「異界攻略以外では絶対に呼ばねぇからな!! って全力で言われちゃった……解せない」
「率直に言って当たり前の対応ですかと」
ベルベットルーム、今日もベラドンナが美声を震わせている。一度、ここに6時間近く籠ってヴァラーハと一緒に何時間ノンストップで歌い続けられるかな? チェックを行ったが、それでもベラドンナは疲れる事無く、寧ろ客がいるのを楽しむかのように歌い続けていたので、あっ、これエンドレスに歌い続ける奴だと確信して諦めた、そんなベラドンナの歌が聞こえ続けるベルベットルーム、
ラヴェンツァにダメ出しされていた。
「おかしい……一切の情け容赦なく異界を駆逐出来たから結果としてこれが正しい筈なのに……。ヴァラーハとベルとチェフェイにも二重丸を貰った戦術なのに……」
「ChaosとDarkとLightとは言え、焦土戦術が基本のインド神話出身の化身を参考に作戦を構築したのがダメですね……全滅です……ね……」
そっかぁ、と声を零しながら、ベルベットルームに新しく追加されたテーブルにぐったりと倒れる。そこはベルベットルームでイゴールが使っているテーブルとは別に用意されたテーブルで、ちょっとした話し合いをしたり、或いはちょっとしたティータイムを楽しむ為のテーブルだった。そこではベルベットルームの案内人、ラヴェンツァが反対側に座って話し相手をしてくれていた。
見た目は子供に見えるラヴェンツァではあるが、その知性の深さには驚かされる。というか確実に自分よりも賢い娘だった。話していると色々と驚かされる。何よりも、
その気質は完全なるN-N、ニュートラルだった。噂の皆殺しのニュートラルではないが、それでも中立的視点から物事を眺められる人物でもあった。仲間のうち、ブレインとなる連中がChaosだったりDarkだったり、そしてインド出身の信頼感溢れる化身に関しては先ほどラヴェンツァが口にした通り、
まともな戦術を考える事の出来る奴がいなかった。
なお鳩は違う方向性でやばいので話題にすら上げられる事がない。
先日、ライドウとゴウト、おまけでヤタガラスにさえドン引きされたことが議題だった。
「だって攻略が試験内容だったんだぞ? これで良くない?」
「いえ、ヤタガラスの目的を考えると、サマナーとしての総合的な能力を判断したかったのでしょう。そしてライドウを出したのは帝都で暴れれば誰が粛清に来るのかを意識させる為……その中でサマリカームと自爆を使える半自立型特攻兵器を運用したんですから、当然の反応だと思われます」
「あぁ、成程―――見事にやらかしてる……?」
これ、言外にヤタガラスに俺が死んでも自爆は止まらねぇぞ……! と宣言している様なものではないか? これ、もしかしてテロ宣言しているだけでは? もしかしなくてもヤタガラスのめんどくさい奴リストに登録されたのではないのか……?
「ん? 自分の首を絞めた……?」
「いえ、一概にはそうとも言えませんが、破天荒なリュージ様の仲魔達好みの印象を残されてしまったと言いましょうか。そもそも背後関係が皆無の地にいるのですから、疑われようともヤタガラスでは何も見つけられません。リュージ様をどうこうしようという事はないでしょう」
「本当に?」
「藪を突こうとしないのが日本人ですから」
物凄く納得できる言葉だった。日本人て根本的に藪を突かない性質あるよね、と。だけど同時に護国機関だから必要であれば、即座に始末には来るだろうというのは解る。まぁ、その場で切って捨てられなかった分まだセーフという事なんだろうが。少なくとも、悪い事は何もやっていないし、戦闘力があるだけで思想的にはホワイトゾーンなのでセーフなはず。
「……セーフ?」
「セーフです。能力があって危険だから処理する―――と、判断してしまうと国が動かなくなってしまいます。清濁を併せて呑むからこそヤタガラスやクズノハの様な組織は運営できますので」
「あー……心臓に悪い。でもこういう場合、どうすりゃあ良かったんだろ」
「普通に攻略です。どれだけの知識があるか、どれだけ仲魔を制御出来ているのか、どれだけ異界という存在に対して対処できるか。その行動の端から人物像を測る予定だったんでしょう……」
