再生し始める世界
「……本当に行ってしまうんだな。ここまで好条件を出しているのに止まらないとは、本当に大事な用事があるのだな」
「ま、俺もその為にここに来たしな。悪く思わないでくれ。その代わりに折を見てまた来るからな」
「マジっすか、センセーが来てくれるならタルタロスの攻略もマジで百人力っすからね?」
巌戸台分寮の前に、幾月以外の寮に住んでいる人間が揃っている。あの男だけは理事長だから、と何かと顔を合わせていないが……なにやら、意図的に避けられているような、そんな気がしてならなかった。実際、1か月前に盗聴器やカメラの類を潰した直後からあの男は必要最低限の回数しか顔を合わせていない。或いはやはり、此方を嫌がっていたのかもしれない。
そんな事を考えながらも、寮の学生たちにさようならを告げていた。
プリーステス討伐の翌日、ついに《ワールド・レコーダー》による記録が100%に到達したのだ。それはつまり、世界再生に必要とされるだけの情報概念が蓄積されたという証でもあり、これ以上この地球に居る必要がない、という事でもあった。それを理解した時にはやや、寂しささえ感じてしまった。だが仕方のない事だ。元々、あの崩壊する世界をどうにかする、というつもりで此方へと来たのだ。現実からは逃げられないのだ。だから向き合うしかない。だから、ここで楽に逃げる事は自分には……出来ない。
まぁ、言葉は色々とごまごまするが、結局の所、この安寧を捨てるというだけの話だった。どんな地獄であろうと、あの崩壊世界こそが俺の居場所だった。だから帰る。それだけの話だった。だからこの1か月がどれだけ楽しく、そして離れづらい場所であっても……いや、だからこそここから離れなくてはならないのだろう。
桐条から購入した大型バイクの後部に既にアンが座っている。アンはあっさりしたもんで、一回さよならを言えば、それで十分らしい。
まぁ、そんな訳でおそらくは最後の挨拶をしていた。後ろの方に居たゆかりなんかは花束を抱えており、
「その……色々と助けてくれていたのに、怯えていてごめんなさい。そしてこの一か月ありがとうございました。こうやって終わってから解りましたけど、サマナーさんって普通に良い人でしたね。だから勝手に怖がっていてごめんなさい」
「許す! 第一銃を持ち歩いているんだから怯える方が普通なんだよ。君は何も悪くないさ」
ゆかりから花束を受け取りつつ、言葉を返した。そう、彼女は何も悪くない。社会的に問題児なのは俺の方だ。だから苦笑しながら花束を受け取り、それを肩に乗せた所で、最後に湊が前に出た。その手の中には少し大きさのある、包みが握られており、それを此方へと渡してくる。受け取りながら、
「これは―――」
「君のサイズの月光の制服と、S.E.E.Sの腕章とセットで召喚機。つまりは僕らと同じ格好をする為のセット。君には必要のないものかもしれないけど、この1か月を一緒に暮らした友達への僕らからのプレゼント」
呆然と受け取ったそれを見て、そして湊へと視線を向け、それから美鶴へと視線を向けた。それを受け、美鶴が、
「安くはしたが、基本的な資金は皆でだしたものだ」
「ま、センセー一人だけ仲間外れだったもんな」
「その、ちょっとした負い目あるし」
「防刃、防弾、防火作用があって優秀だぞ!」
「いや、あの、真田先輩、アピールポイントズレてます……」
不覚にも、少しだけウルっと来た。だがそれを笑みで抑え込み、ありがとうと言葉を返す。今の自分にはそれしか出来なかった。たった1か月、1か月だけだったのに……こんなにも離れるのが惜しくなってしまった。だからそれを紛らわせるように受け取ったものを電送してストレージに格納し、バイクに飛び乗った。
「あ―――」
「ハ! ありがとうよ! また忘れた頃にやってくるから、それまで怪我するんじゃねぇぞ! ……じゃあな」
