※この作品はR-18です。

「君の名は。臭作」   作:高尾のり子

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第4話

 

 翌日、三葉は堅いベッドで目を覚ますと、見たこと無い場所だった。

「ここ……どこ…?」

 起き上がると、とても狭い個室で3畳もない。むき出しのコンクリートの部屋にはベッドと水洗便所があるだけだった。そして、ドアは金属製で冷たく分厚い。開けようにもノブさえ内側にはなかった。

「………警察? あ、そっか、この男、捕まったんだ……」

 三葉は手を見て理解した。また、あの中年男性と入れ替わっていて、そうすると警察署にいるという状況だと理解できてくる。

「……………」

「3939号、取り調べの時間だ。出ろ」

 急にドアが開けられ、警察官に連れ出されると、取調室に投げ込まれた。

「痛っ……」

 乱暴な扱いに文句を言う気にもなれない。むしろ、今すぐ死刑にすればいいと思っている。取り調べが進むと、吐き気のするような写真やビデオを見せられた。あの少女たちがトイレで排泄しているシーンや陰毛を剃られる場面、不本意な性交を強いられるところを見せられ、いちいち、これはお前だな、と確認させられる。すべて頷いて認めていく作業の途中で何度か、吐いてしまった。

「今日は、ここまでだ。昨日と違って、えらく素直だな。反省したのか?」

「………この男が反省なんて……、あの私…、オレは死刑になりますよね?」

「安心しろ、死刑にはならない」

「っ?! なんで?! なんで、こいつ死刑にならないの?!」

「お前、死刑になりたいのか?」

「なりたい! 今すぐ殺して!!」

「いや、そう言われても、量刑というものがあってだ。おおよそ二人以上を情状酌量の余地なく殺した者は死刑になるが、お前がやったのは悪質であっても、わいせつや強姦どまりだから、死刑にはならない」

「そんなのおかしい!! こいつが、どれだけ非道なことをしたと思ってるの?! あの女の子たちにも! それに私にも!! 私の妹や友達にまで!!」

「…………。お前、精神鑑定を受けた方がいいのかもな。昨日と今日で、ぜんぜん違う」

「っ……ち、違う! それじゃ、こいつの罪が軽くなるよね?!」

 詳しく知らないけれど三葉も精神病だと判断されると罪が軽くなったり無罪になること、なんとなく知っていたので焦る。

「私は病気じゃない! あ、オレ! オレは病気じゃない! 全部、オレが悪い! 全部、オレがやった!!」

「…………。やっぱり別人みたいだ」

「別人じゃない!! 全部、こいつの罪! オレの罪! オレがオレのために、オレによってやったオレの罪!」

「…………お前、自分の名を言ってみろ」

「え?」

「お前の名は?」

「………………」

 覚えていない。入れ替わってから、よく名前を確認しなかったし、そもそも偽名だったようで本名がわからない。さきほどの取り調べで書類に書いてあった気もするけれど、知りたくもなかったので記憶に残していない。

「自分の名前もわからない別人格なのか?」

「…ち……違います……私、オレは、……遠藤……じゃなくて加藤?」

「それは偽名だったろ」

「ぅぅ…、……」

「お前の名は?」

「………明日、言います」

「やはり医者に診せよう」

「まっ、待って! 待ってください! そんなのダメ!! こいつを死刑にして! 死刑が無理なら、ずっと牢屋に入れておいて!」

「…………これが演技で、できるなら、たいしたもんだが……」

「病気じゃない! 病気じゃないから! 罪を軽くなんてしちゃダメ!! できるだけ重くして! こいつは何年、牢屋に入るの?!」

「う~ん…我々は弁護士じゃないから、お前の罪を重くする側なんだが、公正な裁判というものもあるし、精神病なのに、それを見落として起訴すると逆に公判が維持できなくなるから。まあ、でも、軽くても5年、長ければ15年から無期懲役というところだろう」

「………死刑は、無理なんですか?」

「死刑は無理だ。まず、ない」

「……あれだけのことを……して……何人もの女の子を………死ぬより、ひどい目に遭わせたのに?」

「もう、戻れ。あと、早まったことはするなよ」

 背中を押されて三葉は再び狭い個室に閉じこめられる。

「……………私が、こいつを殺してやる」

 すぐに自殺しようと思い立ったけれど、その方法がない。刃物は当然のこと、首つりに使えそうな紐さえない。ズボンもゴム式でベルトや腰紐はないし、紐があっても固定するためのフックや結べそうな場所が壁にも天井にもない。道具もなく環境も整わず、見事に自殺を予防する室内なので死ぬことができない。

