アヤセちゃんは感覚が鋭いのでうっすい残り香でも本気になればカネキくんを探せるんじゃないかっていう無茶ぶり話です。
あれから約一年が経とうとしている。
私はあの襲撃以降、自分の弱さを痛感してコクリアから脱獄し、一時的に滞在している鯱のオッサンに稽古をつけてもらいながら、より一層強くなるべく鍛えている。……筋肉、付かねえけどな。カネキとはあれ以来一切会っておらず、それどころか「あんていく」にさえ戻っていないらしい。どこ行ったんだあのバカ。
「そんなに彼が気になる?アヤセちゃん」
「エトか……」
「クスクス、そんなに警戒しないでよ。耳寄りな情報もあるんだし」
「情報……?」
「そう。カネキくんの居場所、知りたくなあい?」
*****
「クソ、エトのやつ!」
何が「カネキくんはね、六区にいたんだって」だ!居ねえじゃねえか。こうなったら残り香か……カネキの匂い、薄すぎてあんまりあてにできないけど、仕方ないか。
そして、巡りめぐって着いたのは―――
「よりによってここかよ」
「あんていく」だった。正直一番入りたくないけど、背に腹は変えられない。
「お邪魔します!!」
どっかの道場破りみたいな駆け込み方で店に入る。
客はいなかったが、店長とトーカがいた。なんでこんな立て続けに……しかもアイツいないし……ああ、もう!
「……ここにカネキ、来なかった?」
「はあ?」
「カネキくんならさっきトーカちゃんと入れ違いで出ていったよ」
「……そう、お邪魔しました」
あんのバカネキが!どんだけ人を振り回せば気が済むんだよアイツは!!
とにかくあてが外れたので、もう後は運と限りなく薄い残り香を頼りに行くしかない。
「アヤセ!」
「姉貴……」
「カネキは嘘吐く時、顎の辺りを触るらしい。アイツの友達が言ってた」
「んなことなんで私に」
「アイツが嘘吐いたら殴れ」
「……ありがと」
それからはとにかく薄すぎる残り香を頼りに走って走ってたどり着いた歩道橋に、アイツはいた。
「カネキ!」
「!アヤセちゃん」
私の声に反応して振り向くカネキ。真っ白な奴は今まで会った誰よりも儚げで、今にも消えてしまいそうなほど薄い存在に見えた。
「やっと、見つけた。あんた、匂い、薄めすぎ」
「僕を探してたの?」
「ああそうだ。あの後「あんていく」に戻ったのかと思えば戻ってないって聞いて、おまえなんで戻らねえんだよ、あんなに戻りたがってたのに。さっき行ってきた時もまた出てったって言うし、おまえ本当に何がしたいの?「あんていく」は皆あんたの帰り待ってるんだし、さっさと戻れよ」
「僕は「あんていく」には戻らないよ」
「は」
今、なんて言ったこいつ。
「「あんていく」に戻らないってどういうこと」
「そのままの意味だよ」
「……理由は、理由はなんだ。あるんだろ、おまえがそこまで入れ込んで私も納得するようなのが」
「……僕は皆を守りたい。「あんていく」の皆、ヒナミちゃんに万丈さんたち、ヒデ……人間の友達も。そしてアヤセちゃん、君も。僕は僕の大事な人を奪われたくない。だから摘むんだ、邪魔な芽を」
なんだこいつ。そんな当たり前に思うことだけのために自分の居場所をみすみす手離したってわけ?