言葉を重ねても辛くなるだけだ。さっさとバイクのエンジンを入れ、飛び出す様に巌戸台分寮に背を向けて、飛び出した。轟音を響かせるバイクのエンジンにはガソリンが満タンにまで注ぎ込まれているし、必要なガソリンも既にストレージにしまい込んである。しばらくは燃料切れなんてことを気にする必要もない。免許なんて当然ない、無免許運転で公道へと飛び出し、最初にこの世界へと来ることとなった場所へ、
扉へと向かって移動する。
背後から、アンが腰に手を回して抱き着いてくる。背中に密着する彼女の体の感触を感じるが―――不思議と、邪な気持ちにはなれなかった。後ろから抱きしめてくれる感触がありがたかった。そしてそれ以上の言葉も必要なかった。寂しい、我ながら女々しい。自分から戻ると決めていたのに、いざ、こうなったら名残惜しさを感じているのだから。だけどこんな感情を感じられる俺はまだ、きっと、人間なのだろう。
デビルサマナーになっても、心まではまだ、悪魔になっていない。
「さようなら死神と塔の世界……もう二度と来る事もないだろうよ……」
情報の取得が終わったのだ。だったらまた来る必要はない。何よりも……俺のような存在がいるのは、この世界そのものを穢している様な気がした。
俺は見捨てた。多くの人を。混乱の中で、自発的に助ける様な事さえもしなかった。見捨てて、逃げて、隠れて、そして今でも自分が生き残る事ばかりを考えている。そんな俺にプレゼントを贈れるような良い人たちがいるこの世界に、
俺は、一秒でも長くは居られない。
バイクのスピードを上げて更に爆走して行く―――世界の果てまで。
「っしゃおらぁぁぁぁああ―――!」
「うぇーい」
世界扉をバイクで突き抜けてナカノブロードウェイへと帰還した。死神と塔の扉をぶち抜くように飛び込み、ドリフトをする様にバイクを停止させながら事務所の壁をバイクの後輪でぶち抜いて完全に停止する。そうやって停止したところで、振り返った死神と塔の扉は半透明になってはいるものの、壊れてはいない―――どうやら、干渉できなくても、そこに残るらしい。今は使えなくなっている。
「久しぶりの故郷に帰って来たぜ……ホーム! ファッキン! ホーム!」
「ふぁっきーん」
『サマナーなんかキメた?』
『寂しさを紛らわせるためにテンション上げてるだけだと思う』
「煩い、黙れ。俺が法だ。つまりジャスティス」
ここからは世紀末タイムだ。遠慮する理由なんて欠片もない。法律も、巌戸台分寮も存在しない世界だ。確認しておいてなんだけどやっぱり泣きそう。もうあのふわふわパンケーキを食べられないし、スタン弾で気絶させた順平を引きずる事も出来ないし、段々と人間を卒業し始めていた明彦が蹴り飛ばされる光景を見る事も出来ないのだ。
あんな環境にゆかりを放置して大丈夫だろうか。いや、湊は間違いなくどうでもいい……とか言って対応しそうだし、そもそも美鶴はメンタル強度違うし。あの中にいるので一番メンタルが豆腐並みに柔らかいの、明らかにゆかりだし。まぁ、戻れない以上は心配しててもしょうがない。
エンジンを響かせれば、それに応えるように悪魔の気配と声が聞こえてくる。そういえばここはインプ達の巣だったな、と思い出す。問答無用でDDSからマツヤを召喚し、それをアンに装備させた。
「レベル8程度の雑魚め……」
「雑魚め……」
「真の暴力という言葉を教えてくれるわ!!」
「くれるわ!」
『仲が良いね』
呆れる様なマツヤの声を聞きつつ、前輪を一気に持ち上げながらバイクを走らせ、何事かと見に来たインプを潰して殺す。今、俺の生体マグネタイトを纏ったこのバイクは、俺の能力に準じた破壊力を持つ対悪魔バイクへと進化したのだ。
無論、そんな事実はないけど、無性にヒャッハーしたい気分だった。
「今生からグッドナイト……!」
「おやすみ」
バイクを一気に発進させる。飛び込んでくるインプを轢き殺し、マツヤカリバーでハマを放ちながら一気に道を確保したら、そのまま壁をぶち抜いて空へと飛び上がる。ヒャッハー、と叫んだ先、見えるのは道路ではなく屋根の姿だった。
「おっと、どうしよう」
