崩壊した世界
心臓を締め付けられるような思いと共に目が覚める。見上げる天井は未だに見慣れない景色であり、ベッドの感触も柔らかく、自分が普段から使っているものとはまるで違う柔らかさを持った寝具だった。そして目を開き、胸を押さえれば、横から手が伸びて、手を掴んでくれる。横へと視線を向ければ、そこには一人の少女の姿が見える。長い、青髪の彼女は表情に乏しく、一見、何を考えている様には解らない。だがその手は此方の手を握り、その無表情のまま、
「サマナー……大丈夫……?」
静かだが、労わる様な声をくれる。彼女の顔を走る紋様はまるでトライバルなものを想像させ、それがペイントによって施されたように思えるが―――違う。その紋様は彼女の肌に刻まれたものだった。まるで人ならざる事を示すかの様な紋様だった。実際に、彼女は純粋な人ではない。だがそんな事は今、どうでも良かった。彼女の手から感じる暖かいぬくもりが、凍り付いた体を溶かすようだった。そうやって握る手を彼女は胸元へと持って行き、抱きしめる。
「大丈夫……サマナー、は……私が……守る、から」
そうやって落ち着かせてくれる彼女の声を聞いて、更に自分と言う男の情けなさに失望する。女にこう言われ、守られないとどうしようもない自分の弱さに苛立つ。だけど同時に、こうされなきゃ自分の心は早々折れていたであろうのも事実で、劣等感と感謝が入り混じった、複雑な心境を生み出していた。
「……サマナー?」
彼女は此方を、変化のない表情で見てくる。優しい子であるのは、既に知っていた。それが演技なのか、俺が契約者であるからなのか、なんてのは判別がつかない。ただ事実として解っているのは彼女は俺を案じてくれているという事だけで、何時までもこのままではいられない、という事だった。
「あぁ……ありがとう、
「ん」
彼女は微笑まない。彼女は表に感情を見せられない。だがその仕草や言葉でしか判断できない。人間として、どこか大事な物を欠損している。そんな事を考えながら人修羅―――アンという名前で呼んでいる彼女から少しだけ、温もりを貰って目覚め、起きる。
そこは見慣れない部屋。自分が借りていたアパートの一室と比べればはるかに豪華で、整っており、高級そうな調度品が飾られている部屋だった。ベッドから抜け出す様に起き上がりながら、ベッドの横に置いてある靴と靴下に手を出す。既に靴下は何日も洗濯していないもので、そろそろ臭くなってくる頃だが、未だに新品を調達できていないのも事実だ。そろそろ、下着や靴下に関してはどこかで調達しなくてはならないな、と思いながら何日も履いている靴下と靴を履いた。
上着代わりに呪殺無効化効果のあるポンチョを上から被り、ベッドサイドテーブルに置いておいたスマートフォンを確かめ、ポケットに入れる。Magバッテリーで動くようになったスマートフォンはもはや充電を気にする必要はなくなっていた。スマートフォンと一緒においてある片眼鏡を装着する。
「DDS起動」
起動と同時に片眼鏡を利用した投影ディスプレイにはお決まりの文字が表示される。《百太郎》、《エネミーソナー》、《ギボ・アイズ》、《ハニー・ビー》、《ストレージ》、《アナライズ》《ヒロえもん》。奇襲を防ぐアプリ、存在を探知するアプリ、悪魔の耐性を警告するアプリ、構造を把握してマップ化してくれるアプリ、物質を電子化して保存するアプリ、基本的な能力や強さを数値化してくれるアプリ、そして消滅する悪魔の概念を道具として残しやすくするアプリ。
