当たり前の日常は、突如として崩壊する。
「いやああああああああああっ!!」
部活帰りの暗くなった帰り道。玉井麗巳は人気のない公園で犯された。
5、6人ほどの男たちだった。全身を黒ずくめにし、どんな顔なのかも判別はできない。分かることがあるとすれば、いずれも屈強な男だったということだ。
これが貧弱な男一人程度なら、彼女には容易に跳ね除けることが出来ただろう。ゴルフ部に所属している彼女は、それなりの運動神経はあったからだ。
もちろん、屈強な男ばかり、それも複数人とあってはそんなものは意味をなさない。噛み付いたり、急所を蹴ったりする暇さえなかった。むしろ、あまりの恐怖に抵抗するという考えすら浮かばなかったとするべきだろう。
意外にも、男たちはアフターケアをしっかり行っていた。服を剥ぎ取る際も破くような真似はせず、事が終わったあとは元通りに着せ直していた。精液で汚れた身体は、ウエットティッシュで綺麗に拭き取られていた。とは言え、膣内に流し込まれたそれの処理まではできなかったのだが。
横たわり、目から光が消えているという点を除けば、麗巳の姿は犯される前と何ら変わりがなかった。数分前まで、口に、膣に、瑞々しい肌に容赦なく大量の精液が放たれ、汚されたと考える者など、誰ひとりとして居はしないだろう。
「…………」
時間にして30分ほどが過ぎた。ゆっくりと起き上がった麗巳は、そばにあった水道で精液によって生臭くなった口内を何度もすすぎ、重い足取りで帰路を再び歩き始める。
高所から飛び降りようかという考えも頭をよぎったが、家族や友人のことを思うと、実行する勇気はなかった。何より、死ぬことが怖かった。犯されることよりずっと。
間違いなく殺されると思っていたので、『命が助かっただけでも儲け物』と自分に言い聞かせた。
――――これは序章でしかない。背徳的な行為に快楽を見出し、それに溺れた最低な女の物語の。
7時過ぎに帰宅した麗巳を、両親はさほど心配しなかった。彼女は部活後に友人と遊ぶことも多いので、この時間帯に帰宅することはさほど珍しいことではない。両親が門限らしい門限を定めていないのも関係している。
彼女のいつもより疲れた表情を見て、どうしたのかと訪ねはしたが、苦笑い――作った表情――しながら放たれた「いやあ、カラオケで張り切りすぎちゃって……」という嘘を、あっさりと信じてしまった。
「ご飯の前にお風呂入るね。疲れたからちょっと長くなっちゃうかも」
今は両親の顔を見れるような状態ではなかった。泣き叫んでしまいそうだから。犯されたと、つい口にしてしまいそうだから。
「……っ!」
シャワーの湯がかかった自分の肌をふと触ると、ぬめり気を感じる。どうやら精液は、まだ拭き残しがあったらしい。1時間ほど前の出来事を思い出し、パニックを起こしかけた。
「ひぃっ……ひぃっ……ひぃっ!」
荒い呼吸を繰り返しながら、ウォッシュタオルでガシガシと、過剰なまでに自分の肌をこすり続けた。艶やかな肌が赤く滲む。
「違う……違う違う違う!」
膣に指を突っ込む。先程よりも強いぬめり気。はるかに強い絶望感が支配した。力を入れ、爪を立てて必死に掻き出す。シャワーの勢いも強くして、徹底的に洗い流そうとした。
「犯されてなんかない……! あたしは……犯されてなんか、ないっ……!」
現実逃避の言葉を繰り返す。それは、自分の精神を安定させるための唯一の手段だった。
自分はまだ純潔なのだと。処女なのだと。先程の出来事は全部悪い夢だったのだと。
「……いたっ!」
激痛が走った。クリトリスを引っ掻いてしまったらしい。掻き出すことばかりに夢中になって、力加減を誤っていた。
「…………」
麗巳は思わずうずくまる。それはクリトリスを引っ掻いたことによる痛みももちろんあったが、あることを思い出してしまったことにもよる。そちらの方が要因としては特に大きかった。
犯されたことではない。犯されたこと以上に、麗巳にとっては辛いことだった。
「何でよ……何であたしだけ、こんな目に遭わなきゃいけないのよぉ……!」
頭にかかるシャワーの湯ですぐに流されてしまうが、麗巳は滝のように涙を流していた。
「忍はあんなに幸せそうなのに……何であたしはこんな惨めなの……!」
九重忍。麗巳の親友である彼女は、2ヶ月前に恋人ができたばかりだった。
麗巳は心から祝福した。いつまで経っても初々しいままのふたりを、からかいもした。
しかしそんな感情は、とうに崩壊していた。今の麗巳には、羨望、嫉妬、後悔といった負の感情ばかりが渦巻いていた。
なぜなら麗巳も、夏樹のことが好きだったからだ。
忍と付き合う以前から、麗巳は彼と交流――学園内、学園外両方で――があった。さらに、知り合ったのは麗巳の方が少し早かった。
その交流は恋人と形容するには少し弱くとも、単なる先輩後輩同士の関係でもなかった。つまるところ、彼は麗巳とも仲が良かったのだ。
自分のおふざけに苦笑しながらも乗ってくれる彼が。苦手な勉強を、後輩でありながら一生懸命教えてくれる彼が。自分と知り合うまではルールもまるで知らなかったゴルフを、必死に覚えて一緒にプレーしてくれた彼が、麗巳は好きだった。
しかし夏樹は忍を選んだ。告白したのは忍の方だったが、受け入れたということは――麗巳は、恋愛対象などではなかったということだ。
負の感情が指数関数的に増大し、彼女を支配する。
そんな中、ある感情が芽生え出そうとしていた。
「あたしを犯していいのは……あんな奴らなんかじゃない……! あたしを、犯していいのは……!」
――――ぶちんっ。
そんな音を立てて、麗巳の何かが弾け飛ぶ。
それは、彼女の――否、彼女たちの人生の安寧の終焉の序曲となったのであった。
――――ウバイタイ。ウバイタイ。ウバイタイ。
――――カレハアタシノモノ。カレハアタシノモノ。カレハアタシノモノ。