『うーん、流石のテンションじゃな』
まぁ、いいや。屋根の上を走れば。そんな考えでバランスを取り、一気に屋根の上へと着地し、そこから走りながら再びバイクが跳躍し、崩壊した道路の上へと出た。その騒音と轟音にわらわらと悪魔の気配が集まってくるのを感じる。バイクのエンジンを付けたまま、道路の中央で左右へと視線を向け、迫ってくるゾンビやガキの姿を確認し、サムズアップを持ち上げた。
「ん」
サムズアップがアンから帰ってくる。
「俺が! どれだけ強くなったか! お前らの死をもって教えてくれるわ……!」
『妾、死体だから既に死んでいるという名推理をしたのじゃが』
「謎さえ残らない末世だ、推理なんざねぇよ!」
「なーい」
『ダメだ、このテンションでごり押す気満々だ……いいぞぉ! もっとやるんだサマナー! その調子だ! 時には馬鹿みたいに暴れるのも大事さ!』
『随一の良心枠が逝った』
マツヤの許可が出たのでゾンビの大群へと向かってフルアクセル。ラク・カジャを保険用に使わせつつ、そのまま一切の遠慮なく、ぶつかって行く。それでこちらが衝撃を受ける? バイクが歪む?そんな事はない。レベルとは、魂の位階。概念
つまり、レベル差が最早10以上ある時点で本気でぶつかった場合、純粋な差と能力の違いから―――風船のように弾ける。
あれほど隠れて警戒していたゾンビやガキが、今では耐性も糞もなく、バイクの体当たりで面白いように空を飛んでゆく。笑いながら轢き殺してやりたい気持ちを抑え込みながらゾンビやガキの集団を轢き殺しながら突き抜けたところで、背後には轢き殺された悪魔で生み出されたMagの道が出来ていた。
「ふぅー……そろそろ正気に戻るか」
「いいの?」
「うん、無双するのはいいけど、それで油断や慢心すると死ぬし」
慢心や油断をし始める前に身を引き締めて行こう。自分にそう言い聞かせ、アンの問いに答え、バイクを走らせる。これでエストマでも使うことが出来ればゾンビやガキに会う事もなく帰れただろうなぁ、とバイクのスピードを上げて悪魔の群れから逃げて行く。ただずっとバイクに乗ったままだと音で野良悪魔を刺激し続ける事になる。その為、ある程度目的地近くまで来て悪魔を引き離したら、アプリを使って悪魔の反応を確かめつつ、バイクを降りてストレージに電送する。
バイクさえも余裕で格納するのだから、流石スティーブン製のアプリだと言わなくてはならない。
とはいえ、そもそも悪魔を入れられる様な電子空間を形成できるのだ、道具の電子化もそこまで問題ではないのだろう。偶にスマートフォンをチェックすると圧迫容量でビビるが。そうやって最終的には上げたテンションを押さえつけながら、
この末世。世紀末。カリ・ユガ。ラグナロク跡地。或いはアポカリプス後の世界。
どんな神話でも良い。終焉を示す言葉で良い。その言葉通りの世界へと帰って来たのだ。儚くも虚しく、何も残っていないこの世界に。このどうしようもなさが逆に心を落ち着かせるのは不思議な事だった。
あぁ、何たる情緒不安定―――解っていても、どうしようもないのが人間の心だ。
落ち着きを取り戻し始めた所で姿を軽く隠す様に動く。染みついた、最近はしていなかった動きをしながら、向かうのはナカノの住宅街にある、個人経営の酒屋である。その裏手へと回れば、地下へと通じる階段がある。そこを降りて行けば、向こう側が崩壊している地下倉庫への扉がある。
必要な条件は開く扉である、という事だけだ。
ストレージから一本の、白銀のカギを取り出す。それを扉へと向けて、
そのまま、扉を押し開けばありえない光景が広がる。
そこに見えてくるのはクラシックが流れる穏やかなバーの姿であり、
これが、スティーブンのバーへの侵入方法になる。場所はどこでもいいのだが、悪魔のいない場所を選んで入ってこないと出る時に、悪魔とうっかりエンカウントしてしまう場合がある為入る場所だけは選ばされる、この崩壊世界であればどこからでも行ける一種の異界だ。