この世界で生きる上では必須とも呼べるアプリの数々。その全てが問題なく稼働するのを確認し、DDS、つまりはデジタル・デビル・システムが問題なく稼働しているのを確認してからオフにした。昔は市販のどこにでもあるスマホではあったが、専門家の改造によってもはやそれはMagバッテリーによる永久稼働等を獲得しており、まるで別物となっていた。ただそれもMagがある間の話でもある。Mag、つまりはマグネタイトが尽きれば普通のスマートフォンに劣化するだけではなく、生命線を失う事にもなる。
悪魔を探し、殺している最中はいざ知らず、まだまだ《
もうそんな世は残ってないのだが。
「よし……朝ご飯にするか」
「ん」
チェックを終わらせたところで寝室をアンと共に出る。木製の扉を抜けて出た所は人の影が全く見えないバーの存在だった。どこからともなく流れる静かで上品なクラシックの音色は聞く者の心を癒す効果を持っており、この世界における数少ないまともな娯楽となっている。ささくれ立った心がクラシックに少しだけ癒されながらバーのカウンターの方へと向かう。
無論、そこには誰もいない。だがその代わりにカウンターの上には回収してきた保存の効きそうな缶詰が積み上げられている。とはいえ、まだまだそれは保存が利くので手を出さない。その代わりにカウンターの向こう側の冷蔵庫から入れておいた牛乳を取り出し、そしてシリアルの箱を取り出す。
それをボウルの中に入れて完成。後は適当にコンビニから調達してきたカロリーメイトを食べてお腹を満たす。
アンとカウンター席で、二人で肩を並べてそれを朝ご飯として食べる。
悪魔でありながら肉体を保有するアンは生きる為に食事を必要とする。排泄を行わず、全てを完全に吸収してしまうらしいが、その話題は口に出すと怒られるのでもう口にしない。ただ、トイレに行かなくていいのは今の世の中便利で羨ましいとは思わなくもない。ただこういうのを知ると、彼女は人間でありながら、人間じゃないんだよなぁ、と思わされてしまう。
「……どこ……行く……の?」
「んー……そろそろメシアとガイアの様子も気になるし……今日はその二つを回ろうか」
「ん」
人修羅・アンは無言でその判断を肯定してくれる。彼女は自分と契約してくれてはいるものの、レベルは此方よりも高い為、従う必要はない。故にこうやって従ってくれているのは、此方の意思を尊重して……ではなく、彼女や自分よりも遥かに高位の存在が、そうやって契約したからだ。
果たして、本当は彼女は自分の事を……どう思っているのだろう。
それを考えたくは―――ない。
と、朝食を食べ終わった所で扉が開く音と、きぃ、きぃ、と鳴らす金属音が聞こえた。視線をバーから繋がる別の部屋の扉を見れば、その向こう側から車椅子に乗った老人が出てくるのが見えた。朝食の片付けを始めようとしたところで、動きを止めて軽く頭を下げる。
「あ、おはようござまっすスティーブンさん。ども」
このバーの主、そして使用権を分け与えている同志である人物。それと同時にDDSの生みの親である人物は片手を持ち上げながら苦笑する。
「いや、私の事は気にせずにいいよ。それよりも朝食は終わった所かね」
「あ、はい。アンと一緒にっすけど。時間が経てば経つほど拾えるもんが減りますし、早いうちに探索に出ようかなぁ、って」
「うん、それが良いだろう。一応ここに出来るだけの食料は持ち込んではあるが、それも有限だ。Magだけで生きられる悪魔と違い、我々は心を豊かにし続ける為に、そして生きる為に食事を必要とする。と、私の分の朝食はいいよ。自分で出来るからね」
そう言うと勝手に動き出すスティーブンの車椅子からロボットアームが伸び、それが牛乳やらシリアルやらを掴んで、スティーブンの分の朝食を用意する。やっぱり、これじゃあ不健康だよなぁ、と思うも、今はこの食事でさえかなり豪華なものだ。やはりまともなものは略奪されているし、電気水道が通常の領域では停止している為、肉の類はすぐに腐ってしまっている。冷凍食品だって冷凍保存できないのなら限界が来る。となると、やはりこういう食事しか今は手が付けられない。