澄んだ愛などない。甘酸っぱい恋などありはしない。
あるのはただ、狂った快楽のみ。彼女たちは、それに溺れる。歓喜の声を上げながら。
――――あたしを犯していいのは、彼だけだ。
「……………………はぁ」
検査キットに表示されている結果と、付属の説明書を何度も見比べて、麗巳は安堵の息を吐いた。
陰性。孕むという最悪の結果までは、何とか防ぐことが出来たようだ。
麗巳は自分自身でも驚きたくなるほど冷静に行動していた。犯されたあの日は、俗に『安全日』と呼ばれる日ではあったものの、だからと言って絶対孕まないとは言い切れないことを、彼女は最近閲覧したインターネットのサイトで知っていた。
それもあって病院で診察を受け、ピルを処方させていた。当然ながら『生理痛がひどい』と口実――確かに今までに強い生理痛が起きたことはあったが――を作った。
病院の方も知り合いと遭遇することを避けるため、学園の最寄り駅から15駅も離れた場所にあるところへ行った。
指示に従い、ピルを飲み続けて幾日。予め購入しておいた検査キットで検査を行い、先程の安堵の息へと戻ることとなる。
ピルも検査キットも値が張る上、状況が状況だけに両親から金を借りることもできなかったため、麗巳にとっては手痛い出費だった。しかし、これから決行する作戦を円滑に遂行――前提が崩壊すれば無意味となるが――するためには、背に腹は代えられない。
とは言え、『作戦』と言えば聞こえはいいが、それの概要を他者が耳にすれば糾弾は免れない代物だった。糾弾で済むならまだ可愛い。口汚く罵倒されても、庇う人間は一体どれほどいるだろうか。
「…………」
検査キットを片付け、作戦決行に使う『あるもの』を鞄に詰め込む。クラスメイトから聞いた話から推察するに、きっとこれは覿面に効く。
また、作戦が失敗した場合の予想をしなかったわけではないが、麗巳は実のところその心配は全くと言っていいほどしていなかった。
根拠と呼べるものは無きに等しく、完全に勘でありながら、それでも間違いなくこの作戦は自分の都合のいいように動く。そんな確信に近いものが彼女にはあった。
「……ふぅ」
制服に着替え、軽く息を吐く。誰からも褒められることはないであろう、異常な高揚感が身体を満たす。
朝食をとるため、部屋を後にした。
「行ってきまーす!」
朝食をとり、登校の支度を整えた麗巳は勢い良くドアを開けて家を後にする。
その『行ってきます』の声は、彼女がこれまで生きてきて幾度となく発した中で最も明るいものだった。空元気から発せられたものだとは、誰が想像できようか。
そして同時に、彼女にとって作戦決行の号砲でもあった。
最低最悪の作戦の号砲には、あまりに似つかわしくなかった。
「……ん」
放課後になり、特にやることもないので帰宅しようとしていた廣田夏樹は、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが震えていることに気付く。取り出して画面に目をやると、通話アプリからの受信があり、その通知には知った名前――玉井麗巳――が表示されていた。
「……玉井先輩?」
画面をタップし、通話アプリを起動する。
彼女からは過去何度もメッセージのやり取りをしているので、さほど重要な要件ではないだろうと思っていた。しかし、その予想は覆されることとなる。
『ちょっと相談したいことがあるから、よかったら校舎裏の林まで来てくれるかな?』
そんな文章が画面には表示されていた。
(珍しいな、玉井先輩が相談なんて……)
細かいことを気にしない彼女の性格上、相談事なんてまずないと思っていた。夏なのに雪が降るのではないだろうかという考えすら一瞬頭をよぎる。
(……真剣な相談かもしれないし、そんなこと考えちゃ駄目だよな)
むしろ、今までそういった相談事がなかったからこそ、大事なことを話そうとしているのだと考えを改める。普段はよく使われている顔文字や絵文字もなかったため、それは明白だった。
すぐに了承の返信を行った。
『もちろん大丈夫です。忍さんは今日用事で早く帰ったので、妬かれる心配もないですからね』
返信の文章を見て、麗巳は最大の懸念事項が消滅したことを確信した。
『ありがと。他の人にはあまり聞かれたくないから、校舎裏の林で待ってるね』とすぐに返信を行い、鞄に詰めていた『あるもの』を身にまとう。
「…………」
絶対的というわけではないが、放課後になってからそれを身にまとうのは彼女の所属する部のことも考えると些か不自然だった。
ホームルームが終わってそこまで時間は経っていないが、教室には他の生徒――指摘する者――は誰も残っていない。これも麗巳の勘が当たったことになるのだろうか。
「……行こう」
誰にでもなく小さく呟き、鞄を背負って素早く教室を、校舎を後にする。
動悸は林へ近付くに連れ、高まっていく。
「あたしのこと、抱いて」
「…………はい?」
麗巳が林に到着してから二分足らずで続いてたどり着いた夏樹に、麗巳は開口一番そう口にした。
前振りの言葉が思い浮かばず、ど直球で攻め込むと決めたことによる結果だった。
「抱きしめるって言っても……忍さんに怒られちゃいますよ、そんなことしたら……」
「違う。えっちしてってこと。せ……せっ……セックスして、ってこと……」
『ははは……』と苦笑する夏樹の目を見据え、額面通りの意味ではなく、隠語としての意味を麗巳は言い放った。作戦の決行を決意したとはいえ、生まれてから自発的に口にしたことのない『セックス』という言葉を発するのは、恥ずかしいなどというレベルではなかった。ましてや、好きな男の前では尚更だった。
「……冗談、ですよね?」
顔を紅潮させ、恥ずかしそうにしながら淫らなことを口にする麗巳の姿など、一度として見たことはない。衣服のボタンがはだけ、肌の露出が多くなってもまるで気に留めない彼女が。演技じみた様子もまるでない。
