※この作品はR-18です。

女神転生Genesis   作:てんぞー

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三章 覚悟と友情
大正二十年


 場所はシブヤに戻る。

 

 シンジュクのヤタガラスチームの手によってシンジュクからシブヤまでの線路が結界によって確保された。これによってシンジュクからシブヤへの移動の安全は確保され、線路そのものの上に商店街の様な空間を形成しつつ、シブヤへの安全なルートが開通された。この恩恵に預かるのは新しい場所への略奪や物資回収を行う組織や悪魔業界チームだけではない。線路の横を悪魔を避ける様に移動する人達も線路へと飛び込めば、悪魔の襲撃から逃げ切れるのだ。人間にとっての安全地帯が増えた事で、人間という存在の力が増して行き、社会が回復し始める。

 

 自分も普通、シブヤへと向かうには悪魔と何度も遭遇し、警戒しながら進む必要があるのだが、これからはその心配をする必要もない。ヴァラーハをシンジュクで召喚し、直径6メートルほどの大きさにまで巨大化して貰えば、その背中にアンと共に乗り、線路の上をヴァラーハに疾走させる。速ステータスが大幅に上昇した事もあって電車なんかよりも遥かに早い速度で疾走する巨大な猪の姿は爽快であり、ちょくちょく現れるガラの悪い、絡んで来ようとする連中を跳ね飛ばしながら進んだ。

 

 そうやって最初は少し困ったシブヤにもあっさりと到着出来た。

 

 ヴァラーハの背から飛び降りて軽く頭を撫で、アプリ内部へと戻す。ブルームの方が基本的に一人乗り仕様なので、こうやって複数人乗せて移動できる仲魔の存在は戦略とは別の所で非常に助かった。ともあれ、そうやって到着するシブヤ駅内部は割と人気が無いが、

 

 外に出ると違う。

 

 シブヤのハチ公前からスクランブル交差点付近は完全に露店や屋台で溢れる、復興中の街の姿を見せる様になっていた。

 

 シブヤに来ているメインはサマナーやバスターといった悪魔関係者であり、まだまだ結界によって確保されていない区間の多いシブヤは、今では確保されているシンジュクとは違って拠点が近く、尚且つ即座に物資を売る事の出来る便利な狩場だった。その為、どんどん人が集まって復興が始まっている。そこには何人も、同じシブヤ解放作戦に参加していた姿が見えて、ヴァラーハに乗って来たのを見てこっちに手を振る姿が見えた。返す様に手を振り返し、向かうのはシブヤ駅近くのガード下だった。

 

 上を走る建造物の影響で暗くなっている空間の中、本来であれば闇に覆われている場所には光源があった。あのナカノで目撃したのと同じ色、形をした扉であり、そこには《大正二十年》と彫られてあった。それを確認してから、視線をアンへと向けた。此方の視線を見たアンは頷きを返し、手を握って来た。その柔らかい感触を感じながら唾を飲み込んだ。

 

「此方リュージ、目的地に到着……これより世界移動を開始する」

 

『此方スティーブン、君の幸運を祈っている。恐れる事無く進むと良い』

 

『おい、土産忘れるなよ』

 

「ダンテェ……」

 

 気楽だなぁ、あのおっさん。そう思いながらもなぜか苦笑出来てしまう。そのおかげで肩から力が抜けるというのも事実だった。ああいう余裕の持ち方はやはり、羨ましいかもしれない。真似したくはないが。まぁ、それはともあれ、少しは力が抜けたので前へと踏み出しやすくなった。

 

「良し―――行こう」

 

「ん」

 

 頷いたアンの手を引きながら前に進み、世界を渡る扉のノブに触れた。抵抗もなくそれはあっさりと開き、そしてその隙間から目が眩むような光が溢れ出し、一瞬で姿を飲み込んだ。目が開けられない光と浮遊感の中、見えないが自分がどこかへと進んでいる、という感覚だけはあった。一回目とは違い、意識した移動、そして覚悟が出来ていたこともあって、しっかりと意識が保たれていた。

 

 ぐにゃり、と世界が歪んで、そして未定義領域を一気に突き抜けた感覚があった。周囲から感じる光もそうやって消え去り、そして漸く、前へと踏み出す事が出来る。

 

 そうやって見えたのはぼろぼろになった廃屋の姿だった。

 