悲しいが、これで耐えるしかない。
食べ終わった食器やらを洗って片付け終わった所で、再びスティーブンに軽く頭を下げる。
「それじゃあ、アンと出てきますね」
「今日はどこへ行く予定かな」
「メシア教会とガイア寺院の方へ様子見に」
「ふむ……確かに今日で10日目か。となるとそろそろ大きな動きがあってもおかしくはないだろう。気を付けていきなさい。人修羅も、君の才能もこの世界では絶対に二人目を発見する事が出来ないものだ。私もサーバー復旧を急ぐとしよう」
スティーブンはDDSの生みの親である。現在、この街を―――或いは世界を取り巻く環境の影響で、サーバーが物理的に消滅している。その為、スティーブンは息抜きと称して最新型のデビルサマナー用のアプリを開発しつつ、デジタルデビルサーバーの復旧作業、
と言うよりは再構築を0から行っていた。
「これが復旧すれば悪魔合体を悪魔を捕獲せず、悪魔全書からデータを流用して行う事が出来る様になるはずだ。そうすればこの状況を打破するための力にもなるだろう……とはいえ、圧倒的に資源が足りない……Magも、マッカも」
「あの、スティーブンさん。割とバーに寝泊りさせて貰ってるだけで助かってるんで……」
「うむ、その気持ちは承知している。だがそれとは別に、
そう言われると、困る。とてもとても困る。何も言い返せなくなってしまう。スティーブンが言っている言葉の意味は凄く良く解り、だからこそその期待と、そして自分に発生している義務が肩に重くのしかかる。押し潰されそうなほどに。
だが肩に感じるアンの腕の温かさに、少しだけ、心を強める。
心臓をきゅぅ、と締め付ける感じを我慢する。
スティーブンに軽く頭を下げる。
「それじゃあ、行ってきます」
「うむ。幸運を祈っている、最後の悪魔召喚士。誰でもない、君が世界を修復し、そしてヒーローを見つけ出すのだ。その為にも見つけるのだ―――扉を」
スティーブンの言葉に頷きを返してからバーの出口へと向かう。扉のノブに手をかけ、扉を開けてその向こう側へと抜ける。短い閃光に包まれてから扉を抜けた先、そこにはもはやあの落ち着くバーの姿は存在しなかった。その代わりにそこに広がっている光景は変わってくる。
廃墟だ。
見える限り廃墟が存在している。背後へと振り返ればアンが
戦争でもあったのかと思う様な光景が目の前には広がっている。誰がこれをトウキョウだと信じただろうか。誰がこれを見て10日前までは一般的な文化レベルを過ごせる場所だったと思えるのだろうか。俺でさえまだこうやって確認する度に、これが現実だとは認められずにはいられなかった。いや、違う。
「これが現実だと認めたくないだけだな……」
荒廃したこの様子はこの街全体を象徴するような光景だった。しばらく呆然とこの景色に見入ってから、
「DDS起動。サモンプログラムスタート」
音声入力に合わせ、DDSによる最新の悪魔召喚プログラムにより悪魔が召喚される。Magが吸われる。とはいえ、自分のレベルに合わせてあるレベルの悪魔である為、消費されるMagは多くない。そうやって登場するのは狐の仮面を被り、同じように尻尾を二本生やした着物姿の童女と、そして直径2メートルほどの魚である。
登場した魚―――マツヤは浮かび上がる事が出来ずに、びたんびたんと目の前、道路の上で跳ねている。その尻尾をアンが掴み、そして全力で鈍器代わりにスイングしている。
「妾、やっぱり思うんだけど神獣の使い方が間違ってると思う」