過去形。つまり終わっている。いや、まぁ、仕方がないのだ。世紀末環境だと滅ぼさなきゃ滅ぶって感じで、殺したほうが正義だし。ダンテだって言っていた、俺がルールだぜ! と。だから崩壊世界スタイルで遠慮なくぶち込んでいったのがダメだった。でもそう言えばそうだ。この世界、崩壊していないから焦土戦術ダメだよね、と。まぁ、でもやらかしてしまった事は既に終わってしまっている。ここら辺はもうしょうがない。
「顔色は良くなったように思えますが、どうしました?」
「うーん、開き直った?」
「開き直った、ですか」
ラヴェンツァの言葉に頷きを返した。
「ライドウとゴウトにゃんの目の前でゾンビアタックしてたらなんか、二人揃ってぽかーん、とした表情を浮かべていてさ、それを見たらレベルはヤバいし強さはやばいしネームバリューも凄いし俺の様な木端とは別次元の存在なんだろうけど―――」
まぁ、なんというか、呆けている姿を見たら、そこまで恐れる程じゃないというか、
「……普通に驚いたりドン引きしたり、同じ人間なんだなぁ、って」
まぁ、当然の事とはいえ、当然だ。レベルという色眼鏡で見てしまい、自分のレベルと比較し、それでどれだけ動けるのか、それを知ってしまうとどうしても、人間とか悪魔とか、そういうのを関係なく考えてしまう。だけど本当に普通な人間らしいリアクションを見てしまうと、それをふと思い出させられる。ダンテはそこらへん、凄い人間臭かったからあまり、へこむのは長くなかった。
なんというか、あの人は間違いなく怪物で強いのだが……それ以上に凄い人間らしいのだ。私生活が壊滅していたり甘党だったり直ぐにたかろうとしてくる所とか、物凄いダメ人間だが、それが凄く人間っぽいのだ。だからまぁ、人間らしい所を見て、ふと正気に戻ったというか、
まぁ、同じ人間なんだよなぁ……としみじみ思わされた。
「と、ここで話し相手をするのは私としては宜しいのですが、そろそろお時間では?」
「うぉっ、もうそんなに時間が経ってたのか。ありがと、じゃあまたね」
おっとと、と声を零しながら椅子から立ち上がって、ラヴェンツァへと手を振る。イゴールの座っている方へと視線を向ければ、まだ仕事の無いイゴールが暇そうに足を組んで座っているのが見えた。前回の異界爆撃でレベルは上がったのが、それでも今の面子を合体させる程ではなかったのだ。なのでイゴールの仕事はない。ベルベットルームの主なのに仕事なしなのだ。
すまんな、と心の中でなんとなく謝りつつ、ベルベットルームの外へと出た。一番まともに会話できそうなラヴェンツァを相手に話してみたが、割と正解だったかもしれないというか、我が脳内カオスの仲魔達よりはよっぽど信頼できそうだった。
それはそれとしてベルベットルームから出て、蔵から出た所で縁側へと向かうと、そこには大正浪漫ルックのアンがいた。既にブーツを履いて出かける準備万端の彼女と合流すると、シレっと肩の上に着地しようとした鳩を掴んで、家の中に投げ込む。
そして、縁側に座って此方を眺めている仲魔達へと視線を向けた。
「じゃ、行ってきます。暴れるなよ? 壊すなよ? 絶対だかんな?」
「フリはいいから、お出かけを楽しんでらっしゃい」
「轢かれるじゃないんじゃぞー」
「千里眼がないのが悔やまれるなー」
『トラウィスカルパンクテトーリ』
今日はスダマ先輩が機嫌良さそうだなぁ、と思いながらアンと並ぶ。そしてそのまま、自然と腕を絡めて来た。何時もの様な唐突なスキンシップにどぎまぎしつつ、なんとか平静を保ってそのまま、家の外を目指す。
ちょっとした、デートだった。
何故今更こんな真似を? とは思うかもしれないが、元々はチェフェイとベルの発案だった。
ぶっちゃけ、女と二人きりで歩く事に慣れろ、という試みだった。
俺は童貞である。
彼女なんていなかった。
付き合った経験はない。
恋をしたことすらない。
立派な童貞である。
つまりはそういう経験そのものがない。自分に自信を作る。女性に対して恋愛面での免疫を作る。普通にコミュ力を育てる。そういう意味でもデートをする事は結構難易度が高いが、同時にいい練習にもなる。難易度が高いからと逃げていると、それに一生慣れないからだ。実際、体に触れるだけだったらチェフェイの授業で段々と慣れてきている部分もある。未だにこうやってアン相手に腕を組むと少し緊張するのも事実だが、