その言葉が冗談ではないことは分かっていた。分かってしまった。それでも、冗談としなければならない。
恋人がいる人間に対して彼女がそんな言葉を発するなど、認めるわけにはいかなかった。
「冗談なんかじゃないよ。何であたしが今こんな格好してるのか、なっつんなら分かるでしょ?」
「…………」
「望月さんから聞いたの。なっつんはブルマがすごく好きだって。あたしは誘ってるの、きみのこと」
「…………っ」
麗巳は、体操服を身にまとっていた。
彼女たちが通う聖櫻学園は、女子生徒の体操服が未だにブルマという、前時代的とも言えるものだった。
当然ながら『恥ずかしい』という声が大半を占めるものの、意外なことに『新鮮でいい』という意見も少なからずあった。麗巳はどちらかと言えば前者の意見だったが、彼女の性格上『まあいいかな』と、すんなり受け入れてもいた。
「…………」
しかし、この場においてはとてつもなく強い羞恥心が麗巳を支配する。
教育現場から締め出しを受けて久しく、漫画などの創作でしかお目にかかることの出来なくなったその衣服に対して、『動きやすい』とか『穿き心地がよい』などという感情は、今はまるで湧いてこなかった。
それでも制服に着替えるつもりなど、この場から逃げ出すつもりなど毛頭ない。この爆発しそうな恥ずかしさも、絶対に自分にとって都合良く働く。
根拠のない確信を双眸に宿し、麗巳はじっと彼の目を見据えていた。
「……とりあえず、俺の家で話しましょう。ここにいたら先生とか他の生徒に怪しまれるかもしれません」
夏樹はそう口にするや否や、麗巳の腕を掴み、生徒の出入りが少ない裏門へと歩を進める。
「……えっ? ああ、うん……」
確信を抱いていた割に、麗巳は腕を掴まれて連れ出されたことに驚きを感じでいた。ただ、振り払おうという考えには全く至ることなく、されるがままに学園を後にした。
夏樹の家は学園からかなり近く、徒歩でも10分程度で着く距離だった。
通行人の姿もなく、体操服姿のままの麗巳を連れて歩くことを不審がられる心配は杞憂に終わった。
到着してすぐに夏樹は手を洗う。麗巳も促されてそれに続く。それは、これから先の二人の行為を正当化するための禊――誰彼からも罵声しか浴びせられない――だったのだろうか。
手を拭き終えた麗巳の手を夏樹は取り、部屋へと招き入れた。
「それで、何があったんですか? 呼び出して唐突にあんなこと言ってくるなんて、何かあったからとしか思えませんよ」
鞄を部屋の隅に置き、座布団に胡座をかいて座った夏樹は、ベッドにちょこんと腰掛ける麗巳に尋ねる。
「無理強いするつもりはありませんけど、よかったら教えてください。忍さんには絶対話しませんし、もし何かあっても責任は俺が全部取りますから」
「……っ!」
自分が今しがた抱いている、どす黒く汚い感情とは全く正反対の、あまりにも、あまりにも温かく澄んだ言葉。
恋人でも何でもない自分にそんな言葉をかけることが出来る彼が、とても後輩だとは思えなかった。大げさな話、神様のようにさえ見えてしまっていた。
「あたしもっ……なっつんのことが好きなのっ……」
「…………」
「だけどあたしは、忍と違って意気地なしだったから……告白なんて、できなかったよ……」
「…………」
「でも、毎日毎日仲良さそうなきみと忍を見てたら、妬ましくなってきちゃった……」
「…………」
「だからこんな色仕掛けなんて卑怯なことして、きみを奪おうとしてるの……」
こんな形で彼に告白することになってしまうとは。それでももう、麗巳には我慢などできなかった。腹の中をさらけ出して、彼を奪ってしまいたかった。
とは言え、それでも犯されたことを話す気にはなれなかった。そこまで話してしまうのは、自身のプライド――安っぽいことは分かっている――を投げ捨てることになってしまうから。仮に作戦がうまく行かなかった場合でも、他の男に『処女である』と言い張れるから。
早い話が、自己保身のためだったのだ。
「あたしからも聞きたいんだけどさ、なっつんは忍とえっちしたこと、あるの……?」
「……っ!」
自分の胸の内の大半をさらけ出したところで、麗巳は最大の切り札を投入した。『夏樹と忍は、性交に及んだことがあるのか?』という疑問を。
思った通りと言うべきか、夏樹は意表を突かれた表情に変わった。
「……やっぱり、ないんだね。そうなんじゃないかなって、前から思ってたよ」
「……どうして、分かったんですか?」
「分かるよ。忍と一緒にいる時のきみ、何だかすごく不満そうな顔になる時があったから」
「…………」
「初々しいにしても、長すぎるなって。もしかしたら、ずっとえっちができてないんじゃないかって」
「…………っ」
夏樹は俯き、唇を引き結ぶ。
その仕草は、麗巳の言葉が尽く図星であることを意味するのは、火を見るよりも明らかであった。
「あたしは忍と違っておっぱい大きくないし、スタイルもそこまでいいわけじゃないけど、なっつんのしたいことなら何でもしてあげるし、忍よりもずっと気持ちよくさせてあげる自信もあるよ……?」
「…………」
「でも、好きになってとまで贅沢なことは言わないから……忍と別れろなんて言うつもりはないから……それでも、あたしに思い出をください……」
さも説得性のあるように言葉を紡いではいるが、滅茶苦茶な論理であることに疑いようはない。それは口にした麗巳が一番よく分かっていた。
正直もう、殴られて叩き出されてもいい。仮に繋がるにしても、物凄く乱暴にレイプ紛いの真似をされてもいい。意気地なしの自分が、ここまで言い切ることが出来たのだから。どんな結果になろうとも、後悔するつもりはなかった。
「えっ……?」