「悪いけど、私には理解できない」
「無理に理解しなくていいよ」
前に言われた言葉。だけど、それは前のような気遣いみたいなものじゃなくて、私を拒むものに聞こえた。
「……あんたは本当にそれでいいの?自分の居場所とか幸せとか、そういうの置き去りにして。そんなボロボロになって、そのまま誰も気付かないまま消えて、いいのかよ」
「いいよ、それで君が幸せに生きててくれるなら」
その答えを聞いた時、カネキは確かに顎に触れた。それを確認すると同時に胸ぐらを掴んで避けられなくしてから―――ひっぱたいた。
奴は怯むこともしなかったけど、私はひっぱたいた手も添えて歩道橋の欄干にカネキを押し付ける。
「ふざけんな!死に急ぎ野郎!!そんなに死にたいなら今殺してやろうか?ああ!?」
「っ」
「違うだろ!何が「守る」だ!てめえがしてんのはただの「自己犠牲」だ!勘違いしてんじゃねえ!!死ににいく理由に他人を使うな、胸糞悪い!!」
「……」
「遠くから危険因子を消して見守る?は、そんなの誰にだって出来るし考え付くさ。けど、あんたが目を離した隙を狙われたら?逆にあんたを知る奴が「あんていく」に報復しに現れたら?おまえ対処できんのかよ!?」
「!」
「あんたの大切な居場所は「あんていく」だろうが!その「あんていく」から出てったくせに、どうやって守るんだよ!!」
「ぁ……」
カネキは気づいたのか、目を見開いている。気付くの遅すぎなんだよバーカ。
「……守りたいものがあるなら、いつでもそいつを守れるようにずっと一緒にいればいいだろ。そんなことも思い付かないのかよ、モヤシ」
そうもいかなくなった私の言えることではないかもしれないけど、それが一番確実な方法だ。もう押さえつける意味もないだろう。私は胸ぐらから両手を離した。
「……わかったなら、さっさと「あんていく」に戻れ。はっきり言って、今のボロボロで貧相なおまえは目障りなんだよ」
「……」
「じゃあな……もう会うこともないだろうし、精々いい奴見つけてそいつ守って死ぬこった」
そのままカネキに背を向け遠ざかろうとした。
「待って!」
「あ?」
「待って、アヤセちゃん」
カネキに呼び止められて振り返った。
「じゃあ僕が「あんていく」に戻ったら、君も一緒に「あんていく」に戻ってきてくれる?」
「はあ?何言って……まずあんたが戻れば従業員の数足りるだろうが」
「違う、そうじゃなくて。僕が君の傍にいたいんだ」
「私、そんなことされるほど弱くない」
「知ってる。でもそれでも君を守りたいんだ……君が大事だから」
「何、言ってんの。あんた」
理解できない。というか、理解したら一貫の終わりな気がする。
それでもカネキは一旦区切ってから続けた。
「好きだよ、アヤセちゃん、あの最初に会ったときから」
その時、世界の時間が止まった気がした。
「だから、僕の手の届く距離で、君を守らせて」
愛していると言われたわけじゃない。字面、言葉通りに取ればただの友情のようなものにも思えるそれ。でも、突然過ぎて考え纏まらないけど。その言葉は偽りではなく本心であり、友情にしては向ける視線に含められた熱量がそれではないと、言っている。
「アオギリ抜けるのに時間かかるかもしれないし、その後だって追っ手が来るかもしれない」
「うん」
「人間のこと今でも嫌いだから、人前にはあんまり出ないだろうし」
「うん」
「そもそも、「あんていく」のやつらが苦手だから」
「うん……それでもいいよ」
「なんだ、そりゃ」
あの頃みたいな年上っぽい優しい笑みを浮かべるカネキに不意に心音が高鳴って顔が熱くなった。な、なんだこれ前はこんなことなかったのに!!
「か、考えとく」
「……そっか」
「だから、私の返事聞くまで、聞いてからも死ぬなよ……っ、分かったか!?」
「うん……ふふ」
「~~~っ、じゃあなモヤシ!!」
「またね、アヤセちゃん」
私はカネキから逃げるように去った。
「あんていく」が白鳩のやつらに襲撃されたのは、その後すぐのことだった。
……今度の「またね」は、いつになるのだろうか。
ちなみにカネキくんは最後辺りのアヤセちゃんの反応から脈ありかもしれないことを覚ってます。東京喰種の住人ってこういう文章とか絵にしなくても察して後でそれを引き合いに出す人多いですよね。
あと、何気に前の「無自覚の笑顔」のやり取りさせてます