「いや、だってイケメンフォームって発動するのにMag食うし……節約の為だしこれでも戦えるならいいかなぁ、って」
『世界救済の為であればこのマツヤ、どの様な事であっても問題はないさ!』
「この神獣、無駄に爽やかであるな。あ、これ、魔人。独占するな。妾もそれでスイングしたい」
「玩具かよ」
アンが無表情でマツヤスイングを披露する中、二尾チェフェイがぴょんぴょん跳ねながらアンからマツヤカリバーを奪おうとするが、それをアンが見事に半歩避けで回避しながらスイングしつつ移動している。地味に芸が細かいなお前、そして無駄に楽しそうにキラキラと光るマツヤを見て、むしろ楽しんでないか、と思わなくもない。
とりあえず、最終兵器である最後の仲魔はある意味一番消耗が激しいクレイジーな奴なので温存するとして、DDSの《ストレージ》アプリから電子保存していた装備を取り出す。
無銘の刀、そしてヤクザから拝借させて貰ったベレッタを。《アナライズ》機能によればガンスリンガーとしての高い素質を持っているらしいが、悪魔と言う連中は非常に厄介なもので、攻撃手段を絞るとガチで詰みかねない。
特に現在この都市で一番目撃される外道系統の悪魔は全員揃って銃とかの射撃攻撃に強い。
それが影響で応戦に回ろうとした警察とかが一番最初に死んだ。だから過信してはならない。スティーブン謹製の《ギボ・アイズ》が悪魔を解析、或いは蓄積したデータベースから即座に悪魔の弱点や耐性を伝えてくれるが、それがあっても死ぬときは死ぬ。
それは既にこの地獄の様な10日間で目撃している。だから腰に刀を装着し、何時でも抜ける様にしつつ、腰のベルトに銃を装着する。これで探索を行う準備が出来た。何時だって最初に踏み出すこの瞬間は重く、苦しい。
『さぁ、往こうサマナー! 君に課せられた期待は確かに重いのかもしれない……だけど君はひとりじゃない! 僕が、そして他の皆が支えているんだ! 恐れずに一歩目を踏み出すんだ!』
「魚のままでイケメンするな」
キラキラと光るマツヤカリバーがアンによって掲げられ、なんか変な力が抜ける様な空気になり始めた所で、程良く気が抜けた気分だった。溜息を軽く吐いてから―――歩き出す。
この狭い世界を。
狭くなってしまった世界を。
滅びてしまった世界を。
結末から話を始めよう。いや、違う。これは結末からしか語れないのだ。なぜならその前の部分は既に存在しないからだ。簡潔に言ってしまえば物凄くシンプルな事だ。
冗談でも何でもなく、世界はある日唐突に滅んだのだ。冗談に聞こえるし、これが冗談であれば嬉しいのだが、ガチな話で世界は滅んだのだ。そう、星や人類ではなく、世界だ。つまり宇宙とかもがっつり削れているらしい。それを確かめる方法はない。だがこの世界という概念は確かに滅んだのだ、とスティーブンは説明していた。そしてそれに対して唯一生き残った場所がこの街、この都市、ナカノだった。
何故無事だったのかは、解らない。だけど一つだけ現状で解っている事があった。それは世界と言う概念から
そうやって世界は滅びたのだった。原因だけ解っていて、手段も、誰がやったのか、どうやったのか、なぜか、と言う全てを残して。それを知る方法は存在しない。なぜならそれが情報として世界に残っていないからだ。故に修復不可能。回復不可能。絶対的な致命傷であった。世界はその原因さえも解らずに滅びる。
そう、滅びる。
ロウ・ヒーローもカオス・ヒーローもザ・ヒーローもこの物語には登場出来ないのだと、人修羅を連れた金髪の支配人は言っていた。なぜならヒーローと言う概念を構成する情報そのものが世界から欠落しているのだから、全ての状況を覆すようなシナリオを構築する事さえ不可能なのだと言っていた。だからザ・ヒーローが黒幕を殴り殺して解決するのは不可能だと言っていた。