そうやって戻ってこれた久々の拠点、
その帰還を歓迎する様に、久々に見るスティーブンがクラッカーを片手に歓迎してくれた。帰ってくるのと同時に紐を引いてパン、と音を鳴らしつつ、
「あぁ、良くぞ帰って来てくれた、サマナー君。本当に……本当に良く帰って来てくれた」
「どうも、スティーブンさん。まさかこんな風に歓迎されるとは思わなかったっすけどね!」
「私だって人間さ。いや、人間だからこそユーモアの一つや二つ、忘れない様にしているのさ。それよりも君が無事に帰って来てくれたおかげで私は興奮しっぱなしだよ。成果報告を良いかな?」
まるで子供の様に車いすの上ではしゃぐスティーブンの姿を見て思わず苦笑を漏らしてしまうが、此方もどれだけの時間が流れてしまったのかが把握できていない。スティーブンも結局、彼方側にいる間は情報を求める様な事はしてこなかった。彼なりの配慮だったのかもしれないし、ただ単純に不可能だったのかもしれない。
ともあれ、スティーブンの技術で今、生きているのだからまずはそれに報いる。
成果報告としてとりあえずストレージから大量の食糧を取り出し、傷みそうなものは冷蔵庫に叩き込んで行き、別のテーブルに購入してきた銃を乗せて、その近くに弾薬のケースを設置する。そしてこれはたぶんスティーブンが作業用とかに欲しがるかなぁ、と思って調達してきた新品のPCパーツや機械の部品を乱雑に、そして最新のノートパソコンを持ち込んだ。
まぁ、これは必要品と必須品。だけどスティーブンが一番欲しいものは恐らく違うだろう。スマートフォンを取り出し、保存フォルダを開きながら、そこに記録されたデータを展開しつつスマートフォンそのものをスティーブンへと渡した。それを受け取ったスティーブンは大きく頷いた。
「良し良し、私の思った通りだ。純情報概念の集積……健全な世界であれば記録やログが残るから、多少は摘出したところで世界を揺るがす事はない。故に世界からの反動も排除運動もなし。後はこれを情報として世界に打ち込む形へと変換する必要がある……。うむ、あらかじめある程度の準備はしてある。サマナー君、君は少し休んでいなさい……と言っても、先ほどまでいた世界の方が寛げたと思うけどね」
「それは言わないでください」
はっはっは、と笑いながらスティーブンが奥の部屋へと進んで行く……新しいノートパソコンと共に。アレ、地味に気に入ったんだなぁ、とすかさず持って行く動作に感じた。
「って、あ、駄狐と駄魚……」
スマートフォンを預ける前に召喚しておくのを忘れてた。いや、まぁ、これで別れる訳ではないのだが。しゃーない、そう思いながら息を吐き、アンへと視線を向ける。
「……スティーブンがはしゃぎ終わるまでゆっくりするか」
「ん」
短い言葉でアンが了承した。ひとつき前と比べ、表情が解る様になったな。その事が嬉しかった。ふぅ、と息を吐きながら店内のソファに腰を下ろし、沈み込む様に座り込んだ。やっぱり質の良いソファだなぁ、と思いながら店内を流れる静かなクラシックの音に聞きほれる。横に座ったアンが身を寄せる様に体を預けてくるので、それを受け止めながら目を閉じた。
……クラシックが流れているが、静かだ。
巌戸台分寮であれば常に騒いでいる順平とゆかりがいて、拳で音を切る明彦がスパーの相手をしつこく頼んできたものだ。おかげで、あそこでは常に騒がしさが絶えなかった。
「寂しい……?」
「うん、やっぱりね……」
そう言うと横から腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめられた。なんだかんだで、別れという事そのものに対して一種のトラウマを感じているのかもしれないな、と思った。ただやはり、別れるのは辛い。もう二度と会えない、という訳じゃないのだろう。それでも長い別れになる。あそこまで仲良くなれたのに……そう思うと胸が苦しい。
狭心症。