無限にも思える沈黙に身を委ねていた麗巳は、締め付けられるような感覚が生まれることによってそれが終わりを迎えたことを理解するのに、しばらく時間がかかった。
「どうして……忍さんより先に、告白してくれなかったんですか……」
夏樹は麗巳を強く抱きしめ、悲痛な面持ちで言葉を絞り出す。
彼もまた、胸の内を麗巳にさらけ出していた。
恋人でないはずの彼女に、自分の想いと不満を。
「俺は……玉井先輩のことも好きでした……もし先輩がそうしてくれるって分かってたなら……俺は迷わず先輩を選んだのに……」
「…………」
「仮にタイムスリップできるなら、俺は忍さんの告白蹴って、すぐにでも玉井先輩に告白しに行ってますよ……」
『自分は恋愛対象ではない』という麗巳の予想は間違っていた。
実のところ、夏樹は悩んでいた。麗巳にも忍にも恋愛感情を抱いてしまい、どちらかを選ばなければならないという状況に。
当然ながら、二人の方も自分に対して恋愛感情を持っているだろうなどという自惚れた考えがあったわけではない。ただ、それが逆に夏樹の安心材料になってしまっていた。
『二人は俺のことを好きなのか分からないし、今はゆっくり考えよう』と思っていた矢先に、忍からの告白という事態に直面してしまったのだ。それに彼は押し切られる形で付き合うこととなってしまったというのが、真相だった。
「玉井先輩の言う通り、俺は忍さんとヤったことはありません。それどころか、キスすらしたことないんですよ」
「……そう、だったの?」
そんな経緯で付き合っている彼らの仲が、上手く行っているようで実際には全く逆であるということはある意味必然だったのかもしれない。
忍はあまりにも奥手だった。大人びたが意見とは裏腹に、麗巳とは逆の恥ずかしがり屋で、繋がりを求めてきたこともなければ、キスすらしようとする素振りも見せなかった。
そんな状況に彼は苛立っていた。うんざりしていた。強引に押し倒してしまおうかという考えがなかったわけではない。しかしそんなことをしてしまえば、忍から嫌われることは目に見えていた。
「俺は忍さんと繋がりたいんですよ。体操服とか、水着とか、ビリヤードやってる時に着てるあの服とか……あんな姿何度も見せられたら、興奮しないわけがないですよ。ましてや、彼女なら繋がりたいって思うに決まってるじゃないですか……」
「……そっか。あたしが言えた話じゃないけど、確かに忍って恥ずかしがり屋のくせにえっちな格好ばっかりしてたもんね」
近いようで、物凄く遠い距離。夏樹の不満はもはや爆発寸前のところまで達していた。
そんな彼に対する麗巳の行為は、慈悲深き女神の施しのようにすら感じられた。
「だけどもう、そんなの無理です。忍さんと繋がることなんて。付き合い続けることなんて」
「…………」
「無責任極まりないことは分かってます。でも、玉井先輩が繋がりたいって言うのなら、俺は喜んで応えます。むしろ、俺から頼みたいくらいです」
「…………」
その言葉を聞いて、再び顕現しかけていた忍への罪悪感は、完全に消滅した。
――あたしを抱いていいのは、彼だけだ。
「…………麗巳」
「……えっ?」
「『玉井先輩』じゃなくて、『麗巳』って呼んで。敬語も禁止。好き同士なら、そっちの方がいいでしょ?」
抱きしめる感触が緩んだところで、麗巳は夏樹からわずかに距離を置いて対面する形となりながら言う。それは、自分が彼にとって忍よりも上であることを強調するための駄目押し。
先輩後輩の上下関係が未だに残っていると言える忍との関係よりも、はるかに恋人らしい対等の関係。名前の呼び捨てで呼ばせ、敬語も使わせない。
普段彼女は夏樹に対してお姉さん気取りをすることが多かったが、それももう終わらせる時だ。名残惜しさのようなものがないわけではないが、彼と繋がることが出来るのなら躊躇うことなく終わらせられる。
「……それにあたし、ちょっと嫌だったんだよ?」
「……ど、どういうこと、ですか……?」
「あたしはだいぶ前からきみのこと、『なっつん』って呼んでたのに、きみはいつまで経っても『玉井先輩』のままなんだもん……。それに、言ったそばから敬語使ってるし。駄目って言ったでしょ~?」
「…………」
唇を尖らせ、むすっとした表情を浮かべる麗巳は、あまりにも愛らしかった。
ふと視線を下にやる。確かに忍に比べればささやかではあるが、体操服越しの膨らみは『触れてみたい』と思わせるには十分だ。
そして、ブルマから伸びる太腿。瑞々しく艶やかな肌に思わずグビリと唾液を飲み込む。
こちらは忍に負けていない――いやむしろ、勝っていると形容しても問題ないだろう。今しがた気づいたが、ほんのりと日焼けしている肌は、忍にはない魅力だった。屋内で競技を行うビリヤードと違い、屋外で行うことがほとんどのゴルフだからこそ生まれた差と言えよう。
「…………」
――もう、いいよな。
自分を正当化したくなるほどに、魅力的すぎるのだ。ましてや、自分を受け入れてくれるならなおのこと我慢する理由はない。
夏樹はずっと抱えていた理性を、かなぐり捨てた。
「…………」
「……んっ! ……ん、んぅ……」
何の予告もなしに、夏樹は唇を重ね合わせてくる。それどころか、いきなり舌まで絡ませてきた。麗巳はそれに多少戸惑いはしたが、すぐに自分も負けじと舌を絡める。艶めかしく音を立てながら、ふたりの唾液が混じり合っていく。
(あっ、そういえば……)
ふと、あることを麗巳は思い出す。
犯された時、男たちは彼女の口に性器をねじ込みはしたものの、口づけをしてくることはなかった。それはつまり、ファーストキスだけは好きな相手と行えたことを意味していた。
犯されたというキス以上に大きな事実から、全く頭にそのことは入っていなかったが、その事実に麗巳は歓喜した。
(よかった……すっかり忘れてたけど、キスだけは守れたんだ……!)