「くうう………私は死んだのに……あ、………私………死んで……私、死んだのかな……」

 急に怖くなってきた。輪姦されて衝動的に自殺したけれど、時間が経ったことで自殺した自分の身体が心配になってくる。

「……い……イヤだ………死にたくない……せっかく助けてもらった命なのに……なんて早まったことを……」

 後悔の涙を流しつつ、明日のことを心配する。

「どうなるの……また、入れ替わったら……死ぬ……それとも、入れ替わりは、何度も? もし、このまま、ずっと、こいつだったら……」

 色々なことを考えると胸が張り裂けそうなほど不安で三葉は泣きながら夜を過ごした。

 

 

 

 翌々日、三葉は目を開けると、無機質な天井が見えて警察施設にいるのだと理解した。

「……また、こいつに……」

 堅いベッドと冷たい壁に囲まれていた。

「…………私……死んだのかな……」

 本来の自分、宮水三葉に戻ったという感覚がない。この男として眠り、そして起きると、また、この男になっていたという感覚だけだった。

「このまま、ずっと………この男で………私は……生きて……」

 あまりにも考えたくない事態に三葉はワナワナと震え、そして泣くことしかできなかった。

 

 

 

 六ヶ月後、三葉は護送車に乗せられて裁判所へ向かっていた。

「…………」

「降りろ」

「……………」

 護送車から降りると、遠くの裁判所敷地外から望遠カメラで撮影されている気配がする。目線をあげると、何十台という報道カメラが、こちらを向いていた。

「歩け」

「…………」

 黙って裁判所に入ると、被告席に座る。

「……これで何度目なのかな……」

 もう何度も裁判所に来ている。ほんの一時間ほど座っていると、裁判官と検察官、そして弁護士が意味不明な専門用語混じりで会話していて興味が湧かない。何度か、早く死刑にして、と叫んでみたけれど無駄だった。

「これより第3回、証人尋問をはじめる」

 裁判官が何か宣言している。

「では、午前中、一人目の証人、少女Aさんに入ってもらってください。ついたての用意をしますので、しばらくお待ちください」

 裁判官の指示で係官が法廷の出入口から証言台まで、ついたてを立てていく。ついたてのおかげで三葉からも見えないし、傍聴席からも見えない。性的な被害にあった未成年への配慮と、裁判のために証言が必要であることのバランスを取った結果だった。座っているだけの三葉が傍聴席を見てみると、50人近い人が座っている。大半が報道関係者で、あと数名は被害者の親族と思われる。その親族たちは三葉が視線を向けると、今にも殺しにきそうな殺意を向けて睨んできた。

「……誰か、殺してくれればいいのに……」

「では、Aさん。これから、証人尋問をはじめます。つらくなったら言ってください」

「はい」

 ついたての向こうから香織の声がした。

「あなたが、この男とはじめに出会ったのは、いつのことですか?」

 証人尋問は長く続き、出会った日のことから、脅されはじめたとき、どんな被害を受け、どんな抵抗をしたか、根掘り葉掘り訊かれるので答えているうちに香織は苦しくなって泣きながら答えたけれど、それでも答えきっていく。

「最後に、何か被告へ言いたいことはありますか?」

「ありません。私はウジ虫と会話しませんから」

「…クスっ…それ、正解……」

 思わず失笑して、ぼそっと三葉がつぶやいただけなのに、裁判官や傍聴席から睨まれる。

「では、10分間の休憩後、次の証人尋問を行います」

「………さっさと死刑にすればいいのに……」

 回りくどい裁判手続きに飽き飽きしていたけれど、淡々と進み、次の証人がついたての向こうに立った。

「少女Bさん、その書類に書いてある氏名、住所は、あなたのものですね?」

「はい」

 萌子の声がした。こと細かに事件のことを訊かれると、萌子は香織よりも激しく泣いて何度も休憩を挟んだけれど、それでもすべての質問に答えたのは、やはり罪を重くしたいという気持ちからだと、三葉にもわかった。

「最後に、何か被告へ言いたいことはありますか?」

「はい。………………返して……私の青春を返してよ!! 私の身体を返して!! あれからもう私は私じゃないの!! こんな汚された身体は私じゃない!! もうお嫁に行けない!! こんな……こんな……身体に……私を……うくっ…ううっ…返してよぉ……うううっ…うわああああん!!」