故に救世主は出現しない。皆殺しの英雄も出現しない。万魔の絵札も道化師も罪と罰も改変者も侍も出現できない本当の終末であり、これは絶対なる滅びである。
―――その筈だった。
「お、讃美歌が聞こえる」
メシア教会のある丘へと近づけば、風に乗って讃美歌が聞こえてくる。ここまで近づけばそろそろ安全圏内だし、悪魔を出しっぱなしにしているとメシア教の連中ににらまれる。その為、そそくさとチェフェイとマツヤをスマートフォンの中へと戻してしまい、一応武装はそのまま、メシア教会へとアンと共に向かう。メシア教会の前には門番をする白と青の服装に鎧を装着したテンプルナイトの姿が見えた。その姿は此方を確認すると片手を剣にかけつつ声を零した。やはりアンがいる手前、警戒は残されてしまう。
「フリーのサマナー殿、また貴殿か……メシア教への入信に来た、という訳ではなさそうだな」
「どうも、欲しそうなものを幾つか見繕ってきたので情報か物資と交換という事で」
「ふむ……やはり同じ要件か。あい、解った。前回同様聖書を持ってくれたのであれば助かるのだが」
「あぁ、ありますよ。あと薬も少々。魔晶がちょい欲しいんで、回してくれるのなら此方から色を付けますけど?」
ストレージから酒を取り出し、チラチラとそれを見せる。安酒ではあるが、酒は酒だ。もはや酒が生産される事のないこの末世では非常に貴重なものであり、また同時に数少ない趣好品の類でもある。それにアルコールは消毒などにも使える。寧ろ、テンプルナイトのモラルを考えたら飲むよりも其方に使いそうだなぁ、とは思わなくもない。
実際、バケツヘルムの下で少々悩むテンプルナイトの姿が見れた。片手を顎へと当て、むむむ、と軽く唸っている。だがその判断は早かった。
「解った。貴殿のレベルであればエンジェルの魔晶石が丁度良いという所だろう……目当ての装備は破魔刀の製作かね?」
「おっと、それは企業秘密で」
「む、確かにそれもそうか。しかし魔晶武器を作成できる環境と技術者は我らも是非とも協力を仰ぎたいものだ……もし心変わりする様であれば、何時でもこの終末を超える同胞として受け入れる準備はある。覚えておいてくれたまえ」
うーむ、この聖職者の鑑め、と軽く笑い声を零しながら次々と交換する為に用意してある物資を取り出し、別のテンプルナイトがそれと交換する為のものを取りに去って行く。それを見届けながら、
「そのお言葉は騎士様のもんで?」
「私と、聖女様のだ。正直、力がある事は良いが……この環境、一人で生きて行くにはあまりにも心細すぎる。貴殿の心が砕けぬよう我々、人々の安寧を守る者としての当然の心配だ。特に貴殿の様にある程度力を持った人間はどこかで失敗すると……いや、失礼した。出過ぎた言葉だな」
「いえいえ、騎士様の言葉は覚えておきます。それでもこの崩壊の中で探らなきゃいけない事があるんで俺は」
「うむ。であるなら、私も必要以上の言葉は送らぬ。貴殿の道行きに我らが主の加護がある事を祈ろう」
本当に、良く出来た騎士様だった。立派な聖職者とは彼の様な人の事を言うのだろうな、と前少しだけ見た聖女様の姿を思い出し、さっさと物々交換と情報交換を終わらせて、メシア教会を去って行く事にする。
その足取りに迷いはない。
この世界の症状を表現するなら、情報欠落という言葉が一番正しいだろう。この病には一つだけ対症療法が存在する、とは支配人の言葉だった。彼は説明した。情報の欠落は情報で埋める事によって補完する事が可能である。故に高密度の情報でその欠損を埋めれば、この世界は再生可能である。だが大前提として多くの悪魔はそこに介入することが出来ない。
なぜか?