彼方の世界に居る間はほぼ来なかった胸を締め付ける様な痛み。それが此方へと戻って来て、復活していた。最初はストレス性のものかと思っていたが……どうやら、根本的にこの世界にある何かが原因なのかもしれない。そう考えながら片手で胸を押さえ、深く息を吸い、吐き出した。
恰好のつかない、無様な男だ。
「……早く世界をどうにかして、楽になりたいもんだ」
「サマナー……終わったら……決めてる?」
アンの言葉にそうだなぁ、と呟く。
「とりあえず今のレベルでも1件百数万ってお金は稼げるだろうし、どっかの田舎の、レベルの低い異界の管理者になりたいかな。それだけでも十分にお金になるだろうし……後はそれで適当に、穏やかに暮らそう」
都会の喧騒を忘れて。戦う義務とか全部忘れて。
「それとも山奥にひっそりと住むのもいいかもしれない……なんか、人と関わって生きるのは辛いよ」
根本的に、出会いと別れを繰り返すのが辛い。また誰かと出会い、仲良くなって、そして別れてしまうというのが。堪らなく苦しかった。あの死神と塔の扉の世界。あの向こう側にいる連中とも、適当にやっているつもりだった。だけど結局は入れ込んでいて、そして別れを苦しんでいる。
やっぱり、普通の人間なのだ、俺は。こういう出会いと別れの一つ一つが辛いだけの。情けない男なのだ。だから誰かと関わらず、ひっそりと生きて行くのが一番だろう。幸い、金と宝石はある。桐条からの報酬で。それを使えば楽な生活も出来るだろう。これが終わったらそうやってひっそりと生きたい。
だけど、その時。
アンは一緒に居てくれるだろうか……?
全てが終わった後で、一緒に居てくれるのだろうか? それを聞き出す勇気はまだ、自分にはなかった。不甲斐ないが、俺はそういう男だった。格好つけるのは表面ばかり。その中身はまだまだ、子供で、未熟で、そして情けなかった。だからこそ自分を変えたい。強くなりたい……だけど、届かない。上には上がいる、というのを理解しているから。
「……」
「サマナー?」
「なんでも、ないよ……あぁ、なんでもない」
やっぱり、言葉に出来ない。情けないなぁ、俺は……そんなことを考えている間に、車椅子に乗ったスティーブンが奥の部屋から出て来た。スマートフォンを此方へと投げ渡してくるのをキャッチし確認して見れば、そこには新しくアプリが幾つか増えていた。
「君が持ち帰った品は、死んでいない世界の新鮮な、或いは健全な概念を孕んだ品々だ。おかげで崩壊したフラグメントデータを変換して新しいものを生み出すなんて変換効率が悪い事をせずに済んだよ。とりあえずは《邪教の館》と《悪魔全書》を登録した。とはいえ、それが稼働できるのはまずは今ある概念情報を世界に追加してからだ」
受け取ったスマートフォンを確認し、新しいアプリを確認してからそれをポケットの中へと突っ込む。どうやらこれで一日が終わりそうにはなかった。立ち上がり、L&Oをすぐに抜けるホルスター付きのベルトに装着させつつ、出かける準備を進める。同じようにアンも立ち上がった。
「で、何をすればいいんっすかね」
「ナカノサンプラザを知ってるかな? あぁ、あの一際大きな建物だ。あそこには大型音楽ホールがある。あそこでなら場所と広さとしては丁度良いだろう。そこで世界再生を行う。君にはそこに向かって貰いたい」
「了解です」
じゃ、日付が変わる前に終わらせてしまおう、と思ったところでスティーブンに止められる。
「待ちたまえ。期待させるようだが、これはまだ1回目だ。1回で世界は完全に修復されない。私が計測したこの情報量ならおそらく……東京23区が復活する程度だろう。だからこれでまだ君の使命は終わった訳ではないというのを理解して欲しい」
「……うす」
まぁ、流石にこれだけで終わるとは思えなかったが、1か月で東京23区か、と思うと少し辛い。とはいえ、アレだけの平和でこれだけ世界を再生できるんだな、とは思わなくもない。それはともかく、世界の再生への一歩ではある。
