩提樹の苗床となったドラゴンだった。
どうして死んだ筈なのに自分は幻を見ているのではないかとチセは思った。
「花嫁を、こちらへ、チセ、君たちの力を貸してくれ、この空間では私が飛べる時間は、ほんの一時だけだ」
自分は何をすればいいのか、君たち、その言葉にチセはアリスとレンフレッドを見た。
ドラゴンの背中の上に、一人取り残されたエリアは吠えるように叫んだ。
三人が自分に逆らうように花嫁を奪い、死んだ筈のドラゴン、ネヴィンの背中に乗り、姿を消したのは、予想外のことだった。
「八つ当たりもたいがいにせい」
自分の前に姿を表したリンデルにエリアスは何故と問いかけた。
「儂は管理者で支配者ではない、おまえの行動に納得がいかんと、あの子供が思ったのは無理のないこと、そして、気持ちに奴が応えたまで」
文句を言おうとしたエリアスだが、リンデルの言葉に反論することもできず無言になった。
「死んだ者の魂と行動にまで文句を言う権利はない、儂には、勿論、おまえにもな」
ほんのしばらく沈黙が続いた。
「厄介な事になるとわかっておっても手を貸した、他の者なら、こんな事に手は出さん、放っておく」
ああ、エリアスは頷いた。
怒られているのだという自覚はあった、だが、リンデルの自分を見る顔と言葉は、どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「しかし、お主がここまでやるとはな」
「寸前までは祝福するつもりだった」
言葉が途切れた。
イングランドから出て行くと言った少年の声を思いだした。
あの声は嬉しそう、いや、ひどく楽しそうに聞こえたのは、決して気のせいではない筈だ。
「まったく、呆れたのう」
リンデルは笑った。
「さて、これからどうする、カタルフィルスに、お主は勝てん、灰の目が出てくれば尚更、ややこしい事になる」
「手伝ってくれるのかい、リンデル」
弟子が苦労する姿を黙って見過ごすほど人でなしではないと言われてエリアスは黙り込んだ。
だったら、最初から協力してくれてもいいだろうにと思ったが、それを察したのか、聞こえたのは、甘えるな、馬鹿者という一言だけだった。
深い森の中に自分たちを降ろすとネヴィンの姿は消えた。
自分に話しかける彼の言葉と声は、まるで生きていかのようで、今の自分は幻なのだ笑い声さえ漏らす彼の姿にチセは驚いたくらいだった。
「久しぶりに空を飛んだ、とてもいい気分だ、ああ、惹かれて来たようだ、離れてはいけない、魔法使いもだ、彼女の」
ドラゴンの姿が声が少しずつ、まるで色あせていく絵のように消えていく、もっと話したいのにとチセは思った。
自分のしたことは正しいのか、間違っているのか、どうして、あなたは自分に手を貸してくれたのか。
尋ねること、聞く事もできない。
ありがとうございます、ネヴィン、チセは、それだけ言うのがやっとだった。
「落ち着け、アリス」
ネヴィンの姿が消えると、三人はしばらく無言だった。
ここからどう行くべきか、アリスがレンフレッドに声をかけようとしたときだった。
木々が、草の葉が揺れ、風が吹いた。
チセは驚いた、最初に姿を表したのは妖精達だった、だが、それ以外の生き物達も姿を見せはじめた。
まるで、自分たちを取り囲むように、ゆっくりと近づいてくる。
「二人とも離れるな」
レンフレッドの言葉にアリスとチセの顔は緊張した顔つきになった。
明らかに異端と思われる者、禍々しいものの姿があったからだ。
だが、ある一定の場所まで来ると、全ての者達は近づくのを止めた。
「安心おし、愛し子、恐れる事はない」
チセは驚いた、暗い澱みのような空間の中から出てきたのは灰の目だった
突然、一本のツタのような枝が伸びてきてアリスの腕を捕らえ、引きずるように取り込もうとした。
慌てて、レンフレッドとチセは彼女の腕を掴み、自分達の元へ引き寄せようとしたときが、空気の割れるような音に枝がはじかれた。
「争いは好まないと見えるね」
三人は不思議そうな顔をした、灰の目の言葉は自分たちに向けられたものではないとわかったからだ。
「カルタフィルスは、おまえを利用も泉にもできない、それはもう凌駕してしまったからかい、スレイ・ベガの存在、領域さえも」
風に乗って不思議な音がした。
嬉しそうな声だ、だが、泣いているのでは、灰の目はとチセは思った。
マントで隠れて顔は見えない、だが、そう思ったのだ。
灰の目は、ゆっくりと振り返った。
「さて、出て来る必要があるのかい、おまえさんが」
その声に木の陰から姿を現したのはリンデルだった。
「弟子では荷が重かろうと思ってな」
「正直なのはいいことじゃ」
灰の目は笑った、それは心底、おかしいといわんばかりに。
い、痛い、痛みを感じる、どうしてだ、ここ数日、こんな痛みは少しも感じなかったのに。ああ、腕が痛い、何故、少しずつだが痛みが激しくなると同時に、今はわずかだが甘い香りさえする。
腐敗だ、どうしてだ。
「どういうことだ、カルタフィルス」
男の冷たい声と怒りは当然だ、だが、予想外だったのだ。
あの骨頭の坊やが彼女を、しかも、手助けする者がいたのは予想外だった。
「怒らないでよ、彼女は攫われたんだ、しかもドラゴンだよ、追いつけるわけがないだろう」
宥めるような口調で少年は男を見た。
礼服を着ている男の頭はない、だが。
「感じているはずだよ、あなたは、自身の変化を」
ああと男が答えた。
「結婚が決まり、彼女からの手紙を受け取った、頭が、目さえないのに色を感じ、文字を読んだんだ」
歓喜と戸惑いの感情が伝わってくる、それは、この男にとって初めてのことなのだろう、正直、羨ましいと嫉妬さえ感じてしまった。
「それは全てを与えたからだよ、スレイ・ベガが」
「彼女自身が、そうではないのか」
カルタフィルスは首を振った、とんでもないと。
「彼女はただの人間、あるスレイ・ベガが彼女を愛した、そして与えた、だからといって彼女自身がスレイ・ベガになったわけじゃない、ただ、今は気配が感じられないんだ」
その言葉が終わらないうちに扉が開いた、入ってきたのは灰の目だった。
「少々手間取ってしまったわ」
「灰の目、彼女は」
「預けてきた、しばらくは目覚める事はないだろうよ」
その言葉に部屋の中はしんとなった。