 床や壁、天井は崩れており、人の気配のない廃屋、そのエントランスホールとでもいうべき場所に世界を繋ぐ扉が繋がっていた。世界扉を抜けた所でルーチェ&オンブラを抜き、静かに警戒しつつ辺りを見回し、悪魔の気配や、危なそうなシステムが存在しないのを確認してから、ゆっくりと銃を仕舞い、警戒をアンにバトンタッチさせながらアプリを開く。《ワールド・レコーダー》を起動させ、そのまま世界の記録を開始させる。

 

『アプリを起動しました。世界の情報概念取得に入ります―――』

 

「良し、成功した。確かに異世界だ」

 

 スマートフォンをポケットの中に押し込んで、《大正二十年》にちゃんと来れた事を確認した。これが元の世界であれば、普通にアプリは稼働しないので解りやすい判別方法だった。そうやって終わった所で、ふぅ、吐息を吐きながら周囲を見渡す。

 

「ここは……どこだろう?」

 

「んー……?」

 

 その言葉にアンも首を傾げていた。

 

 大正二十年がどういう世界かは知らないが、現代における大正時代は和洋が融合し、日本が現代化を進める真っただ中の時代であった筈だ。大正浪漫―――とは良く大正を題材として扱う作品やゲームで聞き慣れたフレーズ。和装と洋装が融合したようなユニークな街並みと服装、外観、それらが見られる時代でもあり、他の時代にはない積極的な交流と文化の進化が見れる時代でもあった筈だ。

 

 もうちょい、歴史を勉強しておけば良かったと思う。

 

「こいつは洋風の屋敷だよな? なんで焼けてるんだ?」

 

 見やる屋敷は所々崩壊し、そして焦げている。それを確認しながらとりあえずは外を目指す事にする。実際、出口は目の前にあるので出るのは難しくなかった。焼けた廃屋を玄関口から抜けて、

 

 外へと出た。

 

 そこに広がっているのはまるで異世界の様な風景だった。

 

 土(・)だ(・)。

 

 見慣れたアスファルトではなく、土が整備された道路となっていた。その中央には色が変わっておそらくはアスファルト? なのだろうか? そこまでは解らないが、それに近い色をした整えられた道路、その中に埋め込まれた線路が見える。ちんちん、と音を鳴らしながらその上を路面電車が走り、人々が道路を歩いているのが見える。そこには現代の様な車の姿は全くなく、轢かれる事を考えずに歩いている。現代ではおそらく考えられない光景だ。うわぁ、とレトロな風景を見ているのに軽く驚愕し、声を漏らす。

 

 歩いている人々も服装はまるで違う。映画や小説で見る様な古い和装をしており、和装と洋装の中間の様な、時代の変わり目の恰好をしているのが見える。正直、滅茶苦茶かっこいい、というか惹かれる。すっげぇ、と声を漏らす。

 

「これが大正浪漫……!」

 

『心なしか楽しそうね』

 

『前の世界でもこんな感じじゃったぞ』

 

『崩壊世界と比べれば物資に余裕がある時点で大体天国だよね!』

 

 それな、とヴァラーハの言葉に同意する。とはいえ、まさかタイムスリップ染みた事を経験する事になるとは思わなかった。流石にこの未知の経験には心が躍る。道路はまだ完全に整備されていないのか所々ボコボコになっている様な気がする……まだ道路整備している最中なのだろうか?

 

「っと、スティーブンからメールだ」

 

 スマートフォンを取り出し、確認する。これより記録が完了するまでは自由時間ではあるが、いくつか気を付けなくてはならない事が存在する、との事。

 

 まずここは大正二十年―――つまりは1931年

 

 第二次世界大戦まであと数年というカウントダウンが始まっている時期である。此方の世界には海外が存在する為、そのつもりであれば今からドイツに乗り込んで軽く第二次世界大戦を誘発するのも終わらせるのも自由であろう、との事。だが日本国内での活動は常にクズノハの存在がある為に留意されたし。

 

 クズノハ。それは日本における最強の退魔集団、退魔組織を意味する名前であり、一族出身のサマナーはその名を継いでいる。所属する戦闘員は最(・)低(・)で(・)超(・)人(・)レ(・)ベ(・)ル(・)はあるとされている変態戦闘集団でもある。日本国内にはどこにでも目を持っており、そしてクズノハ四天王と呼ばれる超エリート戦力を保有しているという事もある。国家を守護する事が第一であり、それ以外の事に関しては極端に興味を持たない。とはいえ、ダークサマナーと呼ばれる裏の法を守らない存在に関しては積極的に粛清する方向性を持っている。敵対する事は即死を意味する。

 

「なるべくクズノハとは会わない方向に行くとするとして……えーと」

 