「そしてこの儀式にはメシアとガイアの協力が今回に限り、不可欠だ。既にメシアとガイアには私の方から連絡を入れてある。メシア教会、ガイア寺院に向かって協力者と合流したらサンプラザへと向かうと良い。現地に到着したら何をすればいいか、次の連絡を入れよう」
「待って……待って」
スティーブンが投げて来た爆弾発言に、片手を震わせながらスティーブンへとちょっと待つように伸ばした。車椅子の天才はなにかな、と言葉を返してくる。
「いや、ガイアとメシアが一緒に行動するのって不味いっすよ。連中水に油だから」
「そこは問題ない。ここに残っているガイアもメシアも穏健派で、どちらも理性的だ。流石にこの状況で争って人類を絶滅させようとする事はしないさ。もし、そんな事を考えているなら既に絶滅しているとも」
「いや……まぁ、スティーブンさんがそう言うなら……」
「さ、そういう訳だ。世界が君を待っている。終わればこの異界も軽く拡張し、機能も増やせる。そうしたら君が持ち込んだものでパーティーを開こう。悪魔合体も解禁し、戦力の強化も行えるだろうしね。それを楽しみに世界を直してしまうと良い」
「世界、軽いなぁー」
まぁ、何も残っていない世界なので軽いのは当然なのだが。ともあれ、中々めんどくさそうだなぁ、と思いながらそうだ、と言葉を置き、ストレージから別れのプレゼント、つまりは月光館学園の制服を取り出した。
「これ、外に出ている間に概念加工できません? 一応防弾防刃耐火性ですけど」
「そこまで出来ているのならさほど苦労はない。任せたまえ」
「じゃ、お願いしますわ」
軽くスティーブンに頭を下げてから再びこのバーを離れる事にする。貧乏、暇なしとは言うがこの場合、本当に何も持たざるモノなのは世界そのものだ。じゃ、行こうぜ、と、アンに伝えながら早速、外へと出る。
……メシアとガイアと共に動く、という事に恐怖を感じながら。
メシア教会とガイア寺院。つまりはメシアとガイア。二つの思想は大きく異なる、というよりは正反対だ。メシアは秩序と法を尊ぶ。だがガイアは自由と力を尊ぶ。相当、メシアとガイアは崩壊前はテロを行うレベルでぶつかっていた。というか殺し合っていたらしい。というのも、天使たちは千年王国を築こうとし、天使による支配と絶対秩序の王国を生み出そうとする中、ガイアは悪魔と人間が力をベースに共存する社会を構築しようとする。
そしてExニュートラルと呼ばれるアライメントの極N-N連中がその双方を殴り殺す。世界はそんな感じでバランスを保っていた。というかこのN-Nを超えたExニュートラルとでも呼べる連中が一番やばいらしい。主義主張とか興味もクソもねぇから早く死ね、それでいいからとか言っている連中だ。
正直、LやC主義者より地獄だ。
ExNな連中がいないだけ、今の崩壊世界は平和なのかもしれない……連中がいたらこの状況でもとりあえずという感覚でメシアやガイアを皆殺しにする選択もあるらしいし、やはり、
アライメント関連は面倒だ。
「これは―――サマナー殿。一週間ほど見ない間に様変わりなされましたな。今の実力ならば下位のテンプルナイトとも渡り合える実力になって来ましたね。やはり、今からでもテンプルナイトを目指しませんか? え、無理ですか? 仕方がありませんね……」
メシア教会にまずは訪れた。道中に悪魔は皆殺しにして、多少の魔石を回収しながら到着した所、何時もの感じの良いテンプルナイトが門番をしていた。どうやらメシア教会の様子はあまり変わったようではなく、そのままだった。テンプルナイトはアナライザーの様な道具を使っている気配がないが、
その代わりに、鍛え上げられた経験と知識、そして戦闘勘による、推理が行える。おおよその実力をMagなどから把握できるのだ。だからアナライザーがなくても、大まかなレベルなら見れる。それでレベルの上昇を確認できているのだ。
心底、戦いたいとは思えない。こういう歴戦の勇士が何人も存在するのだ。自分の様な付け焼刃ではない。何年も修行し、戦場を経験した戦士だ。テンプルナイトは馬鹿に出来ない。