簡単だ―――
この世界から抜け落ちたピースには悪魔と言う概念も存在する。それ故に世界に残された悪魔という存在は非常にレベルが低く、情報密度の小さい雑魚悪魔ばかりである。そのレベルも揃って8,9以下。それに本当の高位悪魔、元々この世界に顕現していた守護者等の悪魔達はこの遺された世界を維持するための情報リソースへと自分自身を還元している。
それが理由で、一定以上の悪魔は存在できない状況になっている。
単純、存在するのに必要な概念がないからだ。
ある意味で、この世界は真っ白なキャンバスになっている。
「5のガキ、4のゾンビ、7のゾンビドッグか……」
家の影から覗き見れば、悪魔が道路の中央を占拠しているのが見える。死臭の漂うそこでは数体の悪魔が死体に群がっている姿が見える。
そうやって悪魔の存在を視界に収めれば、アプリが即座に片眼鏡に目視する悪魔の情報を投影する。それで見えてくるのは相手の耐性、
じゃなきゃ自分が殺される。
心臓が掴まれる様な痛みに唾を飲み込んで堪えながら、無銘の刀を抜いた。ゾンビ、ゾンビドッグは射撃攻撃を完全に無効化する耐性を保有している。そしてガキは更に最悪で、反射までしてくる。民間で戦える人間が即座に死んでいった最大の理由だ。
警察が応戦しようと銃を撃って、反射して死ぬ。
その事情を知らぬ人が死体から銃を奪ってガキを撃とうとして反射死する。
以下、地獄のループ。
とはいえ、ゾンビもゾンビドッグも斬撃が非常に良く通る他、ガキは弱点が非常に多い。耐性にさえ気を付け、手段を択ばずに戦えば……難しくはない。この程度だったらマツヤもチェフェイもいらねぇな、とMagの節約を考えて判断し、アンへと視線を向ける。吐き気がするほどに悔しいが、身体能力に関しては人修羅であるアンが、此方を超越している。故に、頼った方が早いのだ。
「アン、頼む」
「ん」
言葉に頷きを返したアンが物陰から跳躍して近くの民家の上へと上がった。レベルが8や9の領域へと入れば、助走を付けない跳躍でも軽く10メートルぐらいは飛べる。それを自分もやろうとすれば出来てしまうのだから、つくづく世界は壊れてしまったのだな、と認識せざるを得なかった。だがそれで立ち止まっている暇はない。
アンが屋根の上から、悪魔達の反対側へと跳躍して着地しつつ、ガキを踏み潰す様に着地した。それに合わせガキが潰れて、あっさりとMagの霧となった。その瞬間、ゾンビとゾンビドッグの意識が反対側のアンへと向けられた。
そうやって注意が向こうへと向いたのを利用し、足の速いゾンビドッグへと後ろから飛び込んで切りかかった。
無銘の刀がゾンビドッグへと突き刺さる感触はリアルだ。肉にズブリ、と沈み込みながら肉を、内臓を、そして骨を強引に断つ感触が刃と柄を通して手元へと伝わり、同時に言いもしれない吐き気を生み出す。何より、臭い。体が腐っている。死臭で満ちている。それでも、手の動きは緩めない。この崩壊された世界で、唯一のルールは、
絶対に躊躇するな。
これに尽きるからだ。
故に刀を振り下ろし、そのままゾンビドッグを両断する。そのころにはアンが一気に接近し、ゾンビを蹴りの一撃で粉砕し、ミンチにする。そうやって死んだ悪魔は死ぬ前であれば血液の一つでも流すが、完全に死亡した後は流した血液でさえMagとなって消える。それを取り込む事で悪魔、そして生物は強くなる。
「……っ」
悪魔を殲滅したところで道路に貪られたばかりの死体が見える。何度見ても慣れる事のない人間の無残な死体姿に、視線を反らしたくても……できない。
「アン、頼む」
「解った」
そうやって頼みながら数歩、死体から離れればアンが口から火炎を吐き出した。女の口から炎が吐き出されるという光景にも見慣れたなぁ、と思いながら軽く両手を合わせて供養し、死体が燃え尽きたのを見計らってから再び歩き出す。
