奇跡的な幸運。省吾にとって明日奈とのエッチな行為はそう言い表せた。
今も彼は、彼女が自分とエッチした事は何らかの気の迷いだという考えを持っている。
省吾は自分が、桐ヶ谷みたいにモテるとは全く思っていない。恐らくは彼女に、そうさせてしまった何かが有ったのだろうと考えた。
省吾に略奪愛をする気は全く無かった。
(うん、あのエロ可愛い結城さんを見れただけでも幸せだと思え。過ぎた欲望は身を滅ぼすだけだ)
省吾はそう思っていたのだ。
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5月の大型連休直前、つまり明日奈とキリトが別れて数日後。
二人が別れた事で騒がしかった教室はようやく落ち着きを見せ始めた。
明日奈はここ数日、彼氏と別れたのを知った複数の男子生徒から告白を受けていた。全てバッサリと撫で斬りにしていたが。
(真面目に告白してくれた男の子はまだいいけど、傷心に付け込んでくるような誘い方をしてくる男の子は何を考えてるんだろう……)
そんな煩わしさから逃れられる明日からの連休に彼女は少しホッとしていた。
そしてその事が尚更省吾の優しさを浮き立たせる事になっていたとは誰も気が付かなかった。
省吾の方はというと、白と黒のカップルが別れた事を知って、明日奈が傷付いているんじゃないかと心配していた。
そして、自分とエッチな関係になった後に起きたこの状況に、やはり彼女が自分とエッチしたのはキリトと別れる寸前だったから気の迷いを起こしたのだと確信する。
彼に出来た事は、クラスメイト達に怪しまれない程度に彼女に気を使う事だけだった。
(最上君はずっと私を気遣ってくれてる……)
明日奈は一人の女の子として、省吾の事を意識し始めていた。
最初はエッチな興味から始まった。そこから知ってしまった彼の優しいところ。
そんな省吾が隣りにいることが明日奈は気になって仕方がない。もっと近くに居たいと思ってしまう。
彼にもっと自分の事を見てほしい、知ってほしい、意識してほしい。
しかしキリトと別れたばっかりなのに、彼に誘いをかけるような真似をして尻の軽い女の子と思われたくない明日奈。
既にセックスをしているじゃないかと突っ込んではいけない。女の子の心は本当に複雑なのだから。
だが、彼女には希望があった。それは――。
(今日は図書当番だから……、教室では普通にしていないといけないけど――)
そう、今日は5月の大型連休前日の図書当番の日だった。
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そして放課後。
図書室のカウンターに、静かに本を読んでいる二人の姿があった。
その距離は前回の当番の時より心做しか――近かった。その距離は省吾が詰めたわけではない。実は明日奈のほうが詰めていた。
(ま……前より――近くなっているんですけどっ!)
ほんの僅かな距離、たったそれだけの距離が近付いただけで見事に彼は惑わされていた。
(結城さんが俺とエッチしたのは気の迷いのはず。だが、この近さはなんだ? 俺はもしかして期待しても良いのか?)
実はこの数日、省吾は明日奈が男子生徒たちに声を掛けられる度に、胸がチクチクするのを感じていた。
彼はその痛みが何なのか既に自覚していた。
省吾はもともと、彼女に対して羨望や憧れというものを持っていた。オカズにしてしまうぐらいの性欲も持ち合わせてはいたが、明日奈という女の子をフィルター無しで知った事により、一人の女の子として彼女を見るようになってしまっていた。
既に省吾の心の中を明日奈が占めてしまっていたのだ。付き合って欲しいと思うぐらいに。
(俺、結城さんに……完璧に惚れちゃってるよなぁ……)
省吾はこっそりと明日奈の方を盗み見て、直ぐに視線を戻した。僅かに頬が染まっている彼女を見ると心が浮ついてたまらなかった。
そして明日奈の方も、ちらっと省吾を盗み見た。お互いに気にしている様子が、やけに初々しく見える二人だった。
最初の一歩を踏み出し始めたのは明日奈。省吾はヘタレ故に彼女からのアプローチがなければ動けない。
教室でも、図書室でも、省吾の部屋でも、きっかけを作ったのは常に明日奈の方だった。
「ね、最上君」
「ん?」
「私が……桐ヶ谷君と別れたのは知ってるよね?」
それを聞いてちょっとだけ胸が痛むのを感じる省吾。
「ああ。うん、知ってる」
「私ね……最上君がそれを聞いて……最初は何か言ってくるかなって思ってた。その……エッチしようとか……、俺の女になれとか……」
「ええっ? 幾らなんでもそんな酷い事は言わないぞ」
「うん、最上君はそんな事をせずに、ずっと私を心配して気遣ってくれてたよね。だから……ありがとう」
省吾はバレてたのかと少し恥ずかしくなった。明日奈はそんな彼を見詰めた。
