隕石が落下してから二ヶ月後の糸守高校体育館で避難生活を送っていた宮水三葉はスマフォで入金履歴を確認して微笑んだ。
「ホントに振り込まれてる。……よく、あんなもの買うわね」
個人向け売買サイトで売った物の代金が入っていたので嬉しいものの、売った物が自分の唾液だったので買った人間のことは考えたくない。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
宮水四葉が自衛隊が用意してくれた野戦テントでの入浴を終えて訊いてくる。
「ううん、何でもない。お風呂、混んでた? お湯、汚れてた?」
「うーん、まあまあ」
「そっか。昨日、入ったし、今日はやめておこうかな」
自宅と神社が隕石で吹っ飛び、今は体育館に身を寄せて二ヶ月になる。すでに校庭には仮設住宅も順次完成していて、望めば父が町長であり、一葉が高齢であることから、すぐにでも入居できたけれど、それは遠慮している。おそらく自分たちが仮設住宅に入るのは最後になるだろうと思うと、少し憂鬱だった。
「人の少ない町だと思ってたけど、体育館に集まると、意外と多いよね……だいたいさ、うちの高校って町の人口は少ないのに、なんで二年生、3組まであるかなぁ。町の人口のわりに多すぎない?」
「そうだね。単純に30人クラスとしても学年90人で、どの学年も同数の子供がいると仮定していくと0歳から18歳までで1710人にもなるね」
「あれ? 1620人じゃない?」
「0歳も数えると19をかけるんだよ」
「………ま、どうでもいいけど」
小学4年生に指摘されて面白くないので三葉は立ち上がった。
「はぁぁぁ……」
体育館は支給されたダンボールで壁を作って、それぞれに個室のようにしているけれど、やはり体育館なりに住み心地は悪い。家具もない、衣服も制服しかない。あの日、身につけていた物以外は何もない。もちろん、古着が全国から送られてきて、身体に合う物を数点もらったけれど、避難生活のもの悲しさを味わっていた。三食、自衛隊とボランティアの人たちが用意してくれるし、もう学校の授業も再開していて、日常の再開と非日常の継続が混在していて、精神的にも肉体的にも疲労が溜まってくる。
「で、お姉ちゃん、さっき何してたの?」
「だから、何でもないって」
ちょっとしたお小遣いが欲しくて自分の唾液を売ったとは妹に教えたくないので隠すことにして三葉はダンボール製のベッドに寝転がる。
「お姉ちゃん、寝るなら着替えないと」
「うーん、そのうちね」
そう言ってスマフォを見ると、さきほどの取引相手から使用済みの下着を売ってほしいとメッセージが着ていてブロックして規約違反通報もしておく。
「唾液が限度かなぁ……。だいたい、服も全部、もらったものだし売るとか、ありえないよね。パンツも自分のって言えるのは一枚だけだし、これを売るのは……ないかな。ある意味、あの日の戦友みたいなものだし」
つぶやいているうちに眠くなり、そのまま寝てしまった。
まだ寝ていたい、そう思うほど眠いはずだったのに三葉は目を開けて立っていた。
「……うう……あれ? ここ、どこ?」
まるで学校の用務員室のような部屋が見える。周囲を見回し、それから自分の手を見て理解した。その手は明らかに男性の手で、見覚えはない。
「あ、また…入れ替わったんだ。そっか、入れ替わりは事実だったんだ……えっと、名前、彼の名前……タ………タ……」
思い出したいのに、思い出せない。もう二ヶ月前になる。あの、たぶん男子高校生だった気がする相手のことを思い出したいのに、思い出せなくて、入れ替わりが起こっていたことさえ、曖昧な記憶になりつつあったけれど、今は再び同じことが起こったようなので確信できる。けれど、この手は男子高校生だった彼の手とは思えない。
「別の人………と、とりあえず、この人の名前を確認しないと。一人称はオレとかでいいのかな」
三葉は入れ替わった相手の素性を確認しようと、まずは鏡を探して見た。
「うげ……おじさんだ………」
鏡には、中年の男性が映っていて、あまり好感の持てるタイプではなかった。
「はぁぁぁ……今回は、こんな、おじさんなのか……」
かなり悲しい。不意にドアがノックされて女子学生が入ってきた。
「失礼します」
プライドが高くてお嬢様タイプといった雰囲気の前島香織がブルマ姿で立っている。
「い、言われたとおりにしてきたわ」
香織は苦しそうにお腹を押さえて震えている。
「ハァ…ハァ…もう限界なの、どこにすればいいか、早く教えて」
「……え、…えっと、……オレに訊いてる?」
「あなた以外、誰がいると言うの?」
「ま…まあ、そうだよね」
三葉は問われて、対応に困る。まるで状況がわからない。この香織は恋人なのだろうか、それとも何か他の関係なのだろうか、ぜんぜんわからないけれど、入れ替わった相手に迷惑をかけるのはさけたいので変な対応をしないよう、慎重に訊いてみる。
「ちょっと、ど忘れしちゃって…したんだぜ。オレたち、何をしていたんだ? これから、どうする予定だった?」
「くっ……あなたにとって忘れるようなことなの…」
香織が悔し涙を浮かべて言うと、三葉は申し訳なくなった。
「ご、ごめん…」
「………ハァ……ぅぅ……それとも、そうやって焦らして私が苦しんでるのを見て楽しんでるわけ? どこまでも下劣な男ね」
「どこか苦しいの? ……苦しいのか?」
「苦しいに決まっているでしょう! ……っ…ぅぅ! もう限界、早く言って!」
「えっと……どうすれば、いい?」
「どうすればいいか聞きたいのは、こっちよ! うっ…ぐうぅ…」
大きな声を出した香織は苦しそうに両手でお尻を押さえた。その仕草で三葉にも苦しがっている理由がわかってくる。
「トイレに行きたいの?」
「ハァ…ハァ…決まってるでしょ…5本も浣腸してきたんだから…ぅぅ…」
「そ、そうなんだ。じゃあ、行ってくれば」
「え? …………トイレに行っていいの?」
「行かないと漏らしそうな顔してるよ。早く行ってきたら」
「…………また、何かワナを仕掛けてあるのね」
「………ど、…どうなのかな……」
「…………」
疑惑に満ちた目で香織が見てくると、三葉は対応に困り果てた。そこへ、またドアがノックされて藤間萌子が入ってきた。
「言われた通りにしてきたよ」
萌子はスクール水着姿で両手に男根を模したバイブを2本、持っていた。
「前と後ろで5回ずつイけばいいんだよね。はじめるから、見ていて」
そう言った萌子は水着の股布をよってバイブを膣と肛門に挿入すると自慰をはじめた。
「ぅぅ……痛い……やっぱり、これ太すぎるよ……」
萌子の肛門は太すぎるバイブを飲み込むのに苦労していた。香織が急に叫ぶ。
「あああっ!」
ブブ! ブリブリ!
