「…………」
「…………」
無言で耳かきは続く。身体の向きを変え、今は右耳からカリ、カリと気持ちの良い音が耳の奥に響く。
が、俺の耳にはそれ以外の音と声が微かに届いていた。チラリとめぐりを見たところ、どうやらめぐりにも聞こえているらしい。
どうする? はっきり言ってこれは想定外過ぎる。1つ言えることがあるとすれば、俺たちが先じゃなくてよかった。
いやいや、これは大問題だ。そりゃあ俺たちはもう大人だし、結婚する前からそういったことをしていただろうこともわかっている。俺もそこまでガキじゃない。だが、まさか妹と親友のそういった行為を壁越しとはいえ聞いてしまうことになるなんて、それなんてエロゲ?
ていうか、妹のそんな声を聞かされている兄の身にもなってくれ。
「…………これは大問題だな」
「…………だよね」
俺もめぐりも顔を真っ赤にさせながらそう呟く。やだ! 八幡たちってば超ピュア!
「明日緊急会議を開こう」
「……うん。いや、でも、その為にはわたしたちが聞いちゃったことを言わなきゃいけないよね」
「仕方ないだろ、これはいずれわかっていたことだし、一刻を争う」
「でもわたしだったら、それを教えられたら恥ずかしすぎるっていうか……」
耳かきをいったん止め、俺たちはベッドに腰かけ直す。
「いや、まぁわからんでもないが、このままという訳にもいかんだろ。何か方法でもあるのか?」
「えっと、それなりの音を出すと隣に聞こえちゃうことを小町ちゃん達にも教えてあげる、とか」
「どうやって?」
「それは……実際体験してもらうとか……」
めぐりが顔を赤らめながら言う。
おいおい、それってもしかして……
「おまっ、まさか、俺たちもするってことか……?」
「ちちちち違うよ!? その、ちょっと大きい声を出して隣に聞こえるって知らせるだけ! それだけ!」
耳まで真っ赤にさせためぐりは手を胸の前でぶんぶん振って否定する。
あ、そういうことね。いや、別に八幡期待も勘違いもしてないよ? ホントだよ?
「お、おうそうか。いや、でもそれをした後に向こうからいきなり何の音もしなくなったらそれはそれで気まずくないか?」
「うっ、確かに……」
「…………」
「…………」
お互い顔を赤らめ再び無言になる。
――それがいけなかった。
『……ああっ! 彩加っ!』
「…………」
「…………」
俺たちが無言になったからなのか、それとも向こうの声量が上がったからなのか、それはわからないし今はそれはどうでもいい。
おい、ヤバいぞ。これはヤバい。何がヤバいって、マジヤバい。
ちょっ、妹の本気の喘ぎ声が聞こえてくるとか、どういう反応していいのかわからないというか、なんというか、無茶苦茶興奮するのは俺だけなのだろうか?
いやだって小町だよ? それこそ生まれたときから一緒に暮らしてきて、確かに俺が大学生のときは独り暮らしだったから小町とは離れてたけど、それでも16年一緒に住んでて、22年も俺の妹をやってるんだ。
大人になった大人になったと口では言うものの、心のどこかではやはり小町は何時まで経っても俺の妹で、何時までも子供だと思っていたのだ。
それは結婚した今でも。
俺のことをお兄ちゃんゴミぃちゃんと呼んで可愛らしく微笑んでいたあの小町が、あんな女性らしい声をあげるなんて想像もできない。
だが、実際問題その信じられないことがすぐ隣で行われていて、その証拠となりうる音と声までこちらに届いているのだ。
「…………ッ」
そのことを改めて認識した途端、身体中の血液が一気に循環し始め、身体が熱くなるのを感じる。
血液がある1ヵ所に集まっていくのがわかる。
今も1枚の壁を挟んで、向こう側から実の妹の淫靡な声が俺たちに届いている。
視覚情報は1つもない。なのに、今まで見てきたどんなサイトよりも何倍も興奮するということは、やはり『誰が』というのが最も重要なのだろう。
「……大詰めだな」
「ちょっ、生々しいから! 大詰めとか生々し過ぎるから!!」
「ばっ、声でかい!」
俺は慌ててめぐりの口を手で塞ぐ。
――またしてもやってしまった。無言になってしまった。
『彩加っ! 彩加っ! あ、あああぁぁッ!!』
ちょおぉぉーー!! 向こうは熱中しすぎてこちらの声には気付かなかったみたいだが、もうホント生々し過ぎるんですけど! 絶対に今、俺の妹が達してたんですけど!!
はぁ、と溜め息をつきながら俺はめぐりの口から手を離す。これは明日すぐにでもどちらかの部屋を移動させなければいけないな。だが、今はそれよりも先にやらなければいけないことがある。
この微妙な空気をぶち殺すことだ。
向こうから聞こえてきていた音は鳴りを潜め、2つの部屋は静寂に包まれている。
しかし、静寂にも種類はある。
向こうは恐らく幸せに満ちた満足感MAXの静寂だろう。
一方こちらはどうだろうか? めぐりは真っ赤になりながら俯き、俺は俺で真っ赤になりながらそっぽを向いている。
くっ、もういっそのこと殺せ! 何だこの苦しすぎる空気は! 俺とめぐりだって、結婚前には何度もしたことはある。めぐりの甘い声だって何度も聞いている。だが、不可抗力とはいえ自分達以外のソレを聞くというのはなんとも言い難い罪悪感というか、しかもその対象が自分の妹と親友のソレとなると背徳感が溢れてくるというか。
正直、限界である。感情が昂り、体温が上昇し、今すぐにでも横にいる愛しき嫁を押し倒したい衝動が喉のすぐそこまで来ている。
しかし、今それをしてしまえば隣の部屋の奴らの二の舞になる。簡単に言えば、小町たちに聞かれてしまう。
流石の俺も聞かれるとわかっていて行為に及ぶほどおかしな性癖は持っていないし、できればめぐりのそういった声は俺以外には聞かせたくない。
そんな思いが俺をギリギリのところで思い止まらせてくれている。
「…………寝るぞ」
「……うん、それがいいかも」
俺の理性があとほんの少し弱ければ、きっと違う言葉が出ていたんだろうと思う。流石だ俺の理性。
俺とめぐりは大きめのダブルベッドへと入り、枕元のリモコンで電気を消す。
チラリと左側に目を向けると、めぐりが俺に背を向けるようにして寝ている。正直ありがたい。今めぐりの寝顔なんて見てしまえば、先程抑え込んだ理性が再び暴走を始めてしまうやもしれん。
俺も同じようにめぐりとは反対の方を向き、寝ることにする。
だが、俺の向いている方の壁は、隣の部屋側の壁。
つい数分前の出来事がフラッシュバックし、実妹が絶頂に達したときの声が頭の中で勝手に再生される。
「…………ッ」
俺は自然と熱くなる下半身に意識を向けないように強く目を瞑り、強引に眠りに就くことにした。
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