麗巳がこぼした歓喜の涙が二人の口へと流れていく。味のなかったキスは、僅かな塩辛さを帯びた。
彼女の涙の理由を、夏樹は繋がることのできた嬉しさから来ているものと思っていた。もちろん、それが理由ではなかったというわけでもないのだが。それでも真実を、彼は知る由もない。
「……ふぅ。……麗巳、ちょっといい?」
十分にお互いの粘膜を味わったところで、二人は唇を離す。
早速夏樹は、麗巳の要望を叶えた。年上の人間を呼び捨てにするのは少し躊躇いもあったが、呼んでみたら呼んでみたで、妙なまでの快感があった。それまで先輩後輩同士の関係だったのが、一気に距離を近くしたことによるものだろうか。
「……えっ? あっ、は、はいっ。何でしょう?」
夏樹の呼び方に、麗巳はあたふたし出す。
自分で呼び捨てにするように言いはしたものの、いざ呼ばれると妙な気恥ずかしさに支配された。年上の自分が敬語を使ってしまうほどに。
「何で麗巳の方が敬語になってるのさ……まあいいや。ちょっとここ触ってみて」
夏樹は麗巳の手を取り、下腹部へと近付ける。ズボンの布地に触れた途端、今までにない感触を覚える。妙なまでの硬さだ。
「あっ……」
なぜそうなってるのかをすぐ察知した麗巳は、一瞬手を引っ込めそうになる。しかし押しとどめると、恐る恐る手を沈み込ませてみる。
「硬い……すごい……あ、あたしで、こうなっちゃったの?」
「そうだよ。それに実は、学校で麗巳のその姿を見た時からこうなっちゃってた」
よくあの時、そんな素振りを見せることなく耐えることができたものだと、我ながら感心していた。今でははち切れんばかりに高まり、ズボンは大きく盛り上がっている。飛び出してきそうという比喩も、比喩ではなく実現してしまいそうなほどの昂ぶりだ。
「そ、そうだったんだ……これが、あたしの中に入るんだよね……」
その事実に驚きつつも、興味深そうに麗巳は夏樹の股間をさわさわとさすっていた。
初めはその硬さに驚きと、自分の中に入ることの若干の不安があったが、自分がここまで昂ぶらせたという事実を認識すると、極めて強い優越感がそれを上回った。
「そうだね。でもまだ入れないよ。それに正直言うと、俺は自分がイくのはどうでもいいんだ。麗巳の身体に触って、麗巳のかわいい声を聴くほうが俺はしたいからね」
「そ、そうなの?」
「うん。だけどもし痛かったり、そうでなくても嫌だったりしたら、俺をぶん殴ってでもやめさせていいから。最悪金玉蹴ってもいいよ」
「そ、そんなことしないよ……でも、ありがとう」
麗巳の心は、安心感と昂ぶり――相反する感情――が加速度的に増していく。犯された自分に対するそんな気遣いの言葉は、先程抱いた『彼にならむしろ乱暴されてもいい』という考えをより強くさせてすらいた。
「じゃあ、ベッドに寝転がってくれる?」
「うん……」
ゆっくりと、仰向けに寝転がる。その仕草さえも、夏樹の興奮を高める要因となった。
「こうしてじっくり見ると、本当麗巳って綺麗な体してるんだな……」
「えへへ……そう言われると、恥ずかしくなってきちゃうよ……。でも、たくさん触っていいからね。なっつんのしたいようにしてもいいから」
息を呑みながら紡がれた賞賛の言葉に、麗巳は頬を朱に染めてはにかむ。
その行為だけでも可愛いというのに、体操服姿で、しかも仰向けに寝転がりながらとなれば、股間ははじけ飛びそうなくらいに高まるのも無理はない。
しかしながら、ここで暴走するのは素人未満だ。彼女の魅力をたっぷり楽しみ、脳裏へ焼き付ける。
もちろん自分だけではなく、麗巳にも快感を知ってもらわなければならない。むしろ、そちらの方が重要とさえ言える。男に比べ、女の方が痛みや恥じらいが明らかに強い。受け入れる態勢を取ってはいるが、彼女は間違いなく不安を感じているのだ。そういう要素を出来る限り取り除いてあげることも自分の役目と、夏樹は自身に言い聞かせた。
「じゃあ……先に胸から……」
麗巳の返答を待たずして胸へと手を伸ばし、手のひらへ収める。
ささやかではあるが、むしろ手のひらにちょうど収まる絶妙なサイズだ。
「んっ……んんっ……」
「うわっ、柔らかいな……すげえ……」
揉みしだいてみて分かったが、想像していた以上の柔らかい感触に、夏樹は思わず驚嘆する。体操服越しからでも分かる心地よい感触は、ずっと触れていたくなるほどだ。そのせいもあってか、つい手に力がこもってしまう。
「んっ……ちょっと、痛い……」
麗巳は眉間にしわを寄せて身体をよじる。苦悶と表現するには多少オーバーではあるが、いい気分でないことは明らかだ。思わず彼女が口にした『痛い』という言葉にはっとなった夏樹は、慌てて手を離した。
「ご、ごめん……つい、力が強くなった……」
「う、ううん。気にしてないから、大丈夫だよ。でも、もう少し優しくしてくれると嬉しいかな……」
「ごめん……今度は優しくするから……」
謝罪の言葉を述べ、再び胸へと手を伸ばす。
今度は指一本一本の力加減を意識して、優しく揉みしだいていった。
「あっ……ふあっ……」
皮肉なことに、犯されたことは麗巳の感度を高める要因になっていた。優しく揉みしだかれる胸から伝わる刺激は、『くすぐったい』、『分からない』といった曖昧な感情をすっ飛ばし、明確な『気持ちよさ』を認識させていた。
先程の『痛い』という感覚も、犯された際の力加減なく無遠慮に揉みしだかれた時に比べれば屁でもない。
「き、気持ちいい……ひゃんっ……」
「……気持ちいい? よかった」
すぐに『気持ちいい』という言葉を引き出せたことに、昂ぶりは増すばかりだ。
体操服越しばかりというのもワンパターンと感じ、体操服をまくり上げる。大人びたデザインの黒いブラジャーが露出した。大人びたデザインとは言っても、フリルも付いていて可愛らしさもある。麗巳に文句なしに似合う一着だった。