それ以上に楽しそうに一緒に歩くアンが無表情なのに、それが楽しそうで解るのが好きだった。
そう、好きだ。
今は大正浪漫風袴姿のアンと一緒に街に出た所だった。腕を組みながら一緒に歩くだけで、心の中が満たされて行くのを感じる。たったそれだけで自分はこの無表情だけど自己主張の激しい娘の事が好きなんだな、というのが解ってしまう。歩いているだけでも満足しちゃうし、一緒に居られるだけで気合が入る。落ち込んでくれた時に励まされると凄い元気になるし、このまま、一緒に居られたら……と思う事も一度じゃない。
だけど同時に、契約で縛れていない自分よりも強い彼女の事が怖かった。
彼女が支配人より紹介されたという事実に、恐怖を感じている部分もあった。
悪魔ならやりそうな事だった。
そしてそれが事実だったら―――アンは、
そんな事実、心が耐えられない。
どれだけレベルが上がっても―――心が強くなる訳じゃない。チェフェイが心配し、ヴァラーハはややスパルタ。ベルはちょくちょくちょっかいをかけながら面白がり、スダマはアレ、狂っているようで微妙に懐いている気がする。鳩は煩いが、たぶん一番親身になろうとしてくれているのは解っている。契約だけの関係を超えて、絆と呼べそうなものを仲魔達との間に構築しつつあるというのは理解している。そのおかげで少しずつ、自分という存在を認められそうになっている。
だけど駄目だ。
まだ駄目だ。
どうしても思い出してしまう。逃げた事への罪悪感。見捨てた人たちの苦しそうな表情を。そして今でも力はあるのに、贖罪に使おうとしない事への苦しみを。理由に理由を重ねて俺はまた、目を反らしている。
逃げ続けている。
「リュージ……顔、怖い」
「……ごめん」
「ん。許……す。私は……寛大」
「ベルの真似?」
「うん」
アンのベルの真似に苦笑しながら大正の日本を歩いて行く―――まさか、タイムスリップを経験する日が来るなんて、思いもしなかった。これで既にファンタジーを経験して、殺生を経験して、並行世界や異世界を経験しているんだ。もう既に本が一冊書けそうな程冒険している様な気がする。
アンと歩きながら思う。
「俺……どこに向かってんだろう」
「甘いものー」
「あー、はいはい。そうだな……近くに大学芋の美味しい総菜屋があるしそこでおやつにしよっか」
「ん」
そう言って歩き出そうとすると、腕を組むのをアンがするりと解除し、それに安堵するのも一瞬で、今度は手を掴まれた。しかも指を絡めるように。そのままがっちりホールドされ、所謂恋人繋ぎ的なハンドホールドが発生してしまった。こ、これはどういう事なのだろうか!
助けて、チェフェイ先生!
心の中で叫び、ついでにDDSに向かって全力で念話を送る。
『ピー、現在妾は留守にしておるのじゃ』
いるんじゃねぇか。反射的にツッコミを入れるが、それ以降の返答はない。歩く足運びがガチガチになり、通り過ぎて行く人々の姿が此方へと視線を向けては、どこか微笑ましいものを見る様な、そんな視線になっている。止めてくれ、俺の心が折れる。そう思いながら逃げたい気持ちを何とか抑え込んでいると、
「私……は……人修羅」
「……?」
「悪魔でも……人でも……ない? たぶん」
「たぶんって……」
「支配人は……私を……人の新鮮な躯から作った……て、言って……いた」
その言葉に、心臓が止まりそうな気持ちだった。アンに握られる手に、汗が少し乗る。それでもアンは話すのを止めない。
「私は……混沌王? の悪魔? みたいなの? 分霊? コピー? たぶん」
「たぶんって……」
「人修羅、は、人が……マガタマによって……魔人に転じて、生ま……れる」
だけど、とアンは言葉を続ける。
「私にはマガタマ、ない。人をベースに……生み出した、混沌王のコピー」
だから経験、技能、記録はある。だが記憶は存在しない。アンはそう言っている。それで合点が行った。だからベルはまるで知っている様にアンに接したのだ。混沌
それはなんというか、
あまりにも、
「だから、私も……昔は、なにも、ない……の。一緒……」
「あぁ……そうだな」