 アンの方を見ると、髪の毛の端で遊んでいた。アレは何だろうか……モミアゲ? をなんか、角ばらせて遊んでいる。偶に妙に子供っぽくなる姿を見てから、メールの続きを見る。

 

 また大正二十年にはヤタガラスも存在する。仕事を受けて生活するならクズノハではなくヤタガラスを探す方が平和的である。それに勝手な行動はクズノハのマーキングにも繋がる為、先にヤタガラスに接触し、サマナーとして登録したほうが安全である、

 

「……か。とりあえず換金できそうな宝石は結構あるし、ヤタガラスを探してそこでお金を作る、寝る場所を確保する、そして適度に事件に巻き込まれない様に生活する?」

 

「ん」

 

 アンはそれに異論を持たなかった。と、周辺へと視線を向ければやや視線が集まるのを感じていた。余り往来の中で喋るもんじゃないな、とスマートフォンをポケットの中に押し込んで歩き出す。その動きに直ぐに追いついたアンが腕を絡めてくる。視線をアンの方へと向ければ、此方を見て首を傾げて来る。余り深く考えずに動いているのだろう、と自分に言い聞かせて変に期待を持たない様にしつつ、歩き出す。

 

 とりあえずヤタガラスを、そしてサマナーの働き場所を探すのが目的だ。

 

 ……だがこの場合、どうすればいいのだろうか?

 

 現代ならまだいい。ある程度組織の居場所が解っている。だが大正二十年なんて生まれる前の話だ。流石にどこに行けばいいとか、そういう事に対する一切の知識がなかった。このまま大正の街を歩きまわっていてもぶっちゃけ、答えは出ないのでは? と思わなくもない。とりあえずどこへ行くべきか、と考えだした所で、

 

『とりあえずしばらくは純粋に大正の街を楽しみなさい』

 

「ベル?」

 

『サマナーの事は後から簡単に接触出来るわ。だから今は軽く街を散策しなさい。しばらく居る場所を知っておくのも大事でしょう? 仕事仕事って考えていても疲れるだけよ。そこは仕事のプロフェッショナルとして断言するわ。そればかりだと最終的に部下も逃げ出すし』

 

 実感の籠っているベルの声にうっす、と答える。とりあえず視線を集めているので移動しつつ、まずは大正というこの時代を把握し、ここがどの場所かを理解する為にも―――この街を散策する事にした。

 

 

♦

 

 

 この街を帝都と呼ぶらしい。

 

 東京ではなく、帝都。根本的に世界が違うというのを理解させられた。とはいえ、創作では良く聞くような名前だし、あっさりと受け入れる事が出来た。何よりも聞いた事のない街の名前ばかりではあるが、知っている言語、日本という国、そして文化はある程度馴染みのあるものだったというのが幸いした。これなら普通に歩き回っても話が通じる。そのおかげで間違えたり迷ったりすることはなかった。

 

 大正時代、洋装を纏い始めるこの時代は洋風のお店が木造建築等と共にみられる様になり、道路も国道整備が始まるらしく、所々土の道路、そして石畳の道路とあべこべな場所が出来上がっている。整備が進んでいる区画は大きな屋敷などが存在する所であり、どうやら金のある所から整備が進められているのはどの時代も変わらないらしい。

 

 そんな帝都の街並みをアンと歩きながら、少し買い物を楽しんだ。

 

 なんと言ってもまず売っているものが違う。セブンイレブンやローソン、ファミリーマートなんてものはこの時代には存在しない。何かが欲しければコンビニに飛び込んで全部揃えるということが出来ないのだ。コンビニの様な便利な場所がない故に別々に買い揃えなくてはならない時代、いろんな店舗が並んでいる。此方に居る間はそういう消耗品も別々の店舗で購入しなきゃならないんだな、というのに歩いて気づかされる。これが割と楽しい。今の生活では見る様な事がない煙管のお店なんてものも見かけた。まだ煙草を吸うつもりはないが、思わず中に入ってしまい、言われるがままに一つ購入してしまった。

 

 そこから更に歩いて、今度は洋風の喫茶店を見つける事が出来た。中に入ってみればちゃんと洋風の内装に、洋食を販売できる場所だった。第一次世界大戦が終わってからある程度年月が経過しているが、それでもまだ日本がこういう所には敏感なのでは? と思いつつもあったが、そこまでという訳ではなさそうだった。というより積極的にここから洋風を取り込む事で発展しようという気概さえ感じられる。

 

 ここから教科書で学ぶような、あんな恐ろしい状態になるとは思いもできない。

 