早速手をそこに触れると、あることに気づく。
「もしかしてこれ、シルク?」
「うん、そうだよ……んんっ……」
滑らかな心地の良い肌触りで予感したが、その通りだったらしい。ぱっと見では気づかなかったものの、確かにシルク特有の光沢もある。
「高かったんじゃない? まさか、俺のために用意してくれたの?」
「…………」
口にするのは恥ずかしかったのだろうか、こくこくと2回頷いて、肯定の意を示す。
勝負下着という、まさに自分のためだけに用意されたそれと、麗巳の健気さに最大限の賛辞を内心で送りつつ、夏樹はブラジャー越しの感触を楽しんだ。
「それじゃあ、ずらしてもいいかな……?」
十分以上のブラジャーの肌触りと、それ越しの感触を楽しんだところで、いよいよ夏樹は胸を包み込むそれを解き放ってもよいかの確認を麗巳にする。
「うん……大丈夫……さっきも言ったけど、忍みたいにおっきくはないから、期待はしないでね……?」
「そんなに卑下しなくても大丈夫だって。俺が見たいのは忍さんじゃなくて、麗巳の胸なんだからさ」
安心させるように言葉を紡ぎ、ゆっくりとたくし上げる。上げきったところで、艶やかな乳房がこぼれ出してきた。ブラジャー越しでも分かったが、ピンク色の乳首はツンと上を向いて硬くなっている。ほのかに汗ばみ、日焼けが及ばないことによる白いままの肌からなるそれは、朝露を乗せた桃の果実を想起させた。
「…………」
その扇情的でありながら、神秘的とも取れる美しさを前に、夏樹は唾液をグビリと飲み込む。何か言おうとするも、うまい言葉が出てこない。何を言っても陳腐なものと化してしまいそうに思えたから。
言葉を発する代わりに、手のひらで包み込むように乳房を掴み、親指と人差し指を使って乳首を愛撫する。両胸から来る強烈な快感に襲われ、先程よりも甘やかな声を麗巳は発した。
「あっ……ああっ……気持ちいいっ……」
「……っ」
――可愛い。可愛すぎる。
普段は肌の露出をさほど気にしない彼女が、顔を朱に染め、切なげな表情で嬌声を上げる。そして何より、自分の愛撫を『気持ちいい』と高く評価してくれている。ここまでされて、彼女に対する愛情が湧かないわけがない。もっと早く彼女の気持ちを理解していれば、もっと早くこの最高とも呼べる時間を過ごすことが出来たのではないだろうか。
忍に対する情念は、もはや思考から消え去っていた。
「ふわっ……!?」
左の乳首を口に含み、舌で転がすように愛撫する。経験したことのない感覚――犯された際には、こんなことはされなかった――が麗巳を襲った。
「ちゅぱっ……ちゅうう……」
わざと音を立てるように吸い付き、甘噛みも交えて乳首を刺激していく。偏らないよう、右の乳首は指を使って愛撫することも忘れない。
「だ、だめっ……こんなに気持ちよくされたら、変な声、出ちゃうっ……」
「どこが変な声なのさ。めちゃくちゃ可愛い声じゃん」
あまりに強い快楽に思わずそんな懇願をするが、かえって愛撫は強くなった。
絶頂こそなかったものの、麗巳は快楽に喘ぎ続けた。
「はぁ……ふぅ……」
十数分に渡る胸への愛撫の波がようやく収まる。ベッドに身体を投げ出したまま、麗巳は荒い息を吐いて呼吸を整えていた。
「……ふぅ。麗巳、これ飲んで」
夏樹は冷蔵庫から冷えた水を取り出してコップに注ぎ、一気に飲み干す。同じコップにすぐたっぷりと注ぎ直し、麗巳にも差し出した。
それは麗巳を慮っての行動でもあったが、どちらかと言えばこれから行う行為を冷静かつ大胆に楽しむために心を落ち着かせる意味合いが強かった。
「ありがとう……うん、美味しい……」
彼と同じように、麗巳も一気に水を飲み干した。火照っていた身体が急速に落ち着いていく。愛撫されたことで体力を大分消耗し、喉がかなり乾いていたこともあって特別に美味しく感じられた。
「…………」
胸を露出させたまま美味しそうに水を飲む麗巳の姿は妙なくらいに扇情的だったが、夏樹は敢えて視線を逸らす。楽しみたいのはこれではないのだから。
数分が経過し、二人の呼吸も落ち着きを僅かながら取り戻してきた。
「じゃあ麗巳、いいかな……?」
「……うん。大丈夫」
夏樹は麗巳の方へ向き直ってそう告げると、麗巳もすぐに彼の意図を察して再び横たわる。
胸への愛撫はまだ序の口だ。これから行うのが、最も渇望していたものなのだ。
「とりあえずその前に……」
はやる気持ちを押さえ、麗巳のずれたブラジャーを元に戻し、はだけた体操服のシャツも整えた。
胸を愛撫される前と変わらない状態に戻り、麗巳は少しばかり混乱する。
「あ、あれ……? 戻しちゃって、いいの……?」
「……ああ、うん。気を悪くしたら謝るけど、他の露出が少ないほうが興奮できるからさ、俺って……」
事実、休息で落ち着いていた股間は麗巳の服を元に戻した途端に力を取り戻してきていた。しかも、先程よりも高まりが強い。
「そ、そうなんだ……別に怒ってるわけじゃないから、心配しないで」
「……分かった。だけどさっきより強く触ったり舐めたりするだろうから、嫌だったら遠慮なく蹴っ飛ばして」
「大丈夫だよ。あたし、なっつんに触ってほしいから……」
「…………」
麗巳の言葉にただただ心が満たされていく。返答はせず、ゆっくりそこへ顔を近づけていった。
「ひゃあっ……!」
視界が赤一色に染まると同時に、秘所へと唇を付けて一気に息を吹き込む。
胸を愛撫した時よりもはるかに強い嬌声が鼓膜を揺らす。同時にすべらかな感触の太ももが顔を挟み込んだ。
「な、なっつん、だめだよっ……んんっ……!」
しかしその抵抗は、愛撫を強める手助けをすることになってしまった。
麗巳は両脚をがっちりと固定され、逃げる手段をなくしてしまう。それをきっかけに、これでもかと言わんばかりの愛撫を加えられた。
唇だけを使って貪るようにブルマ越しの秘所を攻め、鼻先も何度もそこへ擦り付ける。洗濯に使ったのであろう洗剤と、汗の匂いが入り交じった官能的な香気が鼻腔をくすぐった。