欠片も笑えない。欠片も泣けない。何を言えばいいのか―――それすらも解らなかった。デートする筈だったのに、少しいい日になる筈だったのに……それが一瞬でおじゃんになった、という訳じゃない。それでもどうしようもなく、自分を殺したい気分だった。いや、一回殺せばいいんだと思う。
「いもー、いもー……」
此方の心を知らずに、アンは無邪気に大学芋を求めていた。どうすればいいのか、どう声をかければいいのか、それにつまり、混乱し、そして口を閉ざす。言葉が見つからなかった。お前の方が酷いじゃねぇか! ……と笑えるように言えばいいのだろうか? それともありがとう、と言えば良かったのだろうか? 何があぁ、そうだな、だ。まるで気の利かない返事だった。
「……」
「リュージー?」
「ん……? あ、あぁ……ごめんごめん。大学芋ね、大学芋」
本当に食べるのが好きな子だなぁ、と呟くと軽いジャブをわき腹に叩き込まれる。その一撃で軽い衝撃波が生まれるから超人レベルはツッコミが鋭い。これが神レベルになるとどうなるのだろうか? くしゃみで街が吹っ飛ぶ? 冗談じゃねぇという話になりそうだ。まぁ、それはともあれ、
横でアンが芋芋煩いので、大学芋を購入する事にする。ポケットから財布を取り出し、小銭を用意しつつ、
「すいません、大学芋二人分お願いします」
「あいよー!」
数秒ほど待てば容器に詰め込まれた大学芋が箸と共に此方へと渡されてくる。それを受け取るが、容器を持つのに片手が塞がれている。どうしたもんか、と思っている間にアンが箸を奪って、片手で割り、そのまま大学芋を箸で掴み、それを此方へと向けて来た。
「あーん」
「いや」
「あーん」
「あの」
「あーん」
「えっと」
「あーん」
「その」
「あーんあーん」
「それ以上いけない」
これ以上喋らせたら何を言い出すのか解ったもんじゃなく、素早く大学芋に噛みついて食べた。口の中に広がるその独特の甘さと硬さは長い間食べていなかったものだ。最後に食べたのは……中学の頃になるだろうか? 酷く懐かしい味で、中学校の頃を思い出しそうになるのを、ぐっと堪える。そしてそのまま、大学芋を同じ箸で食べるアンを見て、手を繋がれたまま、何とか視線を逸らす。
アレ、所謂間接キスではないだろうか……?
意識している俺の方がおかしいのか? それともアンが無頓着なのだろうか? 解っててやっているのであれば、アンが魔性の娘過ぎて俺がヤバいのだが。いや、これが魔性とかねぇわ。どちらかというと天然系だ。魔性からは程遠い。となると、
「ベルかチェフェイになんか言われた?」
「うん……こうしたら……絶対、落ちる? って。落ちるって、なん、だろう……?」
「そのままの君でいて」
解ってないのかよ、と、溜息を吐きながら再び大学芋を此方へと向けられる。周りの視線がほんと微笑ましそうなので止めて欲しいのだが、そんな此方を無視してアンは満足げにあーんを強要して来る。それに折れる様に口を開いて、大学芋を放り込まれる。うん、普通に美味しい。美味しいのだが周囲から向けられる視線が居心地悪すぎて、どうにもならないのだ。
「……そろそろ次に行こうぜ。ほら、次はお団子とか」
「お団子……!」
お団子という言葉に目を輝かせているのが見える。本当にこいつ、食いしん坊になってきたなぁ、と思いながらもたくさん食べる君が好きという気持ちに偽りはなかった。ただ先ほどの重い話の後だと、ややレバーブローを叩き込まれている気分だった。中々この気分も晴れないし、どうしたもんか。そう思っていると、
「大学芋10人前ください」
「はいよー!」
歩き出そうとした所でなんか、非現実的な量を頼んでいる声がした。というかその声、どこかで聞いた事がある気がする。ゆっくり、ゆっくりと嫌な予感を募らせつつ振り返れば、
モミアゲが特徴的な書生が両手いっぱいに大学芋の入った容器を持っていた。
「む、先日のサマナーではないか」
その足元には人語を解する黒猫が存在していた。というかゴウトだった。つまり、この非現実的な量の大学芋を幸せに購入している存在は、
「お久しぶりです」
ライドォ―――!!
大学芋がある限り俺は止まらねぇからよ。お前らも(買い食いを)止まるんじゃねぇぞ……。
ライドウ、アレで好物が大学芋という所に可愛さを感じるのはいいが、デート中に唐突にラスボス級がポップする現象は心臓に悪い。