此方がスダマを投げる以外に恐らく勝機はない。
悪魔に比べて貧弱な人間は呪殺や破魔対策に遠慮なくテトラジャマー等の耐性防具を着込み、その上で神経や精神対策を施し、自分が妨害されずに立ち回れるように対応するのだから。悪魔なんかよりもこっちのが怖い。それはそれとして、
「お久しぶりっす。実はスティーブンからこっちでメシアの人と合流しろって指示を受けているんですけど」
「む、スティーブン殿が……か。なら私の頭を超えているだろう。少し、確認してこよう」
どうも、と言葉を返そうとした時に、清らかなMagの気配を感じた。テンプルナイトも動きを止め、迷う事無く騎士の礼を取った。自然とその気配に背筋を伸ばしているのを感じ、少しだけ、苦手な感じを覚えた。正面、教会へと通じる道の方から一人の法衣に身を包んだ女性の姿が見えた。年齢は恐らく俺よりも少しだけ上という程度の女性は金髪を揺らしながらゆっくりと歩いてくる。自然と無意識的に《アナライズ》が発動し、視界にとらえた女性のレベルと能力を映した。
レベル38、人類における
他の統括者が全員死滅している、というのもあるが。
「サマナー・キサラギ、お久しぶりです。どうやら元気なようですね。また、こうやって無事な姿を見れた事を喜ばしく思います。我らが主が無きこの世の中で、貴方の様に自分の足で立てる存在は非常に稀有です……ですからこそ、無理をせずにご自愛ください。この狭い世界で、また一人、私の知る人がいなくなるのは悲しい事ですから」
「お久しぶりです、クラリッサ様。自分の事はお気になさらずに。こう見えて結構逞しいですから」
頭を軽く下げて挨拶すると、クラリッサから上品な笑みが返って来た。貴人、という言葉が似合う女性だ。なんというか、穢してはならない、そういう風に本質的な物を感じる。それはそれとして、軽く頭を下げてから、
「スティーブンに頼まれたのですが……」
「了承しております。私が此度の協力者です。エストマとトラポートを使用出来ますので道中、悪魔に遭遇する事もないでしょう……では行ってまいります、タカナシ」
「いや、行ってまいりますではありません、クラリッサ様。私、なにも、話、聞いてません」
「……? えぇ、今はじめて言いましたからね」
「……いや、あの、クラリッサ様? そういう話ではないのです。あの、一応の話ですが……クラリッサ様はお立場を理解していますか? 理解……していますよね?」
「特技は常世の祈りとアギダインです」
「クラリッサ様、そういう事ではありません。上級火炎魔法が使えるならここら辺の悪魔は問題ないでしょうが、そういう事ではありません。クラリッサ様? あの、クラリッサ様?」
「トラポート」
「クラリッサ様ぁぁぁぁぁああ―――!」
此方へと素早く近づいた聖女は此方とアンの腕を掴むと、そのまま一気に移動用の魔法、トラポートを発動させた。一種のテレポート魔法であるそれが発動すると、一気に視界が変化し、切り替わった。場所は切り替わったガイア寺院前の百段階段の前だった。聖女クラリッサの方へと視線を向ければ、両手の人差し指を頬に当て、
「てへっ、長そうなので逃げちゃいました」
「いや、アレ絶対に後で数倍になって怒られる奴ですよ……!」
「あ、やっぱりそう思います? でもですね、一応は大義があるので問題はありません。この行いは何をどう取り繕うと、必要な事ですし、であれば、早くやる事に問題はありません。第一、あそこで話を聞いていれば間違いなく護衛を付けられていました……無駄にガイアを刺激してしまいますし、それでは困りますから」
「いや、うん、怒られるのはクラリッサ様なので、俺に言い訳しても……」
「えっ、庇ってくれないんですか……?」
絶対にしないよ。する訳がない。気持ちよく見捨てさせて貰う。
「主が悲しみますよ!」
「そのお方、既に消滅しているんですよ……」
「でしたね……」