息を一気に吸い込み、一気に吐き出す。全ての口気が秘所へ行き届く。
「……ひゃんっ! な、なっつんのばか……!」
されるがままの状況を癪だと感じたのか、ぽかぽかと夏樹の頭を麗巳は叩く。
しかしながら、力の入っていないその殴打の威力はゼロに等しく、むしろ心地よさすら感じさせてしまっていた(元から本気で叩く気はさらさらなかったのであるが)。
「……ひゃああんっ!」
結局抵抗はことごとく裏目に出てしまい、快楽の波状攻撃が麗巳を襲った。
「き、気持ちいいよぉっ……! あっ、ふああっ……!」
『気持ちいい』。その言葉は夏樹に対して白旗を揚げることを意味していた。快楽に抗えるだけの気力は麗巳にはなかった。
ただ、それは決して嫌な気分などではない。好きな相手からの愛撫の波状攻撃は、ずっと受けていたいとすら思えているのであった。自分から誘ったのだから、当然と言えば当然ではあるのだが。
「ああっ、はああっ! あ、あたし、もう……」
「……イキそう?」
「う、うんっ……! だ、だからもうやめてっ……それ以上されたらあたし、えっちな女になっちゃう……!」
連続的な愛撫によって、今までにない感覚が麗巳の内からせり出してくる。強い快楽による絶頂がたどり着こうとしていた。それでもなお、彼女は残った理性を振り絞り、愛撫をやめるように懇願する。
「よし、じゃあイッちゃおう。別にえっちでいいんだよ。俺はそんなことで変だなんて思わないし、むしろ余計に好きになりそうだから」
しかしながら、『もうやめて』と言おうが、『もっと続けて』と言おうが、結果は同じことだった。自分の愛撫によがってくれる彼女が、絶頂してくれる彼女が、たまらなく愛おしい。
とどめとでも言わんばかりの、強烈な愛撫を夏樹は麗巳の秘所に叩き込んだ。
「あっ、あっ、あっ、ああああああああっ! なっつん、なっつうううんっ!」
麗巳の全身を、痺れるような快楽が包んでいく。それはまるで雷に打たれた――否、そのようなネガティブな表現をするのは語弊がある。『天にも昇るような』と表現すべきか。
腕と太腿で彼の頭を抱え込んだのは、快楽の波に流されないようにするための最後の抵抗だったのであろうか。
「……んっ」
その絶頂の証明とも呼べるものを、彼は顔に受けた。ほんのりとした湿り気。ブルマにまで染み渡った愛液だった。躊躇いなくブルマに口をつけてそれを吸い出し、嚥下する。
「はぁ……はぁ……はぁ……やだなっつん、汚いよ……」
「汚くなんてないよ。放ったらかしにするなんてもったいないこと出来ない」
胸を愛撫された時よりもはるかに荒い息を吐きながら、その行動を困惑した様子で麗巳は窘めるが、彼は一滴でも残さないと言わんばかりに彼女の愛液をすすり続けた。
「これが麗巳の味か……美味しいよ……」
恍惚とした表情で、彼はブルマに染み込んだ蜜を味わった。
「じゃあそろそろ、いいかな? イッちゃって正直へとへとかもしれないけど……」
迂闊な真似をせず、ずっとここまで我慢することが出来た自分の理性に感心する。ここまで我慢して正解だった。
「うん、いいよ……たくさん気持ちよくなって……。でも、ごめんね? これじゃあ、あたしばっかりいい思いすることになっちゃうけど……」
天にも昇るような絶頂を先に味わってしまったせいですっかり忘れていたが、夏樹の方はまだそれを味わっていない。つまりは、先程の快楽を麗巳は再び味わうということだ。罪悪感にも似た感情に陥り、彼に謝罪せずにはいられなかった。
「……いいんだよ、謝らなくて。麗巳に辛い思いさせてたことのお詫びだと思って?」
「……うん」
その麗巳の返答を合図と捉え、ベルトのバックルを外してファスナーを下ろす。初めはズボンを脱ぐのはやめておこうと思ったが、汗で蒸れたズボンも下着も煩わしく感じ、すぐ考えを翻して脱ぎ捨てた。
覆い隠すものが消え失せた下腹部からは、極限と呼ぶのも小さく感じるほどに屹立したモノがあった。巨大な波打つ青い静脈が生々しい。
「……じゃあ、入れるね」
麗巳の返答を待たずして湿ったブルマと下着をずらし、膣を露出させる。ほんのりと桃色を帯びた肉に走る縦一本線。粘り気を含んだ愛液の糸が彼の指に絡みつく。
「麗巳の初めて、もらっちゃうよ……?」
「……っ! う、うん……」
『麗巳の初めて』という言葉に、一瞬ながら麗巳はびくりと跳ねた。
実際には散々犯され、処女でもなんでもなくなった自分に対してそんな言葉をかける夏樹を目にして、自分を偽ることの嫌悪感が少なからず噴出した。
「……怖い?」
性器を挿れそうになったところでびくりと跳ねた麗巳を見て、夏樹は尋ねる。
本当は無理してでも挿れたいが、彼女の意思を無視してまでしたいとは思わない。
「……ううん。そういうわけじゃないの……あたしも、なっつんの初めてもらえるんだなって思うと、緊張しちゃって……」
彼が初めて性交するのが自分であることに緊張するというのは嘘というわけではないが、半分は誤魔化しも含まれていた。
「……はっはっは、そっか。でも、緊張しなくても大丈夫だよ。俺は麗巳に初めてあげられるなんて、最高の気分だからね」
「そうなんだ……うん、じゃあ、挿れちゃって……」
「分かった……それじゃあ今度こそ……」
性器を握りしめ、割れ目にあてがう。
膣の内壁が侵入を阻み、中々に手こずりはしたが、それでも確実に飲み込んでいく。強烈な締め付けは、過去幾度となく行った自慰とは比べ物にならない快感を与えた。
「あっ、うぐっ……」
1度しか犯されていないのは、麗巳にとって好都合でもあった(本人はそのことなどまるで意識していなかったが)。
夏樹の性器への締め付けは十二分に強く、また麗巳も麗巳で犯された時ほどではないにしろ、膣の内壁を突くことによる異物感と痛みは少なからずあった。おかげで彼に犯されたことを悟られずに済んだと言えるだろう。もっとも、彼がそんな考えに至ったかどうかも微妙なところではあるが。そのくらいに快楽は強いものだったから。