 とはいえ、第二次世界大戦に巻き込まれる様な事は自分にはない。何よりもレベル30もあれば核兵器―――つまりはフレイダイン級の魔法に集中して防御を固めればな(・)ん(・)と(・)か(・)耐(・)え(・)ら(・)れ(・)る(・)レ(・)ベ(・)ル(・)でもあるらしい。核兵器と言えば人類抹殺の兵器類の中で極限まで恐れられる兵器だ。一般人からすれば身近に潜み続ける恐怖の象徴でもあるだろう。超人レベルともなればそれに耐えられる、と聞かされると色々と自分の強さが解らなくなってくる。

 

 超人、覚醒者、仙人、どれも人を超えた存在。ルールが通じないのには少し、不安を覚える。

 

 まぁ、そもそも核兵器に巻き込まれるのってなんだよ、という話なのだが。日常生活で突然核が落ちてくるって理解できない。発狂したアメリカ大統領がうっかりボタンを押してしまったのだろうか。そんな本当にくだらない、中身のない事を考えながら外に出ている喫茶店のメニューを眺めた。

 

 そう、カレーがあったのだ。

 

 急いで適当な宝石店に入り込み、宝石を一つだけ売り飛ばして資金源にしてから再び喫茶店に飛び込んだ。

 

 大盛のカレーを注文できるのでMag補給の代わりを兼ねて注文し、それを食べてみるのだが、現代で食べるカレーとは全く味が違う。現代で食べるカレーは研究されているのか、或いは味覚に違いが出てきたのが影響か、非常に味が濃く、そして同時に味が辛い物が大人のメインとなっている。だがここで食べるカレーは辛さが控えめで、やや味が薄く感じられる、今まで食べて来たカレーとはちょっと趣が異なったタイプのカレーだった。

 

 そこは少しだけ残念だと思いつつ、この時代には珈琲も出回っていた。それを口にしつつ、此方は時代が変わってもあまり味の変わらないものだな、と思わされた。

 

 だが良く考えれば大正という時代は明治維新以降の時代であり、超急速に近代化と西洋文化を取り入れた時代でもあった事を思い出せる。何よりここは大正二十年、つまり自分の世界で言えば昭(・)和(・)五(・)年(・)相(・)当(・)の(・)時(・)代(・)でもある。

 

 大正という時代に対する馴染みは正直な所、割と薄い。だが昭和という時代であれば寧ろ聞き覚えがあるし、良くネタにされたり、現代でも昭和生まれの人が見えるのだから、そこまで遠くは感じない者だ。何より昭和は1989年、64年まである。その事を考えると比較的に近代的にも感じられる。第二次世界大戦、昭和三種の神器、そしてレトロ感の感じられる街並み……昭和はある程度は既知の範囲内だった。大正二十年ではなく、昭和五年と考えれば少しだけ、解りやすくなるのかもしれない。

 

 そうやって喫茶店で食事を終わらせてもまだまだお金には余裕がある。お腹がいっぱいになって満足し始めると適度に散財したくなる。正直、サマナー関連の施設の支払いはマッカで統一され、それで行えるらしいので、ある程度普通のお金を使い果たしてもマッカさえあればなんとかなるのだ。故に散財してもいいよな、と言い訳を完了させて、今度は服屋に突入した。

 

 無論、アンに何か、服装を新しく与える為である。

 

 月光館学園のレプリカ制服姿の此方は、まだいい訳が通用するが、歩いている間にアンへと向けられたオープンスカートワンピースとスパッツ姿はどうやら刺激が強いらしく、物凄く視線を集めていた。なのでここはひとつ、アンの為に何か大正っぽい服装を探すべきではないかと思った。

 

 そんな所で、ちょっと高そうな店内に入る事にした。そこで今までは沈黙を保ってきた《エネミーソナー》が僅かな反応を示すのが解った。店内に入った所で軽く足を止め、店員が此方へと視線を向けてくるが、片手を上げつつ笑みを浮かべる。

 

「あぁ、どうも。ちょっと大陸の方から来たんですけど場所に合った服が欲しくて。値段は気にしないので彼女に似合いそうなのを見繕うの、お願いします」

 

「成程、それでは此方へどうぞ」

 

 アンが一度此方へと振り返るが、大丈夫だと軽く手を振りながら店内へと進んで行く姿を見送ってから眼鏡に表示される《ハニー・ビー》と《エネミーソナー》で軽く、今居る店が囲まれている事を察知した。赤い点が幾つか見える。これに遠隔でアナライズが行えれば楽なんだけどなぁ、と思いながらも、アプリ内部の悪魔へと語り掛ける。