「最上君って本当に優しいね。私はもう大丈夫だよ。桐ヶ谷くんの事は吹っ切れたから」
少しずつ、少しずつ言葉を重ねていく明日奈。そしてその話は終わりと別の話題に花を咲かせ始める。
明日奈の心の中に省吾の事が積み重ねられていく。もっともっと彼の事を知りたいと欲求が高まっていく。
省吾との優しい時間に、明日奈の心が満たされていく。
この日、二人は初めて、エッチ無しでの時間をゆっくりと過ごした。
図書当番の時間が終わり、片付けをして鍵を締めて。そして明日奈は――。
――ちゅっ。
自分から初めて省吾にキスをした。
二人の顔が秋の紅葉のように真っ赤に染まっていく。
そこで省吾が驚いた事に男を見せた。
明日奈の肩に手を回すように、彼女の頬に手を添えて顔を自分に向けさせると男らしくキスをしたのだ。
――ちゅっ。
「お返し」
それは唇を軽く触れ合わせるキス。今までのエッチなキスと違い、何かを伝えるようなキスだった。
明日奈は嬉しさと恥ずかしさで心も身体も溶けてしまいそうになっていく自分を感じた。
そして彼女は――照れを隠そうとしているのか歩き始めた省吾の隣に、その身を寄せていくのだった。
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その日の夜、明日奈の部屋は甘い雰囲気に満たされていた。
大好きなお風呂を終えた彼女は、肩も露わなピンクのネグリジェの色っぽい姿でベッドの上を――ゴロゴロと転がっていた。普段の彼女からはとても想像できない姿。
自分の部屋だからか下着が見えてしまっていても気にしていないようだ。
彼女は家に帰ってきてからずっと、省吾にキスをして、そしてキスをされた事を思い出していた。
エッチじゃないキス。相手に思いを伝えるようなキスに胸のときめきが止まらない。
「うぅ……恥ずかしいよ……」
そんなときめきに胸をドキドキさせ、頭の中が省吾でいっぱいになってしまっている彼女は実に可愛らしかった。そして――エロくもあった。
明日奈の身体は何もしていないのに火照って乳首が勃ってしまっている。お腹の奥も熱くなってしまっている。
だが彼女は快感を求めて身体に手を伸ばしたりはしなかった
明日奈は心を満たされるような淡い気持ち、その心地良さに浸っていたかった。
彼の声が聞きたい、会いたいと心が求めている。その気持ちが膨れ上がっていくのが止まらない。
明日奈は枕元に置いていた携帯へと手を伸ばした。
「もう遅い時間だけど……電話しても大丈夫かな?」
何時かのように電話リストのページを捲って目的の名前を見つけ出し、ふわっと微笑みを浮かべる明日奈。
しかし、今の彼女は見事なまでに女の子をしていた。
こんなに遅い時間に電話して迷惑にならないかな? 怒られないかな? と、彼がそう思わないと分かっているのに、明日奈はボタンを押すのを躊躇って指先を宙に彷徨わせる。
だが、明日奈の気持ちは止まらない。まるで暴走機関車のように。
「えいっ」
勇気を出してボタンを押す明日奈。携帯を耳に当てると、コール音に心臓を激しく鼓動させていく。
そして相手と電話が繋がり、向こうから聞こえてくる省吾の声。
「もしもし」
「もしもし、あの……私、結城です」
「ああ、こんな夜遅くにどうしたの?」
省吾の優しそうな声を聞いてホッとした明日奈は、何を話すのか考えていなかった自分に気が付いた。
なのに、唇からは自然と――。
「えっと……最上君、明日……会えないかな?」
自分が最も望んでいる事が声になって
「ん、構わないけど、どこで会おうか? って、ん~~、外で会うのは誰かに見られると、結城さんが困りそうだなぁ。……うちに来る?」
「うん、私もそのほうが嬉しいかな。じゃあ明日は最上君の家に。あっ、そうだ。最上君ってご飯はどうしてるの?」
明日奈はこの間、省吾の住む部屋に行った時に、自炊しているように見えなかったのを思い出して聞いてみた。
「お弁当を買ったり、外で食べたりかなぁ」
「自炊はしないの?」
「ぐふっ、いやぁ、やった事はあるんだけどね。どうも料理が下手くそでさ……諦めた」
「ふふっ、そうなんだね。それじゃぁ……明日のお昼ご飯は私が作ろうか?」
「おぉぉぉ? いいの? もし作ってくれるならすっげぇ嬉しい!」
明日奈は珍しく長電話を始めた。心をふわふわと宙に揺らしながら。
そして電話が終わると――。
「ふふっ、ふふふっ。良かった、明日も最上君に会えるんだ――」
またベッドの上をはしたない姿でゴロゴロと転がってしまう明日奈。どうやら感極まっているらしい。
そんな明日奈の身体が甘く甘く疼いて、彼女の気持ちを、より高く――宙へと浮かばせていくのだった。
R-18累計ランキングに、前作「アスナは義弟に甘い」と「明日奈テンプテーション!」が25位と26位に並んで載った瞬間を見て胸が震えたのは内緒だ。