市内には無数の悪魔が存在する。
その大半が10日前に発生した世界の崩壊によって生まれて来た存在だ。いや、正確に言えばそこに既に存在していたが、表に出る事はなかった存在。世界の崩壊に伴い、表と裏も存在しない状況となってしまったが故に、こうやって無秩序に出てくるようになった。
その大半はレベルが15に達するテンプルナイトやガイア僧によって殲滅されてはいるもの、悪魔とは概念存在。殲滅しても時間が経過すればMagを経て再び蘇る。
人類が存在し続ける限りは何度も、何度でも。
その為、数日前程ではなくとも、未だにナカノ市内には悪魔の姿が見える。だがルートを選んで移動さえすれば、そのエンカウントも減らせる。何よりも《エネミーソナー》と《ハニー・ビー》という2つのアプリを使えば、多少のMagは食うが、絶対にぶつかるという状況でもない限りは戦闘を回避できる。
とはいえ、悪魔はマッカと呼ばれる特殊な通貨を死亡時に落とす。これは現在貨幣が発行されなくなった崩壊世界における一番価値のある通貨だと言っても良い。そしてその入手のためには悪魔を狩る必要もあり、Magを獲得する為に悪魔を狩る必要もある。
戦いを避けてばかりでいれば、最終的に詰むのは自分自身だ。
そう考えると逃げ続けるのも問題だ。
悩み事は尽きない。
そんな風に頭を悩ませながら歩けば、やがてメシア教会のある場所から街の反対側にガイア寺院がある。法と秩序を重んじるのがメシアであれば、自由と権利を重んじるのがガイアだ。力ある者を尊重し、そして同時に生きる事と死ぬ事の自由を重んじる。
世が世であれば反社会派であるし、実際、世界崩壊前はメシアとガイアは睨み合って殺し合っていたらしい。
だが今はそんな事実はもうない。
ぶっちゃけ、手を取り合って生きていかないとこの狭い世界、あっさりと人類が全滅するからだ。怪しい計画? 主の降臨? 大悪魔の召喚?
無理に決まってんだろ! ……と、笑いながら言ったのはスティーブンだった。
現状、何をするにしても世界と言う存在、リソースそのものが情報と共に欠落しているのだ。生きる事以外の全てが出来ない。そう表現するのが最も正しい状態なのだから、ガイアとメシアもお互いを無視しつつ、協調するしかない。
滅びの前には主義も主張もクソもなかった。
ガイア寺院へと続く百段石段を登って行く―――最初来た頃はこれだけでぜぇぜぇ息を切らしていたし、ナカノを端から端まで歩くだけでも疲れていたものだが、レベルが上がれば体の調子もだいぶ変わってくる。この程度で息を切らす事はなくなったな、と思いながら石段を頂上まで登り切れば、山門とその前に立つ僧兵の姿が見える。
そして山門の向こう側から嬌声が聞こえてくる。
「む、これは如月殿ではないか。成程、その姿、いよいよ我らガイアの理に」
「ねぇっすから」
「そうかぁー……如月殿が仲間になってくれたら助かるのだがなぁ」
「素直に俺じゃなくて人修羅とスティーブンの謎技術が目当てだと言えよ」
「はっはっはっはっは―――!」
笑って誤魔化そうとしているが、誤魔化しきれていない。まったく誤魔化せていないぞこの畜生め。崩壊世界だからこそ強かだなぁ、と思いながらメシア教会でもあったように、物資と情報の交換を持ちかける。そしてそれが快諾される。この人達、メシア連中程規律を重んじていないので、趣好品の方が馬鹿の様に人気があるんだよな、と思いながら煙草や酒を取り出す。
「で、調子はどうっすかね」
「ん……そうだな、此方でも自発的にMagの生産等を行っているが、余り結果は芳しくないな。メシアの方もそうだっただろう?」
えぇ、まぁ、と頷く。