 

「ベル、これを狙ってたな……」

 

『人修羅が普通に出歩けばちゃんとした国家であれば直ぐにバレて目を付けられるものよ。探すよりも呼び出したほうが遥かに楽でしょう?』

 

「魔界にはどうやらほうれんそうの概念がなかったらしいなぁ、おい」

 

 もしかして魔界とは面白芸人枠の集まりなのでは? と最近では思い始めている。何よりもトップがアレなのだから、その下もだいぶ面白いのではと思い始めている。何せ、トップがシェフでウェイターやっていて、その右腕が今、人修羅とかいう生物に似合う和服をアプリの中から選んでいる。お前ら少々フリーダム過ぎない?というかアンに対する好感度高くない? その欠片でもいいから此方へと向けてくれない?

 

 と思うとアンがアピールしてきて心臓に悪いので、止めておく。

 

 と、そんな事を考えているうちに赤い点が囲む様に配置されているのを確認した。そして店の外、正面に眼鏡を装着したスーツ姿の男が見えた。髪形も七三分けで、現代にも通じそうなサラリーマン姿だった。サラリーマンなのだろうか? そんな概念、この時代にあったのか? いや、ないだろう。という事はなんか別の存在なのだろう。心の中で警戒心を上げつつ、何時でもルーチェ&オンブラを出せる様に意識している

 

「―――」

 

 ばさり、とスーツの裾をたなびかせながらスーツの男は入店した。異様な気迫とでも言うべきものを背負い、光が反射する眼鏡はどこか、怪しさとも言える雰囲気を纏っていた。この男、ただものじゃない、と軽く息を飲みながら構えそうになった瞬間、スーツの男が一気に前に出た。

 

 滑る様な動きで足を揃え、背筋を伸ばし、そして―――飛んだ。

 

 その瞬間、店内の時間が停止した。

 

 男はまるで鳳凰の様な華麗さで空へと飛びあがり、大きく羽ばたきながら空中で回転を加え、そしてそれを圧縮する様に膝を、腰を、肘を曲げて行く。体を曲げる様な姿勢に見えて違う。目の前まで飛び上がったスーツの男はその両手に小さな何かを持ったまま、そのまま落下し始める。その姿に驚愕している間に、

 

 音もなく、すっ、と見事に着地を決めていた。

 

 膝を曲げ、体を縮めている様に見えて―――違う。そのポーズはどこか、訴える様なものを感じる雄大さを秘めていた。それを見てしまった者は眼が離せなくなり、視界の暴力とでも表現すべき力を感じて視線を向けてしまう。

 

 そう、それは訴えるべき姿勢。見ているだけでどうしても日本人であれば、理解してしまう。それは卑屈になる為の動きではなく、どんな業界であれ、日本人が最後の最後で取り出すべき最終手段、最終兵器、それを初手で抜いて来たのだ。

 

 それは、

 

―――どうしようもなく、土下座だった。

 

『なんじゃこれ』

 

『見事な形をしているね……!』

 

「……!」

 

 思わず、目の前で飛び上がりからの垂直落下土下座という見た事も想像したこともない動きを達成したスーツの姿に、今までのやばいとは別方面でのやばい、という物を感じていた。命の危機とか、そういう領域とは別のヤバさ。俺の正気は大丈夫かな? とかいうサニティの方を疑いたくなるような意味でのヤバさだった。これならまだ悪魔と戦っている方がマシだった。

 

「初めまして、私はヤタガラスに所属する者でして。平和的な交渉を担当させて貰っている他、スカウトマンを兼任している西田と申します」

 

「ヤタガラス」

 

「これは名刺です」

 

 どうしよう、足元で土下座している生き物が何時の間にか名刺を手にそれを突き出す形で土下座していた。脳味噌が理解を拒否していた。なんか、こう、彗星がぱぁ、っと出ては消えるのが見えてくる気がする。

 

「おかしいなぁ……俺の知ってるヤタガラスはもっと、こう、秘密組織っぽくて、かっこよくて……うん……」

 

 現代で見た命を懸けて結界を構築して人類の生存圏を確保していた姿が一瞬で崩れた。

 

 どうしよう、この状況。そんな考えに顔を両手で覆う事しか出来なかった。




 土下座文化は素晴らしい。描写しようとするとどうしても文字数やその動作を書き込んでしまうのは仕方のない事なのだ。土下座はヒロインよりも重要だからね。うん。

 という訳で描写されない部分、話に出てない部分を想像しつつ、コミカルにやっていくよ。
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