 怒鳴った後に号泣しているのを聴くと、三葉も同情して泣けてくる。

「ぅぅ……ぐすっ……」

 どれだけ苦しいか、同じような苦しみを味わったので同情して本当に泣いているのに、三葉が泣いても傍聴席からは冷たい視線が刺さってくるだけだった。

「では、昼休みを挟んで、次は13時10分より再開します」

「………」

 こんな時でも昼休みはあるんだ、と不思議に納得しつつ、三葉は裁判所内にある被告人専用の個室で弁当を渡され、食べずに時間を過ごして待った。見張りの係官が訊いてくる。

「食べないのか?」

「はい」

「なぜだ?」

「こいつに、ご飯を食べる資格なんてないから」

「………」

 もう何も訊かれず定刻になった。法廷に戻ると、またついたてが用意される。

「では、少女Cさん、宣誓をお願いします」

「宣誓、私は良心に従い、知っていることを正しく述べます」

 絵里の声だった。そして、証人尋問が同じように進むと、感情が高ぶって絵里も泣き声になることはあったけれど、それでも気丈に答えきった。

「最後に、何か被告へ言いたいことはありますか?」

「あります」

「言ってください」

「………ついたてを、どけてもらってもいいですか。彼の顔を見て言いたいのです」

「わかりました。用意を。傍聴席からは見えないようにしますよ」

「お願いします」

 ついたてが動かされ、三葉と絵里が目を合わせた。

「「…………」」

 ほんの2秒ほど見つめ合い、絵里が頷いた。

「今のあなたは良い方の人格ですね」

「………見ただけで、わかるんだ?」

「はい」

「でも、私は…オレは多重人格じゃないよ。すべての罪は、オレの罪」

「あの人は、そんな物言いは絶対にされませんよ」

「………」

「それでも、彼にも良心があったから、あなたが生まれたのです。愚かな欲望に取り憑かれた彼もまた彼なのでしょうが、良心の呵責に耐えかね、私たちを救ってくれた、あなたもまた、彼の一部なのですから」

「っ、ち、違う!! 変な解釈しないで!! こいつと私は違う!! 絶対違う!!」

「被告人は静粛に」

「私は、こいつの一部なんかじゃない!! 全然別なの!!」

「………。どうか、あなたの病気が治って、いつの日か、正しい人としての道を取り戻してください」

「違うから!! いっしょにしないで!! そんな目で見ないでよ!!」

「被告人は静粛に!」

 三葉は押さえ込まれ、絵里は哀れむような視線を最後に、ついたての向こうに消えた。

「違う! 違うから!! 私は、こいつじゃない!! それだけは、わかって!!」

 もう誰も三葉の叫びを真剣に聴いてくれなくなっていた。

 

 

 

 一年後、懲役20年で刑務所に服役している三葉は朝を迎えていた。

「…………」

 起きて刑務官の指示通りに移動して朝食を摂り、次に工場へ移動して汗だくになって印刷機を動かして、主に国家試験のテスト用紙など外部に出せない情報を取り扱い、そして昼食、夕食となり、また眠る。

「………なんで……私が……」

 三葉にとって日付は一日おきに進行していた。一日懲役生活を送ると、翌日は意識がなく、翌々日にまた懲役生活になる。これでは、この男の罪を半分かぶっているようなものだと感じるけれど、どうにもできない。当初、相手を罵るメッセージを残したりしたけれど、その応酬も虚しくなり、今は無気力に懲役生活をしている。

「……ぅうっ……ぐすっ……」

 夜になると啜り泣き、冬の寒さに震え、夏の暑さに悶え、時を過ごしていった。

 

 

 