我慢していた大便をブルマの中に失禁してしまい、すすり泣きはじめた。
「ぅっ…ぐすっ……覚えていなさい……この屈辱、いつか…」
「痛い……痛いよ、やっぱり、この太さは無理です」
「……………オレは、どうしたらいい?」
「「…………」」
香織と萌子が目を合わせ、そして困る。
「どうしたらって……」
「なんか、いつもと違うよね……」
さらにドアがノックされて高部絵里が入ってきた。
「いつまで、こんなことを続けさせる気なんですか」
絵里は制服姿だったけれど、スカートとショーツは着けていない。陰毛も剃ったばかりの様子で性器が丸出しだった。
「下は全部剃ってきました。腋は残しています。これでいいですか」
絵里は制服の胸元をはだけさせて腋を見せる。少し伸びていている腋毛が見えた。
「………それ、……オレが君に命令したわけ?」
「言われた通りにしたつもりです。これ以上、何かありますか?」
「いや……何かって言われても……あ、あのさ! ぶっちゃけ、オレって変態じゃない?! 君らも、これ喜んでやってるの?!」
「「「………」」」
絵里と萌子、香織が顔を見合わせ、絵里が代表して言う。
「あなたは変態だと思います。私たちは、こんなこと少しも喜んでいません」
「じゃ、なんでやるの?!」
「それは、あなたが私たちの恥ずかしい写真やビデオを撮って脅しているからじゃないですか」
「脅して……って、それ最悪じゃん!」
「……最悪だと思います」
「警察を呼ぼう!!」
「…………呼べば、あなたが捕まりますよ?」
「捕まえてもらおうよ! こんなヤツさ! 脅されてる写真はどこ?!」
「あそこのパソコンの中です。でも、パスワードが……それに、他にも隠してあるかもしれない……」
「それでもさ! 警察に言うしかないよ! 調べてもらえば見つかるよ!!」
「…………本当に警察を呼びますよ?」
「うん、早く!」
「………」
絵里が見つめてくる。それから萌子と香織へも視線をやって頷き合うと、電話をかけた。すぐにパトカーが来て、三葉は手錠をかけられた。パトカーへ乗せられる寸前に、絵里が駆け寄ってきた。
「今のあなたは別人なのではないですか?」
「……うん……まあ、……そうだよ」
三葉が説明を求められると困ると思いつつも認めると、絵里は涙を流して礼を言う。
「やっぱり………ありがとうございました。これで私たちは救われる」
「うん、よかったね」
三葉は微笑むと、パトカーに乗り込み、最寄りの警察署へ移送されていく。
「今回の入れ替わりは、彼女たちを救うためだったのかな」
手錠をかけられ左右を警察官に固められながら座り、三葉は満足そうに頷いたけれど、別の危機に気づいた。
「っ?! 私の身体!! 今、こいつに!!」
「静かにしていろ」
隣に座っている警察官に注意されても三葉は叫ぶ。
「お願い! 今すぐ岐阜県糸守町にいる宮水三葉っていう女の子を保護して!! 保護が無理なら捕まえてもいい! とにかく何かする前に助けて!!」
「黙っていろ!」
「お願い、聞いて!! あ、でも、また時間がズレていたら……今は何年ですか?! 2013年ですか?!」
「おとなしくしていろ!」
「大事なことなの!! 今すぐ! 今すぐ……あ、そうだ、入れ替わりを、今すぐ!」
三葉は目を閉じて寝てみようとするけれど、とても寝付ける精神状態ではない。
「ああ! 寝られない!!」
「黙っていろと言っている!」
警察官が頭を押さえつけてきた。
「うっ、痛い…、あ、もっと、もっと痛くしてください! 殴って! 気絶するほど殴ってください!」
「…………」
あわれむような目と汚い物を見るような目をハイブリッドにして警察官は叫び続ける三葉を見ていた。