「……んあっ!」
『ブチッ』という音とともに、より強い痛みが走る。すでにそんなものは残っていないはずなのに、あたかも処女膜を突き破られるような。
ただ、その音は麗巳にとって『自分は犯されてなどいない、処女だ』と言い聞かせる格好の音だった。どんなオーケストラより、その一瞬響いた音は素晴らしいと感じられるほどに。
「……痛いかもしれないけど、動くからね」
その音は夏樹にも聞こえていた。彼女の初めてを手にすることが出来たことにより生じた計り知れない快楽に、もう身を任せないわけにはいかなかった。
「うん……あたしを、なっつんの女にして……」
返事を聞くと同時に、夏樹は腰を強く麗巳に打ち付けた。
何度も腰を打ち付け、『パンパンパンッ』と音が何度も響き渡る。性器同士の絡み合うねっとりとした音も、それに華を添えた。
「はあっ、ああっ、ひああっ!」
「麗巳……れみっ……」
声にならない声を叫ぶ麗巳と、うわ言のように彼女の名前を口にし続ける夏樹。双方ともに、快楽の強さで他の言葉を口にする余裕がなくなっていたからという共通項があった。
「きもちいいよぉ……ひああんっ!」
涙をこぼしながら喘ぐ麗巳の姿は、実に扇情的だった。
はだけていた胸元は元に戻っていたため、露出らしい露出はブルマと下着をずらされたことによる膣のみであるにも関わらず。
「麗巳っ、俺、もうそろそろ……」
「はあっ、いっ、イッちゃう、イッちゃうよおっ!」
ついに夏樹の方にも絶頂が訪れようとしていた。前兆を麗巳に伝えるが、快楽に支配されているせいで返答もままならないようだった。
(流石に中に出すのはまずいか……ちょっと残念だけど、まあしょうがないな……)
もしかすると危険日の可能性もある。ここで迂闊な真似をして取り返しのつかない自体になってしまうことは避けたい。
絶頂を前にしながらも理性が勝った夏樹を評価する者は、誰かいるだろうか。
「あっ、ああああああああっ!」
「くっ、うぐっ……」
麗巳の膣が強く収縮し、絶頂の声が聞こえた刹那、夏樹は即座に性器を引き抜く。
しかしながら、絶頂の波は抑えることが出来ず、夥しい精液が迸り、麗巳の身体を汚していった。
「中に出しても、良かったのに……」
呼吸も落ち着き、横たえた身体を起こした麗巳は、体操服に付着した精液をティッシュで拭き取りながらやや不満げに告げる。
「そうは言うけどさ……避妊もしてないのに出すのはやばいよ、さすがに……」
「あたし、これ持ってるから大丈夫だったんだよ?」
部屋に入った際に隅に放置されたままだった鞄から、ベッドから降りた麗巳はあるものを取り出した。
「それ、もしかしてピル……?」
「うん。中に出してもらってもいいように用意してたの……」
「そ、そこまで入念に準備してたんだ……すごいね……」
検査キットの反応が陰性だったことから、麗巳は最後までピルを飲みきることなく、それなりの量を残していた。
元々は犯されたことへの避妊目的であったが、夏樹との性交ができれば、その避妊目的でも使えるのではないかと服用時に思い至ったのは、ある意味で嬉しい誤算と言えるだろうか。
「……だけど、もういいよ」
「……えっ?」
「別に中に出してもらえなくても、あたしは十分過ぎる思い出ができたから。なっつんはあたしなんかじゃなくて、忍のことを大切にしてあげて。なっつんはしっかりしてるし、きっとうまくいくはずだから」
とは言え、もうそんなことは麗巳には関係のない話だった。
かなり卑怯な形ながら、夏樹と繋がることができたこと。繋がることの快楽を知ることができたこと。その二つだけで十分だったのだ。
「だから、あたしのことはもう忘れて。あたしもなっつんのことは大好きだけど、きっと忍はあたし以上にきみのことが好きだと思うの」
犯されたことはとてつもなく腹立たしい。そして、馬鹿な真似をして彼と忍の関係を滅茶苦茶にした自分自身はそれよりはるかに腹立たしい。
だが、いつまでも未練がましく夏樹にしがみ付くわけにはいかない。犯されたことによる絶望感はもう上書きでき、心も大分落ち着いた。
(ばいばい、なっつん……)
心の中で麗巳は呟き、それは夏樹との関係を元に戻すための合図となった。
「勝手なこと、言わないでよ……」
しかし、その合図はかき消されることとなる。他ならぬ、夏樹自身の言葉によって。
「俺は麗巳のことが好きだから繋がったのに、一方的にそんなこと言われて『はいそうですか』なんて返せるとでも思ってんの……?」
「なっつん……」
「忍さんと上手くいくだって? 馬鹿なこと言わないでよ。俺はもう、忍さんとうまくいくことなんて出来やしないんだよ……」
「…………」
「それにこの1回だけで、俺が満足するとでも思ってんの……? 俺はまだ見たい麗巳の格好が山ほどあるんだよ……」
「…………」
「俺は麗巳を逃がさないよ、絶対に。麗巳は俺のもんだ。そして俺は麗巳のもんだ。『なっつんの女にして』って言ったのは麗巳なんだから」
「……だめっ……だめだよっ、なっつん……そんなこと言われたら、あたしっ……」
「……っ!」
彼女の必死の踏みとどまりを、容赦なく夏樹は轢き潰した。
身体を抱き寄せ、唇を、舌を、重ね合う。絡ませ合う。
「ん、んんっ……」
夏樹の容赦のない愛に、麗巳は抵抗を完全に放棄した。
彼の唇を、舌を、歯を、音を立ててねぶった。再びこぼれた涙が口内へと流れ落ち、僅かな塩気を帯びたキスの味。甘やかなそれをより官能的に彩った。
――――この姿も、この感触も、この匂いも、この声も、そしてこの味も、全て俺のものだ。他の奴らになんか、死んでも渡すかよ。
快楽に耽溺した男と女は混じり合う。
それは汚らわしくも、それ故に美しく輝く。