 翌日、三葉は見慣れない天井を見ていた。刑務所の天井とは違う、真っ白な天井で清潔感があり、明るい色のカーテンも見える。

「…………」

 ここは、どこ、と発声したつもりだったけれど、声は出なかった。

「…………」

 起きようとしたけれど、起きられない。身体が動かない。指一本、動かせなかった。

「…………」

 何一つできずに1時間だったのか、2時間だったのか、かなり気の遠くなる時間を天井を見たまま過ごしていると、看護婦が来た。

「あ、目を開けて……先生! 宮水さんが目を開けてます!」

 叫んだ看護婦の足音が遠くなり、すぐに今度は二つの足音が近づいてくると、医師と看護婦の顔が見える。

「宮水さん、ご気分は、どうですか?」

「………」

 三葉は答えようとしたけれど、口は動かなかった。

「宮水さん、私が見えていますか?」

 また医師が問いかけてくる。

「………」

 答えたいのに、何も反応ができない。

「宮水さん、私の言うことがわかっていたら、目を上下に動かしてみてください。もしくは瞬きを2回、連続してみてください」

「………」

 三葉は言われたとおりにしようと思ったけれど、目さえ動いてくれない。ただ、上を見ているだけで、瞬きさえ無意識でする以外は意図的にはできないようだった。

「う~ん……意識はもどっているのかな……」

 医師が腕組みして考え込み、もう三葉とのコミュニケーションは諦めてしまった。看護婦が問う。

「ご家族への連絡は?」

「そろそろ、お婆さんが来る時間じゃ…あ、こんにちは」

 医師が一葉へ挨拶している。

「今ちょうど、娘さんが目を開けられたところですよ」

「み、三葉が……三葉! 婆ちゃんが見えるかい?!」

 一葉の顔が見える。

「三葉……ああ、よかった……三葉…」

 ぽろぽろと祖母の涙が落ちてくると、三葉も涙を流した。

「三葉、きっと治るからね。諦めんとね」

「「……」」

 祖母の言葉とは裏腹に、医師と看護婦の顔色は治る可能性が無いと伝わってくるような色合いで三葉は自分の状態が知りたくなったけれど、質問さえできない。そんな三葉の気持ちを察したのか、一葉が語ってくれる。

「三葉は、もう一年半も寝ておったんよ。つらいことは思い出さんでええから、早く良うなることだけ、考えようね」

「…………」

 よく見ると祖母の顔は一年半とは思えないほど老けて見える。それだけ心配をかけたのだと思うと、また涙が流れたけれど、呼吸さえ意識して早めることも遅くすることもできないようで、本当に何もできない。ただ、祖母が手を握ってくれると、それを感じることはできたし、頭を撫でてくれると、それも感じられる。ずっと、一葉は隣りに座って色々と話しかけてくれたので、そのうちに知りたいことがわかってきた。

「………」

 あの日、男子トイレで首つり自殺した後、昼過ぎになって発見されて救急搬送されたこと、首の骨が折れて脊髄神経が損傷していて、もう手足を動かせる見込みは無いこと、それどころか脳細胞も相当部分が死滅していて、首から上も表情さえ自由にならないこと、食事は胃へ直接に流し込まれる胃ろうという処置がされ、小便と大便はオムツにしていること、それらを理解した夕方頃になって、四葉と俊樹が見舞いに来た。

「三葉……」

「お姉ちゃん……」

 父親と妹の悲しそうな顔を見ると、とても意識が戻ったことで一安心という状態ではないと伝わってくる。一葉が勇気づけるように言う。

「きっと良くなるよ。日に日に」

「「「…………」」」

「頑張ろうね、三葉」

「お義母さん、あまり無理をしないでください。ずいぶんとやつれておられるようだ」

 そう言う俊樹もやつれている。あの後、事件は、どうなったのだろう、と三葉は気にかかった。早耶香は、どうなったのか、あの不良たちは、四葉も被害にあったはずだったけれど、今こうして顔を見ることをできたのは幸いだった。

「私のことはええんよ」

 そう答える一葉の顔色も深い疲労が感じられる。

「俊樹さん、それより三葉が加害者グループやなんてことはないはずやから、そこはしっかり裁判で明らかにしてやってよ」

「わかっています。三葉が指示して友人を犯させるなんてことあるはずがない。でっちあげに違いない。物証だというカミソリもメールも、何らかの偽装工作でしょう」

「そういえば、女の先生が一人、先週、自殺なさったそうやね」

「ええ、彼女こそ三葉をおとしいれていた真犯人かもしれないという証言もあったのに、ずっと休職していて警察からの取り調べの直後に入水自殺したそうです」

 ユキちゃん先生のことだと、三葉にはわかったけれど、どうすることもできず、静かに泣いていると、一葉が涙を拭いてくれた。その後も一葉は夜遅くまで付き添ってくれて、身体を撫でたり、オムツが汚れると、すぐに替えてくれたりと、献身的に世話を焼いてくれたけれど、とても疲れている様子なのが心配でたまらなかった。

 

 

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