Magは感情や信仰から生み出される。その為、サバトを開催したりする事でMagを高めて生み出す、という事は可能らしい。その為、メシア側では信仰心を高め、ガイア側では乱交大会を日夜開催している。手を出そうとは思えないが、セックスはMagの供給や強化、そしてMagそのものを生み出す為には有効な手段らしいが、
「メシア側でも信仰心からまったくMagが生まれないって嘆いてましたっすな」
「だろうな。此方も予想外にMagが生まれず困惑している。だがそれだけじゃない」
その言葉に首を傾げれば、僧兵から言葉が返ってくる。
「
「それは……」
「うむ。特殊受胎術式を利用した妊娠を行おうとしても、孕むという事自体が出来なくなっている。それを見て拙僧は感じたよ―――正しく、我らの世界は滅んでいるのだ、と」
その言葉に、何も言い返せない。擦れたようで、全く、まだ、心は一般人のままで、覚悟は何も出来上がっていない。なのにこの状況を打破できるのは唯一、俺のみである、とスティーブンも支配人も言っていた。だからこそ自嘲するようなそんな僧兵の言葉が胸に突き刺さった。
「我々が死ねば人類も終焉を迎えるとなるとガイアもメシアもないな……と、そうだったな、実は仲間がショットガンを見つける事に成功した。我々は異能者が多い故、必要とはしないが、貴殿は何やらナカノを探っている様子……ガキやゾンビ以外にも出会う悪魔はあるやもしれぬ。とすれば必要であろう?」
「あ、どうも、ありがとうございます」
支配人は言った。
「お前には才能がある」
スティーブンは言った。
「扉を見つけろ」
人修羅はその為の力であり、そして道具であり、唯一生身で同じ旅路を歩める仲魔である、と告げてくれた。なぜならこれから求められる旅は、世界崩壊から世界を再生する為の旅路は、数多くの冒険よりも、更に奇妙な冒険となる。
「君には界を超える才能がある」
「お前が扉を見つけて潜るのだ」
「その先で世界の紡ぐ物語に関わるのだ」
「崩壊した世界でその才能を持ったのはお前だけなのだ」
「物語に関われ。そしてそれを通して世界の情報を取得するのだ」
「お前が持ち帰る情報が世界を修復する」
それが悪魔との契約だった。
10日前に―――俺は死にかけた。世界崩壊の中で、悪魔に襲われ、死にかけた。だがそこを助けられ、生き残った。その対価は契約で会った、支配人との。全ての助けを得る代わりに世界を崩壊から再生するという契約。
別の世界へと渡り、その世界の情報を持ち帰る事で、欠損した情報を埋めて世界を少しずつ再生して広げるという契約。
世界を生身で渡れるという稀有な能力を持った最後の人類、最後の悪魔召喚士として。
これは世界を救う物語ではない。その役割はヒーローが行う。これはそのヒーローが蘇り、世界を救うための土台を生み出し、再生する為の物語。既に崩壊し、終焉を迎えた世界。そのまま放置すれば人類も悪魔も物質も全てが消え去る一つの世界。そこに残された僅かな人間と悪魔の悪あがき。
崩壊した世界をズルをして再生する物語。
俺と人修羅が駆け抜ける、世界再生の物語。
Q.これはどういうお話?
A.ぶっちゃけるとFGOのメガテン版
メガテンってR18で書いたほうが面白いよなー。だから前書いたのをR18にして……いや、待てよ? そのまま書いても無軌道だし、なんか流行に乗って書くか……イストワール面白かったしオマージュさせて貰おう。そこに解りやすく興味を引きやすいFGOっぽさを入れて……で、ひとしゅらちゃんは必須。
そんな感じで生まれたメガテン。いろんなシリーズ世界にお邪魔して、世界情報を取得して、それを持ち帰って自分の世界に捧げる事で、欠落した情報が満たされ、世界が少しずつ復活して行くというお話。
コスプレ七変化の支配人閣下とスティーブンが味方だぞ!! 勝ったな……。