悲しむもクソもねぇな、という話をしながら階段を上がって行く。百段階段、ここを登るのも1か月ぶりの事だと思いながら登り切る手前、最後の階段に座り込む半裸の男の姿が見える。僧衣の上半身部分だけを脱いで、逞しく鍛え上げられた肉体を晒す初老に入る男だった。片手に瓢箪を握り、そこから酒を呷っている様子だった。白髪交じりの黒髪をオールバックで流す男が《アナライズ》される。
「おーう、来たな坊主と聖女ちゃん。糞爺の言った通りか」
よっこらしょ、と声を零しながら立ち上がる破戒僧のレベルは42、つまりは超英雄級に到達した、正真正銘の人外だ。ここまで来ると個人で国家と戦えるレベルの戦闘力だ。その気になれば特技か魔法の一つで街を破壊し、そのまま国を破壊し続けながら横断できる。それだけの能力を得たレベルだ。これ以上となると神話の英雄や神々クラスになってくる。
いや、そもそもこんなレベルでも十分頭がおかしいのだが。
「よし、お前らが揃ってるなら俺も行かねぇ訳にはいかねぇな。つーわけで宜しくな、坊主、聖女ちゃん」
「よろしくお願いします騨様。しかし今日もまた飲んでますね?」
「おう、もう残りが少なくなってきて飲む量に制限喰らい始めてるけどな! けど、こうやって顔を合わせるのは2週間ぶり近くか……。とりあえず坊主、俺は出る準備が出来てる。お前の方もいいか?」
「え? あ? あ、はい。こっちは現地到着後に何をやればいいかってスティーブンが教えてくれるはずなんで」
「おう、解った。そんじゃ行くとすっか……なんだよ、その表情」
此方が微妙な表情を浮かべていると、それを騨が突いてくる。というかかなり気安い。近づいてくると頭を掴んで撫でてくる。なんというか、気安いおっさんという感じだ、完全に。というか頭をそう簡単に撫でないで欲しい。若干もじゃってしてるけどこのもじゃ具合のセットに朝の時間を使ってるのだから。
「なんというか、ガイアとメシアの現状のトップが凄く仲が良さそうなんで……」
その言葉に騨とクラリッサが表情を見合わせた。
「まぁ、トップが敵対的だと空気が下に通じるからな。上が適当にニコニコ仲良くやってりゃあ無駄な諍いはそれだけ減るんだよ。それに強い奴は認める。それがガイアの主義だからな、睨む必要は何もないだろ?」
「滅びそうな状況で足を引っ張り合う愚行はただの自殺ですし、教義に従わないからと排斥していたら、それはただのカオス思想では? と私は思っていますし」
『驚くほどのド正論!』
『世界が滅びなきゃこうならないと言うんじゃから、CとLの争いも救いがないの』
まぁ、この二人……というより、この残された僅かな世界は基本的なCL闘争とは別枠の扱いだよな、と握手を交わす二人を見て思う。世の中、滅べばどうにかなるもんだな、と。
「それでは目的地は解りますか?」
「あ、サンプラザです」
「流石に行った事がないのでトラポートでは移動できませんわね」
「っつーことは歩いて行くか。まぁ、ナカノ市内だしそう遠くもないだろう……たまにゃあまともな運動も悪くはないわな」
「ですね。エストマは―――まぁ、一応使っておきましょう」
「なんか、もう、エストマなしでもオーラだけで野良悪魔弾け飛びそうなパーティーが出来上がったんですけどこれ」
「……試してみるか」
えぇ、と声を零しながら困惑しつつ、ここに恐らくは崩壊世界で用意できる最高レベルの超人が揃った。その向かう先はナカノサンプラザ―――この世界を再生する為の最初の場所だった。
これ以上ない安心感の中で、崩壊世界最強パーティーによる移動が始まった。
破戒僧さんの方は貫通持ちの物理型。Wブースターで貫通させて死ぬまで殴る。聖女さんはほとんど支援にリソース回してるけどメシアライザー持ち。組んで戦うと格上とか殺せるかもね。
そんなのが歩き回るナカノはもしや地獄では。あ、次回一気に新キャラ増えます。バーが大きくなります。
そしてメガテンと言えば絶対に外せない、仲魔の強化と追加。
崩壊世界、色々と動きますぜ。ぶっちゃけ、P3はチュートリアル。